Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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2巻

2-15

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 赤い斬線が、きらめいた。

「隊長、後ろが隙だらけですよ」

 黒いスケルトンの頭部が、手が、胴体が、脚部が、徹底的に、執拗とも言えるほど細かく刻まれた。かと思えば残骸に炎が宿り、一瞬で塵と変わる。

「――ッ。感謝します、レビィアス」

 スケルトンを止めたのは、もう一人の副官であるレビィアスだった。
 その手には炎熱を発生させた彼女の愛剣があり、戦技アーツの名残りである赤い光が微かに見られた。スケルトンが細切れになった事から見て、恐らく戦技【紅蓮の千断】を使って助けてくれたに違いない。

「隊長に死なれては困りますからね、気にしないでください!」

 照れくさそうに頬を掻くレビィアス。その背後で青い炎が一瞬だけ瞬き、即座に消えた。

「そう言う貴女あなたも、後ろががら空きです」

 レビィアスの背後から近付いていたスケルトンを一瞬で灰にしたワイスリィ殿が、苦笑しつつ掌で青炎をもてあそんでいる。その青色は、より効率良く魔力を操れる優れた魔術師の証明。普通の魔術師では赤い炎しか生み出せない。
 それを事も無げに為すワイスリィ殿の姿に、頼もしさを感じた。

「うわッ、熱ッ!! ちょっと近いですよ、ワイスリィさん!」
「わはは。戦場で油断する方が悪いのです、よ」

 ワイスリィ殿の手から青炎の塊が射出され、三体のスケルトンを一度に燃やす。青い爆炎となったその刹那、炎のあまりの美しさに見とれると同時に、周囲に広がる熱波の強さに私はおののいた。
 流石はワイスリィ殿だ、と感心せずにはいられない。
 しかしそんな炎にあぶられても尚、敵は動きを止めなかった。燃やしたスケルトン達が比較的防御力の低いランサー系やメイジ系ではなく、太く頑丈な骨で構成された、巨大な斧を持つアックス系のスケルトンだったからだ。
 止まらないスケルトンを、今度はレビィアスが刃で細かく刻んだ。一度燃やされ、脆くなっていたのだろう。刺突だけでなく斬撃にも耐性があるはずのスケルトンらしからぬ、呆気ない最後だった。
 敵が強くても、私達はお互いに助け合う事で、何とか戦えている。
 しかし、全体的な戦況となると、徐々にコチラが押されつつあった。
 周囲の兵士を掻き集めて指示する事で何とか対抗してはいるが、やはり、敵が多過ぎる上に一体一体が強い。どうにか倒せるにしても、かなり時間がかかってしまう。
 だが、高レベルの聖職者であるベーンの広域浄化神術が成功すれば、半径五〇メルトル内のスケルトンを無力化、あるいは弱体化できる。
 コレが決まれば、戦況は覆せる。十分、勝機はある。
 そう思った。しかし、現実はそんなに甘くなく、残酷だった。

「ウォォォオオオオオオッ!!」

「――ッ」――私は思わず息を飲んだ。
「な、」――ワイスリィ殿の驚愕。
「うお」――ベーンの意識が一瞬逸れる。
「きゃ!」――レビィアスが小さな悲鳴を零した。
 敵味方入り乱れた戦場に、咆哮が轟いた。いや、コレを咆哮と呼んでいいのだろうか。
 地面が震え、身体の底から揺さぶられるようなコレは、もはや立派な攻撃だった。竜や巨人など一部の強大なモンスターが使う様な咆撃ハウリングだ。
 余りの大音量に思わず耳を押さえながら、咆哮が聞こえた方角を見る。
 それはそこに、居た。
 赤い刺青を全身に刻み、銀色の左腕を持つ黒い【大鬼オーガ】。奴は、この森で最も強いモンスターであるはずのハインドベアーに跨り、黒いスケルトン達の主が如き雰囲気をかもし出してコチラを見つめていた。
【鬼】系統のモンスターの中では特に有名なオーガ。
 優れた身体能力で知られるオーガだが、本来棍棒などの単純なモノしか使えない考え足らずの脳筋の筈。しかしそのオーガの手には、巨躯に見合った巨大なハルバードが在った。
 革のズボンを穿いて上半身剥き出しの姿は通常のオーガそのままだが、ハルバードの構え方からして素人ではないと分かる。
 その迫力から、普通種ではなく亜種であると確信した。マインオーガのような褐色の肌ではなく、本当に黒い肌をあのオーガは持っている。
 黒という事は、偉大なる《終焉と根源》の大神の属神のいずれか一柱から【加護】を与えられているに違いない。それも、あの色の濃さならば相当な上位神だろう。
 恐らく【死海しかいの神】か、【冥府めいふの神】辺りの【加護】持ちに違いない。それなら、黒いスケルトンを使役している事にも納得できる。
 非常に厄介な相手と判断せざるをえない。しかし、黒いスケルトンの軍団についてはこれで解決法が分かった。
 スケルトン達は、十中八九あのオーガが生み出している。些か早計かもしれないが、【直感インチュイション】もあのオーガが原因だと言っている。
 ならば、狙うは黒きオーガただ一体。使役者を殺せば、スケルトン達は自壊する。少なくとも、弱体化はするだろう。

