Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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3巻

3-5

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 俺、オガ朗。生後百十一日目にして、二児の父親になりました。
 流石さすがに早すぎるだろ、と自分で自分にツッコミを入れてみたが、まあ、精神年齢は二十五歳くらいなのだから別に異常ではない、はずだ。
 子達の種族は、二体とも【半人大鬼オーガ・ミックスブラッド】だった。
 人外と人間の間に子ができた場合、普通は遺伝的に強い親――今回は大鬼オーガ――の種族の子か、あるいはそれより低い確率で人間の子が生まれるそうだ。どちらも両親の遺伝子は受け継いでいるが、種族はハッキリと分かれるという。
 しかし今回の場合のように、百万分の一くらいの非常に低い確率で珍しい種族が産まれる――それが【混沌種ミックスブラッド】だ。人外と人間の能力を受け継いだ、人外であるが人外ではなく、人間であるが人間ではない種族。
 ゴブ爺や鬼人ロードなどから聞いた情報をまとめると、この子達は人間のように【職業】を得られるし、【位階上昇ランクアップ】もできる。そして種族としての【存在進化ランクアップ】さえもできるのだという。
 育てば非常に強力な個体になるのは、これだけでも分かるだろう。
 しかし基本的に、産まれればとして即座に殺されるような存在だそうだ。
 人外の中で生きていくには人間の部分が邪魔で、人間の中で生きていくには人外の部分が邪魔になるのだとか。
 それでも、生かされた例は歴史上に幾らかある。知られていないモノも多々あるだろう。
 だが様々な事情でうとまれながら育つ事の多いミックスブラッド達とあって、その性格は歪み易く、周囲に害を振りく事が多い。【悪徳王ヴァイス・キング】などと呼ばれて一国を滅ぼした個体まで存在するそうだ。
 その力に注目する権力者なども居るには居るが、大半はミックスブラッド達を恐れ、赤子の時に殺すのである。
 進化しない人間の社会の中で迫害を受けるのはともかく、姿形も能力も【存在進化ランクアップ】によって大きく変わる人外の世界で暮らす分には、容姿などもあまり目立たないのではないか、と思うかもしれない。
 だが思い出してほしいのは、【存在進化】には本来長い年月が必要だという事と、余程の才能がなければできないという事だ。
 多くの人外は生まれた種族のまま生き、生まれた種族のまま死んでいく。そんな中で、【位階上昇】も【存在進化】も可能という、強く異質な存在を排斥はいせきしようとするのはある意味当然だ。それが過去、悪名を轟かせた者と同じ存在ならば尚更だ。
 ちなみに俺達はゴブリンという比較的【存在進化】しやすい種族ではあったが、あれほどの数がこの短期間で【存在進化】を経験している事がそもそも異常である、とも再度認識されたし。
 ゴブ爺も俺に、災いが起こる前に殺すべきだ、と言ってくる。
 しかし俺にはこの子達を殺そうなどという気持ちは微塵みじんもない。こんなに可愛いのに殺せるものか。話を聞く限り、愛情を持って育てれば問題無いだろうし、間違いを犯せば鉄拳制裁して正していけばよい。
 育つ環境も、まあ、悪過ぎる事はないだろう。傭兵団の正式メンバーの大部分を占める、俺と同世代のゴブリン達は、そもそもミックスブラッドという存在自体知らないしな。よそから入ってきた奴等が何か言うなら、その時はその時だ。
 乳を吸っている子達の姿を見る。
