愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

文字の大きさ
5 / 59

第五話 元姉妹

しおりを挟む
貴族議会から数日が過ぎた。正式な王太子の選定がないことを訝しく思い始めた頃、辺境伯家の王都邸にひとりの令嬢が突撃してきた。
文字通り突撃である。何しろフェデリカも執事も訪問を拒否した結果、生垣を破壊したのだから。
亜麻色の髪と質素なドレスを葉っぱまみれにした令嬢を見やり、フェデリカは溜息を吐いた。

「……それで、何の御用かしら。デアンジェリス令嬢」
「助けてほしいの!」
「断るわ」

フェデリカとは似ても似つかない元妹にして王太子の恋人、ジュリアマリアであった。
邸宅内を汚されたくはないが会話を聞かれるのもまずい、ということで玄関で対応する。

「何でよ! 母親が違う・・・・・といっても姉妹でしょ!」
「大声で子爵家の秘密をばら撒かないでいただけて?」

――そう、フェデリカとジュリアマリアは異母姉妹である。ジュリアマリアの母は平民であり、婚外子としても貴族として扱われないところだが、フェデリカの母が何を思ってか実子として認めたらしい。療養していたのもジュリアマリアではなくその母であり、本人は健康そのものだ。

「今の私はアンヌンツィアータ辺境伯家の娘よ。関係には元、をつけなさい」
「あぁもうめんどくさいわね、元妹を助けなさいよ!」
「そんな義理はなくてよ」
「宣誓書のこと、さりげなく教えてくれたのはあんたでしょ!?」

フェデリカは眉を顰めた。

「身に覚えがないわね」
「嘘おっしゃい! あたしがお父様に嘘ついてバレた時、嘘を吐くなら宣誓書でも作ってからにすることね、って高笑いしたのはあんたでしょ!」
「そんなことがあったかしら」
「あったわよ!」

フェデリカも勿論覚えている。王太子の婚約者を・・・・・・・・陥れるために・・・・・・態々その日、食堂に足を運んだのだ。そこそこに知恵が働くこの娘は、いつかその発言を思い出すだろうと思ったから。

「とにかく、あの時みたいにあたしに教えてちょうだい! どうすればブルーノは王太子をやめられるの!」

ジュリアマリアは半分泣きそうになりながら言った。

「なんかよくわかんないけど、国王さまが退位してブルーノを国王にするって。よその国のお姫様と結婚させるって言ってるらしいの」

フェデリカは眉を顰める。王太子の廃嫡は既に貴族議会で決したはず。それが覆ったのなら、国王が拒否権を行使したということになる。歴史でも類を見ないことであるが。

「国王さまがブルーノを閉じ込めちゃって、あたし殺されるかもしれないって、ブルーノの付き人さんが教えてくれて」

フェデリカは額に手を押し当てた。
国王は王太子を鍾愛しょうあいしている。王位継承順位が高い者たちに継承権を放棄させるほどに。
ある程度予想はしていたが、ここまで王が愚かとは思わなかった。

「……それは、御愁傷様」
「あんたが頭いいのは知ってる、お願いだから知恵を貸して! あたし、どうしたらブルーノのそばにいられるの? 貴族たちに話しかけようと思ったって、あたしの話は誰も聞いてくれない」

ジュリアマリアは唇を噛み締めた。平民から貴族令嬢に、更には王太子の恋人に。数年で鮮やかに立場が変わった彼女を哀れに思うが、だからといって何か出来るわけでもない。

「……私にできることはないわ」
「馬鹿なら出来ることがあるかもしれないでしょ!? どんなことでもやるわ!」

何もない、と言いかけてフェデリカは口を噤む。

「……あなたの名誉を捨ててもいいのなら、方法はあるわ」
「ほんとう!?」

陥れるための道具となってくれた彼女へ、僅かばかりの餞別をやろう。

「教えて!」
「平民上がりは自分で頭を使うこともしないのかしら。時として王宮をも揺るがしうる権力を持つ、この国で最も人口が多い階層だというのに」

婉曲的に平民を使えと促すと、ジュリアマリアは目を見開く。

「……分かったわ。ありがとう!」
「私は何もしていないわ。あなたは今日、この邸には来ていないものね?」
「分かってる。アンヌンツィアータ家にもデアンジェリス家にも迷惑は掛けないわ」

