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七 : 幽斎の秘策
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敵陣に即刻攻撃中止を申し入れた公家衆は、田辺城に入った。光行に案内される形で大広間の上座に通された公家衆を、幽斎や幸隆など家臣達が平伏し出迎える。
戦時とは思えない優雅な佇まいや芳しい香の香りが漂う中、正使役の公家が口を開く。
「麿は八条宮智仁親王殿下の御意思をお伝えに、参上仕りました」
来訪の目的を伝えられ、「ははっ」と恭しく頭を垂れる幽斎。その傍らで、思いがけない名前が出た事に居並ぶ家臣達は驚愕する。
八丈宮智仁親王、天正七年〈一五七九年〉一月八日生まれで二十二歳。正親町天皇の第五皇子・誠仁親王の第六皇子に生まれ、皇位継承順位が低いのと天下人の秀吉に嫡子が居なかった事から、天正十四年に猶子となった。その三年後に鶴丸が誕生した事で解消され、天正十七年十二月に八条宮を創設している。
学問や文芸の心得があり、和歌や連歌にも造詣が深かった。その智仁親王が武家同士の争いに介入したのは特別な理由があった。
「殿下は“古今伝授”の継承が途絶えてしまう事を、何より憂いております。唯一の継承者たる幽斎殿には、脈々と受け継いできた伝統の為にも、是非とも賢明な判断を願いたい」
正使役が特に強調する“古今伝授”という聞き慣れない単語に、首を傾げる家臣達。
古今伝授とは、天皇や上皇の下命で編纂した歌集(勅撰和歌集)の『古今和歌集』について講義や解釈を伝承したもので、嘗て“和歌を詠む際の手本”とされた歌集の根幹だった事から“歌道の奥義”と呼ばれた。その価値の高さから師から弟子へ口述で受け継がれてきたが、時代が進むと切紙に記され厳重な保管の下で次代に託されてきた。歌学を家職とする二条家が断絶すると、その秘事は三條西家に伝えられ一子相伝で引き継がれてきた。
その古今伝授だが、先代・三条西実枝は孫の実条へ伝えようとするも自らは高齢・孫は幼少だった事から、天正二年六月に弟子の藤孝へ『絶対他人に教えない・三條西家へ伝授する』と誓わせた上で“中継ぎ”として継承していた。幽斎は少し前から実条に、今年三月十九日に智仁親王へ伝授し始めたばかりで、もし仮に幽斎が亡くなる事があれば古今伝授が途絶えてしまう。歴史的損失を避けるべく、幽斎を何が何でも救わねばならなかった。
「この老い耄れの身を案じて殿下が胸を痛めて下さるとは、真に忝うございます」
謝意を述べる幽斎。しかし、顔を上げ一言。
「――お断り申す」
幽斎の返答に、公家衆は目を丸くした。受諾するとばかり思っていただけに、想定外だ。
「理由を、お伺いしてもよろしいですか?」
「腐っても武士ですから、『勝ち目はありませんから降参しなさい』と言われても『はい、分かりました』と飲む訳にはいきません。負けも覚悟の上、武士として最期を迎える所存」
その答えを聞いた正使役は絶句する。事の重大性に副使役の者も顔が蒼く染まる。
武士の矜持を貫くのは立派なことだが、それでは平安以来受け継がれてきた“古今伝授”が途絶えてしまう。それは我が国にとって取り返しのつかない重大な文化的損失となる。
どうにかして翻意してもらおう|と脳内で言葉を探す公家衆へ、幽斎は「では、これにて」と言い残して颯爽と場を後にした。あまりの潔さに、公家衆や幸隆は声を掛けるのも忘れて遠ざかる幽斎の背中を見送るしかなかった。
僅かの間を置き、慌てた様子で父の元に駆け寄る幸隆。食って掛かるような勢いで問う。
「父上、正気ですか!?」
「そんな訳なかろう。刻を引き延ばす方便だ」
必死の形相の息子に対し、サラリと返す幽斎。それから噛んで含めるように言葉を紡ぐ。
「今ので分かったと思うが、敵は儂を殺せぬ。もし殺せば天皇家や公家の恨みを買うからな」