 額には小さな角が一本生え、やや黒みがかった肌には俺と同じ紋様の赤い刺青いれずみが刻まれていた。
 そして最も謎といえるのが、娘の右手の甲には金色の〝鬼珠オーブ〟が、息子の左手の甲には銀色の〝鬼珠〟が埋まっている事だ。鬼人ロードではなくオーガと人間のミックスブラッドのはずなんだけど、何で鬼珠を持っているのだろうか。
 これは後々調べるとして。
 顔立ちは、俺の面影もあるモノの、どちらかと言えば姉妹さん達に似ているので、娘の方は可愛らしいし、息子の方は精悍せいかんだ。親馬鹿かもしれないが、将来が楽しみである。
 産まれたてだというのに、娘は七〇センチ以上、息子は八〇センチ以上はありそうだ。確かにこの大きさなら、腹を喰い破るしか出てくる術が無いというのも納得してしまう。
 忌み児と言われるような存在だが、この子達は育てるつもりである、と俺はハッキリ宣言した。
 やや不安ではあったが、幸い姉妹さん達も同じ思いらしく、共に育てていきます、と誓い合う。俺の胸には温かい思いが溢れる。少しでも不安に思った自分が情けない。やれやれ。
 そして母乳を吸い終えた子達を、俺が改めて抱き、ついでダム美ちゃん達が順に抱いた。人間であれば産まれてすぐに抱いていいモノではないかもしれないが、子達には俺の血が流れている。そして種族も人間以上だ。問題は全く無かった。
 俺の糸製毛布に包まれた状態で、赤髪ショートや鍛冶師さん達の腕の中を次々と回されていく赤子達。そして最後に、今まで壁際で静かに様子を見つめていたお転婆姫が子達を抱いた。お転婆姫の手には重いようで、少年に助けられながらだったが、どこか感慨深げに子達の寝顔をジッと見つめ、小さく、微笑んでいた。
 お転婆姫には、今回の事は良い経験になったのかもしれない。


 といった感じに大変な事があったので、今日は姉妹さん達の身体を思い、一日洞窟で過ごす事になった。雨が降り出したので丁度良かったかもしれない。
 晩飯は熊鍋だった。熊ウマー、である。
 夜は姉妹さんと俺の間に子達を挟んで眠りについた。
 娘の名前はオーロ、息子はアルジェント、としよう。
 何のひねりも無くそれぞれの鬼珠オーブの色を名前にしただけだが、まあ、ゴブ爺が考えた名前よりはマシ……か? うん、分からん。
 産まれるまでの状況をリアルタイムで拠点に居る【半聖光鬼ハーフ・セイントロード】のセイくんに見せていたので、俺が居なくてもオーガの子を出産させられるノウハウを確立してもらおう。
 回復能力に特化したセイ治くんなら、もっと安全にやれるはずだ。と言うか、そもそも成長しきるまで待たずに帝王切開しても、その後にきちんと対処すれば問題無いのだとか。
 もっと早くその情報を知りたかったが、まあ、今後に活かせるのならば、コレは必要な事だったのだと考えよう。
 今日はグッスリと眠れそうだ。


《百十二日目》

 目が覚めても、まだ雨が降っていた。仕方ないので今日も洞窟で過ごす。
 幸い洞窟は広く、それに加えて俺が拡張工事をしたので訓練をするスペースも十分に確保できた。食料も【異空間収納能力アイテムボックス】に大量に入っている。当面は困る事も無い。
 午後になると雨は止んだが、今度は雪が降ってきた。風も強く、道のコンディションはかなり悪いだろう。
 姉妹さんと子達を思えば、焚き火のできるココで過ごした方が無難だ。もう一日洞窟に留まる事にし、明日はどんな天気でも出発すると決めた。
 その決定を受け、鍛冶師さん達は色々な作業をして暇をつぶす事にしたらしい。
 ダム美ちゃんはお転婆姫が持ち込んだ小説を読み始める。愛妻家だった領主が不倫の道にハマり、最後には妻に刺される、というドロドロしたモノらしい。オチが何か怖い。
