Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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1巻

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 噛めば噛むほど旨味がどんどん溢れて来るような今までで最高の肉を喰らい、まるで熟成したワインのように濃厚な血を一滴でも多く飲み干し、一口毎にレッドベアーの生命力を感じられる臓腑を嚥下えんかし、鉱物のような歯応えのある骨髄を貪り、レッドベアーという存在全てを腹に収めて、そこで俺の頭はようやく本格的に働き出した。
 自分の身体を見下ろす。
 体色は黒と変化は無いのだが、大量のレッドベアーの返り血に加えて、何やら見覚えは無いが何処か宗教的な意味のありそうな赤いライン――刺青と言えばいいのだろうか?――が全身に追加されていた。
 それに人間の成人男性の胴体以上の太さは余裕でありそうな腕や、ボコリと割れた腹筋などから、俺はホブゴブリンとは違う存在になった事が簡単に理解できた。
 それに髪。確実にこんなに長くはなかった。
 ホブゴブリンになって頭部に髪の毛が生えたのだが、精々肩に触れるか触れないか程度だったのに対し、今は肩甲骨の下辺りまで髪の感触がある。長髪になっていて、髪の色は灰色だ。
 それに角だ。額から生えた二本の鋭角。触ってみるとかなり硬質な上に鋭く尖り、頭突きをすれば牛のように角で対象をブスリと突き刺せるに違いない。
 そうやって色々身体を点検していると、意識を失う前のメッセージが思い出せた。
 うん、俺、大鬼オーガになったらしい。しかも亜種ではなく、希少種とかまたけったいなモノに。
 まあ、流石にこれだけ生物を殺せば【存在進化】くらいはするってなものだろうし、希少種とかになったものは仕方が無い。きっと悪い事ではないのだと無理やりに納得しておく。
 オーガ希少種になった事でゴブリンからホブゴブリンになった時同様全能力、全アビリティ等が強化され、仮初かりそめの万能感が身体全体に漲っていたが、それ等の検証はまた後だ。
 今は拠点に帰るべきだろう。きっと帰らなかった事で心配させているだろうし。
 まだ直せば使えるだろうハルバードを拾い上げ、外に出ようとして気が付いた。ボロボロだったがそれでも一応隠すべきモノは隠していた服が、身体が大きくなった弊害で全て弾け飛んでいたのだ。
 つまり現在俺は全裸なのである。
 股間でブラブラと揺れているそれは、自分のなのにしばらく凝視してしまうほどに立派でした。
 さてどうしようかとちょっとだけ悩み、今さっき剥ぎ取ったレッドベアーの毛皮を腰に巻きつけてデカくなったそれを隠す事で問題は解決。
 なるほど、こうなる事を予感していたから毛皮を剥いだのか俺は、と思いながら風の刃で盾にしていた木と糸をズバンと斬り裂いて外に出る。
 アビリティレベル上昇に伴い風の刃の威力も上がっていたので、手加減した状態でも一発だった。
 太陽の位置から察するに、今は大体二時くらいだろうか。
 かなり眠っていたようなので、急いでアジトに戻る。その途中で近くに転がっていた俺のバックパックとフィールドバッグ、それからリサイクルする為にエストックやボウィー・ナイフだった鉄片を出来るだけ回収する。
 バックパックに入れていたトリプルホーンホースの足の肉は既に奪われていたが、オニグモの甲殻など他の素材は残っていたのでこれくらいの被害は仕方ないと諦めた。
 バックパックとかがボロボロにされて使い物にならなくなるとかよりはまだマシだ。



