Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

文字の大きさ
25 / 270
2巻

2-9

しおりを挟む

 攻撃を開始して、二十分くらいか。戦闘は終了し、夜の静けさが戻っていた。
 アイゼンへの一撃が終わってすぐに周囲を土壁で取り囲んだので取りこぼしは無いし、一応全員に【隠蔽】を施していたので、生き残りが居ても俺達の姿は別の何かに見えたはずだ。
 まあ、こんなモノだろう。目的は十分達成できた。
 埋まっていた朱槍を地中から引き抜いて回収した後、糸で使えそうな物資を掻き集め、殺した相手の血肉を喰っていく事に。
 数が多いので【消化吸収強化】と【吸血搾取ヴァンパイアフィリア】と【形態変化メタモルフォーゼ】を併用して効率良く取り込んでいく。


[能力名【断風】のラーニング完了]
[能力名【嵐風】のラーニング完了]
[能力名【再生阻害】のラーニング完了]
[能力名【認識妨害】のラーニング完了]
[能力名【切り上げアッパーカット】のラーニング完了]
[能力名【重斬撃ヘビー・スラッシュ】のラーニング完了]
[能力名【戦士の血統】のラーニング完了]
[能力名【騎士の血統】のラーニング完了]
[能力名【職業・双剣士デュアルソード】のラーニング完了]
[能力名【職業・斧術師アクスロード】のラーニング完了]
[能力名【職業・槍術師ランスロード】のラーニング完了]
[能力名【生存本能】のラーニング完了]
[能力名【同族殺し】のラーニング完了]
[能力名【腕力強化】のラーニング完了]
[能力名【鷹の目ホーク・アイ】のラーニング完了]
[能力名【職業・狂戦士バーサーカー】のラーニング完了]
[能力名【小心者の精神チキン・ハート】のラーニング完了]
[能力名【職業・格闘士グラップラー】のラーニング完了]
[能力名【武芸百般の心得】のラーニング完了]
[能力名【飛翔斬】のラーニング完了]
[能力名【弧月閃】のラーニング完了]
[能力名【千槍百華】のラーニング完了]
[能力名【連斬ラッシュ】のラーニング完了]
[能力名【重斧撃】のラーニング完了]
[能力名【罠生成】のラーニング完了]

 そして最後に今日のメインディッシュであるアイゼンを喰う事に。胴体の大部分がえぐれて散らばってしまっていたが、それでもそれなりの肉が確保できた。
 白竜鱗の鎧と呪いの短槍は喰わずにそのまま所持していても良かったが、あえて喰った。
 ボリボリとかじる。鎧はパリッとした歯応えとサッパリした味で、短槍はコッテリ濃厚で多少粘つく。


[能力名【聖十字斬りグランドクロス】のラーニング完了]
[能力名【職業・剣聖マスターソード】のラーニング完了]
[能力名【職業・竜殺師ドラゴンスレイヤー】のラーニング完了]
[能力名【竜鱗精製】のラーニング完了]
[能力名【呪刻の傷】のラーニング完了]

 取得経験値量や得たアビリティなどなど、満足いく結果にホクホク顔で帰る俺達なのだった


《八十二日目》

 通信機を通じて連絡が入り、父親エルフにエルフの集落へ来るように言われた。
 丁度女騎士と赤髪ショートを相手に訓練していた所なので、その二人を護衛として連れていく事に。護衛は必要ないかもしれないが、そういう名目で観光させようと思っただけだ。他は訓練、あるいはハンティングか勉強に振り分けた。
 俺と赤髪ショートはクマ次郎に、女騎士はクロ三郎に跨ってエルフの里へ。
 群れに人間を引き入れている事は既に知られていた為か、特に問題は起こらなかった。
 まるで家畜を見るが如き不躾ぶしつけな視線を向けてきたエルフには、【威圧する眼光】で立場の違いを教えると共に強制的に視線を背けさせていく。
 やがて父親エルフの屋敷に到着し、以前通された部屋に向かう。
 父親エルフを待っている間、出されたお茶を飲んでいた。ココには初めて来る赤髪ショートと女騎士は物珍しそうに周囲を見回していたが、それを咎める事はせず、俺は俺で遠く離れた分体が次々と収集してくる情報を纏めていた。

