Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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1巻

1-6

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《二十七日目》

 昨日の疲れも眠った事ですっかり回復し、普段通り洞窟の外の空き地で午前訓練をしていると、見知らぬゴブリンの集団がやってきた。
 大して手入れがされていないのか、若干刃こぼれしているが使い込まれた感のあるショートソードやバトルアックスなどを腰に下げている。
 着ているのは薄汚れたチェインシャツと、その上に黒い汚れ――恐らくは血だろう――が染みついている革鎧やブレストプレートなどを装備している個体が全体の四分の三ほど見受けられ、俺やゴブ吉くん、それにゴブ美ちゃんと同じホブゴブリンが三体も居た。
 これは二日連続の生存戦争勃発か? 幸い訓練中で武装は手元にあるから先に仕掛けるべきか?とちょっとワクワクしていたのだが、どうやら俺達の親にあたる出稼ぎ組の帰還であるらしいので手を出すのを止めた。
 その事実を知ったのは、とりあえず先制攻撃を仕掛けようとした俺を、訓練を見学していたゴブ爺が止めたからである。
 そうかそうか、敵ではないのか。なら一応は挨拶でもしとくか、って事で声をかけようとして、俺はそれに気が付いた。
 最初は後方にいた大きなバックパック――十中八九今回の出稼ぎの成果である強奪品が入っていると思われる――を担いでいる、明らかに下っ端そうなゴブリンの陰に隠れて見えなかったのだが、同じく下っ端そうなゴブリン数体に担がれ、暴れない様に四肢を拘束されて猿轡さるぐつわを噛まされている五人の人間の女性達の姿があったのだ。
 服装からして四人は一般人、もう一人は安そうな革鎧を装備していたので冒険者的な何かの子なのだろう。
 冒険者的な女の子だけは殴られたような痕跡が頬に薄らとあるものの、まだ服装は大して乱れていないので強姦レイプはされていないようだが、それも時間の問題である。
 股間を隠すボロい腰布を気持ち悪く膨らませたゴブ爺と、ゴブ爺に話しかけているホブゴブリン・リーダー(推定)の姿を見れば誰だって予測できると言うものだ、嫌でも。
 ゴブリンは基本的に他種族――獣人や魚人でも可能だが、普通は人間――の雌を犯し、孕ませ、繁殖する。
 俺も今は人間ではなくホブゴブリンなのだから、子孫を残そうとする生物の本能は無論理解できるし、弱いゴブリンが人間達に対抗するには数が必要で、今回の遠征で減った数を補充する必要があるのは分かる。
 だが気分的に良いか悪いかで言えば、また別問題だった。
 彼女達が俺を殺そうとする『敵』であるのならばともかく、俺からすれば無関係で、つまり偽善を働かせる相手だった。
 だから俺は、彼女達を助ける事に決めた。
 というのは半分以上本気であるがあくまでも建前で、本音は別にある。
 俺は今の所、この【小鬼の集落ゴブリンコミュニティ】に所属しているゴブリン達の数を増やしたくない。
 俺達の世代はただでさえ今までよりも生き残りの数が多くなっている。
 このまま今まで通りのやり方で増えていけば食糧や生活の場に困るかもしれないし、最悪膨れ上がった数に危機感を覚えた人間、あるいは森の何処かに居るらしい〝エルフ〟達から討伐部隊を差し向けられる可能性がある。
 だから今は数を増やすよりも、できるだけ個々の能力を高めたいと思っているから、彼女達がこのまま犯され、孕まされ、新しいゴブリンが産まれるのは困るのだ。
 それにそれだけでなく、今は人間の知恵が非常に欲しい。
 この世界に生きる人間の知恵が、この世界の新参者でしかない俺には必要不可欠だと言える。
 故に、俺は彼女達を助ける為の行動に出た。
 ゴブ爺と話しているホブゴブリン・リーダーに近づき、女性を解放する事を要求。俺がそう言った瞬間何故だか知らんがゴブ爺が絶望的な表情を見せたが、無視する。
 ホブゴブリン・リーダーには『何言ってんだお前』って顔されたが、俺は要求を繰り返し行う。
 何事も話し合いは大事である。どんなに嫌いな相手でも、戦闘が始まっていないのならば、最初はまず話し合いをするべきだと思う。
