Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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3巻

3-13

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 気合いの雄叫びを上げながら、ミノ吉が黄金牛の頭が描かれた盾を前面に突き出し、戦斧を肩に担ぎ上げてアポ朗へと突進する。ミノ吉の巨躯ゆえに、アポ朗からすれば巨大な壁が迫るようにも見えただろう。
 ミノ吉の攻撃はアポ朗からすれば見慣れたモノであり、予測できる軌道であり、熟知している型だった。他の誰でもない、アポ朗が教えた技だったからだ。
 技といっても、突進して距離を詰め、敵の攻撃を盾で防ぎ、そのまま押し込んで体勢を崩して、最後に斧を振り下ろすだけという簡単なモノ。訓練すれば誰でもできるような基本技に過ぎない。
 ただしミノ吉のそれはアポ朗が知っているモノとは速度が違い、重さが違い、威力が違い、規模が違った。
 アポ朗の視界の中で起きる様々な変化。
 黄金毛に包まれたミノ吉の下半身からバチバチと黄金雷がほとばしり、巨大なひづめが地を踏み砕いてその巨躯を前方へ押し出す。その様はまるで砲弾のようだった。
 肩に担がれた斧頭からは白炎が噴出し、まるでブースターのように、疾走速度を跳ね上げる。
 引き裂かれた大気。音速を超えた証明に発生した衝撃波。周囲に撒き散らされる破壊の嵐。揺れながら延びる光の尾。黄金雷と白炎の軌跡。
 ミノ吉は音を置き去りにして、アポ朗に迫る。
 怪力のミノタウロスとなった上、新たな加護の力を得たミノ吉の最速の一撃。

(思っていたより、断然速いッ)

 使徒鬼アポストルロード・絶滅種が備える優れた知覚能力を【並速思考】によって更に加速させているアポ朗は、音より速いライフル弾すら見切る事が可能だ。しかしそんなアポ朗の認識世界の中ですら、ミノ吉の巨躯は異常なまでの速さで動いた。
 両者の間にあった二〇メートル程度の空間はたったの数歩と刹那せつなの間に埋め尽くされ、その巨躯がアポ朗の目前に迫る。ごう、と勢いよく振り下ろされる斧――全てを叩き砕く殲滅せんめつの斬撃。
 まるで巨大な岩塊がんかいが落下してきたようなそれを、アポ朗は咄嗟に朱槍【餓え渇く早贄の千棘ガルズィグル・ベイ】を傾けながら受け、横に流す事に成功した。
 斧と朱槍が衝突して耳障りな異音が響き、火花が飛び散り、そして朱槍に触れた斧頭から噴き上がった白炎が広範囲に猛威を振るう。
 頭部を白炎であぶられつつも斧本体は受け流したアポ朗だが、両腕の骨肉はギシギシときしみ、僅かながらに流しきれなかった圧力が足場を陥没させ、くるぶしまでが地中に没していた。
 もしアポ朗が朱槍ではなく鍛冶師さんのハルバードを装備していたのなら、この一撃で叩き斬られていただろう。朱槍だったからこそ、最後まで力を横に逸らす事ができたのだ。
 以前とは桁違いな攻撃に、アポ朗は驚愕すると共に興奮していた。

(ハハ、最高だ、最高だよミノ吉くんッ)

 朱槍によって軌道を逸らされた斧は止まる事無く地面に着弾。
 深々と斬痕ざんこんを刻み、その衝撃で周囲に飛び散った土石弾が跳び上がったアポ朗の身体に衝突する。
 しかし土石弾は強靭な皮膚に弾かれ、アポ朗は痛みすら感じていない。


