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人間の男『カイトウ』の事情と記憶ーーその後に記録終了
#25
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優しい人間。
そう言われて真っ先に思い出すのは、両親だった。
次に、事故後のカウンセリングに熱心に付き合ってくれた心理療法士。
今となっては疎遠だが、事故当時に病室へ見舞いに訪れてくれた友人たちも、きっと優しい人たちだったのだろう。
俺は自分を優しい人物とは思わないーー自分で自分のことを優しいなんて評価する奴がいたら、そいつはジョークのつもりで口にしているんだろう。
「カイトウさんは優しい人だよ」とナンナが言う。
「ありがとう」
と言ったが、この場では適切なのか、よくわからない。
「悩み相談に乗ってくれた。わけわかんないジャンルの話をしても、ちゃんと聞いてくれた」
「……まあ、それぐらいならな」
「違う、勘違いしてるよ。誰にでもできることじゃないんだよ、辛いものを抱えていながら、他人の悩みに寄り添って考えられるなんて」
「そいつはお互い様じゃないのか。あんただって俺のことを知って、その、共感して泣いてくれたじゃないか」
言い淀んだ。『共感』よりも『同情』の方が言いやすいのに、などと考えてしまう。
「私より優しい人が目の前にいるのに、自分のことをそんなふうに思えないって」
と言ってナンナは笑った。
この空気感。
今のこの場に俺一人なら、「湿っぽいのは苦手なんだ」とでも独り言を言っただろう。
だけど今はナンナが近くに居て、俺は不用意な発言を控えさせられている。
ーー俺は、こうやって誰かに心配させることが嫌で、一人で居ようと、一人でも大丈夫だと、そう振る舞うようにしてきた。
それでも、心の問題について話すことになったらどうしても相手の心象を悪くすることは言えなくなる。相手まで自分の問題に巻き込もうとすまいと、勝手に心が働きだす。
相手が悲しんだりしないように、気を配りだす。
たぶんそれは、事故後の俺が作り出したというより、事故前の俺が一から構築していった対人コミュニケーションのクセなんだろう。記憶は抜け落ちているが、脳に染み付いていった思考パターンはずっと残っているのだ。
もう一人の自分、か。
別人格とは違った、事故を起因に変化する前の自分の人格。
俺が優しいと言われているのなら、それは過去の俺が優しい人物だったということだ。
でも、ナンナには悪いが、今の俺は、『過去の優しい俺』とは違うのだ。
他人の同情で俺が改心して、昔の性格を取り戻すとでも思ったか?
ーー残念だったな、奴はもはや俺との完全なる融合を果たした。
たった一人の女の情などでほだされるほど、この俺の性格は弱くないぞ!
「あのな、ナンナよーー」
「私、忘れないから。カイトウさんのこと」
……また泣き出したぞ、こいつ。
緩んでしまった涙の栓が簡単には戻らないタイプの人間だったか。
まずい、さっき心中でタンカを切ったのに、もう揺らいでいる。
俺の性格、弱いぞ。
「戻りたいよ、元の世界に。今すぐに会って話したい人がいっぱい居るし、それに……カイトウさんをこんな場所に閉じ込めておいたままにしたくない」
「それは嬉しいんだが、あのな」
「さっきカイトウさんは、『自分の外側に錨を下ろせ』って言った。振り返ったら、たくさんそういう人が私の周りには居た。なのに私は頼ることをしなかったーー相手も忙しいだろう、話しても迷惑だろう、そんなことばかり考えて」
「そうか。それは良いことだ……それはそれとしてな」
「でも、周りの人と繋がりを作る前に、もう『錨』を下ろしてるんだよーーカイトウさんのところに」
「優しかったのは昔の俺でーーって、今なんと?」
「私はカイトウさんを心の拠り所にするから、って言った……勝手にそうさせてもらったけど、そっちからアドバイスしたんだから、嫌がったりしないでしょ」