 その後敵対するかどうかはさて置き、とりあえず選択肢は多い方が良い。
 俺は根気よく説得を試みたが、ホブゴブリン・リーダーは聞く耳持たずである。そればかりか、執拗に語り続ける俺に対して苛立ちを覚えたのだろう、にわかに殺気立ち始めた。
 それでも説得を続けるが、やがてアチラの陣営のゴブリンまでもが苛立ち始めたので、これ以上は無駄だと悟る。
 ホブゴブリン・リーダーなど腰のショートソードを抜き、剣尖を俺の喉元に向けてくる。斬りかかってこないのは、俺の背後にゴブ吉くん達がアチラと同じように、かつ同等レベルの武器を構えて控えているからだろう。
 俺は俺で、ああ、コレは説得は面倒だな。じゃ、殺そうか。と考え、腰のエストックを抜くと同時にホブゴブリン・リーダーのショートソードを弾いた。ホブゴブリン・リーダーのショートソードが空を舞い、クルクルと回転してから地面に突き刺さる。
 その瞬間、場の空気がハッキリと変わったのを感じた。
 両方の陣営のゴブリン達は武器を本格的に構えており、俺かホブゴブリン・リーダーがこれ以上何か行動をすれば即座に動くだろう。無論、目の前の敵を殺す為に。
 まだ動きが無いのは、トップの意思決定を待つというのもあるが、単純に今動けばどちらにも大きな損害が出る、と本能で理解しているからに他ならない。
 アチラの数は二十八、コチラの数は三十九。アチラ側よりもコチラ側の数が多いのでその点では優位かもしれないが、実戦経験や連携ではアチラに分がある。
 正直どちらが勝つか情報が少な過ぎて判断できないし、そんな状態で正面からぶつかればどちらも甚大な被害を受ける事は必至、だから下手には動けないのだ。
 ちなみにゴブ爺達年上連中も近くに居るには居るが、若いモンが群れの方針を決めろ的な感じなのか、手を出す事無く傍観しているので中立と言える。
 しばらくは睨みあい、駆け引きが面倒になった俺が争いの引き金を引くべく一歩踏み出して前傾姿勢に。
 エストックを握る腕には力が籠り、剣尖がホブゴブリン・リーダーの心臓を真っ直ぐ狙う。
 脚はエネルギーを溜めるように曲げ、敵を貫くための疾走を――
 ――しようとした時、声が響いた。思わず動きが止まり、声がした方を振り向く。
 声の主はアチラ側に三ゴブいるホブゴブリンの内の一体だった。
 見た目からして雌で、薄汚れたローブを身に纏い、手には捻じれた木製の杖を持っている事から、俺を除いて唯一魔術が扱えるホブゴブリン・メイジだろうと判断。
 それ曰く、『私闘に私達を巻き込むな、群れの方針を決めるリーダーは強いモノがなれ』だそうだ。
 メイジは他の個体よりも知能が高くなるから、こんな状況でも冷静な判断が下せたらしい。
 一応コイツよりも魔術を使えるアンタの方が強いんじゃないのか? と聞いてみたら、リーダーは趣味じゃないと返されました。クールだ。
 そんな訳で、この【小鬼の集落ゴブリンコミュニティ】の頂点を決める喧嘩が開催される事が決定した。
 ルールは実に簡単。武器使用は禁止、一応不可抗力での殺害はありだが、基本的に気絶したりギブアップした時点で終了、とかなり野蛮である。
 喧嘩の審判はゴブ爺が務める事になった。中立であるべき審判は、ご意見番であるゴブ爺において他に居ないからだ。
 それにしても、喧嘩の準備中アチラ側のゴブリン達が賭けを始めたのにはちょっと驚いた。賭け事ギャンブルという考え方を持っているのかと。しかも銅貨と銀貨のやり取りをしてたので、そういった知識もあるらしい。
 まあ、確かに余興にはもってこいだよな、コレは。
 ちなみにコチラ側のゴブリンが行儀よく座っている姿もどうかと思う。キチンと並んでこれから起こる喧嘩を観戦するゴブリン達。うん、シュールだ。
 それにしても、景品になってしまった五名の女性達には悪い事をしているという自覚はある。無駄に怖がらせてしまっているのだから。
 まあ、それもこれも彼女達の為でもある。我慢してもらうよりない。
 そして簡単な準備が終わった後、リーダーを決める喧嘩は始まった。
 片や、今まで仲間を引っ張ってきた実績のある、傷だらけな歴戦の兵士長。
 片や、同年代を鍛え上げ、現段階でホブゴブリン亜種にまでなっている俺。
 どうやらホブゴブリン・リーダーに賭けるゴブリンが多いようだが、空気を読む気は一切無いので速攻で行きました。