 アポ朗は即座に反撃に転じようとした。しかし斧頭から噴き出した雷炎が斬痕の周囲を黒く焼き焦がし、破壊範囲を拡張した事への驚愕により一瞬動きが鈍る。
 現在ミノ吉が持つ【神の加護】は三つ――【炎の亜神の加護】【戦乱の亜神の加護】【雷光らいこうの神の加護】――であり、この白炎と黄金雷は【炎の亜神の加護】と【雷光の神の加護】によって使えるようになった攻撃だ。
 アポ朗もレッドベアーを喰った事で【炎の亜神の加護】は持っているが、アビリティの重複発動による強化をしても、ココまで強力な火炎攻撃を繰り出すのは少し難しい。
 ミノ吉がこれほど強力な雷炎を使用できるのは、【牛頭鬼ミノタウロス・新種】と成った時に、『斧攻撃時の全ての威力を大幅に上昇させる』などの効果がある固有能力ユニークスキル斧滅ふめつなる者】と、『雷炎攻撃時の威力を大幅に上昇させる』などの効果がある固有能力【神殺しの雷炎】を得たからだ。
 それにミノ吉の愛斧である【霊焼の免罪斧】が持つ固有能力の一つ【燃え散らす罪火バーンアウト・クリミナル】も、強力な炎熱属性だった事ももちろん関係しているだろう。


 アポ朗と対等に在りたいと願ったミノ吉が得た【力】、それが今如何いかんなく発揮されていた。
 アポ朗以外の団員が相手だったならば、この一撃で決着がついた。
 強烈な斧の一振りを防がれようが避けられようが、その後に発生する黄金雷と白炎の二種類の攻撃は広範囲を薙ぎ払い、斧の直撃に勝るとも劣らない威力を誇る。
【詩篇】の主要人物メインキャストとして優れた能力を誇る復讐者ならば、何とか初撃は防げたかもしれない。しかしその後に襲いかかる雷炎を防ぐ術は持ち合せておらず、運が良くてもギリギリ死んでいないといった状態で地面に転がる事になっただろう。
 しかしアポ朗は【雷電攻撃無効化】を有していたため、ほとばしった黄金雷で身を焦がされる事はなかった。黄金雷が幾ら強力だったとしても、【雷電】を使用した攻撃である以上アポ朗に効果は及ばない。
 が、【炎の亜神の加護】や【炎熱完全耐性パーフェクトトレランス・フレイム】では、超高熱の白炎を完全に防ぐ事はできなかった。
 アポ朗の頭髪は白炎に焼かれ、頬や頭部の一部がただれた。
 肉の燃える臭いがたちこめ、左の眼球が弾ける。
 片眼を潰された痛みで顔をしかめながらアポ朗が発動する【超速再生】――爛れた皮膚はまるで録画を逆再生するかのようにえていく。
 燃やされた皮膚や眼球がまばたきの間に再生すると、アポ朗は反撃に転じた。

「相手だけでなく、戦域全体にも意識を向けろ」

 普段の癖で助言をしつつ、アポ朗はミノ吉の背後に水球と土槍をそれぞれ十個形成、と同時にミノ吉が繰り出してきた盾の殴打シールド・バッシュを銀腕の掌底で迎え撃つ。
 壁のような盾を掌底で迎え撃った事により鈍い音が発生し、身体を突き抜ける衝撃を感じながら、アポ朗は水球と土槍による背面攻撃を実行。
 正面に相手の意識を集中させつつ、同時に死角から攻撃して対象の体勢を崩す、アポ朗の定番の攻撃法である。肉体の構造的に背後を視認できないミノ吉にとって、この攻撃を防ぐのは非常に難しい。
 かつてのミノ吉ならば、コレで少なからず体勢を崩せるはずだった。
 がしかし、以前よりも遥かに、ミノ吉は強くなっている。それもアポ朗の予想を超えるまでに。
 だから。