「あの黒いオーガを殺します。ベーンは広域浄化神術の発動の後、全員に支援魔法バフを施しなさい。防御と速度系を中心に、できるだけ絶え間なく」
「了解です、隊長。任せてください」
「ワイスリィ殿は敵の隙を狙って魔術を、レビィアスは私と共に前線にて足止めを。他の者も続きなさい。あれは、一気に攻め殺さねばならない相手です、覚悟してください」
「「「了解ッ」」」

 部下を引き連れ、私は先頭を走る。
 黒オーガに到達するのを阻むようにスケルトン達はそれぞれの得物を構え立ち塞がる。しかしベーンが発動させた広域浄化神術【浄化の波動】を浴びて塵も残さずに消滅するか、あるいは動きが鈍くなった。
 走る勢いのまま弱ったスケルトン達を砕き、突き飛ばしながら私達は黒オーガに攻撃できる範囲にまで接近。そして、同時にあり得ない声を聞いた。

「状況判断能力はまあまあ。纏う魔力も上質、と」

 黒オーガが、流暢な人間の言葉を喋ったのだ。
 普通、オーガは知能が比較的高いメイジ種であっても、片言で喋る程度だ。身体の構造自体が話すのに適さない事が大きな要因なのだが、黒オーガはまるで人間のように喋ってみせた。
 それに心底驚愕しつつも、今更止まれるはずも、止まるつもりもなく、私達は突撃した。丁度その時背後からベーンの支援魔法が私達に付与され、疾走速度が飛躍的に上昇。
 身体がまるで羽毛のように軽くなった。ただ地を蹴るだけで、飛ぶように進む。
 突然速くなった私達を見て驚いた表情を見せるオーガを観察し、好機、と感じる。
 ハインドベアーに跨った分、高い位置にある黒オーガの心臓を狙い、私は地面を蹴り砕きながら跳躍した。身体が軽くなった事に加えて、地面を砕く程の力を込めての跳躍だ。まるで矢が射出された様な速度で、私の身体は跳んでいた。
 すぐに、剣尖が真っ直ぐ心臓を狙える軌道と速度を得た。先ほどほふったスケルトンの時と同じように、刀身に確固たる殺意を込め、赤い光を宿す。


[テレーゼ・E・エッケルマンは戦技アーツ聖域の祭壇ハイリヒトゥーム・アルタール】を繰り出した]

 私が繰り出せる戦技の中で、最強の一撃。
 今回はオーガが相手なので、戦技【聖域の薔薇ハイリヒトゥーム・ローゼ】が持つ【神聖】属性による追加ダメージ量はアンデッド程極端に多くはならない。多少はあるだろうが、致命傷を負わすには力不足だ。
 だから私が選んだのは、直接魂魄こんぱくにダメージを与える【霊光】属性を付与する【聖域の祭壇ハイリヒトゥーム・アルタール】だった。
 これで心臓を貫ければ、幾ら強靭な生命力を持つオーガといえども致命傷を与えられる。
 今まで訓練や実戦で、幾体ものオーガを屠ってきた経験から導き出した予測。例え神々の加護を与えられた亜種と言えど、そこまで大きくは変わらないはずだ。
 確実に、素早く殺す、そう己に課した一撃。
 ――致死の一閃が宙を疾走する。
 敵は私の動きに反応できていない。例え反応できたとしても、敵の攻撃を側面に逸らす能力がある螺旋風のおかげで私が致命傷を負う事は無い。
 この一撃は黒オーガの心臓を貫ける。
 そう確信していた。
 しかし、気が付けば私の身体は空に向かって舞い上がっていた。
 意識が現実に追いつかない。どうしてそうなったのか、現状が、理解できなかった。