==================


 時は太陽が頂点に達しようとする頃、場所は【大勢に害なすモノモンスター】が数多く生息している森の中。
 草が生い茂ってやや開けたその場所で、周囲をゴブリン達によって円形に囲まれて対峙するのは二体のホブゴブリン。
 片方の名はホブけんといい、これまでこの【小鬼の集落ゴブリン・コミュニティ】を先導し、数多くの戦果を上げて集落の存続に尽力してきた歴戦の猛者である。
 全身に刻まれた多数の傷痕はこれまで彼が潜った死線の数々の名残りであり、鍛え抜かれた筋肉の鎧はホブゴブリンにしては驚異的な膂力を発揮する。武器の使用は禁止されている今回の喧嘩では、ホブ剣の粗削りではあるが力強い剣技が発揮される事こそないが、無手であろうとも実戦で鍛えられた拳は木の板を粉砕できるほど。
 間違いなく、ホブ剣はこの【小鬼の集落】でトップクラスの戦闘能力を持っている。
 そんなホブ剣が今、黄色く汚れた歯を剥き出しにして対戦相手を威嚇していた。
 目には自分に歯向かう生意気な相手に対する純粋な怒りの炎が灯り、殴り殺してやる、と隆起した全身の筋肉が訴えている。
 それに対し、ホブ剣と対峙している黒い肌のホブゴブリン――ゴブ朗は、ホブ剣の怒気などまるで意に介した風もなく、その姿を氷のように冷めた目で観察している。
 その態度がより一層ホブ剣の怒りに油を注ぐ事になっているのだが、ゴブ朗がそれを気にする事は無かった。茶番は早く終わらせよう、とでも言いたげな態度である。

「そんでぇこれからー、長を決める喧嘩を行うかぁのぅ」

 二ゴブを囲んで成り行きを見守っている周囲のゴブリン達の中からそう言ったのは、最高齢のゴブリンであるゴブ爺だった。
 顔の深い皺の数々、折れまがった腰、手にした杖、震えて聞き取り難い声、そして衰えぬ性欲を持つゴブ爺は、明日にも寿命であっさりと逝ってしまいそうなほどの老人ではあるが、長い月日を生きただけに蓄えた知識はそれなりに多く、故に今回の審判役に選ばれた。

