愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

文字の大きさ
6 / 59

第六話 舞踏会

しおりを挟む
国王が拒否権を行使したことを知らなかった貴族たちは噂を耳にして驚愕し、揃って廃嫡を奏上した。国王は初めこそ拒否していたものの、とうとう王太子の廃嫡を認め、公爵位を与えることを約束した。子爵令嬢たるジュリアマリアとは貴賤結婚になるため、生まれる子供には地位を与えないことを条件に婚約が許された。
しかしながら、新たな王太子を定めるのは一ヶ月待つようにとの沙汰が下った。貴族たちは戸惑いつつもそれを受け入れた。

「なっんで一ヶ月先なのよ大学に帰らせなさいよ!」

――訳でもなかった。

「まったくだな……」

フェデリカとカルミネは王宮図書館の一角で深々と溜息を吐いた。フェデリカはアンヌンツィアータ家の名代として、カルミネは王位継承権を持つ者として、王都滞在の延長を余儀なくされていた。

「ここには実験道具もないし記録計も足らないし、あぁ! こんなところでどうやって生きろと言うの」
「いや生きてはいけるだろ」
「挙句の果てに王宮で舞踏会ですって? 御免被るわ」
「行けよ!? 叛意を疑われたくなかったら参加しろよ!?」

舞踏会の開催が宣言されたのは王太子の廃嫡が決まった4日後、あと二週間もすれば舞踏会が行われる。次の王嗣を宣言するのでは、と囁かれていた。

「流石に行くけれど。本来なら今頃は教授と議論をしているところだったのに……何が悲しくてひらひらふりふりのドレスを着て壁の花にならなきゃいけないのかしら」
「それはほんとうにその通りだ……」
「あなたは尚更可哀想よね......侯爵家次男、伯爵位持ちという肩書があっても遠巻きにされるなんて」
「やかましいわ」

ふたりは揃って机に突っ伏する。王宮図書館の蔵書は歴史や地理に偏りがちで、どうしても物理や数学の蔵書は少ない。あったとしても大学図書館で何度も借りた著名なものばかりだ。

「......ところで、ラヴィニアから手紙が届いたわよ」
「あぁそうか、大学合同研究発表会があったな......出たかった」
「言わないでちょうだい、悲しくなるわ」

ラヴィニア・プロヴェンツァーレ。フェデリカとカルミネの同期であり、女性としては史上最年少の11歳で大学に入学した才媛である。専攻は医学で、神殿が解剖を認めるようになってまだ10年、彼女は嬉々として日夜人体解剖を行っている。

「海の王国の医学論文が随分刺激になったみたいね......蘇生法が口づけみたいで面白かった、ですってよ」
「蘇生などという神の領域に対する評価が口づけか......」
「書かれていることを見る限り、特定の条件でないと使えなさそうだけれど......これが解剖学の進展の差かしらね」
「まあ、大陸の外は神殿の影響範囲外だからな。解剖も二世紀前から許されていたのだろう」
「ええ。あちらの航海技術の進歩のおかげで行き来も楽になったし、一度行ってみたいわ......あぁ、論文が読みたい」
「言うな、私まで読みたくなってくる」

ふたりが何度目とも知れぬ溜息を吐いた時である。後ろから掛けられた声があった。

「――アルディーニ伯爵、アンヌンツィアータ令嬢」
「「王弟殿下」」

王弟である。ふたりが揃って頭を下げようとすると、良い、という声に押しとどめられた。

「此度の騒動で大学に帰ることができず、儘ならぬ思いをしているだろう。詫びと言ってはなんだが、王立研究所への立ち入りを許可する」
「誠ですか!? 古代算術の権威であるクレッシェンツィ研究員が在籍されているのですよね」
「ああ。話してみるといい」
「ありがとうございます!」

カルミネは深々と頭を下げた。フェデリカも席を立って一礼する。
此度の騒動でラ・ヴァッレ侯爵家は少なからず影響を受けたし、アンヌンツィアータの名代であるフェデリカを宥めようという策略であろうか。大変嬉しい。

「――ところで、アンヌンツィアータ令嬢。邸宅の生垣を乗り越えようとする不審者がいたと警備隊に聞いたけれど、その後大丈夫だったかい?」
「はい。悪意は感じられなかったので、そのまま解放いたしました」
「そうかい。まあ、うら若き乙女を些細な罪に問うのは心苦しいしね」
「......ええ」

王家の影の仕事は恐ろしい、とフェデリカは思う。すべてバレているような錯覚さえ抱いた。

「王都の治安は良いとはいえ、時には事件も発生している。ふたりとも、くれぐれも注意するように」
「「はい」」

王弟が去り、早速ふたりは王立研究所に足を運んだ。数学界の権威のひとりに出会えたカルミネは感動していた。フェデリカは久方ぶりの研究施設の雰囲気を噛みしめ、心の中で王弟に礼を述べた。