 そして身体が大きくなっている上に、アビリティの使用によってあっという間に俺は拠点に辿り着き、見事に警戒されました。
 うん、そりゃ見ず知らずのオーガが来たらこうなるよな、と苦笑する。
 そしたらもっとビビられた。ああ、オーガになったことで俺は凶悪な顔付きになっているに違いない、とここでそう確信したね。
 ゴブリン→醜悪。
 ホブゴブリン→やや人間に似てくる。
 オーガ→筋肉マッチョの狂戦士状態。
 って感じなのだろう、きっと。
 ちなみに確証は無いが、今の俺の身長は二メートル以上は確実にあると思われる。俺を警戒している周囲の下っ端ゴブリン達と比べたら、それくらい視点が違う。
 完全に見下ろす形だし。近過ぎると死角に入って見失ってしまうのだ。
 しばらくすると、奥から出てきたゴブ美ちゃんが俺だと気付いてくれた。それによって他のゴブリンの警戒が無くなる。
 俺の姿に一瞬ポカンとしたゴブ美ちゃんは、次の瞬間には怒りをにじませた表情で俺の下に。で、脛を思いっきり蹴られた。全然痛くなかったけど、一応痛がる演技をする。
 ただ本気で痛そうに悶絶しているゴブ美ちゃんにはさり気無く回復技能ヒーリングスキルを使用して痛みを和らげてあげました。
 その後痛みから立ち直ったゴブ美ちゃんに正座させられて、本当に心配しただの何やってただの何でオーガになっているんだだの、あれこれ言われました。
 左手が無い事も勿論突っ込まれた。当然かもしれないが。
 それにちょっと涙目で言ってくるから少しも反論できません。心配させてごめんなさいと謝っていたら、ゴブ吉くんに赤髪ショートも騒ぎを聞きつけてやってきた。
 んで、やっぱり驚いてます。あんぐりと、口を開いて驚いてます。
 そりゃ、一日帰らないと思って心配していたら、その翌日にオーガとなって戻って来たんだからそうなるってなものだ。
 一応成り行きの説明って事で、ゴブ江ちゃんにホブ星さん、ホブ里さんにゴブ爺など集まっていなかった主要メンバーを招集してから、説明開始。
 他のゴブリンは後から説明すると言って追っ払いました。
 えー、一人でハンティングしていて、そろそろ帰ろうかと思っている時に〝レッドベアー〟を発見。腕試し的な意味や本能的な部分――主に食欲だな、うん――が理由で攻撃を開始。
 その後夕方から始まった激闘は夜通し続けられ、決着がついたのは昨日の朝日が昇ろうとしていた時の事だった。その後、俺もダメージが大き過ぎて動けなくなって、慌てて糸の結界を張ってから一眠り。体力回復を図る。
 で、ついさっき目が覚めたらオーガになっていた。しかも希少種らしいです。
 装備品は殆どがボロボロになってしまったが、レッドベアーの毛皮が戦利品としてあるので、損ばかりでは無い。いやー、生きててよかったよかった。
 などと、そこまで話してホブ星さんにホブ里さん、あとゴブ爺が顎が外れたかのような間抜け面を晒しているのに気が付いた。
 どしたんゴブ爺。え? 赤い巨熊を殺したのかって? だから、そう言っただろうに。と言いながら腰に巻いた毛皮を叩いて意識を集める。
 ん? どしたんホブ星さん。ふむふむ、この森には〝ハインドベアー〟ってかなり強力で、近場ではほぼ敵無しな熊タイプのモンスターが生息しているんだけど、そいつ等の毛並みは普通灰色で、体長は三メートルほどもある。
 そして、その中に亜種で毛並みが赤い個体が居ると。
 その亜種はメイジのように魔術は使えないけど、その代わりとして高い知能と炎を吐き出す能力を持っているし、膂力とか嗅覚とかといった肉体の基本性能は普通のハインドベアーとは隔絶した差がある。