「よかろぉの? ホブ剣よぉ?」

 と、ゴブ爺はまず現在【小鬼の集落】の長であるホブ剣を見やり、問いかけた。

「問題なと、はよしーまー」

 ホブ剣の返答は問題無し。それどころか早く始めろ、とゴブ爺に催促する。
 一刻も早く、気に入らないゴブ朗を血祭りにしたい、と言外に訴えている。

「よかろぉの? ゴブ朗よぉ?」

 次いで、ホブ剣に挑戦するゴブ朗に問いかける。
 これは土壇場になって怖気づいた挑戦者が長との戦いを取り止めるかどうかを知る為に、古くから受け継がれてきた慣習の一つだった。

「問題ない」

 問いに軽く頷いて応えるゴブ朗に、ゴブ爺は密かに小さなため息を吐きだした。他の年寄りゴブリン達も、ゴブ爺と同じような仕草をする者が多々見受けられる。
 それはある程度この喧嘩がどうなるか、予測できてしまっているからかもしれない。



「はぁ……ぬらば、構えあら

 その言葉でさっと身構えるホブ剣。開始の合図と同時に距離を詰める為、走りやすいように半身となって腰を落とす。そして予め浅く地面に埋め込んだ石を即席のスターティングブロックのようにして、普通に走るよりも早く加速できるように準備を整えた。
 それは多くの戦いを経験してきた事で培われてきた知恵の一つであり、生意気なゴブ朗の虚をついてその顔面を思いっきり殴る為の布石でもある。
 そして何もしてないゴブ朗に、ホブ剣は嘲笑を浮かべながら開始の合図を待った。

始めいて

 振り上げられるゴブ爺の腕、喧嘩開始を告げる言葉。
 踏み出す反動で土と石を後方に蹴り飛ばし、勢い良く前に飛び出そうとしたホブ剣は、しかし一歩も進む事無くその場に縫い付けられた。

「ゴグァァァァァァッ!!」

 その原因は開始の合図と同時にゴブ朗から発せられた、本来では出せない程の音量を出す事で相手を萎縮させる【威嚇咆哮】を聞き、真正面から縦に割れた蛇のような瞳孔―――蛇に睨まれたカエルのように格下の身動きを阻害する【蛇の魔眼イーヴィル・アイ】――を見てしまったからだ。
 相手の身動きを阻害する、という似た効果を発揮する二つのアビリティの直撃を受けたホブ剣は、ただ驚愕だけを浮かべ、次のゴブ朗の攻撃を無防備な状態で受けるしかなかった。
 高速で接近したゴブ朗はビュルビュルルルル、と右手の爪先から勢いよく白い糸を噴出。反応できないホブ剣に即座に巻きつき、問答無用で拘束した。
 身体をグルグルと糸で捕縛された段階になって、ホブ剣はようやく体の自由を取り戻したが、頑丈でしなやかなゴブ朗の糸を引き千切る事ができない。力の限り暴れているのだが、その束縛から逃げる事は叶わなかった。
 亜種であるとはいえホブゴブリンであるゴブ朗の右手の爪先から糸が噴出し、その糸によって拘束されて身動きがとれなくなった、という普通ではあり得ない理解不能の現実に酷く困惑するホブ剣を尻目に、ゴブ朗は、頭上を覆い降り注ぐ陽光の大部分を遮断している大樹の枝に向けて左手の爪先から新しい糸を飛ばした。
 枝に向けて飛んだ左手の新しい糸は太い枝にしっかりと巻きつき、それを数度軽く引っ張る事で確認したゴブ朗は、次の瞬間空に舞い上がった。

「な、な、なぁあああああ!!」

 亜種として通常種よりも強化されている肉体に【血流操作パンプ・アップ】を追加する事で獲得した、ホブゴブリンではあり得ない程の膂力を使って糸を限界まで引っ張り、勢い良く収縮する糸の反動を使ったからこそ可能だった立体機動。それを理解していない者には驚愕以外の感情を抱かせない。
 共に空に舞い上がったホブ剣からすれば尚更だったことだろう。枝の上を通ってから再び地面に戻ってくるまで、ホブ剣から絶叫が途切れる事は無かった。