 五分ほど後だろうか。エルフ酒とコップを手に父親エルフがやって来たのは。
 その背後には以前俺が助けたエルフの娘さんがおり、その手には皿に盛られた酒のツマミらしきモノがあった。
 訊いてみると【ラグー・マッシュ】という白いきのこをバターと一緒に軽く焙ったもので、エルフ達が宴席で良く食べるのだとか。
 父親エルフにはまず『遅れて申し訳ない』と謝罪され、先に一杯、と勧められる。
 娘さんが半透明の瓶から注いでくれた酒はトプトプと音を立て、濃厚な匂いが鼻をくすぐる。
 当然一気に飲んだ。ツマミも喰った。エルフ酒とツマミが互いの味を引き立て、より一層美味く感じられる。ツマミの茸にはバターの旨味も凝縮されているようで、エルフ酒がどんどん進む。
 杯に注がれる度に飲み干し、食べ、どれくらいの量を飲み喰いしたかもあまり覚えていない。アルコールで酔っ払った訳ではないが、その美味さに自然と上機嫌になった。
 しばらくいい気持ちに浸りつつ、雑談して情報を交換した後、本題である仕事の説明に入る。
 要約すると、俺達とエルフの精鋭部隊で敵の主力部隊を強襲したい、という話である。里を包囲されて逃げ道が無くなる前に、敵のトップを退けたいのだそうだ。
 長期戦は敵側としても、エルフ側としても望む所ではないのだろう。
 敵さんはそもそも他の国との緊張状態が高まっているらしく、エルフと戦争している間にこれ幸いと他国に攻め込まれたとしてもおかしくない状況らしいし。
 一方、人間よりも優秀とは言え圧倒的に数が少ないエルフ側にも、既に結構な数の死者が出ている。これ以上犠牲は増やしたくないだろうし、負傷者には安全な場所で養生して欲しい、という思いもあるに違いない。そもそも、エルフ側からすると今回の戦で得られるモノはあまりに少ないのだから、さっさと終わらせたいのだろう。
 まあ、俺達は所詮傭兵である。雇い主の意向を無視する訳にはいかない。
 今回の仕事は自由にやらせてもらえたし、相応に報酬も貰っている。十分利益を得ているのだから、ここらが潮時だろう。欲張り過ぎは身を滅ぼす元だしな。
 そうして大体の相談が終わり、帰還する事に。
 その途中、女騎士からお願いされた。姫様の病を治す薬をどうか国へ送ってはくれないだろうか、と。
 私の忠誠は私の意志で貴方に捧げたが、貴族としての最後の奉公に、薬だけは届けたい、と。
 ふむ、と考える。
 恩を売り、国のトップと繋がりを持つのは良いかもしれない。
 何かあった時に、国のバックアップが有るのと無いのでは大きく違ってくる。例えば得られる情報にも違いが出てきて、普通ではできない事も可能になるだろう。
 しかし、姫の病を治す薬を持って交渉しに行くのは、《終焉と根源》を司る大神の加護を持った黒オーガである俺。
 代役を使っても、その後ろには俺が居る訳で。
 パッと考えただけで色々と面倒事が発生しそうだと分かる。主に宗教とか宗教とか宗教とか。この世界の信仰を最も集める五柱の大神の加護にはそれだけの意味があるのだ。
 特に王国の第一王妃様は、この世界の最大宗教である《五大神教》の熱烈な信者だそうなので、トラブルの香りしか漂ってこないぞ。
 正直面倒な話である。だから俺が直接薬を持って行くという案は却下だ。代役も同じく。が、とある案が俺の中で完成した。
 その案を色々と検証し、メリットの方が多そうだったので実行する事に決めた。
 さて、明日の決戦に向けて準備をしなくては。


