Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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1巻

1-9

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 猛攻を避けていたのはたった数秒程度の事である。しかしその数秒でレッドベアーの眉間から血を流れさせていた傷は強靭な再生力によって完治していた。
 奇襲の一撃によって右腕を奪っているが、ハルバードの一撃は無くなっていると考えるのがいいだろう。

(ったく、厄介な相手だ。硬くて再生力が高くて、その上反応が速い。なら……)

 避け続けるゴブ朗と攻め続けるレッドベアーの視線が交差する。
 赤く、怒りに染まった純粋な瞳だとゴブ朗は思いつつ、普通はたかだかホブゴブリンでしかないゴブ朗では抗えない存在であるレッドベアーを、しかしゴブ朗は獣のような笑みを浮かべる事で挑発した。
 ――あざけられている。
 本能でそう感じとったレッドベアーはトリプルホーンホースを【硬直】させた時と同じように咆哮を上げるべく大きく空気を吸いこみ、吐き出そうとした。
 だがそれよりも一瞬早く、ゴブ朗の右手の爪先から紫色で粘着性のある横糸が噴出――レッドベアーの大きな口に巻きついて咆哮を阻害した。
 紫色の糸はゴブ朗が【蜘蛛の糸生成】に【蛇毒投与ヴェノム】を混ぜ合わせて生み出した毒の糸だった。糸に染み込んだ毒は神経を犯す猛毒で、トリプルホーンホースが相手でも即座に臓器の働きを鈍らせ、死に至らしめる。
 だが、トリプルホーンホースよりも遥かに強靭な生命力を誇るレッドベアーでは大した効果は無いようだ。
 口を塞ぐ毒糸を煩わしそうにしつつ左腕の鋭爪で簡単に断ち、口周りの毛を紫色に染めながら、憤怒に顔を歪めてレッドベアーは大きく口を広げた。

(咆哮……じゃないッ!!)

 レッドベアーの口腔から覗く火炎の兆し。
 ゴブ朗はそれを見た瞬間、前世で培った膨大な戦闘経験から何が起こるのかを一瞬で予測――急いでレッドベアーの正面から避難した。
 その一瞬後、ゴバッ、と口腔から勢い良く噴き出した業火が先ほどまでゴブ朗が居た場所を地獄に変える。
 業火は丸い炎の玉が飛んでいくのではなく、火炎放射器のように数メートル程の長さがある【炎の舌】だった。轟々と紅蓮に燃える【炎の舌】は逃走したゴブ朗を追って首を横に動かしたレッドベアーに従い、横一閃に周囲を高熱の炎禍で薙ぎ払う。
【炎の舌】の範囲内の木々は激しく燃え上がり、紅炎こうえんと大量の黒煙を発生させ、夕日が沈んで暗くなっていた周囲を一気に明るくした。
 高熱にあぶられた地面は黒く焦げ、息を潜めていた虫達が一斉に逃げ惑う。
 急速に上昇する周囲の温度と、燃やす材料の多い森ではあまりにも凶悪な炎禍は、必死に逃げるゴブ朗に内心で冷や汗を流させる。
 ゴブ朗には火霊石を喰った時に得た【炎熱耐性トレランス・フレイム】があるのである程度は炎熱に耐えられるのだが、【耐性】系のアビリティは受けたダメージを五〇%程度までしか削り落とす事ができない。
 そしてレッドベアーの炎の舌は軽く二〇〇〇度は超えているだろう。
 つまり【炎熱耐性】があったとしても、直撃を受ければ一〇〇〇度の炎を浴びるという事であり、そうなればゴブ朗の皮膚はただれ、眼球は弾け、肉は黒く炭化して物言わぬ屍となるに違いない。
 前世のゴブ朗ならば容易く耐えきれる温度ではあるが、現在のゴブ朗には少々無茶な注文だ。
 よしんば炎を浴びて生き残ったとしても、待っているのは火傷による地獄の苦しみである。
 そして周囲に充満していく一酸化炭素なども厄介極り無い。

(予想外だけど、こうなりゃダメージ覚悟でやるしかねーか)