「隊長ッ」

 落下点に居た部下に身体を受け止められた時の衝撃で、ようやく現実に引き戻された。
 どうしてこうなったのか。振り返り、黒オーガの姿勢を見る。そこで、何となくではあったが、理解する。
 私はすくい上げられたのだ。ハルバードの石突きを使って、私が気が付かない程の速度で、しかし痛みすら感じないくらいにそっと。
 それを理解した瞬間、ブワッ、と嫌な汗が噴き出した。
 何時、どの瞬間にハルバードを動かしたのか分からない。影さえ見えなかった。
 黒オーガが本気だったら、私は今の一瞬で斬られ、殺されていたに違いない。まるで羽虫を叩き落とす様に、呆気なく。
 なのになぜ、私は生かされたのか。疑問は尽きず、困惑する。
 その理由は、すぐに分かった。

「よし、貴女あなたは生かして捕えよう。色々と有用そうだ」

 つまり、黒オーガは私を値踏みしていたのだ。生かす価値も無い様な存在なのか、殺すには惜しい存在なのかどうか。それを見極める前に私が攻撃したから、とりあえず殺さなかったのだろう。
 その考えに至り、心の底からグツグツと煮えたぎる怒りが湧き上がる。
 私はとある貴族の娘として生まれ、愛されながら大切に育てられてきた。情けないが、高位武官である父上の口添えがあればこそ、この若さで隊長などという今の地位を得られた。
 だがしかし、一人の騎士として、武人としての誇りがある。人を率いる立場に見合った力を得ようと、今まで努力に努力を重ねてきた。
 なのにどうとでもなる相手として見下されたままでは、収まりがつかない。
 そうだ、私は怒っていた。だから黒オーガの眼力に負けずに睨み返しつつ、殺意を剥き出しにして応じた。

「ほざくな、オーガの分際で。貴様は私が、断つ」
「ふむ。その気概やよし。貴女は思っていた以上に、良い女なようだ」

 顎に指を添え、不敵に笑うその姿にさえ威圧感が伴う。ただ対峙するだけで、オーガの強さが分かるようだ。だけど、激しく憤る一方で、強い相手と戦えるという事を、純粋に心の底から楽しみにしている私が心の片隅に居た。

「我が名はテレーゼ・E・エッケルマン。シュテルンベルト王国第一王女ステルヴィアを救う為に戦場に赴いた王国騎士なり。我が欲しくば、その力を示すが良い。我を倒せたなら、その後は好きにしろ。我が身をけがされようと、戦いの果ての結果なら受け入れる」
「俺の名は、オガ朗。一応、傭兵団《戦に備えよパラベラム》の団長をやっている。俺からも一言だけ言わせてもらうが、負けたくなかったら全力で来い」
「当然だ。コレ以上の言葉は不要、後は刃を交えるのみぞ」
「ああ、そうしよう」

 互いに名乗り合い――
 そして、稲妻のような速度でハルバードが私の頭上へ振り下ろされた。
 速い。ただただ、その一撃は速かった。黒いスケルトンの斧とは比べ物にならない程の速度だ。それに刃から薄らと水の飛沫しぶきが飛んでいるのが見えた。
 斧頭に、何かしらの細工があるのは確実。水と斧頭、という情報から考えると水刃である確率が非常に高い。水を介した攻撃は形が変わり易いので防ぎ難く、厄介だ。
 それでも螺旋風なら対処できると判断し、慌てることなくハルバードの一撃を逸らそうとした時、初めて気が付いた。
 螺旋風が、何時の間にか消えていたのだ。跡形もなく。
 原因を考える前に、私は反射的に横に跳んだ。螺旋風が無ければ、この一撃は到底防げるモノではない。受け身を考える暇さえなかったので、私は無様に地を転がった。
 土で鎧が汚れる。鎧で覆われていない部分を石や地面で削られ、血が滲み出る。
 しかし汚れた程度、このくらいの痛み、どうと言う事は無い。地を深々と斬り裂いた一撃を避ける代価としてなら、安いモノだ。