《八十三日目》

 陽が昇るにはまだ間がある時刻。
 俺達は森の中を走り、人間軍の総大将として自ら戦場にやってきた次期皇帝率いる敵主戦力の駐屯地にやってきていた。
 敵兵の数は約二千名。流石に本陣なだけあって、警戒が強い。こんな時間でも歩哨の姿が数多く見受けられた。
 乱戦になったら同士討ちの可能性もあるので、今回は人間を連れてこなかった。なのでコチラの戦力は父親エルフが出してくれた五百のエルフを含めて約六百五十しかいない。普通なら戦うという選択肢は避けるべきだ。
 しかしだからこそ、俺達はこの時間帯に仕掛けるのである。
 この時間帯ならブラックスケルトンを生成して数の差を覆せるし、周囲の闇から魔力を補充できるので消耗もない。焚き火などしか光源は無いのでそれさえ消せば闇が訪れ、暗視を持つ俺達にとってかなり有利な条件が整う。
 が、闇雲に突っ込めばいい、という訳でもない。
 アチラ側には種族的に俺達と同じか、それ以上の能力を有する魔物の奴隷部隊があるのだ。それをどうにかしないと、非常に厄介な事になる。
 だから俺はまず、ブラックスケルトン・アサシンと分体、それと下忍コボルドを送り込む事にした。鈍鉄騎士から聞きだした、奴隷部隊を使役する人物を狙う為である。
 奴隷部隊は【隷属の首輪】があるから従うのであって、それが無くなれば、それぞれ自由に動く事ができる。なら、分体を奴隷の使役者に【寄生】させて首輪を外させればいい。自由になっても敵対するかもしれないが、それはさて置き。
 幸いそいつは合成魔獣キメラを使役している魔術師でもあるらしいので、用が済んだ後、魔術師を殺せばキメラも止められるだろう。更にその魔術師を喰えば、俺がキメラを操れるようになるかもしれんし、専用のアビリティを得る可能性もあるだろう。
 などと、そんな甘い事を考えてました。
 歩哨を殺して接敵し、奴隷部隊の首輪を全部外させたまではよかった。しかしまさか使役者を殺した途端、キメラが使役者の死亡を感知して周囲を無差別に襲う様になるとは思わなかった。
 しかも体高が六メートルはある象と虎と蛇と蟹を掛け合わせたような姿形のキメラが真っ先に狙ったのが、近くに居て今まさに逃げようとしていた元奴隷部隊員だったのにも困った。
 キメラの暴走に即座に反応できなかった元奴隷部隊員が、象足の踏みつけによる圧殺、虎の鋭爪による裂殺、蛇のような尻尾による絞殺、蟹の巨鋏きょきょうによる断殺など多様な手法によって殺されていった。その数は一瞬で十数名にも及んだ。
 被害は時間が経つにつれて増加し、臨時戦力になるかもと考えていた元奴隷部隊員の数が大幅に減ってしまったのである。加えてその騒ぎによって俺達の存在も発覚し、静かに動いて徐々に徐々に敵数を減らしていくという作戦が大きく狂ってしまった。
 それも仕方なしと諦め、俺達は攻撃を開始した。
 とりあえず、最も厄介なキメラは真っ先に殺した。分厚い外皮には多少手間取ったが、象足を圧し折り、虎爪を剥ぎ、蛇の尻尾を斬り落とし、巨鋏を砕いて身を裂いてやった。
 戦場では臨機応変でなくては死ぬだけである。
 やがて太陽が昇った。
 陽光に照らされてブラックスケルトン達アンデッド族の動きが急激に悪くなり、壊される個体が一気に増えた。それに応じて人間軍は雄叫びを上げ、士気を向上させて押し返そうとするが、陽光対策は既に確立されているので問題ない。
 敵兵の士気を一度上げた後に一瞬で落とす為に、あえて何もせずに日の下にブラックスケルトン達をさらけ出していたに過ぎない。
 陽光対策は至極簡単な話で、俺の分体をスライム状にし、ブラックスケルトンの全身を満遍なくコーティングして、陽光をさえぎってやるだけである。
 幸いそこらに血の原料となるものが転がっていたので、血を流すと同時に補給でき、大量の分体を生成するのも容易かった。
 弱体化状態から復活し、本来の動きを取り戻したブラックスケルトン達が、斬りかかってきた敵を逆に斬り伏せていく。
 油断していた分だけ敵兵の被害は大きくなり、しかばねの山が出来上がった。特に指揮官クラスの人間を重点的に殺せたのは効果的だった。
 スライム状の分体も触手を伸ばして鞭のような攻撃を繰り出したりと、攻撃回数や攻撃力が無駄に上昇している。
 あっという間に敵の士気が下がっていくのが、手に取るように分かった。
 想像してもらいたい。ただでさえ手古摺っていた敵軍のスケルトンが、強酸性の触手を何本も生やし、疲れる事も無く、奇妙に統制のとれた動きで一心不乱に襲ってくるその様を。敵兵の士気が下がるのも仕方の無い事だった。
 どこか諦めたような表情を見せる兵も現れ始め、戦いの流れは完全にこちらに傾いていた。このままなら思ったよりも早く決着がつくかもしれないと感じていた。
 しかし、そんな時にあれは、姿を現わした。


==================


 積み重ねられていく、苦痛を浮かべた表情のままの同胞の屍。おびただしい量の鮮血とせ返る程に濃密な鉄の臭いと、赤色に濡れてぬかるむ荒れた大地。種々様々な色合いを見せる【魔法】の閃光と鼓膜が破れそうなほどの爆音。
 至る所から聞こえる怒声、苦痛と共に上がる断末魔、衝突する金属と金属の悲鳴。
 陣形も作戦も何も無くただ純粋な力と力がぶつかる突発的な戦場。
 氷銀の全身鎧を着た一人の【騎士ナイト】が、怒気を孕んだ咆哮と共に、手にした聖鋼製せいこうせいのバルディッシュを眼前の敵に振り下ろした。