恥ずかしいね、こういうこと言うの、とナンナは言った。
またしてもジャージの袖で涙を拭っている。
そう言われて真っ先に思い出すのは、両親だった。
次に、事故後のカウンセリングに熱心に付き合ってくれた心理療法士。
今となっては疎遠だが、事故当時に病室へ見舞いに訪れてくれた友人たちも、きっと優しい人たちだったのだろう。
俺は自分を優しい人物とは思わないーー自分で自分のことを優しいなんて評価する奴がいたら、そいつはジョークのつもりで口にしているんだろう。
「カイトウさんは優しい人だよ」とナンナが言う。
「ありがとう」
と言ったが、この場では適切なのか、よくわからない。
「悩み相談に乗ってくれた。わけわかんないジャンルの話をしても、ちゃんと聞いてくれた」
「……まあ、それぐらいならな」
「違う、勘違いしてるよ。誰にでもできることじゃないんだよ、辛いものを抱えていながら、他人の悩みに寄り添って考えられるなんて」
「そいつはお互い様じゃないのか。あんただって俺のことを知って、その、共感して泣いてくれたじゃないか」
言い淀んだ。『共感』よりも『同情』の方が言いやすいのに、などと考えてしまう。
「私より優しい人が目の前にいるのに、自分のことをそんなふうに思えないって」
と言ってナンナは笑った。
この空気感。
今のこの場に俺一人なら、「湿っぽいのは苦手なんだ」とでも独り言を言っただろう。
だけど今はナンナが近くに居て、俺は不用意な発言を控えさせられている。
ーー俺は、こうやって誰かに心配させることが嫌で、一人で居ようと、一人でも大丈夫だと、そう振る舞うようにしてきた。
それでも、心の問題について話すことになったらどうしても相手の心象を悪くすることは言えなくなる。相手まで自分の問題に巻き込もうとすまいと、勝手に心が働きだす。
相手が悲しんだりしないように、気を配りだす。
たぶんそれは、事故後の俺が作り出したというより、事故前の俺が一から構築していった対人コミュニケーションのクセなんだろう。記憶は抜け落ちているが、脳に染み付いていった思考パターンはずっと残っているのだ。
もう一人の自分、か。
別人格とは違った、事故を起因に変化する前の自分の人格。
俺が優しいと言われているのなら、それは過去の俺が優しい人物だったということだ。
でも、ナンナには悪いが、今の俺は、『過去の優しい俺』とは違うのだ。
他人の同情で俺が改心して、昔の性格を取り戻すとでも思ったか?
ーー残念だったな、奴はもはや俺との完全なる融合を果たした。
たった一人の女の情などでほだされるほど、この俺の性格は弱くないぞ!
「あのな、ナンナよーー」
「私、忘れないから。カイトウさんのこと」
……また泣き出したぞ、こいつ。
緩んでしまった涙の栓が簡単には戻らないタイプの人間だったか。
まずい、さっき心中でタンカを切ったのに、もう揺らいでいる。
俺の性格、弱いぞ。
「戻りたいよ、元の世界に。今すぐに会って話したい人がいっぱい居るし、それに……カイトウさんをこんな場所に閉じ込めておいたままにしたくない」
「それは嬉しいんだが、あのな」
「さっきカイトウさんは、『自分の外側に錨を下ろせ』って言った。振り返ったら、たくさんそういう人が私の周りには居た。なのに私は頼ることをしなかったーー相手も忙しいだろう、話しても迷惑だろう、そんなことばかり考えて」
「そうか。それは良いことだ……それはそれとしてな」
「でも、周りの人と繋がりを作る前に、もう『錨』を下ろしてるんだよーーカイトウさんのところに」
「優しかったのは昔の俺でーーって、今なんと?」
「私はカイトウさんを心の拠り所にするから、って言った……勝手にそうさせてもらったけど、そっちからアドバイスしたんだから、嫌がったりしないでしょ」
恥ずかしいね、こういうこと言うの、とナンナは言った。
またしてもジャージの袖で涙を拭っている。
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