淡々とした口調で幽斎は述べる。それを聞き、幸隆はようやく父の狙いを理解した。
幽斎は宮家や公家が割って入るのを想定し戦に臨んだのだ。大軍を丹後の地に引き付けておく事で将来行われるであろう無二の戦で東軍が勝つ確率を高める。全ては家康に恩を売る為、計算尽の行動だった。当然ながら介入される前に城が落ちる危険性も承知していたが、間に合ってくれて内心ホッとしていた。
あとは、どれくらい時間を稼げるか。それは幽斎による腕の見せ所だった。
公家衆が都へ戻るのと入れ違いで武官、それも皇族警護を任とする帯刀舎人が監視した。これにより西軍方は矢一本放つ事は疎か、喊声一つ挙げるのすら自重せざるを得なかった。
長岡勢は陥落寸前なのに、悲愴感とは無縁だった。外に出るのは許されないが、飲み食いに困らず、攻められる事は無い。その為、末端の兵は賽振や花札の賭け事に興じたり、草鞋や編紐等の内職に勤しんだり、中には暇を持て余して惰眠を貪る者も出る有様だ。
「あの……よろしいのですか?」
城内の見回りをしていた幸隆が訊ねる。
「構わぬ。下手に怖がって不安が伝播するよりマシだ。寧ろ、これが健全とさえ言えよう」
幽斎の返答を聞いても「はぁ……」と分かったような分からないような声を漏らす幸隆。本当なら緩んだ士気を引き締めたいのだろうが、その反応を見て“若いな”と幽斎は思う。
上層部で“幽斎は殺せない”密約が交わされても、末端の兵達はそれを知らない。何が起きてるか分からず恐怖に駆られて暴動でも起きようものなら、幽斎の計画は水泡に帰す。誰も幸せにならない結末を迎えるよりは良い。
最初の面会から半月、八月も半ばを過ぎた頃。そろそろ次の展開が来ると読んで、幽斎は秘かに準備を進めてきた。
そこへ、光行がやってきた。
「大殿、八条の皇子様より遣いが参りました」
「分かった。大広間へ通しておいてくれ」
幽斎の指示に「畏まりました」と応じ光行が下がっていく。それから幽斎は小姓を呼ぶ。
「儂の文机の上に三個の箱がある。それを持って来てくれ。くれぐれも丁重に扱うのだぞ」
その命を受け、数名の小姓が幽斎の部屋へ向かう。幸隆は何故大事に持って来るよう念押ししたか疑問を抱くも、聞けず終いだった。
大広間へ入室してきた公家衆は、表情が明らかに強張っていた。討死を覚悟する幽斎を何とか説得せんと、皇室・公家関係者の強い使命を背負っている事が窺い知れる。
平伏し使者を迎え入れる幽斎と幸隆・光行。着座を待ち、幽斎が徐に切り出した。
「僭越ながら、会見に先立ち使者の皆様にお渡ししたい物がございます」
冒頭から予想外の展開に、困惑する公家衆。小姓が恭しく運んできたのは、三個の桐箱。正使役の者が、提出された箱の一つを開ける。
「こ、これは――」
中身を確認した正使役は息を呑んだ。
智仁親王に宛てた箱の中には『古今集証明状』、即ち“古今伝授の修了”を証明するものだ。幽斎が記した切紙も同封されており、幽斎が師・実枝から口伝された内容も含め“古今伝授”を後世に託す責務は果たした恰好だ。
他の二箱に収められていたのは『源氏抄』『二十一代和歌集』。『源氏和秘抄(源氏抄)』は『源氏物語』の初心者向け解説書、『二十一代和歌集』は『古今和歌集』から『新続古今和歌集』まで二十一代の勅撰和歌集で、どちらも歌道の歴史を紐解くのに不可欠な稀覯本だった。そんな歴史的価値を持つ希少品が箱の中に収められていた理由とは――。
「残りの二箱は朝廷へ献上致します。……消失させるにはあまりにも惜しい物ですから」
控え目に述べる幽斎に吃驚する公家衆。
幽斎が証明状や稀覯本を差し出したのは、“武士として最期まで戦う”意志が揺るぎない表れとも言える。公家衆も親王から“何としても和睦に応じてもらうように”と言い含められてきたのだろうが、弁舌で幽斎の覚悟を覆すのは無理だと諦めざるを得なかった。