 逃げ続ければ勝機は無い。ただ己の首を絞めるだけで、事態は悪化しても好転はしない。
 だから、ゴブ朗は逃げるのを止めた。
 レッドベアーの側面に向かって逃げるのを止め、方向転換、今度は一転してレッドベアーに向かって直進する。
 その結果、自分の背後からではなく側面から迫る【炎の舌】を、ゴブ朗は【水流操作能力ハイドロハンド】と【大気操作能力エアロマスター】を同時に使用する事で対処した。
【水流操作能力】によって掻き集められた水の膜がゴブ朗の体表を覆い、僅かにではあるが【炎の舌】から放出される甚大な熱からゴブ朗を守り、【大気操作能力】によって風が高速で渦を巻き、大気の壁を形成し、【炎の舌】自体の軌道を僅かに変化させた。
 獣のように低く地を這うような体勢で走るゴブ朗の上を炎が過ぎ去り、体表を覆った水の膜が熱で蒸発したが肉体を焙られるよりも速く距離を詰めたゴブ朗はダメージを受けていない。
 無傷で必滅の炎禍を回避し目の前に現れたゴブ朗に、レッドベアーは驚きの感情を瞳に浮かべた。
 そしてそれを見て不敵に笑うゴブ朗は、ガントレットで守られた左手でハルバートを持ち、自由に動かせるようになったラウンドシールド装備の右腕で腰に差したエストックを引き抜いた。


 小さく鞘走りの音を鳴らし、鋼の刀身を晒したエストックはその剣尖を獲物に向ける。


 そして次々と発動していくアビリティ――【貫通力強化】【蛇毒投与ヴェノム】【三連突き】など――の数々。
蛇毒投与ヴェノム】によって紫色の毒液が滴り、【貫通力強化】によって不可思議の力で強化されたエストックの剣尖は、例え強固なレッドベアーの体毛や筋肉でさえ穿てる程の力を得た。

「外は硬くても、中ならどうだッ!!」

 エストックの鋼閃が一直線に突き進み、その刀身に赤く淡い光が宿る。
 疾走する勢いを上乗せされ、強化された肉体で突き出されたエストックはくうを切り裂きながら直進し、レッドベアーの炎を吐き出し続けている大きな口腔に突き入った。
 普通のエストックならばそんな事をしても、高熱の炎に焙られて刀身が溶けていたかもしれない。
 だが攻撃の直前に発動していた【蛇毒投与】によってエストックの剣尖から分泌された紫色の猛毒の粘液が炎によってエストックが蒸発する事を防ぎ、むしろ気化した事によってより毒性を強めた結果、大量の毒霧がその体内に侵入した。
 それに【大気操作能力】によって渦を巻いた風が、【炎の舌】を周囲に散らす事でエストックとゴブ朗が燃やされるのを防いだ事も原因だと言える。
 複数のアビリティの同時使用によって炎を切り裂いて口腔に侵入するエストックの剣尖に、慌てて口を閉ざすレッドベアー。
 カッ、と見開かれる赤い瞳。
 視線だけで生物を殺しそうなほどの迫力で睨めつける鋭い眼光に、流石のゴブ朗も身体が僅かに硬直。それは咆哮と同じ、睨んだ相手に【畏怖】や【硬直】などの状態異常バッドステータスを付与する攻撃だった。
 だが【硬直】してもゴブ朗の勢いは止まらず、鋭牙が固く閉じられるよりも一瞬だけ速く、【貫通力強化】と【三連突き】などで強化されているエストックの刀身は気管に侵入。
 エストックの刀身は、レッドベアーの体内からその肉を穿った。
 突き刺さることで発動条件を満たした【三連突き】によって、実体のあるエストックが穿った深さと直径の分だけ、刀身の上下の肉が消滅した。
 本体が突き刺さった深さと太さの損傷を防御力無視で上下、あるいは左右の部分に与える【三連突き】の強力無比な攻撃により体内を大きく抉られ、流石のレッドベアーも炎を吐き出せなくなり、その代わりに赤い血を吐き出した。
 吐き出された鮮血が、目の前に迫っていたゴブ朗の全身を濡らす。
 と同時に振るわれた左腕が、赤く染まったゴブ朗を強襲した。
 理解不能の攻撃を受けて体内を抉られながら、ゴブ朗を攻撃する好機をレッドベアーは逃がさなかったのだ。
 尋常ではない速さで迫る怒りに任せた一撃を、ゴブ朗は咄嗟に左横に飛退きつつ、右腕に装備した甲殻補強されたラウンドシールドで防ごうとする。
 だがレッドベアーが全力で振った左腕の攻撃力の前にヨロイタヌキの甲殻程度で補強されただけのラウンドシールドでは耐えきれるはずもなく、左腕がラウンドシールドに触れた瞬間、呆気なく砕けて残骸が飛び散り、その下にあったゴブ朗の右腕の骨も容易く砕かれた。
 攻撃を防ぐ直前に左側に飛んだ事によって右腕が強引に千切られる事は何とか回避できたが、それだけだ。到底耐えきれない攻撃を受けて、まるで人形のように十数メートル程の距離を軽々と飛んだゴブ朗の肉体は飛んだ先にあった木にしたたかに叩きつけられる。
 叩きつけられる寸前に発動させた【物理攻撃軽減】と【形態変化メタモルフォーゼ】による全身のスライム化と防御力上昇によって衝撃を可能な限り拡散・吸収し、致命傷を避ける事に成功した。
 だがゴブ朗の全身に走る鈍痛は確かにあり、何より右腕の損傷が激しい。
 ゴバ、と口から夥しい量の血を吐き出しながら、しかしゴブ朗は痛みを堪えて現状を一瞬で確認しながら立ち上がる。
 ラウンドシールドは木っ端に砕け、右腕も暫くの間は使い物になりそうにない。【高速治癒】などによって普段よりも遥かに速く回復させる為には仕方ない事だが、右腕全体が燃える様な熱を持っている。その熱は多少集中力を阻害するが、一旦それは思考の外へ。
 装備面では殴り飛ばされた際まだレッドベアーの口腔に突き入れていたエストックは噛み砕かれて、最早使い物にならない。
 だが、エストックの砕かれた刀身はまだレッドベアーの中にあるようだった。不快そうに何かを吐き出そうとしている姿を見れば分かる。

