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人間たちの置かれた状況

#7

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「ナンナ」という女神の声。
 それに反応したくなさそうな、仮名ナンナ嬢。
「神様なの? それなら私の名前ぐらい分かるんじゃないの」
 そっちで呼びなさいよ、という不満の声。しかし女神は反論する。
「そうできればよいのですが、あまり我々が生きた人間を知り過ぎるのはよくないのです。神は公平です。私が貴方の名前を呼べば、そこの無礼者の名前はもちろん、世界中の人間の名前を知らなくてはいけないのです。それ自体は負荷にもなりませんが、他にもやるべきことはありますので」
「うわ、しんど。よくそんな縛りでやってられるね。神様も大変だ」
「どうでしょうね。貴方を取り巻く生活環境を知ったうえで言いますが、貴方も私のことは言えませんよ?」
「……ああそう、お見通しなわけだ、こっちの事情なんて。プライバシー保護の考え方とか無いの?」
「先ほども言いましたが、神は人間の事情には深く関われません。しかし、事情によってはそうは言っていられないこともあります」
「で、私の事情はその例外にあたると」
「察しが良くて助かります。さすがに見ていられない状況にまで追い込まれていましたからね、貴方は」
 ナンナは小さくため息を吐きだした。
 彼女、そして女神の間に沈黙が続く。それは気まずい雰囲気であったが、会話は打ち切られたわけではなく、絶えず途切れず続いていた。
 よそから誰かが口を挟むことは許されない空気。まず間違いなく、俺が口を挟める状況ではなかった。

 話を再開したのは女神の方からだった。
「さて、ナンナよ」
「あ、やっぱりその呼び方で通すんだ……」
 いいけどね、と諦めたようにナンナは嘆息する。
「結論から言います。その状態の貴方は、ここからしばらく出られません」
「は? 出れませんって、ここ外じゃないの?」
「わかりませんか……そこな人間の男」
 唐突に呼びかけられた。腰の低いままで返事する。
「へい、なんでやしょう」
「神に対してその姿勢は適切ですが、話しにくいので喋り方を元通りに。あと、土下座はもういいです。貴方のそれがただのポーズに過ぎないことはわかっています」
 なるほど、バレてるじゃねえの。
 土下座はしたものの、それはただのパフォーマンスだった。そもそも、女神がどの方角にいるのかわからないままで頭を下げたところで、その平伏の姿勢にどれほどの意味があるのか。

 少ししびれた足に喝を入れて立ち上がると、女神はこう言った。
「ナンナに状況を説明してあげなさい。同じ人間の貴方の言葉の方が通じやすいでしょう」
「それはいいけどさ、俺だってこの空間についてあんたに説明してもらいたいんだが?」
「はて、ここに何か問題でも?」
 という女神の声。
 やっぱりこいつ、考えずれてるわ。
「この場所について、私は何ら感想を抱きませんので、人間の観点で説明してあげなさい」
 ああ、そういうこと。
 いつまで待っても時間も経たないし腹も減らないなんて、俺ら人間にとっておかしな世界でも、神様からすれば、その程度の異変は異変にならないのだろう。そもそも、時間に縛られてるのか、神様って。
「それを知ったら貴方を処分しなくてはなりません。もしくは、その魂の続く限り私の下僕となってもらいます」
 養ってくれるならそれもいいかも、とちょっとだけ思った。

 まあ、それはさておき。
「説明はしてもいいけど、ナンナだけはここからしばらく出られないっていうのは、なんでだ?」
 疑問をあえて口にする。
 俺はどうやら役割を終えたらしい。なら、もうここにいなくて良いのだろう。つまりそれは、この閉鎖空間にはナンナだけが残るということを意味する。
 すぐに反応はあった。ナンナだ。
「そうそう、それ! なんで私がここに残らなきゃならないのか説明してよ!」
 ふむ、という女神の声。
「ここに一人で残るのは嫌ですか?」
「嫌に決まってるでしょう、そんなの」
「なるほど……わかりました。あなたの希望を叶えてあげましょう」
 二人、いや一人と一柱の会話を傍観していた俺にとって、続く言葉は予想外のものだった。

「二人でしばらくの間、ここに残りなさい。そして、この場所に関することを含めて、じっくり言葉を交わしなさい」
 と女神は告げた。
 瞬間的に浮かんだ文句および罵詈雑言。それを口にするのをためらったり、ためらったところでアイツには全部聞こえてるんだったわ、とか考えを巡らせていると、続きのお告げがあった。
「ーー貴方達がここから出られるかは、ナンナにかかっています」
「は、私に?」とナンナが言う。
「そうです。『もうここには居られない』と貴方が心の底から思えるまでは、貴方達は永久にここに閉じ込められたままですーーでは人間たちよ、さようなら」
 その言葉は淡々と告げられた。
 貴方達が永遠にここにいようとまったく構わない。
 そう付け足されても違和感のないぐらいに軽かった。
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