それから公家衆は幽斎から提出された物を預かると、言葉少なに退室して行った。平伏する幽斎は“為て遣ったり”の顔をしていた。
戦時とは思えない優雅な佇まいや芳しい香の香りが漂う中、正使役の公家が口を開く。
「麿は八条宮智仁親王殿下の御意思をお伝えに、参上仕りました」
来訪の目的を伝えられ、「ははっ」と恭しく頭を垂れる幽斎。その傍らで、思いがけない名前が出た事に居並ぶ家臣達は驚愕する。
八丈宮智仁親王、天正七年〈一五七九年〉一月八日生まれで二十二歳。正親町天皇の第五皇子・誠仁親王の第六皇子に生まれ、皇位継承順位が低いのと天下人の秀吉に嫡子が居なかった事から、天正十四年に猶子となった。その三年後に鶴丸が誕生した事で解消され、天正十七年十二月に八条宮を創設している。
学問や文芸の心得があり、和歌や連歌にも造詣が深かった。その智仁親王が武家同士の争いに介入したのは特別な理由があった。
「殿下は“古今伝授”の継承が途絶えてしまう事を、何より憂いております。唯一の継承者たる幽斎殿には、脈々と受け継いできた伝統の為にも、是非とも賢明な判断を願いたい」
正使役が特に強調する“古今伝授”という聞き慣れない単語に、首を傾げる家臣達。
古今伝授とは、天皇や上皇の下命で編纂した歌集(勅撰和歌集)の『古今和歌集』について講義や解釈を伝承したもので、嘗て“和歌を詠む際の手本”とされた歌集の根幹だった事から“歌道の奥義”と呼ばれた。その価値の高さから師から弟子へ口述で受け継がれてきたが、時代が進むと切紙に記され厳重な保管の下で次代に託されてきた。歌学を家職とする二条家が断絶すると、その秘事は三條西家に伝えられ一子相伝で引き継がれてきた。
その古今伝授だが、先代・三条西実枝は孫の実条へ伝えようとするも自らは高齢・孫は幼少だった事から、天正二年六月に弟子の藤孝へ『絶対他人に教えない・三條西家へ伝授する』と誓わせた上で“中継ぎ”として継承していた。幽斎は少し前から実条に、今年三月十九日に智仁親王へ伝授し始めたばかりで、もし仮に幽斎が亡くなる事があれば古今伝授が途絶えてしまう。歴史的損失を避けるべく、幽斎を何が何でも救わねばならなかった。
「この老い耄れの身を案じて殿下が胸を痛めて下さるとは、真に忝うございます」
謝意を述べる幽斎。しかし、顔を上げ一言。
「――お断り申す」
幽斎の返答に、公家衆は目を丸くした。受諾するとばかり思っていただけに、想定外だ。
「理由を、お伺いしてもよろしいですか?」
「腐っても武士ですから、『勝ち目はありませんから降参しなさい』と言われても『はい、分かりました』と飲む訳にはいきません。負けも覚悟の上、武士として最期を迎える所存」
その答えを聞いた正使役は絶句する。事の重大性に副使役の者も顔が蒼く染まる。
武士の矜持を貫くのは立派なことだが、それでは平安以来受け継がれてきた“古今伝授”が途絶えてしまう。それは我が国にとって取り返しのつかない重大な文化的損失となる。
どうにかして翻意してもらおう|と脳内で言葉を探す公家衆へ、幽斎は「では、これにて」と言い残して颯爽と場を後にした。あまりの潔さに、公家衆や幸隆は声を掛けるのも忘れて遠ざかる幽斎の背中を見送るしかなかった。
僅かの間を置き、慌てた様子で父の元に駆け寄る幸隆。食って掛かるような勢いで問う。
「父上、正気ですか!?」
「そんな訳なかろう。刻を引き延ばす方便だ」
必死の形相の息子に対し、サラリと返す幽斎。それから噛んで含めるように言葉を紡ぐ。
「今ので分かったと思うが、敵は儂を殺せぬ。もし殺せば天皇家や公家の恨みを買うからな」
淡々とした口調で幽斎は述べる。それを聞き、幸隆はようやく父の狙いを理解した。