「さて、降参するかい?」
「――ッ!」

 音もなく着地したゴブ朗は、ホブ剣の顔を見下ろしながらそう短く問いかけた。
 というのも、現在のホブ剣は木から逆さまに吊るされて頭を地面に向けている状態なので自然とそうなっただけである。
 地面に立っているゴブ朗がホブ剣の顔を見るとしたら、自然と足下を見下ろす形になってしまうのだ。

「誰が、うぬ何ぞに屈するべか。こーな姑息な奇術に、屈す俺でなか!」

 逆さに吊るされて尚、ホブ剣はゴブ朗に牙を向く。頭に昇った血で緑色の肌に僅かに赤を混じらわせつつも、プライドからか屈する事を拒絶した。

「んー、そうか。なら」

 ホブ剣が屈しないと分かったゴブ朗は、その口を再び噴出させた糸で塞いだ。呼吸ができるように鼻は塞がれていない。

「んんー、んんんー!」

 糸によって今度は口も塞がれて、激しく身を動かし暴れ出す。だが吊るされたホブ剣は多少揺れるだけで、何もできなかった。
 その姿を見つつ腰を落としたゴブ朗は、「サンドバッグにでもなってもらうか」と呟き、動いた。
 左足を一歩踏み出して右足を踏み込み、捻転ねんてんの力を損なう事なく膝、腰、肩、腕と身体の各関節でさらに加速させた、相手を撃ち抜くかの如き強烈な拳が放たれる。

「ごぎゅっ」

 腹部にめり込んだ拳の重さに耐えかね、糸で塞がれた口から僅かに漏れる呻き声。
 大きくの字に折れ曲がる身体。殴られた反動で後方に大きく動くが、しかし、振り子の要領で勢いを増して最初の位置に戻ってくるホブゴブリンのサンドバッグ。
 戻ってくる度に繰り出される拳を受け、あるいは蹴りを浴びせられ、ゴブ朗が満足するその時まで延々と肉を打つ生々しい音が森の中で響き続ける事となった。


==================


 良い汗をかいた。
 終わった後、ゴブ爺が俺の糸について何か言ってきたが、これは間違いなく俺の身体の一部だったモノだ。極端に言えば、唾液みたいなものだろうか。
 唾を相手に向けて吐き出したからといって、それを武器として扱えるものではない。
 だから問題ない。武器じゃないのだから、使ってもルールには抵触していない。という事にしよう。うん、グレーゾーンである。
 それで、とりあえず殴り倒したホブゴブリン・リーダーは骨はギリギリ折れていないし、内臓も破裂してはいないだろう、感触的に。治療せずに放置しても死ぬ事はない、と思われる。
 だが丁度いい実験体だし、って事で数種類の木の実と虫と、薬草である【癒し草】、それから聖水を混ぜ合わせて試しに製作した自家製体力回復薬ライフポーションモドキを無理やり飲ませ、吊るしている糸を切って適当な場所に寝転がした。
 自家製体力回復薬は一応切り傷程度を治す事は可能だと実証済みなのだが、最大の効果がどれ程なのかまだ分かっていない。何処まで怪我を治す事ができるのか、知るには丁度いい機会だった。
 取りあえずコレで明日になれば体内の損傷も多少マシな状態になっているに違いない。尤も、今日一日は絶対に目が覚めないだろうが。
 実験的治療という後始末を終え、ある種の達成感に浸っていると周囲がドン引きしている事に気が付いた。
 コチラの陣営のゴブリン達は他と比べればまだマシだが、それでもその目には恐怖の色が薄らとある。
 何故だ。あと、近づこうとしたら軽く逃げようとするのは地味に傷付くのだが……