 赤髪ショートは鬼人ロードや少年と訓練を行うらしく、お転婆姫もそれに参加するようだ。最近は体から溢れる活力に突き動かされるらしく、赤髪ショートは自主訓練をしている事が多い。
 鍛冶師さんは精霊石を使って作った鍛冶道具一式を取り出し、日常品の点検。俺のハルバードもついでに頼んだ。
 錬金術師さんは新薬の開発にいそしんでいる。その目には穏やかでない何かが宿り、狂科学者マッドサイエンティストのようである。
 姉妹さん達は、体を休めながらオーロとアルジェントの世話に熱心だ。見ているだけで心が落ち着いてくる。
 そして俺は単身、洞窟の外に出て行く。
 折角一日山に留まるのだ。《クラスター山脈》に生息するモンスターを殺してその血肉を喰らう事にしたのである。それに明日進む道の下見も兼ねて、周囲を散策しておくのは決して悪くない。


 そんな訳で雪が降り突風が吹き荒れる中、俺は山中を歩いていた。
 身にまとうのは自分で作った革のズボンと、街で買った撥水性はっすいせいの高いポンチョに似た服のみだが、【冷気攻撃無効化】や【水氷耐性トレランス・アクア】【風塵耐性トレランス・ストーム】などがあるので、寒さは特に感じない。もちろんオーガである事も関係しているだろう。
 環境が環境なだけに、本来なら獲物を見つけるのも困難を極めるだろうが、俺には度重なる捕食と使用で鍛え上げられた【気配察知】がある。さっそくその能力で、巣穴に引っ込んでいる個体を探す。
 まず最初に、あの洞窟にも居た〝四腕熊よつうでぐま〟の気配を見つけた。既に熊鍋にして喰っているがアビリティは得られておらず、身体強化だけにとどまっている。あと一、二体ほど喰えばアビリティを得られそうなので、舌なめずりをしながら気配を感じる洞窟にお邪魔した。
 洞窟内に居たのはオスとメスのつがいであり、メスの腹部は大きく膨らんでいた。
 どうやら新たな命が宿っているようだ。俺がジッと観察していると、オスはメスを隠すように立ちはだかり、太く雄々おおしい四腕を広げながら太い牙を見せつけ、俺に威嚇の雄叫びを上げた。
 これまでの俺なら問答無用で殺して肉体を解体し、腹の子諸共もろとも喰っていただろうが、オーロとアルジェントが産まれたばかりである。身重みおものメスを殺すのは気が引けたし、オスを殺せば、動けないだろうメスも死んでしまう確率が高そうだ。
 全く気分が乗らなかったので、見なかった事にして洞窟を出る。四腕熊の気配は既に覚えているので、他を探せばいい。
 俺が背を向けた瞬間、オスが襲いかかって来ようとしたが、即座に【強者の威圧】で力量差を伝える。
 それだけでオスの動きは止まる。
 命は大切に、だ。
 雪の中を歩く事しばし、再び四腕熊の巣を発見した。数は一体で、オスだった。
 今度は情けをかける理由は無い。ハルバードを手に、アビリティは使わず、純粋な肉体能力と戦闘技術のみで殺しにかかる。かつて相手したレッドベアーの実力には劣るものの、攻撃回数と攻撃手段に優れた四腕熊は少々手強く、丁寧に腕を一本一本切断する戦法を選択した。
 腕を切り落とし、首を刎ね、解体して肉を喰う。


[能力名【剛毛ノ守ごうもうのまもり】のラーニング完了]

 次の獲物を探して、時折激しく吹雪ふぶく山中を歩く。
 そして俺は、鹿に似た、五メートルほどの体躯の一匹のモンスターと遭遇した。
 その毛皮は処女雪のようにけがれなき純白で、発達した全身の筋肉は鹿というよりもむしろ肉食獣であるひょうを彷彿させる。爛々らんらんと輝く黄金の瞳は、まるで王者のように見たモノを萎縮させる力を宿している。
 そして何よりも特徴的なのは、その巨体に見合った雄々しき双角だった。雲の間から僅かに差し込む陽光に照らされ、神々こうごうしいまでに白く輝いている。
