そしてふたりは深海で

月並

文字の大きさ
15 / 15

そしてふたりは深海で

しおりを挟む
 森の魔女の話を最後まで聞き終えた白鬼は、しばらく何か考え事をするかのように、腕を組んで目を瞑っていました。やがて、その目がゆっくりと開かれます。

「森の魔女、頼みがある。海の中でも錆びない、重りのついた足枷を用意してほしい」

 森の魔女はじっと白鬼を見つめた後、小さく息を吐きました。

「それに関しては代償をもらうよ」
「ああ。なんでも払う」
「じゃあさ、彼女……ファイルヒェンが死んだら、僕のところに来て」

 白鬼はその言葉に目を丸くしました。

「いいけど、その時にはお前も死んでるかもしれねェぞ?」
「いいや、死なないよ僕は。もちろん年老いることもない」

 森の魔女の言葉に、白鬼は息を飲みました。

「お前……いつから?」
「もうずいぶん前だよ。僕のいた国は、日本って名前だった。アナスン王国もヤオビ王国もまだなかったよ」

 白鬼は眉間にしわを寄せました。森の魔女はふふふと笑います。

「そんな悲しそうな顔をしないでおくれよ。もう何百年もひとりだったんだ。あと数十年ぐらい、ひとりでも大丈夫だよ。君が戻ってきてくれるって約束してくれるなら」
「分かった」

 白鬼が頷くと、森の魔女は白鬼に足枷と、それから白鬼の刀を渡しました。白鬼は首を傾げます。

「これはお前にあげたはずだが?」

 そう白鬼が尋ねると、森の魔女は胸元から1本のスミレを取り出しました。

「ファイルヒェンを海に戻す代償として、これをもらうことにしたんだ。君がその刀を代償にして受け取ったスミレだよ。僕の元にこれが返ってきたんなら、その刀も持ち主の元に返るべきだ」
「……そうか、ありがとう」
「お礼は、今度会うときにしてほしいな」

 微笑む森の魔女を、白鬼は紫色の目でじっと見ました。その後小さく頷いて、彼女の家を出ました。


 森を抜けると、アナスン王国の兵士たちが白鬼を囲みました。彼らは皆剣を抜き、白鬼にその切っ先を向けます。
 そんな彼らを、白鬼はぐるりと見回しました。そして、腰に差していた刀を抜きました。刀は太陽の光を反射して、白くギラリと輝きました。

「お前らの中で、命をかけてでもフォスキーア・アナスンの命令を遂行したいというやつだけ、俺にかかってこい。そうじゃないやつは俺の邪魔をするな。俺はお前たちに八つ裂きにされようとも、ファイルヒェンのところへ行く。邪魔するやつは斬る」

 白鬼の剣幕に、兵士たちはたじろぎました。
 白鬼が一歩海に向けて足を出すと、兵士たちの輪が崩れました。白鬼は空いた道を、まっすぐに進んでいきました。


 空は青く澄み渡り、カモメが悠々と飛んでいました。海の波は穏やかに、日の光を反射してゆらゆらと揺れています。
 崖の上に立った白鬼は、足に森の魔女からもらった枷をつけました。そして崖から飛び降りました。その目は、ただまっすぐに海の中を見ていました。



 海に飲み込まれた白鬼は、そのまま底へと深く深くもぐっていきます。
 その間にも、白鬼はあたりを見回し、ファイルヒェンの姿を探しました。

「ファイルヒェン、どこだ? 俺だ、ミタマだ」

 底が見え始めたその時、白鬼の目の前をひらりと紫色の魚が舞いました。

『ミタマ、どうしてこんなところにいるの?』

 白鬼に聞こえてきた声は、まさしくファイルヒェンのものでした。白鬼は胸の奥から、熱い塊がこみ上げてくるような気持ちになりました。

「お前を探しに来たんだよ」
『……ミタマ、私の言葉が分かるの? そういえば、目が元の紫色に戻っているわね』
「ああ、分かる。今まで聞こえなくて、ごめんな」
『あなたが謝ることじゃないわ』

 白鬼は海底に着地しました。自分の目の前で揺蕩うファイルヒェンに向かって、手を伸ばします。ファイルヒェンは、そっとその手に寄り添いました。

『私、ミタマに会いたかった。傍にいられればそれだけで幸せだと思ってた。だけど違うの。ミタマと話したい。ミタマに触れてほしい。ミタマに私だけ見ていてほしい。ミタマに愛されたい』

 ファイルヒェンはミタマの手のひらに、自分の顔をおしつけました。そんな彼女を見て、白鬼は目を細くします。

「ファイルヒェン、俺はこれからはずっとお前の傍にいる。お前のことを、ずっと愛し続けるよ」

 ファイルヒェンは白鬼の手から離れ、彼の唇に近づきました。そこに、自分の唇をそっと当てます。

『嬉しい、ミタマ。ずっとずっと、私が死ぬまで傍から離れないでちょうだい』

 白鬼はそっと頬を色づかせると、嬉しそうに笑いながら頷きました。
 そしてふたりは深海で、幸せに暮らしましたとさ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

侯爵様の懺悔

宇野 肇
恋愛
 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

処理中です...