 え? 何々ゴブ美ちゃん。俺の糸が理解できなさ過ぎるのと、さっきの悲惨な光景に加えて俺の表情が怖すぎたからだろうだって? いや、こんなのは普通じゃないか。
 ……ああ、それは俺だけに当てはめられる事ですかそうですか。
 でも、やっぱりこの位大した事じゃないよな、ゴブ吉くん……あ、そうじゃないと。いやでもゴブ江ちゃんなら……はいはい、そうですかそうですか、俺に味方は居ませんか。いいです分かってます、理解されなくても結構です。
 などと一通り嘆いた後、他に挑戦者は居ないかと問いかける。ココで立場をハッキリさせる事で、追々発生するかもしれない面倒事は少なくできるだろう。
 結局挑戦者は誰も居なかったので、本日俺は正式にこの【小鬼の集落ゴブリン・コミュニティ】のトップに君臨したのであった。
 その後、この女性達には手出し厳禁と宣言し、詳しいルールは後日告げると言って解散させた。
 猿轡と手足を拘束していた縄を解いた五名の女性達には、かつて捕われ、孕まされて、絶望の中死んでいった哀れな女性達が放り込まれていた洞窟の最深部に入ってもらう。
 ここに移動してもらったのは、彼女達に逃げられては困るからだ。
 いや、逃げても別にいいのだが、こんな森を非武装な女性が踏破出来るとはとても思えない。森にむモンスターに襲われ、殺されて、その肉を喰われるだけだろう。
 折角助けたのにそんな結末では納得できるはずがない。
 だから、話し合いをするためにも洞窟にいてもらうのが今はベストなのである。それに幸い、【異種族言語ヒューマン・ランゲージ】があるので会話する最低条件はクリアされているのは大きい。
 やがて移動が終わり、俺が予め造っていた松明に火を灯して光源を確保。
【暗視】を種族的能力として最初から保有しているゴブリンは兎も角、人間にこの暗闇は見難い事この上ない。やはり落ち付いて話し合うには、恐怖を抱かせる暗闇よりも明るい方が良いだろう、と配慮した結果である。
 そうやって準備を整えてから、話し合いをした。
 俺は君等に危害を加えないと約束するし、衣食住も保障する。それにもし他のゴブリンなどに襲われたら俺がその個体を処断するし、時間はかかるけど街にも帰そうと語り続ける。
 大体五、六時間は経過しただろうか。俺の献身的な説得のお陰か、それとも別の理由からか、ポツポツと彼女達は話し始めてくれた。
 話してくれたのは、いち早く立ち直った冒険者の女性――赤い髪をショートにした、活発そうな綺麗というよりも小動物的な可愛いさを持つ子――だった。