「――ッ。痛み分けって、所か」

 そう呟き、ゴブ朗は右腕の使い物にならないラウンドシールドと腰のエストックを入れていた鞘を外した。
 使えないものを外した事で多少軽くなった装備を一瞬だけ確認し、再度ハルバードを両手で構えた。とはいえ、思う様に使えない右腕は添えるだけだが。

「さて、今の内に消火しとかないと……」

 流石に体内からの攻撃は効いたようで、レッドベアーも今は動かずに体内の傷が再生する事を優先しているようだ。攻撃するには好機に思える。
 だが怒れるレッドベアーに今の状態のゴブ朗では迂闊に近づけるものではない。
 それに今無理にダメージを与えようとするよりも、【炎の舌】で焼かれて燃える周囲の鎮火を優先すべきである。今なお周囲の燃える木々は黒煙を吐き出し、紅炎を上げ、有毒ガスを周囲に撒き散らしているのだから。
 刻一刻と悪化していく周囲の環境は、放置すればレッドベアー以上の脅威となってゴブ朗を苦しめる事になるだろう。
 炎を攻撃の一つとして扱うレッドベアーならばここを炎の地獄にしたとしても生存できるのかもしれないが、しかしゴブ朗は違う。アビリティによって火を扱う事はできるが、火の海で生存できる程の能力は今は無い。
 このまま放置してしまえばゴブ朗は死ぬ事を免れず、またレッドベアーという強敵を相手に不利な環境で戦い勝利を収めるのは非常に難しい。
 だからゴブ朗はレッドベアーから目を逸らさず、周囲の消火を優先した。
 勿論再び燃やされてはたまらないが、体内に撃ち込んだ猛毒によって暫くの間【炎の舌】を使う事はできないだろう、とゴブ朗には経験からの確信があった。
 だからこそ選べた選択肢である。
【視野拡張】によってレッドベアーから顔を背けずに周囲の状況を把握し、【大気操作能力エアロマスター】で発生させたカマイタチで燃える木を大雑把に伐採、【地形操作能力アースコントロール】によってまるで生き物のようにうごめく土石が伐採された燃える木達の上に覆いかぶさり、空気の供給を断つ。
 酸素を奪われた木はやがて鎮火し、それは訪れた。
 ――闇が支配する、獣の戦場。
 これからが本当の戦いであると、ハルバードを構えたままレッドベアーを睨むゴブ朗は予感していた。
 暗闇の中、ジリ、とゆっくりと歩み寄り――
 聞こえる呼吸音で相手との距離を測り――
 まるで示し合せたように、両者が前進するのは同時だった。