 で、そいつはハインドベアーの中でも一番強いんだから、つまり、この辺り一帯で一番強いって事になる。だからそのハインドベアー亜種は〝山の主〟と呼ばれ、恐れられていると。その強さはオーガでも容易く殺して喰らうほど、ねぇ。
 なるほど、そんな化物を俺は二度も目撃していたのかと、広いようで狭いこの世に思いを馳せた。
 あて。ホブ里さん頭を叩かないで。ぜんぜん痛くないけどさ。……え? 毛皮をもっとよく見せろ? 仕方ないなぁ。って事で見せたら、間違いなく本物だとか言われた。
 まあ、オーガになった状態でも普通にあれだけの数のアビリティ得られていたし、そもそも【山の主の強靭な筋肉】とかってアビリティがあったので、間違いなくそうだろうさ。
 あと、こんな短期間でオーガになった俺は〝異常〟を通り過ぎて〝在りえない存在〟だとも言われました。なったものは仕方ないだろって言い返しましたが、そんな簡単に言っている事が在りえないんだと自覚しろと逆切れされた。理不尽だ。
 その後も色々と言われて、色々と話して、一時間後には一区切りがついたのでこの場は解散する事になった。
 いや、流石に露出度で言えば生まれた時と同じくらいになってしまっている現状、早く新しい服が欲しいんだよね。
 恥ずかしいと言うか何と言うか、流石にモロダシの状態で居るのは落ちつかない。
 あと、周囲の視線が色んな意味でちょっと。
 俺が自分の製作工房に向かって移動すると、その後ろをゴブ美ちゃんと赤髪ショートがついてくる。カルガモの親子か、とツッコミたかったけど自重する。
 実害が無いからほっとくとして、残る四人の女性陣にも一応挨拶しておかねば。
 留守中に何かあったかもしれないので、それらの確認も兼ねて、である。
 それで、見事に恐がられました。出会い頭に悲鳴までもらいました。
 集まるなお前等、さっさと散れ、となんだなんだと集まって来たゴブリン達を追い払う。


 彼女達の反応にちょっと泣きそうになったけど、糸を出したり炎を出したり以前交わした話を語ったりして、ようやく俺であると理解してもらう。
 まだちょっとビクビクしてるけど、ホッと笑みを向けてくれるのは嬉しいね。
 皆可愛いし、グッジョブ、って言いたくなった。
 ただ、密かに太ももの皮をつねらないでね二人とも。ちょっとだけ痛い、ような気がするから。皮膚は鍛えられないんだぞっと。ま、これも心配させた罰ゲームだと思う様にして、色々と話していく。
 鍛冶師さんにはボロボロになってしまったハルバードの整備を頼んだ。これはまたよくココまで使い込んだわね、とお小言を貰いながらだが。
 あと、〝精霊石〟を使って造ったナイフとかができたらしいので、後で見てくれと言われました。
 それともし良かったら私が貴方の新しい武器も造ろうか、と聞かれたので即座に頷いておく。ちょっと嬉しそうに微笑み、赤くなった頬がとってもキュートだった。
 思わず頭を撫でてしまう。無論怪我しない様に力加減は慎重に、だ。
 それにしても、可愛い子のくすぐったそうな表情とか、とてもいいと思うんだ。やはり女の子は笑顔が一番だと思ったね。あと、何故か二人の抓る強さが上がった。
 何故だ。
【料理人】な姉妹さんには今度灰色熊ハインドベアーを狩ってくるから、熊鍋にしようって話で盛り上がる。話をしていると熊鍋をするならあとコレとこれとソレを集めて来て、とか言われたので、部下で奴隷な例のゴブリン達に採取してくるよう命令を出す。
 最近では俺が扱き使っているからか、こいつ等のレベルも〝100〟に近いので、そろそろホブゴブリンになれる奴もでてくるかもしれんな。
 あと、やっぱり姉妹さん二人だけじゃ人数的に厳しいので、せめて材料を切る係が欲しいとの事で、後方支援部隊に所属している中で、俺と同年代のメスゴブリンを三名ほど選んで補助員に任命。
 これはオスだとまだ怖いだろうとの配慮だが、それにしてもこの子達、とんでもなくタフである。
 友人知人、もしくは肉親や恋人を殺した上に自分達までも攫ったゴブリン相手に、個体レベルで見れば違うとはいっても、この短期間でここまで慣れてきているのだからその適応力と精神力は目を見張るモノがある。
 いやはや、凄いねホント。俺としては嬉しい誤算だけども。
 二人とも良いお嫁さんになれるね。もし良かったら俺の嫁さんになる? とか冗談を交わしつつ、その後で晩御飯楽しみにしているからねー、と言い残してその場を後にした。
 嬉しそうに頬を染めて笑顔を向けてくれた二人は可愛かったです。
 あと、二人から後頭部を木刀で叩かれた。理不尽だ、全く痛くないから問題ないが。
 錬金術師さんは普段どおりポーションを作っていたが、その中に何気に毒薬が混じってた。それもじわじわ苦しめて殺すタイプの毒では無く、即効性だが身体が動けなくなるタイプのヤツだ。
 まあこれも仕方ないよねーと苦笑しつつ、耳元でそっとその事を囁くと、毒薬の使い方を教えてくれた。
 何でも、コレは護身用なんだとか。人間にも色んな奴等が居る様に、自分達を襲ったゴブリンとかの中にも俺みたいのもいるって理解できたから飯に毒を混ぜたりする気持ちはもう起きなくて、だけど最低限の備えが無いと恐いから作った、だそうだ。
 殺したい程憎いんじゃないのか? と聞いたら、確かに殺したい程憎いゴブリンも居るには居るけど、あの夜の一件以来俺は信用できるそうです。
 それに最近では、ゴブ吉くんとか辺りも信用できると思っているそうです。
 それと、オーガになって迫力出過ぎって言われました。身体が凄過ぎるそうです。赤い刺青もちょっと恐いとか。これは仕方無いだろー、と両脇に手と義指を伸ばしてその身体を持ち上げたりしてじゃれていたら、後方の二人から絶対零度の視線を感じた。
 やばい、殺される。と思ってしまう程の力ある視線だった。
 なので、二人にも同じ事をしてご機嫌取りをした。そしたら鍛冶師さんとか姉妹さん達もやってきて、同じ事やらされました。全員身体が柔らかくて脆いので、壊さないように気を使ったので肉体はともかく精神的に疲れました。
 その後ようやく自分の工房に到着し、服をチクチクと。
 新しい防具の素材にしようと思っているレッドベアーの毛皮はまだ加工処理ができていないので、しばし放置する事に決定。当分の繋ぎとして、既に造り置きしておいたヨロイタヌキのなめした革で半ズボンを製作する事にした。
 オーガになって分厚い筋肉を獲得したからか寒さとか全く感じないし、今の俺サイズのズボンを作ろうと思えばそれなりの数の革が必要になるので、半ズボンにしたのは革を節約するためである。
 ちなみにレッドベアーの毛皮は毛皮をそのまま使用したハイドアーマーでも十分効果は期待できるだろうけど、折角だ。ハイドアーマーよりも防御力が高い厚手革鎧ハードレザーアーマーとかにしたいと思っている。
 手早く半ズボンを完成させると、早速装着。俺の人としての尊厳がこれで保たれる。様な気がした。
 その後レッドベアーの皮を茹でて硬化させて、といった作業を行っていく。
 明日は狩りに出ずに装備の製作に勤しもうと思う。今俺達が持っている武器の大きさが、俺のサイズに合わなくなっているってな理由もあるけど。


《三十六日目》

 部下で奴隷な例のゴブリン達五名の内三ゴブがホブゴブリンになっていた。
 祝いの品を送る。しかしそろそろかなと思った昨日の今日でなるとは、空気を読み過ぎだと言いたい。
 そして午前訓練の終了を告げる俺との組み手は無くなりました。
 いや、危ないんだ。
 手加減に手加減を重ねた位の力でやってみても、普通のゴブリンじゃ軽く殴っただけで死にかける。というか、大慌てで治療しなけりゃ死んでたな、あれは。
 唯一完全武装なゴブ吉くんが対抗できたけど、かなり必死そうだった。それに殴る度に装備がギシギシと軋むので途中で止める他無かったし。黒鉄製のタワーシールドは俺の拳で凹凸ができてしまった。
 今後は一対一で模擬戦をさせ、負けた方に何らかの罰ゲームを科す事にしよう。
 そして午後、俺は昨日に引き続き防具の製作に当たる。
 ゴブ吉くんは何か難しい顔でハンティングに出かけた。一人では危ないので、バディーを組ませる。相手は荷物持ちと補助役に徹する様に命令した、奴隷兼部下で今朝ホブゴブリンになったばかりの個体だ。
 ゴブ美ちゃんとホブ里さんは同性って事と接近戦闘時のスタイルがちょいと似ているって事で仲が良くなって、四ゴブ程部下を連れて狩りに出発。
 ホブ星さんは防具製作中な俺の横で読書中である。いい加減その本を返してと言ったが、無視された。まだ全部読んでないんだけどなぁ……
 ゴブ江ちゃんは今日も趣味の精霊石採取に勤しんでいる。精霊石がもっと多く取れるポイントを発見したそうで、やる気が漲っている。採掘ペースが上昇しているのだ。
 赤髪ショートは居残りのゴブリン達と木刀で訓練中。周囲のゴブリンの成長に負けないようにする為か、真剣な顔つきで訓練に打ち込み、自分達を襲った年上ゴブリン達とは兎も角、俺と同年代なゴブリン達とは次第に打ち解けてきているようだ。ほんと、タフだ。
 防具製作の合間の休憩時には鍛冶師さんの所で精霊石製ナイフの面白い能力に笑ったり、姉妹さんの所で俺が知っている簡単な料理の造り方を教えてみたり、錬金術師さんの所で新作ポーションのアイデアをだしあったりと。
 うん、久しぶりにゆっくりとした一日でした。


《三十七日目》

 奴隷兼部下でホブゴブリンになれていなかった残り二ゴブもホブゴブリンになった。
 二日連続かよと思いつつ、祝いの品を送る。
 午前訓練が滞りなく終了し、姉妹さん達が作ってくれた昼食を食べていると、採掘に向かった筈のゴブ江ちゃんが大慌てで俺の所にやってきた。
 その腕の中には額に真っ赤な宝石がある茶色い小人が抱かれていて、その全身には鋭い切り傷が刻まれている。何時ぞやの俺のように、全身血塗ちまみれだった。ゼェハァゼェハァと息も絶え絶えで、今にも死んでしまいそうだ。
 一先ず〝カーバンクル〟と呼ぶ事とし、ゴブ江ちゃんが助けてあげてと言ったので回復技能ヒーリングスキルの一つである損傷回復ヒールで治療を施す。
 あと十数分遅れていれば手遅れだったに違いないが、怪我は治っていくので何とか間に合ったようだと一安心。
 ただ失われた血まではヒールでも戻らないので、造血作用のある草を磨り潰して色々と配合して作製された錬金術師さん作〝造血ポーション(試作品)〟を無理やり飲ませてから寝転がした。
 今は飯を喰ったばかりなのでカーバンクルを喰う気にはならなかったし、ゴブ江ちゃんが助けてと言ったので助ける方針です。
 数分後、体長三〇センチ程のカーバンクルが目覚めたので、事情を説明する。
『有難うございます』と言われた。
 どうしてそんな怪我を、と話を聞いた所によると、カーバンクルの名前はリターナと言い、傷だらけで死にかけていたのは人間の冒険者にやられたからだそうだ。
 何でもカーバンクルの額にある立派な赤い宝石は超高級品で、売れば十億ゴルドになり、それが目的であるらしい。
 大変だったんだなと思っていたら、今度は土下座されて、襲った人間達をどうにかしてくれと頼まれた。
 話を聞き、それを整頓するとこうなる。