***


舞踏会当日である。フェデリカは瞳の色に合わせた紫の衣装に身を包み、壁に背を預けワインを傾けていた。華やかな内装の元、音楽に合わせて貴族たちが踊っている。婚約破棄騒動以来初めての大きな宴だからか、皆の表情も心持ち明るい。宴が始まって暫く経つのに、一度退出した国王が戻ってこないことは気がかりだが、それ以外に大した問題はなさそうに見受けられる。
フェデリカは楽しそうに踊る一組の男女を見ていた。イゾラ公爵、もとい元王太子と、元妹である。彼らが婚約を結んで初めての舞踏会だ。王太子という身分を捨てても貫いた純愛は、今のところ無事に続いているらしい。

「――すっかり壁の花が板についているわね」
「ペネロペ」
「御機嫌よう。随分詰まらなさそうだけれど」

フェデリカは小さく笑った。デビュタントやお茶会は大学進学前はある程度参加していたが、以来とんとご無沙汰だった。

「ペネロペはどうなの。新しい婚約者は見つかって?」
「砂の皇国に売られそうよ。前王朝に嫁いだ王姉殿下が殺されてから没交渉だったけれど、最近、かなり交易も復活してきたし」
「そう。いい方と巡り合えるといいわね」
「その台詞、そっくりそのままあなたに返すわ。どうなの? ラ・ヴァッレ侯爵家の次男坊とよく会っていると聞くけれど」
「同じ国の貴族階級出身の同期入学よ、恋愛感情はないわ」
「あらそう、残念。大学に良い方は?」
「私と同じような研究馬鹿の集まりに、色恋沙汰なんて期待しないでちょうだい」

ペネロペは扇の向こうで目を細めて笑った。

「ねえ、あなたはベルトラン・ラミロ・デ・エスピノサ殿を知っていて?」
「海の王国の天文学者の?」
「ああ、ほんとうに有名なのね」
「ええ、彼が教授の跡を引き継いで完成させた彗星の円錐曲線の方程式は物理学的、数学的観点からも偉大なものとされていて......」

言葉につい熱が籠るが、ペネロペはこれを遮った。

「お会いしたことは?」
「ないわ。けれど今、キエザで海の王国のロサノ大学と合同研究発表会をしているから、いらしているかもしれないわね」
「こちらにもいらっしゃるそうよ。正式な使節団というわけではなく、外遊という形みたいだけど」
「あぁ、そう」

ペネロペの婚約者候補の筆頭だろうか。天文学者としての認識しかしていなかったが、はて年はいくつだったろう。
フェデリカが首を捻っていると、ペネロペが声を潜めた。

「――あなたに、よく似ているの」

瞬間、すべての音が遠のいた。

「色彩はまるで違うのよ。彼は海の王国の人らしく褐色の肌だし、髪は白いし。けれど、瞳の色が紫なの」
「......そう」

思いの外低い声が出た。ペネロペはそっと目を伏せる。

「あなたがどこまで関わっているのか分からないけれど――元妹を焚きつけたのは、あの噂のせい?」

フェデリカは答えず、黙って窓の外を眺めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの
恋愛
「君を傷つけたくはない。だから、これは“円満な婚約解消”とする。」  公爵家に居場所のないリシェルはどうにか婚約者の王太子レオナルトとの関係を築こうと心を砕いてきた。しかし義母や義妹によって、その婚約者の立場さえを奪われたリシェル。居場所をなくしたはずの彼女に手を差し伸べたのは、隣国の第二王子アレクだった。  留学先のアレクの国で自分らしさを取り戻したリシェルは、アレクへの想いを自覚し、二人の距離が縮まってきた。しかしその矢先、ユリウスやレティシアというライバルの登場や政治的思惑に振り回されてすれ違ってしまう。結ばれる未来のために、リシェルとアレクは奔走する。  ※ヒロインが危機的状況に陥りますが、ハッピーエンドです。 【完結】

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上
恋愛
「君のような地味な不純物は不要だ」と婚約破棄され追放されたルチア。失意の彼女を拾ったのは、皆から恐れられる辺境伯レオンハルトだった。だが彼には意外な一面があって!? ルチアはレオンハルトと共に、自らの知識や技術で領地を改革し始める。 一方、ルチアを追放した王国は、彼女の不在によって崩壊の危機に陥る。 今更戻ってきてほしいと嘆願されましたが、それに対する答えは……。

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

処理中です...