33 / 59
第三十三話 子爵の死
しおりを挟む会談の後、レナートの容体が悪化したと報告が入った。錯乱、幻覚、嘔吐。フェデリカは思わず腰を浮かしたが、部屋に戻ったところでできることは何もない。他にやることがあると己を叱咤した。
「――調査は」
「毒はまだ断定に至っておりませんが、トリカブトかそれに類似したものではないかと。毒の入手経路と合わせて引き続き調べさせています。また犯人ですが、料理人もメイドも容疑を否認しております」
「陛下が使用される茶器は決まっているわ。今日の担当者だけでなく、近日中の担当者まで、すべて洗い出しなさい」
「はっ」
フェデリカは目を瞑る。黒幕は誰だろう。あれほど警告された砂の皇国か、それとも王位を狙った愚かな貴族か。箝口令は敷いたが、明日にはレナートが倒れたことは知れ渡るだろう。元よりフェデリカが王妃であることに難癖を付けていた貴族たちが、また騒ぎ立てるかもしれない。
――全部、私が片付けなくては。
レナートが起きた時、何もやることがないくらいにしないと。でないとあの人は、また笑って重荷を抱え込むのだろう。
フェデリカはきつく目を瞑る。如何に己がレナートに支えられていたのかを改めて思い知った。
二つ目の凶報がもたらされたのは、レナートが倒れた翌日のことであった。既に貴族たちには国王が毒を盛られたという噂が広まっており、フェデリカは一睡もできず対処に追われていた。
「妃殿下っ......!」
「何事です、騒々しい」
「デアンジェリス子爵が事故に遭われ、重体だそうです。ご令嬢から、至急子爵邸までお運びいただきたいと」
蒼白な顔色で告げられた言葉に、フェデリカは目を見開いた。カルミネから届いた警告が頭に過ぎる。養父ではなく、実父だったのだろうか。
「妃殿下、どうなさいますか?」
従者に問われ、フェデリカは唇を噛みしめた。
今王宮を空ければ、国王の大事にも関わらず私情を優先する王妃と謗られる。しかし子爵邸に向かわなければ、実の父親の死に目に立ち合おうともしない冷酷な娘と悪罵されるだろう。どちらにせよ非難が免れないのであれば。
「......侍医を遣わしなさい」
侍従は息を呑み、ややあって頭を下げた。
子爵が亡くなったと報せがあったのは、それから間もなくのことであった。
***
「――妃殿下!」
「......デアンジェリス令嬢」
ジュリアマリアが執務室に飛び込んできたのは夜のことだった。涙で顔をぐしゃぐしゃにした姿は、淑女のあり方とはかけ離れている。
――ああ、これが正しい娘の在り方か。
「どうして来なかったんですか! お父さんは......お父様が危ないと、あたしお知らせしたのに!」
「陛下が倒れられたため、私まで王宮を空けるわけにはいかないと判断した」
「えっ......陛下が? あの、重篤なんですか?」
ジュリアマリアは掴みかからんばかりの勢いから一転、目を見開いて大人しくなった。
「いいえ、今は落ち着いているわ」
「よ、よかった......」
「子爵のことは私も残念に思う。葬儀の手配は?」
「しました。ブルーノが……イゾラ公爵閣下が手伝ってくださいました」
お姉様、と幾分か落ち着いた声がした。
「どうしてそんなに落ち着いているんですか」
「令嬢」
「あたしは慌てました。泣いて喚いて、貴族としてはだめかもしれません。でも、これは人として当たり前のことだと思うんです。陛下が倒れたこともお父様が......お父様が死んだことも、悲しくないんですか?」
「悲しくは思っている」
「悲しくは、ってなんですか? 王妃だから泣いちゃいけないってことなんですか!? 王妃になったら、人の心まで捨てなきゃいけないんですか!?」
「――っ、私だって泣きたいわよ!」
フェデリカは声を荒げた。
もしこれがフェデリカの血筋を狙う者によって引き起こされたのなら、フェデリカは泣く資格を持たない。巻き込まれて毒を盛られたレナートと死んだ子爵に、どう詫びればいいのかも分からない。否、死者に詫びる方法などないのだ。
そして誰かにこれを打ち明けることも叶わない。フェデリカの出生の秘密を打ち明けることは、国にまで影響をもたらしかねない。
「ひ、でん」
「――令嬢、夜も遅いから早くお帰りなさい」
近衛騎士にジュリアマリアを送らせると、フェデリカは天を仰いだ。
――研究がしたい。大学に戻りたい。人の世から離れたい。
もう、何もしたくない――願いとは裏腹に夜は明けていく。
1
あなたにおすすめの小説
ベルガー子爵領結婚騒動記
文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。
何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。
ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。
だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。
最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。
慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。
果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。
ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。
旦那様、彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵夫人フルールは、夫である伯爵と愛人の秘書に長年頭を悩ませていた。
何度夫に苦言を呈しても「彼女は仕事において必要不可欠なパートナーだから」と一切聞く耳を持たない。
困り果てていたそのとき、彼女は突然前世の記憶を取り戻した。
このままだと夫と愛人の真実の愛の犠牲になってしまう。
それだけは御免だ。
結婚五年目にして、彼女はようやく夫を見限り、新たな事業を立ち上げた。
そして事業を成功させたフルールの隣には、いつも同じ男が立っていた。
その男は誰なのかと問い詰める夫に、フルールはニッコリ笑って言った。
「彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです」と。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。
再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。
妻を一途に想い続ける夫と、
その想いを一ミリも知らない妻。
――攻防戦の幕が、いま上がる。
破滅フラグを回避する為に完璧な淑女になったはずが、何故私は婚約者の兄にライバル視されてるんですか!?
弥生 真由
恋愛
6歳の誕生日に王国きっての神童と名高い王子様から求婚されたカナリアは、自分が転生して乙女ゲームの悪役令嬢になったことを自覚した。このまま行けば未来に待つのはテンプレートな婚約破棄と国外追放!そんなの困る!
そこでカナリアは考えた。
『だったら今から頑張って、ヒロインはもちろん誰も代わりが勤められないくらいの完璧な淑女になればいいんだわ!』
そうして月日は流れて15歳。ゲーム開始の直前となり、誰もが憧れる高嶺の華にまで上り詰め『さぁヒロインさん、いつでもかかってらっしゃいな!』と迎え撃つ気満々でいたカナリアに『お前は完璧な王子の婚約者にふさわしくない!』と勝負を挑んできたのはなんと……!?
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる