Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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2巻

2-10

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 名前しか知らない余所よその部隊の上官も居た、嫌いな上官も居た、尊敬する上官も居た。そしてその多くが、まるで見せしめのようにむごたらしく殺された。死体どころか遺品すら溶かされて残っていない。
 それからは、死んだ指揮官に代わって兵を統率しようとする者から真っ先に狙われるようになった。彼らを何とか助けようとする者もいたが、諸共大軍に押し潰されて死んでいく。
 敵は、ひたすらに命令系統を第一目標として潰しにきていた。
 だからこの戦場では全体的な統率が一向にとれず、孤立する兵が徐々に増えていった。一方で、少数ながら何とか近くの仲間と連携できている兵士もいた。騎士も周囲に居る味方とギリギリ連携ができているので、まだ恵まれた部類だろう。孤立した者は次々に死んでいる。
 既にどうしようもない状況だった。どう動けばいいのか、騎士達には分からなくなっていた。
 ただ、眼前に迫る脅威を取り除くので精一杯だった。

「クソ、スケルトンの分際で……」

 悪態を吐き出しながら、襲いかかって来たスケルトンの胴体を再びバルディッシュでぎ払う。
 怒りに任せた強引な一振りはスライムの妨げを突破してスケルトンの骨体にひびを入れ、後方に弾き飛ばし、飛んだ先にいたスケルトンをも巻き添えにして打ち倒す。

「調子に乗るなッ!」

 倒れた二体を一気に屠るべく、騎士は再びバルディッシュに戦技の赤い光を灯そうとする。その顔には憤怒が滲み、バルディッシュを握る手には力が籠る。発動しようとしている戦技は、損耗が非常に激しい代わりに、広範囲を薙ぐ聖光属性を伴った大技。
 力を使い過ぎれば後々危険だが、起死回生を狙う騎士の、命を賭した博打である。

「ウォォォオオオオオオアアアアアア!!」

 気合いの咆哮を上げ、騎士の全身から噴き出す魔力がバルディッシュを包んで渦を巻く。それはやがて白い光に変わり、剣はまるで小さな太陽のように強く輝く。白光に照らされたスケルトン達の動きが明らかに鈍くなった。
 危険と判断したのか慌てて騎士を止めようと迫るスケルトン達を嘲笑しつつ、騎士は戦技を発動させるべくバルディッシュを振り下ろそうとする。

「これで、どう――」

 その側面へ一体の黒い大鬼オーガが迫った。
 その巨躯からは考えられない程速く、目の前に居るのにまるで幻かの様に気配は希薄で、騎士は気がつくのが一瞬だけ遅れた。
 そしてその遅れが、致命的な隙となった。
 白光を宿したバルディッシュを握る手を掴まれ、一瞬で潰される。騎士の手は勿論、バルディッシュの柄まで粉砕したオーガは、騎士が痛みを感じるより速く地を踏み砕く。

「――な、ゴグッ」

 オーガの硬く大きな拳が、騎士の腹部に深くめり込んだ。
 クロスボウの矢さえ弾く頑丈な全身鎧は砕け散り、まるで内臓をハンマーで潰されたかのような激痛に耐えきれず、騎士は膝を折る。
 地面に大量の吐瀉物を飛散させ、苦痛に喘ぎ、うずくまる騎士。その頭部に即座に振り下ろされた大きな足。
 人外の体重と強力過ぎる踏みつけに、騎士の頭部は耐えきれず脳漿などを撒き散らす。しばらく恨めしそうにビクビクと痙攣していたがそれもやがて止み、頭を失った死体が一体出来上がる。
 それを何でもない様に見下ろした後、興味が失せたのかオーガは周囲を見回した。
 オーガからすれば何気ない行動だったのだろう。
 しかしその視線に己が姿を捉えられた騎士達の動きが途端に悪くなる。
 冷や汗を流し顔面蒼白になる者、身体を震わし硬直する者、恐怖に涙を浮かべ意味不明な言葉を呟く者など、反応は様々だ。
 オーガ、という脳筋種族ではあり得ない程の重圧感。連合軍の騎士達は何とか怯む程度で堪えたが、一般兵達はその場から必死で逃げようとした。

「思ったよりもブラックスケルトンの損耗が激しいか。仕方ない」

 オーガはそう呟き、何処からともなく一本のハルバードを取り出した。
 人間達はそれを何処から取り出したのかに一瞬気をとられ、そしてその一瞬が命取りとなった。

「そんな……馬鹿な」
「嘘だろ、おい」

 それは誰の呟きか。震えている連合軍の騎士か、あるいは逃げ出そうとしている兵士か。
 確実なのはオーガに敵対する者の声という事であり、それは恐怖に満ちていた。

「ブラックスケルトン達は周囲の助けに回れ。ココは俺が担当する」

 オーガが手にしたハルバードを一閃した。残像さえ見えない程の速度で振るわれたそれは、逃げようとしていた五人の一般兵達を纏めて両断する。
 上半身と下半身とに斬り裂かれた彼等は事態が理解できないまま即死し、それを見ていた者達は本能のまま臨戦態勢に移った。
 だが遅い。再度振るわれたハルバードの斧頭から発生した水刃すいじんは、新たに六人の犠牲者を生んだ。オーガが現れて十秒とたたず、連合軍十二人が殺された。
 鎧などまるで無いかのように人を斬り裂く鋭利な切れ味に、そして水という防ぐ事が難しい攻撃に、人間達は戦慄する。

「う……うぉぉおおおお!!」

 騎士の一人が自らを奮い立たせる為に大声を上げ、手にしたロングソードとカイトシールドを構え、オーガに向けて走り出した。
 恐怖に負けた暴走か、勝機を求めての突進か。
 そのどちらでもあり、そのどちらでもない騎士の行動を、オーガはただ一歩で踏み砕いた。
 周囲の大地が陥没する程の震脚。立っていられない程の揺れがオーガを中心に発生した。

「おわッ、なんだこれは」

 揺れに足をとられ、走り出した騎士が動きを止める。転ばなかっただけ立派であるが、とても動ける状態ではなく、ただ茫然と眼前の光景に目を奪われていた。
 突き出されたオーガの銀色の掌に、地に吸われていた大量の血と地下水が集結する。
 まるでそれ自体に意思があるようにうごめき、高速で吸い上げられ、拳程の大きさに圧縮されていく。広がっていた血濡れの大地からかき集められた、少なく見積もっても二百人以上の者達が流した大量の血と水の集合体。どれ程の高圧で圧縮すればそうなるのか、まるで赤黒い宝石のような球体を形成し、見る者を引き込む不可思議の魅力を宿した。

「はは……なんだ、そりゃ」

 茫然と血球を見つめた騎士は、引きった笑みを浮かべた。武器を構える気にもなれず、動く事もできないまま、それが解き放たれる様を見た。
 ――まるで彗星のようだ。騎士はボンヤリとそんな事を考え、次の瞬間には胸の中心を撃ち抜かれて死に果てる。
 騎士を撃ち抜き、その後も数名の肉体に大きな風穴を空けた血球はやがて圧縮状態から解放される。解放された膨大な量の血水は、震脚によって掘り起こされ柔らかくなっていた大量の土を巻き込み巨大な濁流と化した。
 そして意思を宿したかのような濁流が、オーガに立ち向かった騎士の死体も、戦場に積み重ねられた人間の死骸も、重く硬い鎧も、持ち手を失った武器も一切合切全て纏めて押し流し、その場にいたスケルトンもまだ生きている人間も関係なく飲み込んでいった。

「おわ! なんだこれ!」
「ゴボッ! お、俺泳げないんだ、誰か助けてくれー!」

 濁流に飲み込まれ、苦しんだのは人間ばかりだ。
 呼吸もままならず、苦しみながら土と血の中で溺れ死ぬ。
 あるいは足をさらわれ上下左右が曖昧になり、脱出できず混乱している間に流れてきた武器が身体に突き刺さったり、硬い防具に身体中を殴打される。
 対してスケルトンはそもそも呼吸を必要とせず、硬い骨の体も、武器や鎧などが衝突したところでダメージを負う事は無い。その上、衝撃を吸収するスライムで覆われている。
 濁流が通り過ぎた後には血土にまみれて苦悶の表情を浮かべる死体や、腕や足など身体の一部が土中から飛び出ている死体が転がり、濃い血の臭いが充満していた。
 屍山血河しざんけつが。文字通りのあまりにも凄絶な光景に、僅かに生き残っていた者は全員口を閉ざし、少しでもオーガに認識され難くなるように必死で息を殺した。

「こんなもんか」

 この光景を前にしても、オーガは何でもない様に呟き、近くに転がっていた死体を持ち上げる。
 土塗れではあるが、立派な装飾が施された白銀の鎧を着た騎士である。胸には階級を表す紋章が微かに残っており、それなりに高い地位にいた事が窺える。
 それを素早く観察し終えると、オーガは大きな口を開け、鎧ごと騎士の死体を喰った。
 硬い鎧も厚い骨肉も易々と噛み千切り、味わう様に口を動かす。遠くでは未だ戦闘音が響き、雄叫びや悲鳴が上がっているが、オーガはちょっと休憩、とでもいうような態度である。
 その姿は隙だらけにも見えるが、その実、周囲の様子全てを把握し、リラックスした状態にある。
 もし誰かが襲いかかれば即座に反応し、手にするハルバードでその身を両断するだろう。
 ただ見るだけで、周囲の人間達はそれを理解した。いや、本能で感じ取った、とも言える。
 逃げれば背後から斬られ、認識されても斬られる。
 絶望的な状況に人間達は震え、諦めかけた、その時。小さいながらも、ハッキリとした声が響いた。

「オーガさん、オーガさん。お暇なら相手、僕ではどうでしょか?」

 そう言ったのは、緑色のコートを着た糸目の少年だった。
 歳は十代前半ぐらいと若く、身長は一五〇センチほどとオーガよりも一メートルは小さい。肩まで伸びている緑色の髪の一部には触覚のような形の癖っ毛があり、少年が動く度に揺れている。
 戦場に出るにしてはあまりにも幼く見える。だが、手にした波打つ刀身の短剣を扱う様は、少年が熟練の戦士だと理解させるのに十分だった。
 オーガは口に残っていた肉を飲みこみ、少年の姿を真っ直ぐ見据える。
 少年はオーガに直視されながらも微笑みを崩さず、それどころか可愛らしく小首を傾げてみせた。

「お前は……確か帝国の【八英傑騎甲団ルガルド・オルデン】に所属している――【骸蟲英雄がいちゅうえいゆう】フィリポなんとか、だったか」

 しばし思案した後、問いかける様に発したオーガの声に少年――フィリポは心底驚いた、といった表情を浮かべた。

「うわぁ。オーガさんが僕を知っているなんて、驚いた。ねぇ、オーガさん。それは、誰から聞いたのかな? 僕、あんまりその呼称好きじゃないんだよね。ほら、害虫、って思われそうでさ。そりゃ、確かにそれが正式名称ではあるんだけど、的外れではないけれど、やっぱり、僕が認めてもいない他人に言われると、頭に来るよね。カチン、と」

 一瞬で声が冷たくなる。
 声音には苛立ちが籠り、フィリポの糸目が僅かに開いてオーガを見返した。
 微かに覗いた深緑の瞳はまるで昆虫のような複眼。容姿は人間そのものである為、より一層気味が悪い。

「おっと、いけないいけない。これを見た人って大半は驚くからさ、普段は見せないようにしてるんだよね」

 すぐに糸目に戻す。

「なるほど。その瞳が、【魔蟲まむしの神の加護】の象徴か」

 フィリポの複眼を見て、納得したように頷くオーガ。

「それで誰に聞いたか、についてだが、そんなモノは捕虜を拷問すれば幾らでも聞きだせる」
「……ああ、なるほど。オーガさんだったんだね、幾つかの部隊を殲滅してくれやがった犯人。もー、そのせいで休暇中だった僕がここに来させられたんだから、謝罪してほしぃなー。僕にとって戦争なんて、面倒なだけなんだしさぁ。仕事したくないよー」

