只の歌詠みと侮る勿れ ~関ヶ原逸聞伝・弐~

佐倉伸哉

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八 : 見込んだ決着、予想外の反応

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 籠城戦と呼ぶにはあまりにも静かな状況は、二月目を迎えていた。城の内外は戦が行われているとは思えないくらい、平穏そのものだ。
 時は九月十日。日本各地で東軍・西軍に分かれて激しい戦闘が繰り広げられる中、田辺城だけは世間から隔離されたように別世界だ。
「さて。情勢はどうなっておるかな」
 茶飲み話でもするが如く投げ掛ける幽斎。
「美濃に両軍の主力が集結しつつあり、いつ戦端せんたんひらかれてもおかしくないかと」
 七月下旬に西軍挙兵の報を知った家康率いる東軍は、直ちに反転。上杉征伐に参加していた諸大名の軍勢は八月二十三日には美濃の最重要拠点である西軍方の岐阜城を攻略した。
 一方の西軍。八月一日に伏見城を落とすと、畿内の安全を確保したと解釈し各方面へ軍を展開。ただ、八月頃に東軍の先陣が尾張まで到達したのを受け、軍勢を美濃へ集結させた。
 細作の報告を元に説明する光行。それを受け、幽斎は「ふむ」と独りつ。
 すると、幸隆が大慌てで駆け込んできた。
「ち、父上! 大変です!」
「どうした、騒々しい」
 喧しいとばかりに顔を顰める幽斎に、幸隆は紅潮した顔で勢いそのままに告げる。
「たった今、つかいいが参りましたがただの遣いではありません!! 勅使ちょくしにございます!!」
 その言葉に幽斎は「ほう」と声を漏らす。
 只事ではない状況に、幸隆と光行から視線を注がれる幽斎。フウと一息吐いて返答する。
「……勅使の皆様を大広間へお通しせよ。くれぐれも粗相のないようにな」
「はい!」
 幽斎の指示を受け、踵を返す幸隆。俄かに信じられない顔の光行に、幽斎は声を掛ける。
「さぁ。総仕上げといこうではないか」
 叔父に促され、半拍の間を置いて「……はい」と答える光行。表情を引き締め直した幽斎は、会見場へ確かな足取りで歩き出した。

 勅使より先に大広間へ入った幽斎は、幸隆と光行が同席する。衣擦《きぬず》れの音が聞こえてくると三名はこうべを垂れ、貴人を迎え入れる。
 正使役と副使役二名の計三名が着座するのを待ち、正使役が厳かに申し渡す。
おもてを上げられよ」
 促され、頭を上げる三名。明らかに異なるのは、勅使三名が身に着ける衣冠束帯の色だ。
 直後、正使役が少し寂し気に溢す。
「……このような形で、師と久し振りにお会いしたくはありませんでした」
 そう語るのは正使役の大納言・三条西実条。幽斎に古今伝授を授けた実枝の孫に当たる。副使役は中納言・中院なかのいん道勝みちかつと中将・烏丸からすま光広みつひろいずれも歌道における幽斎の弟子である。
 勅使という役目ながら、公卿の実条が丹後まで出向く事自体が前代未聞の出来事である。
「息災にしておられましたか?」
「お蔭様で、ご覧の通り健康体そのものです」
「それはよろしゅうございます。八条の皇子様のみならず、陛下へいかも心配されてましたから」
 幽斎が健康体と知り、ホッとする実条。しかし、実条は直ぐに真剣な表情に切り替わる。
 懐から折り畳まれた紙を取り出した実条は、厳格な雰囲気の下で粛々と読み上げた。
「長岡大蔵卿法印、ただちに戦をめ、和睦に応じよ。これは勅命ちょくめいであらせられる」
 勅命、すなわち後陽成天皇直々じきじきの命令だ。討死する覚悟を変えない幽斎に、このままでは埒が明かないと智仁親王から帝へ勅を出してもらったのだ。これを拒否すれば帝の配慮を反故ほごにするも同然で、逆に帝の命に反したとして敵に戦闘を再開する大義を与える事になる。
 帝の勅を受けるか、武士の矜持を貫くか――全員が固唾かたずを呑んで幽斎の返答を待つ。
 大きく息を吸い込みゆっくり吐いた幽斎は、居住いずまいを正すと神妙な面持ちで回答する。
「――つつしんで、お受け致します」
 威厳を持って発せられた幽斎の言葉に、張り詰めていた空気が一挙に解き放たれた。大役を仰せ付かった実条も、表情を和ませる。
 一方で、幽斎もここが潮時と踏んでいた。本気で死ぬ気など最初から微塵みじんも無く、大軍を引き延ばせるだけ丹後に足止めさせるのが目的だった。あれこれ駄々をねていれば必ず帝が介入する、それが区切りと決めていた。
 しかし、だからと言って今この場で喜びを表してはこちらの魂胆こんたんがバレてしまう。あくまで“不本意ながら”を装う必要性があった。
 老獪ろうかい狡猾こうかつと批難されようが、構うものか。最後に勝てばいいのだ。数々の修羅場をくぐり抜けてきた幽斎は始めから割り切っていた。
 頭を下げる幽斎は、しばらくその状態をたもち続けた。今、顔を上げれば頬がゆるんでいるのを見られてしまう。実条から必死に頭を上げるよう懇願され、幽斎は平然とした顔で応じた。

 この後に敵陣へおもむいた勅使は幽斎が和睦に応じる旨を伝え、受け渡しの協議が開始した。
 慶長五年九月十三日、田辺城開城。幽斎や幸隆・光行は降将として前田茂勝の丹波・亀山城へ移送される事となった。
 田辺城を陥落させ丹後制圧を完了させた軍勢は、戦後処理を済ませて決戦の機運が高まる美濃へ向けて出発。しかし、無意味だった。

 慶長五年九月十五日、美濃・関ヶ原の地で両雄激突。激戦の末に東軍が勝利した――!!

 関ケ原の結果が届くと、丹波に駐留ちゅうりゅうしていた西軍勢は退散した。亀山城にとらわれていた幽斎達の身柄も解放され、丹後に戻っている。
「ただいま戻りました、父上」
 丹波へ凱旋がいせんした忠興は誇らし気に挨拶する。
 本戦で長岡勢は石田勢を相手に善戦、百三十六の首級しゅきゅうを挙げたとされる。西軍撃破に大きく貢献したとして家康から戦後褒めたたえられたと身振り手振りを交え暫く自慢していた。
 ご機嫌に語っていた忠興だったが、「それに比べ……」と言うなり表情を曇らせる。
「どうして、父上や与八郎(幸隆)はおめおめと生き残っているのです。武士として恥ずかしく思わないのですか?」
 生きて再会した事を喜ぶどころか批難する忠興に、幽斎は唖然あぜんとする。武辺にかたよりがちとは言え、まさかここまで息子が戦馬鹿とは思ってもいなかった。幽斎はそういう心境だ。
 もし早々に田辺城が落ちていれば、丹後方面に向けられた一万五千の兵は確実に関ヶ原の戦いへ間に合っていた。一万五千は裏切った小早川勢と同数、それが居ると居ないでは大違いだ。西軍の寝返りで掴んだ薄氷の勝利は覆っていたとしてもおかしくない。幽斎が田辺で一万五千の大軍を足止めしていた事が関ヶ原の戦いの分水嶺になった可能性がある。
 確かに、愛妻あいさいの玉や大坂屋敷に詰めていた家臣達が犠牲となり、丹後の留守を預かっていた幽斎や幸隆が生き残った事を怒る忠興の気持ちは分からなくもない。ただ、知恵を絞り相手と駆け引きをし大軍を引き付けるのも武略ぶりゃくではないか。勝ち負けだけが戦ではない。
 それを一々説明するのも馬鹿馬鹿しいと思った幽斎は、無言でその場を後にした。これ以降、暫く父子の間で不和が続くこととなる。
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