「良い反応だ。ますます、欲しくなった」
「……貴様、奇妙な力を持っているな。加護、とも違う何かを」

 面白そうに笑うオーガを無視し、思わず疑問を口にした。オーガはより一層強く笑みを浮かべた。気圧され、後退してしまいそうだった。

「何故、そう思う?」
「貴様が、普通ではないからだ」

 黒オーガの目が私を見据える。その隙に、背後から音もなく迫っていたレビィアスのシミター型の魔剣【斬り裂く焔トランプフ】が、黒オーガの脇腹を斬り裂く軌道で振るわれた。
 奇襲のタイミングも完璧。戦技アーツが付与された一撃は黒オーガの肉を斬る、かに思えた。
 しかし斬れなかった。レビィアスの方を見る素振りさえなく動かされたハルバードの柄で防がれたからだ。更にトランプフの刀身に纏わりつく炎熱すら何故か一瞬で鎮まった。
 まるで何かに吹き消されるように呆気なく、トランプフの炎は消えた。水の中に入れても消える事の無い魔炎が、である。
 あまりにも理解し難い事態に慌てて距離を取ろうとしたレビィアスは、腹部を石突きによってしたたかに突かれた。幸い胴鎧がダメージを軽減したようだが、小さな穴が穿うがたれ、血が流れ出ている。どうやらあのハルバードの石突きは鋭く尖り、突き刺せるようにしてあるらしい。
 痛みでレビィアスの動きが鈍る。そこに伸びる銀腕。
 このままでは黒オーガに捕まってしまう。そう感じた私は自然と動いていた。
月の風リュヌ・ヴァン】に月の魔力を改めて吸収させ、螺旋風を再展開。コチラを向いているハインドベアーの頭部を狙う。足場が崩れれば、多少なりとも隙ができるはずだ。
 そう思っていた私の予想は、再び裏切られる。

「甘い」

 突き出した剣尖の軌道上に、突如私の頭ほどの大きさの、回転する水球が発生した。
 中空で激しく渦を巻くそれを突いてしまい、刀身を包む螺旋風は逆向きに回る水球の渦によって相殺された。

「――なッ」

 攻撃を防がれたことよりも私が驚かされたのは、水球そのものの存在であった。
 これは魔術ではない。魔術特有の魔力の波が感じられない。ありとあらゆる【魔法】の類でもない。ならばこの水球は何なのか。その答えが出る前に、黒オーガが動いた。

「狙いはよかったんだがな」

 レビィアスの胴体を銀腕で無造作に掴んだ黒オーガが、私を見る。今までと違い、明確な感情を持って。
 その瞬間、私の心を恐怖がむしばんだ。身体が竦んで力が入らず、身動きが取れない。私を見抜くその瞳から、眼を逸らす事ができない。
 殺される、そう思った。あれは、餌を見る捕食者の眼だった。

「――〝蒼炎の槍衾ルイド・ファラ・ラクス〟ッ!!」

 動けない私の横を高速で通り過ぎる、蒼く燃える炎の槍が三十本。その全てが私を見据える黒オーガに向かった。
 炎熱系統第三階梯魔術〝蒼炎の槍衾ルイド・ファラ・ラクス〟。使用者は【高位魔術師ハイ・ウィザード】などの上位職業を持つワイスリィ殿に間違いなかった。
 蒼炎槍はオーガ程度を殺すのには余りある威力を秘めている。オーガの強靭な肉体でも直撃すれば即座に炭化させる程の熱量がある。近くにいるだけで熱波が全身を舐めまわし、皮膚がチリチリと痛み、身体が熱い。
 例えオーガ亜種だろうとも容易く殺し尽くせる、そんな魔術は――

「――遅いな」

 黒オーガが小さく呟いたその声を、近くにいた私は確かに聞きとった。
 それと同時に、黒オーガに迫る〝蒼炎の槍衾〟は先頭から順に激しく瞬いた後、蒼い残り火を残して槍としての形を崩していった。
 三十本の蒼炎槍は全て、たった三秒ほどで何も燃やす事無く掻き消えた。その後に残るのは、無傷のハインドベアーと黒オーガ。
 その姿と先ほどの言葉で、黒オーガが全て叩き潰したらしいという事は理解できた。
 しかしどうやって? 疑問が私の脳裏をよぎる。