「――ッ!!」
「ブモォォォオオオオオオ――」

 ミノ吉の全身から黄金と白の雷炎が噴き上がった。
 天高く噴出する雷炎によって水球と土槍の軍勢は蒸発、あるいは上空に吹き飛ばされる。それと同時に、ミノ吉の盾に描かれていた黄金牛の紋様が輝いた。
 アポ朗は咄嗟に後方に跳んで距離をとろうとしたが、それを追って前進するミノ吉の方が断然速い。
 追い付かれるのと同時に、黄金牛の頭部が物質に干渉できる幻影となって、盾から飛び出した。鋭利な双角がアポ朗の肉を穿うがち、心臓をえぐり出さんとたける。跳躍によってほんの僅かに宙に浮かんでいたアポ朗は、左右に回避する事もできない。
 アポ朗は、避けられないのならば、と迫る幻影の片角を銀腕で掴む。生身の右腕は朱槍を保持している為、咄嗟に動かせない。
 しかし片角を掴むと言っても、そう簡単ではない。今のミノ吉の速度は音速を超える上、二鬼の間は五メートルとない。
 並の相手なら気が付く間もなく轢殺れきさつされるような攻撃であり、仮に掴めたとしても、勢いを殺す事ができずに角は突き刺さるだろう。
 しかしアポ朗は、積み重ねた戦闘の経験から角を掴む事に成功。そして尋常ではない握力を発揮する銀腕は、掴んだ場所から数ミリと動かない。更に、より確かにバランスを保つ為、アポ朗は盾に朱槍の石突きを押し付けた。
 銀腕と朱槍、それ等二点での支えにより、アポ朗は黄金牛の角突きを防ぎ切った。


 だがアポ朗の身体は今も中空に浮かされた不利のままであり、ミノ吉は尚も止まらなかった。

「――オオオオオオオオッ!!」

 ミノ吉は前進する。先ほどと変わらぬ速さで地を蹴り、ひたすら前に。
 斧頭から吹き上がる白炎、黄金毛から迸る黄金雷、太く強靭な下半身が驚異的な速度を実現する。
 バ、バ、バ、と背中が大気の壁を破裂させる音と、全身を貫く強い衝撃を感じながら、アポ朗は【空間識覚センス・エリア】によって、背後に迫る壁を見た。どうやらミノ吉はアポ朗をこのまま壁に叩きつけるつもりのようだ。
 もしこのまま壁に叩きつけられれば、壁と盾によって押し潰されるだけでなく、銀腕で掴んで止めた幻影の角に、今度こそ串刺しにされるだろう。
 そうなれば、いくらアポ朗といえど深刻なダメージを負う。それにこのまま防戦一方では勝機は無い。
 そんな中、アポ朗は小さく笑みを浮かべた。

「手加減の必要性は無しか」

 アポ朗は圧倒的な膂力りょりょくをもたらすアビリティ、【理外なる金剛の力】を発動させた。仲間相手には決して使うまいと思っていた、奥の手の一つである。
 それはミノ吉の強さを認めた証拠であり、また湧き上がる闘争本能の表れでもある。
 途端に膨れ上がる鬼気と威圧感。
 たった一つのアビリティを発動させただけだったが、それは近づく事すら躊躇させるほどの威圧感をアポ朗にもたらした。
 アポ朗の変化に気付いたミノ吉は冷や汗を流すが、あえて構わずこのまま叩き潰す事を選んだ。今更引く事はできず、ならばあくまで全力で最初の目的を達成しようという考えだろう。
 それにアポ朗の身体は角を掴んだまま宙に浮かんでおり、咄嗟の行動が困難な体勢であるというのもそう考えた要因の一つだった。
 しかしアポ朗が【重力操作能力グラビティロウ】によって自重を増すと、それによって足先が下がり、僅かながらに地面を捉えた。それでもつま先立ちのような心許こころもとない姿勢だが、アポ朗にとってはそれで十分だった。