 外見相応の子供のような仕草で愚痴を零すフィリポは、強い恨みを込めてオーガを見据える。糸目なので表情は読み取り難いが、全身の発する雰囲気がそう訴えていた。

「ところでさ、オーガさん。オーガさんも【加護持ち】だよね? どの神の加護を貰ってるの? 黒いから大雑把な系統は分かるけど、加護神までは特定できないんだよねー。んー、さっきは死体の血を操ってたし、黒いスケルトンも造ってるみたいだからぁ……可能性が高いのは【黄泉よみの神】か、【骨原こつげんの神】辺りかな? ねぇ、どう。当たってる? それともハズレかな?」
「…………」
「あー、だんまりだ。やっぱり教えてくれないかぁ。そりゃそうだよねー。僕だって、こんなに有名じゃなかったら絶対内緒にしてるもん。ま、いいや。加護神が誰でも、今は関係ないしね」

 フィリポは沈黙したままのオーガに苦笑を見せ、懐からガラス管を三本取り出した。
 三本のガラス管の中には白い蜘蛛と蚯蚓みみずを混ぜ合わせたような異形の蟲が無数に入れられ、押し合いし合い蠢いている。

「これ、僕が加護能力と【死霊術ネクロマンシー】を使って造った【死兵蟲アンデロ】って言うんだけど……」

 フィリポは口でゴムのような素材のふたを噛み、キュポン、と音を鳴らしてガラス管の封を開ける。「これをそこら辺の死体に振りかければ、あら不思議」
 蓋を地面に吐き捨てたフィリポがガラス管の中身である蟲を周囲にばら撒く。そして土に埋もれた死体に接触した途端、蟲は蚯蚓の胴体と蜘蛛の足を使って動き出し、小さな牙が生えた円状の口で死肉を喰い破り、死体の内部深くに潜っていった。
 すると数秒と経たず、ピクリ、と死体の指が、腕が、まるで息を吹き返したかのように僅かに動き出す。

「潜り込んだ蟲が全身に疑似神経節を張り巡らせて、死体を動かす事ができるようになるんだ」

 朝日に照らされる中、無数の屍がその身を起こした。
 腕や足などが折れ曲がり、脳や臓腑が体外にはみ出し、剣や槍の破片が身体に突き刺さり、血土の中に埋もれていたはずの者達。どれも虚ろな眼をしていて、明らかにアンデッドの一種であるゾンビにしか見えない。
 だが朝日を浴びても浄化される気配はなく、動きも鈍重なものではない。むしろ生前よりも速く、力強く動いている者さえいる。
 それは彼等がゾンビではなく、ゾンビによく似た別物であるという事の証明だった。
 屍の軍勢の背後でフィリポは微笑を浮かべ、問いかける。

「知ってるかい、オーガさん。僕のような【英雄】と、【勇者】の違いって」
「……個人としての最大能力値と、強化できる仲間の人数の差、だったか」
「そう、正解。【勇者】は個としての能力に優れ、一対一なら【英雄】よりも平均して強い。ただし能力を底上げできる仲間は四人から六人。最大でも十人程度まで。つまり【勇者】は少数精鋭向き、って事だね。それに対して僕のような【英雄】は個としての能力はそこまで高くないし、仲間の能力強化率は【勇者】より高くない――だけどね」