 その姿はまるで一枚の絵画のようだった。
 戦わずとも、一目でボス系モンスターだと分かる力強さが伝わってくる。《クラスター山脈》は巨人族【フォモール】が暮らす地、と教えられていたので、ボス系モンスターも当然フォモール族だと思っていたが、どうも違ったようだ。
 ひとまず〝ディアホワイト〟と呼ぶ事にした。さっそく三百近くあるアビリティの中から必要なモノを選び、重複発動。
 肉体や感覚が強化されていく。赤いクワガタに似た外骨格をまとい、【異空間収納能力アイテムボックス】から取り出したハルバードと朱槍を構え、ディアホワイトと対峙した。
 あらゆるアビリティを発動させた状態でようやく拮抗した勝負ができる、そんなレベルの存在のようだ。いや、それでも勝てる確率は三割程度しかないだろう。ホブゴブリンの時に相手したレッドベアー戦よりも危うい状況に、全身を駆け巡る致死の予感が、久しくなかったほどに強まった。
 その死の予感が逆に生をより強く実感させ、俺は自然とわらっていた。
 しかし、戦いは起こらなかった。
 ディアホワイトは俺をその黄金の瞳で見ると小さく鳴いて、頭を左右に振った。するとその巨大な双角が根元から折れて、地に落ちた。かなりの重量があるのだろう。落下の衝撃によって生まれた風が、積もった雪を舞い上げた。
 角の一部は地面にまでめり込むが、しかし不思議と土で汚れる事は無かった。
 何がしたいのか理解できず、俺はより一層警戒を強める。
 そして、ディアホワイトは俺の警戒心を無視して、目の前から風のように去っていった。まさか一回の跳躍で数十メートルもの距離を移動するとは。桁外れの脚力だ。
 しばらくはその場で警戒を続け、近くに生物が居ないと判断したところで、残された双角に近づく。【罠感知センス・トラップ】が反応しないので、罠ではないようだ。
 双角を拾ってみるとズッシリと重く、奇妙な波動を放っていた。まるでディアホワイトが今も目の前に居るように感じるのである。
 これほどまでに存在感のある双角ならば、喰ってアビリティを得られる確率は高いだろう。しかし俺の【直感】が、角はオーロとアルジェントに与えた方が良いとささやいた。しかし喰いたいという欲求も確かに存在する。
 どちらを選ぶか激しく迷い、迷い、迷い、結局オーロとアルジェントの誕生に対する贈り物プレゼントとする事に決めた。
 欲望に負けないように双角を【異空間収納能力アイテムボックス】に収納し、次の相手を探して山を歩く。
 やがて、雪景色に溶け込む白いスライムを発見した。
〝ホワイトスライム〟はグレースライムに似たスペックを持つようだ。魔法系の攻撃は効きにくいし、物理攻撃にも耐性を持っている。グレースライムとの違いは、色が白く、第二階梯かいていの水氷系統魔術を使用してくる点だろうか。
 まあ、雑魚である。
 生きたままゼリーのようにすすって喰ってみたが、獲得済みのアビリティを強化するだけで新しいモノは得られなかった。残念だ。
 といったところで帰る事にした。
 帰り路、氷雪混じりの強風の中にかすかな異音を聞いた。地面からも、弱々しい振動が感知できる。
 感覚を研ぎ澄ませつつ、音と振動がする方向に向かう。好奇心が刺激されたのだ。
 近づくごとに振動は強まり、戦闘音がハッキリと聞こえ出した。誰かが何かと戦っているらしい。警戒しながらも、どんどん近づいて行く。幸い、周囲のモンスターは何処どこかに逃げているか、住処で息を殺していた。まるで自分の存在を知られたくないように、である。
 誰が、何が戦っているのか、その事に強い興味を覚え、雪の積もった山中を更に進んでいく。