 赤髪ショートの話を纏めると、四人の女性は行商人ペドラーの一団である《星神亭せいしんてい》の従業員メンバーだったそうだ。
 そして赤髪ショートは《星神亭》が《総合統括機関ギルド》に金を払って募集した護衛の《依頼クエスト》を引き受けた冒険者組合クラン《弱者の剣》の構成メンバーの一人なのだそうな。
 冒険者組合《弱者の剣》は駆けだし冒険者――やっぱりそんな職業があるらしい。これで確定した――を相互支援して個々の能力を育み、より強くなる事を主な活動方針として掲げる、典型的な支援クランなのだそうだ。
【職業・戦士ウォリアー】持ちである赤髪ショートは駆けだしなので、まずはそこで力を蓄えよう、と思って所属したそうだ。
 そしてそんな彼女達が何故こうなったのか、その流れは簡単に述べるとこうなる。
 まず、彼女達一行は防衛都市《トリエント》に向けて街道を進んでいた。
 しかし街道を進んでいると、街道近くの林の中に待ち伏せしていた俺達の親にあたるゴブリン達の毒矢による奇襲を受けてしまった。
 油断している時に浴びせられた最初の毒矢攻撃により、護衛冒険者達の指揮をしていた中堅冒険者のリーダーとその取り巻きメンバーがことごとく殺される。
 クランの最高権力者であるマスターにより選ばれ護衛をしていた冒険者の数は普段よりもかなり多かったが、何事も経験だ、という事でその大半は赤髪ショートと同じく初心者冒険者だったらしい。
 つまり普段は敵襲に対して味方を纏める役割を持つ先輩方が最初の奇襲で全滅した事に加え、経験不足から指揮が混乱。
 冒険者達は有象無象の集団となってしまい、そんな状態では武装した上に群れとしての熟練度も高かったゴブリン達にはとてもではないが敵わなかった。
 死にたくない一心で我武者羅がむしゃらに反撃してゴブリン数体は初心者冒険者でも殺せたのだが、襲った群れの中にはホブゴブリンが三体もいて、組織的に動く敵に最終的には屈してしまった。
 というかホブゴブリン・メイジの存在が致命的だったらしい。
 魔術を操るメイジ系に対抗するにはその個体よりも高い戦闘能力を持つか、【職業・魔術師】などを所持している、もしくは高額なうえ使用できる魔法と使用回数が決まっているが、子供でも魔法行使が可能になる巻物スクロール短杖ワンドなどのマジックアイテムが必須になるそうだ。
 だが、そんな高級品を駆けだし冒険者が買える訳が無い。死んでしまった中堅冒険者の誰かならば持っていたかもしれないが、混乱していたのでそれは分からなかったそうだ。
 つまり結果として、抵抗むなしく鎮圧され、武器や商品は略奪、男は殺され、生き残りの女である彼女達は攫われて現在に至る、という事だ。
 俺が言うべきではないのだろうが、何とも世知辛い話である。彼女達以外全滅っぽいのが尚更だ。
 まあ、運が無かったと言うしかないだろう。見ず知らずの人がどうなったとしても、俺には関係ないので親身になれない、というのもあるが。とりあえず、冥福を心の中で祈る事にした。
 事情をそこまで話してくれると、我慢できなかったのか彼女達は泣き始めた。


 流石に仲間達を殺したゴブリン種とこれ以上一緒に居るのでは気持ちの整理もできず、ただ辛いだけだろうと思い、予備の松明と毛布が置いてある場所を告げてから引き揚げた。
 今は、ただただ感情のままに泣かせてあげる事にした。
 さて、今の内に【職業ジョブ】について語っておくべきだろうか。
 俺がホブゴブリン亜種になったように、亜人種やら獣人種やらその他のモンスターやら、とにかく人間ではない生物には【存在進化ランクアップ】という法則がこの世界には存在する。そして俺の言い回しからも分かるかと思うが、【存在進化】という法則が人間には無いのだ。
 ただしその代わりとして在るのが、多種多様な【職業】である。
 人間は基本的な能力がモンスターに大きく劣っている。
 だから多くの【職業】を獲得――どれにもそれなりの条件があるようだ。そして強力なモノほど条件は厳しいらしい――する事でより多くの〝恩恵/補正〟をその身に宿して自己を強化し、強大な敵に立ち向かうのだそうだ。
【職業】レベルは誰でも時間をかければあるラインまでは簡単に上昇するし、ある程度の適性がある者なら上位職に【位階上昇ランクアップ】する事が可能である。
《勇者》や《英雄》と呼ばれる存在が出来上がるのも、この【職業】の補正が大きいのだろう。
 実際に【職業・英雄】や【職業・勇者】などがあるらしいと言うのだから笑えないが。


 それで、もっと噛み砕いて言えば、モンスターの【存在進化】は個体の素質に大きく左右されるが一度でその地力を飛躍的に上昇させる事ができ、人間の【位階上昇】による成長はモンスターと比べ遅いが、時間をかければ誰だってそれなりの力を持つ事ができるのである。
 数段飛ばしで一気に行くか、一段一段確実に行くか、と言った感じだろう。
 もしくは質と量のような違いかもしれん。
 ちなみにコレはゴブ爺からの情報なので正しいと思われる。


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