 蟲に寄生され、再び動き始めた屍が百に達した瞬間、フィリポはどこか恍惚とした笑みを浮かべ、その両の手を空に向けて伸ばしつつ、糸目のままオーガを見つめる。

「僕達【英雄】は支配下に置いた兵隊が百を超えた時から、その真価を発揮できるのさ!」

 フィリポの全身から緑色の燐光が発生し、周囲に広がって動く屍の全身を包んだ。
 そして現れた異変。

「遊ぶ時間だよ、僕の玩具おもちゃ/魔蟲達。ほら、そんな肉は喰い破って、オーガさんに本当の姿を見せるんだ」
「「「ギィィィィァァァアア」」」

 耳障りな高音の奇声を上げた屍達の肉体の構成が、根本から改造されていく。
 腕を失った者には百足むかでのような頭部と無数の足を持つ長い腕が生える。足を失った者は下半身自体がまるで蟻のような形に変わったりした。
 頭部を圧し潰されていた者からは、円状に牙が生えた捕食器官が新しく生成されたり、新たに蟲の頭部が生えてきたりした。比較的損傷の少ない者は、皮膚が変化した甲殻で全身を覆われ、まるで昆虫を無理やりヒトの形にしたようないびつな姿に変貌した。
甲虫人インセクター】や【甲蟲人インセクトイド】と呼ばれる蟲の特徴を色濃く持つ亜人種も居るが、それ等とはあまりにもかけ離れた、自然界には決して存在し得ない異形。

「これが僕の【死兵蟲の軍勢アンデロ・バジラーラ】。使うには死兵蟲と新鮮な死体が必要だけど、アンデッドじゃないから陽が出てても平気だし、生前の能力に魔蟲の能力を加えるから、強力だよ」

 今も増え続けている魔蟲達がオーガの周囲を取り囲む。
 フィリポが嬉々として準備していた間も黙っていたオーガは尚も動かず、その顔にも焦りは見られない。ただ冷静に、フィリポの姿を見続けている。

「オーガさん、わざわざ待って貰って申し訳ないね。それじゃ、僕達と楽しく遊ぼうよ」

 そして魔蟲達が一斉に動き出す。
 多足の下半身を持つ魔蟲は高速で這いより、百足の腕を持つ魔蟲は遠距離からその長い腕を伸ばし、蟻のような頭部を持つ魔蟲はその口から蟻酸ぎさんのような液体を噴出した。身体の一部を無数の棘に変えて射出する者もいるなど、魔蟲達は多種多様の攻撃方法で、オーガを殺さんと迫った。
 だがそれ等全てオーガを殺すには至らない。
 蟲の下半身を持つ魔蟲はオーガの間合いに入った瞬間、銀色の左腕で殴られ、強過ぎる威力に胸部を貫かれ死肉を散らす。尚もしぶとい生命力でオーガをき殺そうとするが、突如体内から発生した白炎によって燃やし尽くされ灰すら残らない。
 百足の腕はハルバードによって細かく斬り裂かれ、斧頭から発生した水刃すいじんによって胴体を縦に両断された。割断された魔蟲は尚も傷口から触手のようなモノを出して片割れと結びつき、再び一つに戻ろうとする。しかし次の瞬間には金属を無理やり捻じ曲げたような鈍い音を出しつつ薄く潰れた。まるで巨大な岩塊の下敷きにでもなったような有り様だが、魔蟲を潰した物体は確認できない。不可視の巨人に踏み潰された、としか表現できない死に方である。
 蟻の頭の魔蟲が広範囲に放った蟻酸のような液体は、突如吹いた強風に散らされて他の魔蟲を一瞬で溶かし殺すだけに終わる。無数の棘を射出した攻撃も、既に死んだ別の魔蟲を盾にされ、その甲殻を砕くにとどまった。
 魔蟲達は毒針や高熱のガスなど無数の攻撃を繰り返すが、その全てを不可思議な異能と卓越したハルバード捌きで叩き潰される。
 百体揃えばその十倍から二十倍の人間軍を簡単に蹴散らせるだけの能力を持つ魔蟲の軍勢が、ただ一匹のオーガに叩き殺されているというあり得ない光景。しかしフィリポは歓喜に震え、興奮したように頬を染めた。

「凄い、凄い凄い凄いよ、オーガさん! 僕の蟲をこんなに簡単に殺すなんて! 僕の玩具おもちゃがこんなに呆気なく壊されるなんて、凄い! しかも、所々僕でさえ何をしているか分かんないよッ! ねえ、それ何!? どうやるの!?」