【気配察知】の感知圏内に入ったところで、ソレは脳内に表示された。小さい青点が四つと黄点が二つ、そして巨大な赤点が四つと赤点よりも更に大きな銀点が一つ。総数十一体が激しく入り乱れ、交差し、そして離れる。激しい戦闘音がビリビリと大気を振るわせる。
 やがて目的地に到達。気配を消し、崖下を見た。そこでは想像していた通り、激しい戦闘が繰り広げられていた。
 戦っているのは、四人の人間と二人の獣人、そして五体の巨人だった。
 赤点と銀点が示していたのは巨人族で、青点と黄点は人間と獣人のようだ。
 赤点で表示される巨人族――恐らくはフォモール族だろう――の体長は最も小さな個体でさえ一〇メートルを軽く超え、銀点の巨人に至っては二〇メートル近くあった。
 フォモール族の頭部は山羊やぎに酷似し、燃えるような赤眼を持っている。筋肉隆々の上半身は人間に近い形だが、黒い体毛に包まれた下半身はやはり山羊のようで、仙骨の辺りから巨大な蛇の尻尾が一本生えている。そしてその手に持つのは、巨体に見合った大きさを誇る岩石製の棍棒だ。
 銀点のフォモールは体格と左目を固く閉じている事以外は他のフォモール達と大差ないが、発している気配から、より上位の種族なのだろうと感じられる。
 区別する為、銀点のフォモールは〝バロール〟と呼ぶ事にする。
 対して、それと戦っている四人の人間と二人の獣人達。
 パッと見の特徴を説明すると、人間は無駄に格好の良い金髪碧眼きんぱつへきがんの剣士の青年、攻撃を確実に受け止めている盾戦士の地味な男性、聖書を手に持つ聖職者の美少女、魔杖を構えて詠唱する魔術師らしき美女。
 獣人は長槍を得物とする猫耳尻尾の美女に、巨大な弓と矢を構えたウサ耳尻尾の美少女の二人だ。
 男が二に女が四と、男女比こそ偏りのある組み合わせパーティだが、戦闘時のバランスは悪くなさそうだった。剣士と盾戦士と槍士が前衛を担当し、それに護られながら聖職者と魔術師が後衛として回復補助や戦況を左右する強力な魔術を撃ち込む。遊撃手として活躍する弓師は小刻みに動き回り、フォモール達の頭部を矢で狙って注意を分散させている。
 そのバランスのとれた戦い方は、素晴らしいモノだと認めざるを得ない。
 小さくか弱いはずの人間達が、巨大なフォモール達を相手に拮抗した戦いを繰り広げていた。巨人達の攻撃を時に避け、時にはじき、時に受け止め、時に正面から押し返している。
 聖職者と魔女の動きも、後衛とは思えないほどに洗練されているのには驚いた。
 レベルや【職業】に頼り切った戦いでは決して無い。戦技アーツも当然使っているが、それに振り回されている様子は一切無かった。
 特に剣士の青年の動きには目を見張るモノがあった。パーティの中でも実力が頭一つ抜きん出ているだろう。
 ほぼ間違いなく、俺がこの世界で出逢ってきた中で最強の人間と獣人達だ。フォモール達だけであったなら、四体居るとは言えやがて打ち倒されてしまうに違いなかった。
 しかし、バロールの存在が、どちらが勝つか分からない状況を作り出していた。
 バロールはフォモール達を指揮して人間達の陣形を乱しつつ、時に前線に出ては人間達を攻撃し、時に後方に下がっては左腕を振って吹雪を発生させたり、右腕を振って雷撃を生み出したりしていた。
 この状況に正面から参戦するのは、自殺行為でしかない。俺は気配を消したまま、崖上から成り行きを見守る事にした。


 戦いを見物し出して、恐らくは二時間ほど経っただろうか。
 四体居たフォモールのうち、一体目は剣士の青年が振るう黄金の剣によって首を斬り飛ばされた。断面が非常になめらかで、その技量の高さが窺える。
 二体目は盾戦士によって片足を切り落とされ、体勢が崩れた隙を狙った槍士の猫耳尻尾の突撃によって額を穿うがたれた。脳漿のうしょうが飛び散り、肉片が周囲を汚している。