 まず、リターナは大昔に生きてその名を大陸中に轟かせた伝説の魔術師ベルベットなんたらが生み出した人造カーバンクルだそうな。ゴブ江ちゃん達が精霊石採掘の為にピッケルで掘り進め、岩壁を貫通した先にあった、世間ではダンジョンと認知される類の建造物【ベルベットの隠し宝物殿】の管理人なんだとか。
 次いで、俺によって表面上の怪我は治った様に見えているが、実は人間達に攻撃された時に自らを構成するのに最も重要な〝核〟――リターナは人造カーバンクルだから、寿命は無いけど核が壊れると死ぬそうだ――を深く傷つけられたので、残された時間は少ない。ヒールは消えるまでの時間を延長させただけらしい。
 そして、宝物殿の最奥にはベルベットがその生涯を通し、苦労して蒐集しゅうしゅうした【伝説レジェンダリィ】級のマジックアイテムを筆頭とした宝石類や秘薬が山の様に眠っている。その宝物庫を野蛮で欲に塗れた愚者に荒らされ、宝物を奪われたりするのはどうしても我慢できない。
 よって、その人間の冒険者はできる事なら自分で何とかしたいのだが、リターナに残された時間は少なく、戦力も足りていない。ダンジョンに配置されている魔法生物である骸骨兵士スケルトンや、その上位種として骸骨兵士を召喚・使役している上級骸骨兵士グレータースケルトンでは、冒険者一行の構成メンバーの性質上相性が悪過ぎるそうだ。
 だからちょっと強そうな俺達に侵入した冒険者一行をダンジョンから退け、その上で出入り口を埋めてもらいたいらしい。
 最後に、もし排除する事が出来たのなら、そのお礼として宝物庫の中身を譲るとの事。ベルベットは人間嫌いだったので、どうせなら人間では無くオーガやホブゴブリンな俺達に遺産を引き継いで欲しいそうだ。
 しばし考え、やっておいて損は無いかな、と結論を出す。
 ゴブ吉くんにゴブ美ちゃんにゴブ江ちゃん、それからホブ星さんとホブ里さんに完全武装するように言い、俺は鍛冶師さんに精霊石製のナイフを持ってきてと頼んだ。
 素手よりは何か武器になるモノがあった方がいいと思ったからだ。
 精霊石製のナイフって、見た目的に派手な事ができるので抑止力とかにもなりそうだし。
 指示していると鍛冶師さんを始め、赤髪ショートと姉妹さんに錬金術師さんがちょっと不安そうな顔で俺を見てきた。
 そりゃ、人間を殺してくれって聞こえる頼みだからな。見ず知らずな相手でも、気分はよくないのだろう。
 でも、リターナが頼んでいるのはあくまでもダンジョンから追い出す事であって、冒険者一行を先手必勝で殺す事では無い。
 最初に説得を試みて、それでダメならコッチも実力行使になる。身を護るためには仕方が無いから、恐らくは殺す事になるだろう、と言う。
 でも、何よりも会話は大事だよね、と笑って見せたら多少は納得してくれた。
 準備が整ったところで、ゴブ江ちゃんがリターナの管理していたダンジョンに繋げてしまった穴に向かう――
 そしてダンジョンに侵入し、リターナを殺そうとしてきた冒険者男女六名は全員殺害した。



 いや、有言通りに最初俺は説得を試みた。
 コチラの数が多いと不安になるだろうからって事で、ゴブ吉くん達には隠れてもらって俺一人で説得に赴いた。これは俺なりの誠意だったんだ。
 だけどアイツ等俺に出逢った瞬間、『グレータースケルトンだけじゃなくてオーガ亜種も居るのかよ、ココは。弱いくせに数が多いってんだよ、くそったれが。まあ、ちょっと面倒な相手だが俺達の敵じゃねぇ。さっさと殺させてもらうか。それに逃がしちまったアイツも探さないといけねーしな』とか色々とフラグ的な事を言いながら、る気を漲らせて襲いかかってきやがったのである。
 俺、亜種じゃなくて希少種だし。そもそも俺の話なんて少しも聞く気がねーでやんの。流石に、これって強盗だよな、と思ったね。