「テレーゼ殿、早く後退されよ!」

 後方からワイスリィ殿の怒声が飛んできた。その言葉にハッと我に返る。
 蒼炎槍を防ぐために両腕を使ったのか、銀腕に捕えられていたレビィアスも解放されており、既に下がって治療を受けていた。今最も黒オーガに近いのは、私だった。
 慌ててバックステップで距離をとる。
 追撃に備えるが、黒オーガは虚空を見つめて何かを言った。

「ふむ、あの魔術師も有用そうだ――オガ吉くん達、あの一団は基本的に捕獲する方向で」
「……貴様、何を言っている?」

 思わず声が漏れた。

「ん? ああ、ちょっと標的の確認をしていただけだ」
「何の――」

 事だ、と言いかけた私の声は、しかし黒オーガを包囲するために移動させていた兵士数名の胴体が瞬時に切り離された事で途切れた。
 地を濡らす夥しい量の鮮血が切断部から噴出し、臓腑が飛び出して零れ、切り離された上半身が激しく横回転しながら地面に転がる。
 直後、死体は激しく燃え上がった。
 何が起きた、と反射的にそちらを見れば、そこには二体目のオーガがいた。その皮膚は黒ではなく赤銅色で、黒オーガよりもさらに大きな体躯をしていた。手には体格に見合った巨大な両刃の戦斧と、巨躯の四分の三ほどを隠す黒く巨大でかつ強固そうなタワーシールドがある。
 一目見て、まるで城壁のようだという感想を抱く。
 それに加えて傍にハインドベアーを従えたその姿は、黒オーガ程ではないにしろ、強い危険性を感じさせた。

「オガ朗、適当ニ殺しテ喰ってモイいか?」
「まあ、程ほどにならな。いいぞ」
「分かっタ。手強そうナノハ、捕まえる。他は、喰うかラナ」
「ああ、それでいいから、さっさと行け」

 オウ、と答え、赤銅オーガはハインドベアーと共に、私達とは離れた場所で戦っていた兵士達の所に駆けた。
 速い。三〇メルトル程の距離は即座に踏破され、戦斧が水平に振られた。するとまるで雑草を刈るように、近くにいた兵士数名の胴体が切断される。上下二つに斬り分けられた死体が、先ほどと同じように燃え上がる。
 間違いない、あの戦斧はマジックアイテムだ。それもかなり高ランクのシロモノに違いない。何故あんなモノをオーガが、と思いつつ、私は黒オーガに視線を戻した。
 赤銅オーガも目を離していい存在ではないが、黒オーガは更に危険だからだ。
 ジリジリと間合いを測っていると、耳元で声がした。独特の響きから、魔術で届けられた声だと判断する。

〝テレーゼ殿、少々時間を稼いでください。私の奥の手で、黒いオーガを殺します〟
「了承した。どれ程の時を稼げば?」
〝無茶を承知で、二分ほどお願いしたい。それと、できればあの銀腕を封じて欲しい。可能なら、斬り落としてもらいたい。あれは、厄介極まる代物だ。もしかしたらアレのせいで失敗するやもしれません〟
「なるほど。確かに厳しいでしょうが、やってみます」
〝お願いします〟

 ワイスリィ殿の声が途絶え、後方から小さく紡がれる詠唱が聞こえた。
 それと同時に、立ち上る魔力の奔流を感じた。途轍もない速度で練り上げられ、どんどんと膨れ上がるそれに、全ての過程が終了した時に生み出される結果/魔術の規模が脳裏を過る。
 これは恐らく、先ほどのよりも一つ上――第四階梯級の魔術に違いない。堅牢な城壁を粉砕するレベルの破壊をもたらす魔術だ。
 それに反応したのか、黒オーガがハインドベアーから降りた。そして、コチラに歩いてくる。
 その瞳はワイスリィ殿が居る方向を向いていた。詠唱を中断させるつもりなのだろう。
 その前に、私は立ちはだかる。そうせねばならない。

「これより私達はワイスリィ殿を全力で守ります。レビィアス達は左から、貴方達は右から、貴方達は後方から、そして私は正面から、黒オーガを切り崩します。ベーン達は絶えず私達に支援魔法バフを、黒オーガには阻害魔法デバフを」
「了解、体内魔力オドが尽きるまで頑張ります」
「あのクソ野郎。絶対、斬ってやる」
「その意気、です!」

 タイミングを合わせ、攻撃を仕掛ける。
 全ては黒オーガを殺す可能性を秘めた、ワイスリィ殿を守り、時間を稼ぐ為に。

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