「ウォォォオオオオオオオ!!」

 敵は黒い骨にベッタリと粘液スライムを纏わせた異形。スケルトンでありながらスライムの防衣を纏う不死者アンデッドの軍団。その内の一体。
 騎士が繰り出した一撃は、通常のスケルトンならば数体纏めて砕く程の威力がある。しかしスライムの一部から成る十本の触手に阻まれ勢いを失い、その全てを切断するも、本命である黒い骨を断つ事はできなかった。
 ガツン、と岩を棍棒で叩いたかのような手応えと鈍い音。

「チッ」

 忌々しそうに舌打ちをしつつ即座に一歩後退し、頭部を狙って振るわれた敵のファルシオンをギリギリの所で回避する。
 肉こそ断たれなかったが、騎士の赤紫色の前髪が僅かに斬られ、その残骸が剣風によって何処かに飛んでいく。
 斬撃を回避した騎士は即座に反撃に移り、バルディッシュが霞んでしまう程の速度で横一閃。
 その刀身には戦技アーツ発動時特有の赤い光が宿り、更に騎士から発せられた魔力が込められている。

「ハッ!」

 短い呼気、確実に殺すという意思の籠った瞳、戦技を乗せて繰り出された斬撃。
 先ほど、スライムの触手に阻まれて黒い骨を断つ事ができなかった一撃は、しかし今度はアッサリとそれを斬り裂く。更にその下にある黒いスケルトンの全身をまるでハンマーで叩いたかの様に満遍なく、木っ端微塵にしてみせた。
 ――戦技アーツ斬り潰す魔槌グラスト・ジャル
 剣など斬撃を主とする武器とは相性の悪い、甲殻や鱗を纏ったモンスターを砕く事に秀でた戦技の一つ。体内魔力オドを圧縮して得物に纏わせ、攻撃範囲と威力を大幅に増幅する事で、スケルトンの全身を木っ端微塵に粉砕した。
 砕いた黒い骨が音を立てて周囲に散らばり、降り注ぐ陽光に照らされて煙を上げている。スライムが紫煙を上げながら蒸発したのを確認し、ようやく倒せたのだと騎士は確信した。
 額ににじむ汗を素早くぬぐい、思わず溜まった愚痴を吐く。

「ったく、片方だけを倒しても安心できんとは、厄介な」

 敵は黒いスケルトンとスライムの複合体である為、どちらかを殺すだけでは不十分なのである。
 スケルトンかスライムの一方を殺し、そこで油断してしまった仲間の騎士が反撃を受け、手酷い手傷を負っていた。死んだ者も多く居る。
 黒いスケルトン単体でも油断ならないのだが、スライムも曲者だ。その強酸の体液に触れた者の皮膚や筋肉は溶け落ちて白骨が剥き出しになり、金属の鎧や武器も溶けて使い物にならなくなる。
 攻撃しても、防御しても損害を受ける。あまり相手にしたくない類の敵である。
 殺したスライムから発生している紫煙も毒性である可能性は大いにあったが、それは今どうする事もできない。
 せめてもと、騎士はできるだけ紫煙を吸わないように小さく短く呼吸を整え、スライムを斬ったバルディッシュの状態を確認した。多少刃毀はこぼれしているが、損耗はそれほど酷くない。