意外と察しがいいのは助かる、とは口に出さずにおいたひと言だった。

その日のうちに、王都にひとつの噂が広まった。
心優しく美しい令嬢、ジュリアマリアは、婚約者に浮気されて傷心の王太子殿下と心を通わせ、身を捧げた。しかし国王陛下は令嬢の出自を気に入らず、王太子殿下を他国の姫君と結婚させ、令嬢を殺そうとしていると。


***


「……随分愉快な噂だな」

レナートは噂を耳にして呆れ返った。何が愉快かと問われれば勿論、この噂が事実であることだ。身を捧げたのかは知らないが。

「出所は」
「平民街の酒場かと。デアンジェリス家の出入りの商人を名乗る女が大袈裟に騒ぎ立てたという報告が入ってきています」
「その女の容姿と名前は」
「名はまだ分かっておりませんが……その、髪は亜麻色であったと」

侍従が言い淀んだ。どうやらジュリアマリア本人が噂を撒き散らしたらしい。

「それで王宮への投書と警備隊への訴えが多いのだな」
「そのようです」

貴族が国王に廃嫡を奏上するのはいつになるだろうか。いい加減認めたらいいと思うが、これしきのことで我が子の廃嫡を受け入れられる器であれば、レナートはあんな目に・・・・・遭っていない。

「ジュリアマリアのここ暫くの行動は」
「基本的にデアンジェリス邸から動いておりません。4日前に、王太子からの使いが密かに来たようです。それと2日前に、アンヌンツィアータ邸の生垣を乗り越えようとする不審者を見たという報告が上がっています」

まさかそれもジュリアマリアだろうか。実母が平民・・・・・だという情報は得ているが、もしや野生の猿だったのか。

「成功したのか?」
「中に落ちていったようです」
「アンヌンツィアータ嬢との接触は」
「ありうることかと」

レナートは黙考する。暫く大人しくしていたはずのジュリアマリアが向かった先は、共に暮らしたことは殆どないはずの異母姉の元。そしてその直後から広まり始めた噂。

「……一度彼女と話さなければな」

何を思い、こんなことを始めたのか。
脳裏に学士服を着た令嬢の澄まし顔が浮かんで消えた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの
恋愛
「君を傷つけたくはない。だから、これは“円満な婚約解消”とする。」  公爵家に居場所のないリシェルはどうにか婚約者の王太子レオナルトとの関係を築こうと心を砕いてきた。しかし義母や義妹によって、その婚約者の立場さえを奪われたリシェル。居場所をなくしたはずの彼女に手を差し伸べたのは、隣国の第二王子アレクだった。  留学先のアレクの国で自分らしさを取り戻したリシェルは、アレクへの想いを自覚し、二人の距離が縮まってきた。しかしその矢先、ユリウスやレティシアというライバルの登場や政治的思惑に振り回されてすれ違ってしまう。結ばれる未来のために、リシェルとアレクは奔走する。  ※ヒロインが危機的状況に陥りますが、ハッピーエンドです。 【完結】

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上
恋愛
「君のような地味な不純物は不要だ」と婚約破棄され追放されたルチア。失意の彼女を拾ったのは、皆から恐れられる辺境伯レオンハルトだった。だが彼には意外な一面があって!? ルチアはレオンハルトと共に、自らの知識や技術で領地を改革し始める。 一方、ルチアを追放した王国は、彼女の不在によって崩壊の危機に陥る。 今更戻ってきてほしいと嘆願されましたが、それに対する答えは……。

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

処理中です...