 いや、人様の御宅ダンジョンに不法侵入した挙句、そこで暮らす住人モンスター――今回の俺は違うけど――を殺しまくって、さらに隠された宝物を強奪するとか……コレは紛れもない強盗殺人事件である!! しかも罪の意識とかないから全く救い様が無い!! と一人芝居。
 ちなみに【物品鑑定ディテクト・アナライズ】した所、強盗犯達の装備品は全て魔術かソレ系統の技術で何らかの属性とかが付与された高品質な品ばかりなようで、見た目的にも雰囲気的にもかなり強そうなパーティーだった。
 パーティー構成は前衛二に後衛三、遊撃に一、といった具合で、六人の連携は決して悪いモノではなかった。
 しかしながらレッドベアーのような絶望感とかは全く感じなかったし、今の俺はオーガ【希少種】って事で素の状態のスペックの高さに加え、アビリティの重複使用を行っているので強盗達程度の攻撃を防ぐのは簡単な作業だと感じられた。
 というか、初撃を見てそう判断できていた。
 アチラの攻撃は全体的につたないのだ。狙いも比較的単調だし、効率的な武器の扱い方もできていないばかりか、攻守の中に敵を惑わす複雑怪奇なフェイントが殆ど混じっていないのである。
 斬撃は速く、武器の能力も高いので普通のオーガならば惨殺して余りある連撃なのだろうが、俺から言わせれば戦闘技術が身体のスペックに追いついていないというか、強引過ぎる攻めだという感想を抱く他ない。
 それに何だか、微妙な違和感があった。身体の動きと武器の軌道が、少しズレている様な、そんな違和感だ。まあ、よく分からないので究明は置いといて。
 レベルによる肉体補強やら【職業】補正で彼等は確かに強いのだろうが、それが逆に地力を上げる為の努力――無意識でも敵を切り殺せるように剣を振る、使える技の熟練度を上げる等々――を阻害しているのかもしれない。
 恐らく今まではレベルを上げて強引に、力任せに突っ込んで敵を殺せていたから、彼等は自然と努力する事が少なくなってしまったのだろう。別に他人事なのでとやかく言うつもりは全くないが、しかしそれが実際、余りにも致命的過ぎた。
 努力していれば、俺と互角に戦う程度は出来たに違いないというのに。それほどのスぺックは間違いなくあるというのに。
 努力を怠っていたが故に、彼等は俺の敵では無かった。
 格下だったが故に俺には余裕が生まれ、攻撃を全て弾き防御パリィングしながら説得を続けたのである。
 強盗に殺されそうになりながらも説得するなんて、普通は無いよなぁ。
 それで、しばらく攻撃されながら説得してたら、ずっとこのダンジョンから出ていくように優しく言っていた俺の顔面に、後方に居た【魔術師】だろう青年の行使した【雷光】系魔術がズドンと直撃。
 流石に衝撃でたたらを踏むが、倒れはしない。ダメージ的にはそこそこ痛い程度のものだった。
 ただそう言ってしまえば大したことない攻撃だった様に思えるかもしれないが、【全属性耐性トレランス・オール】やら【雷光耐性トレランス・ライトニング】などを重複発動していなかったら、頭部が跡形も無く蒸発していたくらいの威力は確実にあった。
 だから、流石にね。そこまでやられたらさ、仕方ないよね。我慢の限界が来てもいいよねって事で。
 隠れていたゴブ吉くん達に攻撃開始の合図を送る。
 俺はリターナに内心御免と謝りつつ、『ここはどこの聖殿ですか?』と問いたくなるくらい神秘的な乳白色の回廊の一部の地形を操作し、冒険者たちの退路を断つ。
 そして注意を俺に引き付けるべく、正面から突っ込んだ。


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