「全く忌々しい奴らだ、なッ」

 バルディッシュから視線を外し、側面から迫る新しい敵と対峙する。
 今度の敵の得物はコルセスカ。三角形の両刃の穂先に小さな二枚の刃を追加した槍の一種で、騎士が持つバルディッシュよりも多少長い。
 騎士の間合いの外から繰り出された刺突は速く、それも連続で突いてくるためなかなか反撃できない。刺突を避けきれず、徐々に鎧が削られていく。かする度に不快な金属音が響き、火花が散る。
 それでも騎士は冷静に対処しつつ、コルセスカを持つスケルトンの骨腕が完全に伸び切った瞬間を見計らって間合いを詰め、スケルトンの無防備な左脇を狙い斬撃を繰り出した。
 バルディッシュの刀身に赤い光が宿り、次の瞬間には刀身全体から轟々と紅蓮の炎が噴き出した。
 ――戦技【忠誠の炎刃ブッシュ・フレス
 体内魔力オドを燃料とした魔炎を得物から発生させる炎熱属性の戦技の一つ。限定条件として、主君に対し絶対の忠誠を誓った【騎士ナイト】系の職業持ちが使うと、聖光属性も同時に獲得するという特性を持つ稀有けうな戦技でもある。
 ただし威力が非常に高い代わりに消費する体内魔力も多く、戦技使用後の負担も大きい。
 戦技の直撃を受けた黒いスケルトンは、全身を覆ったスライム諸共に燃え上がる。アンデッド族に有効な聖光も加わり、数秒で炎が消えると僅かな灰だけを残した。
 非常に効果的だが、体内魔力の残量からして、あまり多用できそうにない。
 騎士は失った魔力量の多さに目眩めまいを覚え、視界が微かに歪んだ。慌ててバルディッシュを地に突き立てて支えにし、乱れた呼吸を整え、体内魔力の回復に取り掛かるが、なかなか思うようにいかない。
 何とかあせる気持ちを抑えようとするが、敵味方入り乱れた乱戦が続く現状に気持ちを抑えきれず、冷や汗が頬を伝って落ちる。
 幸い敵味方の区別は一目でつく。敵の大半はスライムを纏う黒いスケルトンであり、他には本来の敵であるエルフと、何故か参戦しているゴブリンやホブゴブリンなどの亜人種しかいないので見間違えようが無い。帝国の奴隷部隊は既に首輪を外されているため、敵として対処している。
 が、敵の数が予想以上に多かった。
 パッと見ただけでも、騎士が所属する王国と同盟国である帝国で構成された連合軍と同数かそれに近い数が居る。そしてスケルトンの個々の実力は、連合軍の平均的な強さと拮抗していた。

「まずいな……せめて指揮系統が復活すれば、どうにかなるだろうが」

 そう呟きつつ、内心難しいだろうとも思う。
 その要因は、黒いスケルトン達が連合軍の指揮官を集中的に狙ってくるようになったからだ。
 今のような乱戦になる前は、混乱しつつも何とか部下を統率し、反撃しようとしていた指揮官達も居た。
 騎士の上司である燈髪とうはつの【騎士長ナイト・チーフ】もその一人だった。
 騎士長は幾多の戦場で戦果を上げてきた叩き上げの豪傑であり、誠実で義理堅く人望も厚かった。騎士とその同僚達に、この世界で一般的な戦技アーツに頼った戦いだけでなく、戦技を用いない戦闘技法まで教えてくれた、大恩ある師父のような存在でもあった。
 しかし、そんな騎士長は先ほど殺された。
 ちょうど、朝日が昇った頃だった。
 まだスライムの鎧を纏っていなかった黒いスケルトンが陽光に照らされ、全身から煙を上げてかなり弱体化し、連合軍がこれ幸いと一気に形勢を決しようとした、あの瞬間。
 地中から突如出現したスライムに全身を包まれた黒いスケルトン達が、その時を境に一変した。
 それまでの、近い者から手当たり次第に襲いかかる、という分かり易い行動法則を変えて、騎士達の指揮官達に向けて殺到するようになった。
 味方の損害も気にする事無く味方諸共ショートスピアーで突いてきたり、相討ちを承知で大斧を振り下ろしてきたりと、自我無きスケルトン特有の特攻戦法が始まったのである。
 そしてそんな幾十幾百を屠っても尽きぬ敵の津波に飲み込まれ、やがて騎士長の武器は折れた。全身は傷付き血塗ちまみれとなり、立つ事もできぬほどに力果て、最後には結集して巨大化したスライムに飲み込まれ、全身をグズグズに溶かされて騎士の眼の前で死んだ。
 如何に歴戦の強者とて、あの物量を覆す事はできなかったのだ。
 そんな光景が、同時に、戦場の至る所で起こった。そしてその数だけ指揮官クラスの人間が死んでいった。


しおりを挟む
感想 393

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

強くてニューサーガ

阿部正行
ファンタジー
人族と魔族が争い続ける世界で魔王が大侵攻と言われる総攻撃を仕掛けてきた。 滅びかける人族が最後の賭けとも言うべき反撃をする。 激闘の末、ほとんど相撃ちで魔王を倒した人族の魔法剣士カイル。 自らの命も消えかけ、後悔のなか死を迎えようとしている時ふと目に入ったのは赤い宝石。 次に気づいたときは滅んだはずの故郷の自分の部屋。 そして死んだはずの人たちとの再会…… イベント戦闘で全て負け、選択肢を全て間違え最終決戦で仲間全員が死に限りなくバッドエンドに近いエンディングを迎えてしまった主人公がもう一度やり直す時、一体どんな結末を迎えるのか? 強くてニューゲームファンタジー!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。