幽斎は宮家や公家が割って入るのを想定し戦に臨んだのだ。大軍を丹後の地に引き付けておく事で将来行われるであろう無二の戦で東軍が勝つ確率を高める。全ては家康に恩を売る為、計算尽の行動だった。当然ながら介入される前に城が落ちる危険性も承知していたが、間に合ってくれて内心ホッとしていた。
あとは、どれくらい時間を稼げるか。それは幽斎による腕の見せ所だった。
公家衆が都へ戻るのと入れ違いで武官、それも皇族警護を任とする帯刀舎人が監視した。これにより西軍方は矢一本放つ事は疎か、喊声一つ挙げるのすら自重せざるを得なかった。
長岡勢は陥落寸前なのに、悲愴感とは無縁だった。外に出るのは許されないが、飲み食いに困らず、攻められる事は無い。その為、末端の兵は賽振や花札の賭け事に興じたり、草鞋や編紐等の内職に勤しんだり、中には暇を持て余して惰眠を貪る者も出る有様だ。
「あの……よろしいのですか?」
城内の見回りをしていた幸隆が訊ねる。
「構わぬ。下手に怖がって不安が伝播するよりマシだ。寧ろ、これが健全とさえ言えよう」
幽斎の返答を聞いても「はぁ……」と分かったような分からないような声を漏らす幸隆。本当なら緩んだ士気を引き締めたいのだろうが、その反応を見て“若いな”と幽斎は思う。
上層部で“幽斎は殺せない”密約が交わされても、末端の兵達はそれを知らない。何が起きてるか分からず恐怖に駆られて暴動でも起きようものなら、幽斎の計画は水泡に帰す。誰も幸せにならない結末を迎えるよりは良い。
最初の面会から半月、八月も半ばを過ぎた頃。そろそろ次の展開が来ると読んで、幽斎は秘かに準備を進めてきた。
そこへ、光行がやってきた。
「大殿、八条の皇子様より遣いが参りました」
「分かった。大広間へ通しておいてくれ」
幽斎の指示に「畏まりました」と応じ光行が下がっていく。それから幽斎は小姓を呼ぶ。
「儂の文机の上に三個の箱がある。それを持って来てくれ。くれぐれも丁重に扱うのだぞ」
その命を受け、数名の小姓が幽斎の部屋へ向かう。幸隆は何故大事に持って来るよう念押ししたか疑問を抱くも、聞けず終いだった。
大広間へ入室してきた公家衆は、表情が明らかに強張っていた。討死を覚悟する幽斎を何とか説得せんと、皇室・公家関係者の強い使命を背負っている事が窺い知れる。
平伏し使者を迎え入れる幽斎と幸隆・光行。着座を待ち、幽斎が徐に切り出した。
「僭越ながら、会見に先立ち使者の皆様にお渡ししたい物がございます」
冒頭から予想外の展開に、困惑する公家衆。小姓が恭しく運んできたのは、三個の桐箱。正使役の者が、提出された箱の一つを開ける。
「こ、これは――」
中身を確認した正使役は息を呑んだ。
智仁親王に宛てた箱の中には『古今集証明状』、即ち“古今伝授の修了”を証明するものだ。幽斎が記した切紙も同封されており、幽斎が師・実枝から口伝された内容も含め“古今伝授”を後世に託す責務は果たした恰好だ。
他の二箱に収められていたのは『源氏抄』『二十一代和歌集』。『源氏和秘抄(源氏抄)』は『源氏物語』の初心者向け解説書、『二十一代和歌集』は『古今和歌集』から『新続古今和歌集』まで二十一代の勅撰和歌集で、どちらも歌道の歴史を紐解くのに不可欠な稀覯本だった。そんな歴史的価値を持つ希少品が箱の中に収められていた理由とは――。
「残りの二箱は朝廷へ献上致します。……消失させるにはあまりにも惜しい物ですから」
控え目に述べる幽斎に吃驚する公家衆。
幽斎が証明状や稀覯本を差し出したのは、“武士として最期まで戦う”意志が揺るぎない表れとも言える。公家衆も親王から“何としても和睦に応じてもらうように”と言い含められてきたのだろうが、弁舌で幽斎の覚悟を覆すのは無理だと諦めざるを得なかった。
それから公家衆は幽斎から提出された物を預かると、言葉少なに退室して行った。平伏する幽斎は“為て遣ったり”の顔をしていた。
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