「――ッ!」

【理外なる金剛の力】を発動させた今なら、力任せに突進を止める事もできた。しかしアポ朗は身体を沈め、掴んだ幻影の角を起点に全体の流れを変化させる事を選んだ。

「ブォ?」

 凄まじい勢いがあった力の流れを変えられ、ミノ吉の巨体は簡単に宙に舞い上がった。
 ミノ吉から、何が何やら、といった感じのうめき声が聞こえる。
 その身体は縦方向に何回も何回も回転し、ミノ吉の中で天地の認識が不確かなモノとなる。そのまま空中で体勢を戻す事ができずに背中から勢い良く墜落――轟音、撒き上がる粉塵ふんじん。勢いは尚も止まらず、その巨躯で地面に深いわだちを刻み続けた末、ようやくミノ吉は完全に停止。
 一度は流れてしまった反撃のチャンス。それを再び逃すアポ朗ではなかった。

「――シッ」

大気操作能力エアロマスター】で三十の風塊を形成、それに【重力操作能力グラビティロウ】で指向重力を加えて高速射出――仰向あおむけになったままのミノ吉の胴体に全て着弾した。
 風塊が弾け、鈍い音が連続で響く。

「ブモォッ!」

 苦痛の声が漏れるが、ミノタウロスという種族が持つ特徴の一つはその強靭な肉体であり、その中でもミノ吉は際立ってタフだった。金属鎧を一撃で陥没させられる風塊の殴打も、筋肉の鎧によって威力を大幅に削り落とされ、大きなダメージとはなりえない。
 しかし炸裂する風塊の乱打はミノ吉をその場に留め続け、その間にアポ朗は距離を詰め、朱槍の一突きを繰り出した。
 穂先は大気を斬り裂き、音速の数倍に達する。
 左肩を狙った赤い閃光のような一撃は、ギリギリで割り込んだ盾に阻まれて火花を散らすが、アポ朗の攻撃は止まらない。
 槍を引いて、再び刺突を繰り返す。すると朱槍に赤い光が宿り、より速度を増した赤い閃光が幾十幾百と瞬いた。


[アポ朗/夜天童子は戦技アーツ千槍百華せんそうひゃっか】を繰り出した]

 槍が枝分かれしたように見えるほどの濃密な刺突の連撃を繰り出す戦技――【千槍百華】。
槍術師ランスロード】や【槍王ランスキング】など、槍を扱う職業の中でも上位の部類を持つ者しか体得できない、強力な戦技である。
 人間の限界を超えた威力と連撃速度を行使者に与える為、行使すると相当の体力が削られる。仮に瀕死の状態で繰り出せば、行使者の命を全て使い切ってしまう可能性すらある。
 しかし人間以上の肉体を持つアポ朗にとっては【千槍百華】によって削られる体力など微細でしかなく、ほぼ万全と言える今の状態ならば数秒とせずに回復する。
【戦技】によって強化された朱槍はミノ吉の盾と正面から幾度も衝突し、目も眩むような閃光と耳を覆いたくなるような異音を響かせる。
 この光景に、二鬼の戦いを見学していた者達のほぼ全員――アポ朗達の子達と同期の鬼は除く――が言葉を無くした。
 その原因は、アポ朗が繰り出した赤い閃光のような刺突の鋭さであり、それを防ぎ耐えているミノ吉の堅牢けんろうさであり、そしてアポ朗が皆の前で初めて行使した【戦技】である。
【戦技】は、竜や巨人などの強力無比な存在にも抗えるよう、【神々】がか弱い人間のみに与えた一種の【祝福しゅくふく】だ。
 それ故に人外が【戦技】を行使する事は有り得ない。
 だが今、アポ朗はそんな世界のことわりを覆してみせた。