 歓声、あるいは声援というべき声が響く。
 まだ何とか生きている他の兵士達は表現し難い感情を抱きつつ、そのあまりにも奇妙な光景を、ただ茫然と見続けた。

「気に入った、気に入ったよオーガさん。絶対にオーガさんは、僕のコレクションに加えてあげるッ」

 お気に入りに玩具を見つけた子供そのままのフィリポ。無邪気な悪意が籠った笑みを浮かべ、手にした短剣をまるで指揮棒の如く軽やかに動かし始める。
 それに連動するように、魔蟲達の動きが劇的に変化した。
 ただ闇雲に突き進む事を止め、統率された動きをみせる。
 百足の腕が正面ではなくオーガの死角から迫り、燃える液体が空から降り注ぎ、魔蟲の死体を貫通した棘がオーガの心臓を狙う。
 流石のオーガも徐々に押され始め、肉を抉られ、血を流し始めた。
 それでも致命傷は一つもなく、怪我は数秒も経つと治癒している。元来強靭なオーガとはいえ考えられない程の治癒能力に、フィリポは舌舐めずりをした。

「これでも殺せないなんて、やっぱり凄いよオーガさん。でも、これはどうかな?」

 フィリポが短剣を上から下に動かすと、小さく大地が揺れ始めた。まるで地中を巨大な生物が這いずるような一定のリズムの震動。再び短剣が振り上げられると一瞬途切れ、直後に今まで以上の震動が起きた。
 そしてオーガの背後の地面が大きく隆起し、地中から十数メートルはあるだろう巨大な百足型の魔蟲が出現する。
 長い胴体には赤や黄色など派手な警告色の、鋼鉄より硬そうな甲殻が幾重にも折り重なり、無数の鋭い足の先端は紫色の毒液に濡れている。赤紫色をした六つの眼球は周囲を見回し、ヒトを丸呑みできそうな巨大な口器と顎肢がくしはガチガチと音を立てている。
 オーガは目の前に迫った魔蟲をほふり、背後から出現した大百足と対峙しようと振り返るが、それよりも早く大百足は攻撃を繰り出した。

「キシャァァァァアアア!!」

 大百足から発せられる高音の奇声に周囲の地面は波打ち、小石は砕け、聞く者の聴覚が狂わされる。味方である魔蟲も纏めて強制的に動きが封じられる中、さしものオーガもその動きが止まった。
 動けないオーガに迫る大百足の巨躯。鞭のようにしなった胴体は触れるだけで岩を容易く砕く破壊力を宿す。側面から衝突すると共に、オーガの腹部と背部に巨大な顎肢で噛みついた。
 大百足の顎肢は深々と刺さり、オーガの背骨を砕き臓腑を猛毒で侵す。
 黒い肌が濃い紫色に変色し始め、ギリギリと胴体が噛み千切られそうなほどの力が籠められる。
 それにはいかなオーガとて苦悶の表情を浮かべ、右手に持っていたハルバードを取りこぼした。落ちたハルバードの穂先が地面に突き刺さると、一瞬だけ雷光がほとばしり、沈黙。

「流石にそれは避けきれなかったでしょ? そいつは【大鎧百足アルティルム】っていう【災害指定個体】として有名な魔蟲型モンスターなんだけど、僕の自慢のペットの一匹なんだよねー。本当は極秘任務とかで他国に送り込んでたりするんだけど、蟲の知らせで呼び戻しといてよかったよー」

 アルティルムに噛まれて持ち上げられ、地上から数メートルほどの中空で苦しんでいるオーガ。その表情にフィリポはうっとりと見惚れつつ、熱い吐息混じりに自慢げに語り始めた。

「アルティルムの毒は掠っただけでも内臓が麻痺して死ぬはずなんだけど、まだ生きてるなんて、ほんとオーガさんの加護神が知りたいなぁ。ま、それは後で解剖して調べればいいんだけどさ」
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