「ゴガァァァアアアッ!!」

 肝が冷えるような恐ろしい雄叫びを上げ、右腕を奪われたレッドベアーは鋭牙を剥き出しにして彼我の距離を消滅させていく。
 右腕が無いのでやや走り難そうではあるが、あり余る膂力が前進する力を捻り出す。
 対してゴブ朗は無言で疾駆――レッドベアーが繰り出した噛みつきがその肉体を捉える寸前に大きく跳躍――レッドベアーの背中を蹴りあげてさらに高く天に舞い上がる。
 跳躍したゴブ朗の下でガチンと閉じられた鋭牙――黄色い火花を散らす――甲高い音を発して虚空を噛む――空中で体勢を変えたゴブ朗――下に居るレッドベアーに向けられたハルバードの穂先。
 自重と落下の勢いを乗せた鋭突――レッドベアーの背中に炸裂――音を立ててほとばしる雷光――【発電能力エレクトロマスター】による攻撃――体内に入ったままだったエストックの刀身を駆け巡る。

「――ッツ!!」

 自分の体重まで加えて突き刺したハルバードの穂先は十数センチ程度しか突き刺さらなかったが、【発電能力】によって穂先に集められていた大電流が体内からレッドベアーを苦しめる。
 穂先に集まっていた大電流はレッドベアーの背中に突き刺さるのと同時に体内を駆け巡り、臓腑を無造作に焼いていく。まだ体内に残されていたエストックの砕けた刀身がより流れを良くし、より激しくレッドベアーを苦しめる結果となった。
 肉が焼ける音と臭いが立ち込める。

「グゴガァァァァァァッ!!」

 立て続けに生まれて初めて味わう攻撃を受け、堪らずレッドベアーは苦痛の咆哮を上げた。


 だがそれはトリプルホーンホースを【硬直】させた時のような効果は無い、ただの咆哮だったので背中のゴブ朗に【状態異常バッドステータス】は発生しなかった。
 とはいえ耳を塞がねば鼓膜が破れそうな程の音量はあり、レッドベアーの背中に乗っていたゴブ朗は急いで飛退きながら細長く尖った耳を押さえた。

(なんて馬鹿大きい声だ)

 顔をしかめつつ、冷静に今の戦況を分析していくゴブ朗はレッドベアーを殺すまでの手順を脳内で構築していく。
 ゴブ朗の攻撃の数々――転生して今までに得たアビリティの数々――はレッドベアーに効いている。
 だが死ぬ気配は未だない。馬鹿げたレッドベアーの体力を削るのは今のゴブ朗にはまだ難しく、長期戦になるしかない。
 そして逆に、レッドベアーの一撃はまぐれで当たったとしてもゴブ朗を殺し得る。
 コチラは地道に積み重ねていかねばならないのに、相手は一撃でコチラを殺せる――その圧倒的不利な状況を知りながら、ゴブ朗はただ笑う。

「タフで、強くて、コッチが殺される確率の方が高い相手、か。だけど、それでこそ喰いがいがあるってなもんだろッ」

 ゴブ朗は高級食材を見るような爛々とした眼で、レッドベアーを見つめた。
 それに、僅かながら動揺したレッドベアーは無意識の内に、ジリ、と一歩後退する。


 右腕は強引に折られ、種族的能力からみても圧倒的不利な状況に立たされて尚、ゴブ朗の心の奥底では目の前の敵の血肉を喰い、己の糧としてやるという欲望が渦巻いている事に、流石のレッドベアーとて危機感を覚えたのかもしれない。
 いや、正確に言えば、食欲、という睡眠欲と性欲と並ぶ三大欲求の一つに突き動かされるまま、ゴブ朗が牙を剥き出しにしてレッドベアーに襲いかかるその姿そのものに、本能的に恐怖を抱いたのだろう。

「喰いたい、俺はお前が喰いたいッ」

 食欲に塗れた叫び――喰ってやるという明確な意思。
 全てを喰らう超能力――【吸喰能力アブソープション】の真価――捕食者の精神力――偏った思考――底なしの食欲。
 転生して初めて本性が表に出たゴブ朗のハンティングはまだ、始まったばかりである。