「嘘、だろ」

 それは誰の呟きか。
 か細く、誰にも届く事なく消えていくような、しかし確かに発せられた本音。
 それを掻き消すように、戦技【千槍百華】と盾の衝突音が鳴り響く。

「そら、もう少し強めでいくぞ」

 手数の多さとその一撃一撃の重さによって、徐々に徐々にミノ吉のまもりを押し込んでいくアポ朗は、駄目押しとばかりに能力としての【千槍百華】を上乗せで発動させた。
 それにより、単純計算で約二倍に相当するアシストを獲得。体の動きはこれまで以上に加速し、より濃くなった赤い残像は盾の表面に傷を刻み、盾を保持しているミノ吉の片腕に甚大な負荷をかけていく。強靭な肉体を誇るミノ吉でなければ、数秒と経たずに穴だらけにされていただろう。
 それほどまでに獰猛どうもうで、それほどまでに強力な朱槍の連続刺突。
 しかしそれに耐えるのも終わりに近づいていた。
 戦技には必ず終わりが定められており、そしてその後には僅かな隙が必ず生じる。
 それはアポ朗とて例外ではない。そして戦技の終わりという反撃のチャンスを見逃すミノ吉ではない。
 だが、

「――ッシ」

 アポ朗は更にアビリティ【連続突き】を繰り出した。
『刺突攻撃を連続で行う』という効果を持つアビリティ【連続突き】は【千槍百華】を一種の刺突攻撃としては判定。【千槍百華】の【連続突き】というあり得ない結果を叩き出し、アポ朗のみに行使可能な【創作戦技オリジナル・アーツ】となった。

「ブモォォォオオッ」

 もはや刺突の数さえ知覚できないほど絶え間無い攻撃に何とか耐えつつも、凶暴な刺圧に押され、流石さすがのミノ吉もうめき声を洩らす。
 その多くは堅牢けんろうな盾によって防がれながらも、凶悪な刺突の濁流は確実にミノ吉の四肢の肉をえぐり、骨を穿うがち、飛び散った肉片の一つ一つまでを削り散らしていく。
 更に、平行して繰り出される震脚。
地形操作能力アースコントロール】でアポ朗の足下に予め生成されていた岩塊が、その衝撃で砕かれる。大きなモノで五メートルほど、小さなモノでは十数センチまで、百以上に及ぶ残骸が【重力操作能力グラビティロウ】によって宙に浮かべられ、スペースデブリを想起させる風景を作り出した。

「ブゥモォオオオオオッ!!」

 アポ朗の準備が終わったところで、地に背を預けたミノ吉から再度響く咆哮。同時にその全身から雷炎が噴き上がる。
 雷炎はアポ朗の全身をも包んだが、相変わらず効果は少なく、【千槍百華】の【連続突き】は止まらない。ただ雷炎に隠されてアポ朗の視界からミノ吉の姿が一瞬消え、刺突の壁が僅かに薄くなった。
 そしてその隙をうようにして、ミノ吉は背筋の力だけで飛び起きた。
 標的を逃した朱槍が、地面に突き刺さる。
 四肢の肉を少なからず抉られているにもかかわらず、驚異的な瞬発力で振り返ってアポ朗を視認するミノ吉――を見ながら、アポ朗は朱槍の能力を発動させた。


[霊槍【餓え渇く早贄の千棘ガルズィグル・ベイ】の固有能力ユニークスキル血塗られた朱槍の軍勢ツェンペッシュ】が発動しました]

 発動された能力によって、ミノ吉の足下に数十の朱槍が発生。狙いはその強靭な脚部であり、音速を突破する驚異的な移動速度を削り落とす為の攻撃だった。
 死角である真下の地面から突き出る朱槍の乱軍を防ぐのは非常に難しく、いつ攻撃されたのか気付かぬまま串刺しになる事もありえる必殺の一手。


 だがミノ吉はこれを読んでいたらしく、その反応は早かった。
 朱槍が地面から噴出する寸前、五メートルもの巨躯でありながら、二〇メートルほどの高さにまで達する驚異的な跳躍をみせた。朱槍が突き刺したのは、ミノ吉の影だけだった。
 アポ朗は空を見上げた。そこに斧を振り上げたミノ吉が居る。
 これから繰り出される一撃の威力を想像するのは難しい事ではない。その直撃を受ければアポ朗といえども危険極まりない――無論、アポ朗には当たる気など全く無いが。