 三体目は魔術師の美女によって練り上げられた第五階梯かいてい魔術の雷に身を焼かれた。眼球は弾け、肉の焼ける臭いが立ち込める。
 そして今、最後の一体が弓師のウサ耳尻尾と剣士の青年のコンビ技によって殺された。視線だけで意思が通じ合っている様から、幾度となく同じ攻撃をしてきたのだろうと分かる。
 四つの巨大な死体から溢れ出た血によって、崖下の戦場は赤い海のように染まり、血煙ちけむりが発生している。それにはどうも毒が含まれているらしく、近くに生えていた木は急速に枯れていった。かなりの猛毒のようだ。
 これには人間達も苦戦するか? と思ったが、聖職者の美少女が発動させた何かしらの防衛術によってかまるでモノともしていない。
 しかしそんな彼等も、決して無傷ではなかった。
 盾戦士はフォモールが振り回す棍棒によって盾を壊された上、軽々と吹き飛ばされて壁にめり込み、虫の息となっていた。一方、バロールが放った、氷槍と雷槍を複合させた強力な一撃を防ぐ為に魔力を使い過ぎた魔女も、魔力欠乏症に陥っている。弓師のウサ耳尻尾は死ぬ寸前だったフォモールに蹴られて吹っ飛び、それを槍士の猫耳尻尾が咄嗟に抱き止めて庇ったものの、二人共も激しく地面を転がり気絶している。
 魔女以外の三人は早く治療を施さねば死ぬだろう。特に盾戦士とウサ耳尻尾が重傷だ。
 残されたのは、全身各所に傷を負いながらもまだまだ余裕のある表情のバロールと、傷付いた剣士の青年、そして青年の怪我を癒そうと必死に術式を構築している聖職者の美少女、その三者である。
 正直、人間達は良く戦った。
 想像して欲しい、自分の数倍の巨躯を誇る巨人を相手に戦う矮小わいしょうな人間の姿を。それはまるで神話の一幕のようだった。
 過酷な鍛錬によって築き上げてきた肉体と戦闘技術。そこに戦技アーツや【職業】などを追加する事で人間の能力の限界を突破して、生来の強者である巨人達と互角以上に戦う。その様は、美しくすらあった。
 しかしそれも終わりが近づいている。
 まだ余力のあるバロールと、満身創痍まんしんそういの剣士の青年と聖職者の美少女。どちらが勝つかは、目に見えていた。バロールが『コレでオッツダルジャッキン。ワイが最高の魔術ニヨッテ滅びシャインなってヨオオオオオオオ!!』と奇妙な咆哮を上げ、濃密な魔力が渦を巻く。
 青年は力及ばなかった己に怒りの表情を浮かべながらも剣は決して手放さず、美少女は悔しさと絶望のあまり聖書を取りこぼす。
 まだ諦めていない青年と、諦めてしまった美少女の対比に、俺の脳裏にふとが蘇るが、それはすぐにかき消える。
 そんな様子を冷静に観察しながら、俺は左手の【白銀の義腕アガートラム】を変形させ、狙撃銃のような細長い銃身を形成する。弾丸には、訓練の末にようやく使えるようになった【終焉】系統第四階梯かいてい魔術〝投じられる破滅の七矢ヴァードゥン・フレショット・バール〟を選択。
 銃身内に巨大な黒矢が装填され、銀腕の能力――【属性反響アトリビュートエコー】――によって【終焉】属性が強化されていく。
 これだけでも非常に強力な一撃であるが、もしかしたらバロールを殺すには至らないかもしれない。長年の経験則からも十分殺せるだけの威力はあると思いはしたが、相手の防御力が正確には分からないので、確実な死をバロールにもたらす為に、俺は更にアビリティを重ねていった。
 殺せなかったら笑い話にもならないからな。
 しかし、勝ったと思っている獲物を殺すのは、本当にやみつきになるモノだ。
 五秒ほどで全ての準備が整い、まだ魔術を練り上げているバロールを狙う。


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