 目の前の獲物――レッドベアーを喰らうまで、止まる事はない。


==================


《三十四日目》

 湧き上がるどうしようもない食欲に突き動かされてレッドベアーと死闘を繰り広げ、ついにそれが終わった時、太陽が昇っているのにようやく気が付いた。
 俺の全身はレッドベアーの爪や牙によって切り裂かれて、無事な所など探すのが無駄なくらいに重症だ。それにガントレットを装備していた左手は肘から先が綺麗に無くなっている。
 レッドベアーの鋭爪えいそうをガントレットで防御したらそのまま斬り飛ばされてしまい、切り落とされた腕は戦っている最中に喰われてしまったのだ。残っていればくっ付ける事もできただろうが、喰われたので左手はもう戻らないかもしれない。
 とはいえ無くなったモノはどうしようもないので左腕は糸で止血しているし、全身の数え切れない傷を癒す為に回復技能ヒーリングスキルの一つである【持続再生】は既に発動済みなので、俺が失血死する可能性は低い。
 全身から大量の、それこそ致命的なまでの血が出ていたのにどうしてだ? と思うかもしれないが、外に流れた血はとある手段で既に補充してあるから、全身血まみれな見かけに反して体内の血量は十分に足りている。
 ナナイロコウモリから得た【吸血搾取ヴァンパイアフィリア】があって本当に助かったと思う。
 これ、吸血行動の際に限っては対象の防御力をある程度までなら無視できるし、吸った血を自分のモノに即座に換えられる能力である。コレのお陰で、アビリティの重複発動で上げられるだけ上げた防御力すら突破してきたレッドベアーの攻撃で流された致命的なまでの量の血を、レッドベアーから補充する事ができた。
 つまり自分の血を敵から補充できて、その分の血は相手から奪ったモノなのだからそのままダメージとなったって事になる。
 現在の俺はスライムのように身体の一部を変化できるので、指をストローに見立ててレッドベアーに突き刺せばそこから血を吸えたので、補給するのに困らなかったのも大きい。
 うん、もし今持ってるアビリティが一つでも足りなかったら、今のような結果にはなっていなかったかもしれないなぁ。
 肉体面の損害はこんなモノだろうか。
 次は装備面だが、さすがにこちらの被害は甚大だった。
 先ほども言ったように左腕のガントレットは腕と一緒に喰われたし、右手のラウンドシールドは木っ端微塵になった。
 二本あったエストックは二つとも根元から折れて使い物にはならなくなっているし、数本あったボウィー・ナイフも砕け散ったり、刃こぼれしたり、根元から折れたりと無事なモノは殆ど無い。
 主要武器だったハルバードも刃毀れが酷いし、鉄製の長柄にはレッドベアーの攻撃を幾度も受け流した為に大きく歪みがでている。全壊こそしていないが、修理が必要なのは明らかだ。
 まだ新しかったはずの防具は戦闘前の小奇麗な姿など見る影も無くなり、現在はボロボロのハーフパンツとズタボロの上着といった有様だ。
 パッと見では負け犬でしかない。いや、負けゴブリンか。それくらいに酷い有り様だ。
 だけど、それでも俺は生き残った。俺が生き残ったのだ。
 自分で言うのもなんだが、よく死ななかったな、本当に。 
 ああ、そうそう。そう言えば【悪臭】、あれにも助けられたっけ。胴体に噛みつかれた時咄嗟とっさに使ったらレッドベアーが鼻を押さえて悶えだして解放されたんだよね。いやいや、ホント何が役に立つか分からんもんだ。
 レッドベアーとの激闘を振り返り、しばし物想いに耽ってから、俺はレッドベアーだったモノに目を向けた。
 激しい戦闘の余波でなぎ倒された木々の中心にて息絶えた赤い巨熊。全身は俺のように所々傷だらけで、しかし胸部には俺が集中的に攻撃した証拠として大きな斬痕が刻まれている。
 虚ろで光の消えた瞳には傷だらけな姿で見下ろす俺が映り、眉間に深々と突き刺さっているボウィー・ナイフが何処となく哀愁を誘う。
 何度も語ってしまうほどに、このレッドベアーは強かった。
【見切り】によって攻撃軌道が赤い線として見えているのに、攻撃速度が速過ぎて回避が間に合わない事があったり、爆発音にも似た咆哮や鋭い眼光で俺の動きを阻害するなど、特殊技能を所々に織り交ぜてきたのだ。
 それにコイツ、熊の癖に口から火炎放射器のような炎の吐息を吹きやがった。本当に、どんな熊だって話だ。いやはや本当に、強かった。勝てたのも、運が良かった部分が多い。
 しかし勝ったのは俺で、勝者は敗者の分まで生きる義務が、責任がある。
 ボロボロの身体に鞭を打って近くに転がっていたレッドベアーの右腕を手に取り、少しでも体力を取り戻すべく、喰った。