「行けッ」

 アポ朗は宙に浮かべていた岩塊を上空のミノ吉に向けて射出。重力の方向を変化させただけなので、自然落下に近い攻撃だ。これを浮かせたのには別の目的があったのだが、そんな事も言っていられない。

「ブモォォオオオオオオオ――」

 足下から迫る岩塊の連射を、ミノ吉は脚のひづめで盾の取っ手を摘まみ、まるでサーフボードのように操る事で防いだ。鈍い音をたてながら衝突する岩塊はしかし、堅牢けんろうな盾を傷つける事すらできずに砕け、あるいは軌道を逸らされて空に向かって落ちていく。
 あのミノ吉がこんな器用な事を、と思わず驚愕するアポ朗。

「――ォォォオオオオオオオオオ!!」

 再び黄金牛の紋様が輝き、牛頭の幻影が出現する。その角がミノ吉に向けて落ちてくる岩塊を砕いてはね返し、アポ朗への攻撃に転化した。凄まじい力で弾かれたそれ等は、指向重力を物ともせず、まるで雨のように降り注ぐ。
 それをアポ朗は指先から噴出させた黄金糸でからめ捕り、そのままかき集めた石礫いしつぶてを振り回して遠心力を発生させ、真っ直ぐ落下してくるミノ吉の側面を狙う。
 ミノ吉に鉄槌てっついを下すべく、盾では防げない軌道を走る黄金塊。
 それは斧によって呆気なく切り裂かれたが、中に入った石礫がばら撒かれ、ミノ吉の側面に被弾。その衝撃により、落下地点が目的地から大きく逸れた。

「ブモォォオオオオオオオオッ!!」

 悔しさからか、ミノ吉の雄叫びに怒りの感情が強くにじみ出ている。
 そして、まるで溜まった感情を発散するかのように振り下ろされた斧の一振り。
 跳躍で得た落下のエネルギー、装備を含めてトン単位に至る重量、ミノタウロスの強力な膂力りょりょく、そして感情の爆発――他にも諸々の理由があったのだろうが、とにかく、甚大な破壊がミノ吉によってもたらされた。

「ばっ――威力を考えろッ!!」

 ミノ吉が着地した時、比喩ではなく本当に地面が爆発した。
 サーフボードのようにしていた盾は深々と地面にめり込み、尋常ではない量の土煙を巻き上げる。揺れる地面に足をとられ、アポ朗が体勢を崩しそうになったほどの威力だ。
 直撃したら、大抵の生物が圧殺されるのは間違いない。
 しかし問題は盾と自重による押し潰し攻撃ではなく、半分以上が地面に埋まった斧にこそあった。
 斧頭から噴き上がる雷炎は地中でその破壊の力を存分に発揮し、まるで巨大な蛇が何匹もうごめいたかのような亀裂を地面に生み出した。
 しかし、それだけならまだ良かっただろう。
 怒りのままに振り下ろされた斧と猛り狂う雷炎による破壊は尚も止まらない。
 地中を破壊しつくしてもまだ物足りないらしく、雷炎は更なる破壊を求めて上空を目指した。地面の亀裂から黄金と白の光が噴出したかと思えば、次の瞬間にはゴバ、と雷炎の柱が一気に地中から噴き上がる。発生範囲は円柱状の闘技場全てに及び、アポ朗に逃げ場など一切無かった。
 宙に浮かんでいた残りの岩塊が雷炎によって砕かれ、あるいは燃やされながら天に向かって消えていく。
 この地獄のような状況の中、アポ朗は他の団員に害が及ばないように奮闘していた。
 自身は破壊の渦に呑み込まれながらも、雷炎が闘技場の中心部に収束し、更に直上するよう気流を操作。アポ朗が何もしなければ団員の七割は逃げ遅れ、運が良くて重傷、最悪死亡していたかもしれない。


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