[能力名【重撃無双】のラーニング完了]
[能力名【強者の威圧】のラーニング完了]

 レッドベアーの右腕を喰い終えると、ふっと意識が何処かに飛びそうになった。
 これは激闘で失われた体力が大き過ぎて、本能が生存する為には意識を遮断して体力を温存するのが最適だ、とでも判断したからに違いない。
【高速治癒】と【持続再生】で身体は今も回復し続けているから、意識を失っても死ぬ事は無いとは確信している。
 俺の肉体だ、それくらいは把握できる。だが、流石にこのまま気絶するには無防備過ぎた。
 気絶している間に他のモンスターに喰われる可能性は非常に高く、だから生きる為に残る力を振り絞って糸を噴出し、余波によってなぎ倒されて周囲に散らばっている木々でレッドベアーと俺の周囲を包み込むように壁を造る。即席の避難所だ。
 木で少しはカムフラージュできているだろうし、糸には噴出時に毒も染み込ませているので、仮に誰かが攻撃を仕掛けてきても最終的に毒でどうにかなるだろう。それでもダメだったら俺は所詮そこまでの存在だったって話で、諦めもつくというもの。
 一先ずの守護を完成させると俺は力尽き、意識を――


[レベルが規定値を突破しました。
 特殊条件《王者殺害》《覇道闊歩》《■神■■》をクリアしているため、【大鬼オーガ・希少種】に【存在進化ランクアップ】が可能です。
存在進化ランクアップ】しますか?

《YES》 《NO》]

 ――失う寸前、根性で《YES》を選択した。 


《三十五日目》

 何かに促される様に目を覚ました。薄暗いが、それはさして気にならない。
 今までに無い程の飢餓感に突き動かされる様に、近くに転がっていたレッドベアーの死体に手を伸ばす。
 眉間に深々と刺さっていたボウィー・ナイフの柄を摘まんで引き抜いてから、頭部を力尽くでむしり取る。ミチミチ、ブチブチと頸部の毛皮や筋肉、それに頑丈な頸椎が無理やり引き千切られる音が響いた。
 まだハッキリと意識が覚醒しないながらも、手の中にあるレッドベアーの頭部を条件反射でボリボリと喰った。


[能力名【山の主の咆撃】のラーニング完了]
[能力名【威圧する眼光】のラーニング完了]
[能力名【全属性耐性トレランス・オール】のラーニング完了]

 頑丈な体毛を歯で無理やり磨り潰し、頭蓋骨を噛み砕き、脳をすすって、と数秒ほどで頭部を喰い終わり、ほんの少しだけ働く様になった頭でレッドベアーの毛皮が必要だと判断して、何故かとても小さくなってしまったボウィー・ナイフで毛皮を丁寧に剥いでいく。
 なんかレッドベアーも気絶する前よりかなり小さくなったように思えたが、まだ頭が正常に働かなくてその疑問の答えが導き出せない。
 ただ今はこうする事が正しいと思ったから、毛皮を剥いでいるにすぎないのだ。
 俺の左手はやっぱり肘から先が無いけど、この程度はアビリティで何とかできるので問題なかった。【形態変化メタモルフォーゼ】を使用すれば、肘までしか無い左腕に細長い指をでっち上げて毛皮を摘まんだりはできるのだ。
 小さいナイフと器用に動かすのが難しい左手の義指に苦労しつつも毛皮は無事剥ぎ終わり、その後で剥き出しになったレッドベアーの肉に喰らいついた。
 強い飢えに導かれる様に、その血肉を一心不乱に喰らい尽くす。


[能力名【山の主の堅牢な皮膚】のラーニング完了]
[能力名【山の主の強靭な筋肉】のラーニング完了]
[能力名【連撃怒涛】のラーニング完了]
[能力名【獣王の覇道】のラーニング完了]
[能力名【炎の亜神の加護】のラーニング完了]
[能力名【炎熱完全耐性】のラーニング完了]


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