そしてふたりは深海で

月並

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そしてふたりは深海で

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 森の魔女の話を最後まで聞き終えた白鬼は、しばらく何か考え事をするかのように、腕を組んで目を瞑っていました。やがて、その目がゆっくりと開かれます。

「森の魔女、頼みがある。海の中でも錆びない、重りのついた足枷を用意してほしい」

 森の魔女はじっと白鬼を見つめた後、小さく息を吐きました。

「それに関しては代償をもらうよ」
「ああ。なんでも払う」
「じゃあさ、彼女……ファイルヒェンが死んだら、僕のところに来て」

 白鬼はその言葉に目を丸くしました。

「いいけど、その時にはお前も死んでるかもしれねェぞ?」
「いいや、死なないよ僕は。もちろん年老いることもない」

 森の魔女の言葉に、白鬼は息を飲みました。

「お前……いつから?」
「もうずいぶん前だよ。僕のいた国は、日本って名前だった。アナスン王国もヤオビ王国もまだなかったよ」

 白鬼は眉間にしわを寄せました。森の魔女はふふふと笑います。

「そんな悲しそうな顔をしないでおくれよ。もう何百年もひとりだったんだ。あと数十年ぐらい、ひとりでも大丈夫だよ。君が戻ってきてくれるって約束してくれるなら」
「分かった」

 白鬼が頷くと、森の魔女は白鬼に足枷と、それから白鬼の刀を渡しました。白鬼は首を傾げます。

「これはお前にあげたはずだが?」

 そう白鬼が尋ねると、森の魔女は胸元から1本のスミレを取り出しました。

「ファイルヒェンを海に戻す代償として、これをもらうことにしたんだ。君がその刀を代償にして受け取ったスミレだよ。僕の元にこれが返ってきたんなら、その刀も持ち主の元に返るべきだ」
「……そうか、ありがとう」
「お礼は、今度会うときにしてほしいな」

 微笑む森の魔女を、白鬼は紫色の目でじっと見ました。その後小さく頷いて、彼女の家を出ました。


 森を抜けると、アナスン王国の兵士たちが白鬼を囲みました。彼らは皆剣を抜き、白鬼にその切っ先を向けます。
 そんな彼らを、白鬼はぐるりと見回しました。そして、腰に差していた刀を抜きました。刀は太陽の光を反射して、白くギラリと輝きました。

「お前らの中で、命をかけてでもフォスキーア・アナスンの命令を遂行したいというやつだけ、俺にかかってこい。そうじゃないやつは俺の邪魔をするな。俺はお前たちに八つ裂きにされようとも、ファイルヒェンのところへ行く。邪魔するやつは斬る」

 白鬼の剣幕に、兵士たちはたじろぎました。
 白鬼が一歩海に向けて足を出すと、兵士たちの輪が崩れました。白鬼は空いた道を、まっすぐに進んでいきました。


 空は青く澄み渡り、カモメが悠々と飛んでいました。海の波は穏やかに、日の光を反射してゆらゆらと揺れています。
 崖の上に立った白鬼は、足に森の魔女からもらった枷をつけました。そして崖から飛び降りました。その目は、ただまっすぐに海の中を見ていました。



 海に飲み込まれた白鬼は、そのまま底へと深く深くもぐっていきます。
 その間にも、白鬼はあたりを見回し、ファイルヒェンの姿を探しました。

「ファイルヒェン、どこだ? 俺だ、ミタマだ」

 底が見え始めたその時、白鬼の目の前をひらりと紫色の魚が舞いました。

『ミタマ、どうしてこんなところにいるの?』

 白鬼に聞こえてきた声は、まさしくファイルヒェンのものでした。白鬼は胸の奥から、熱い塊がこみ上げてくるような気持ちになりました。

「お前を探しに来たんだよ」
『……ミタマ、私の言葉が分かるの? そういえば、目が元の紫色に戻っているわね』
「ああ、分かる。今まで聞こえなくて、ごめんな」
『あなたが謝ることじゃないわ』

 白鬼は海底に着地しました。自分の目の前で揺蕩うファイルヒェンに向かって、手を伸ばします。ファイルヒェンは、そっとその手に寄り添いました。

『私、ミタマに会いたかった。傍にいられればそれだけで幸せだと思ってた。だけど違うの。ミタマと話したい。ミタマに触れてほしい。ミタマに私だけ見ていてほしい。ミタマに愛されたい』

 ファイルヒェンはミタマの手のひらに、自分の顔をおしつけました。そんな彼女を見て、白鬼は目を細くします。

「ファイルヒェン、俺はこれからはずっとお前の傍にいる。お前のことを、ずっと愛し続けるよ」

 ファイルヒェンは白鬼の手から離れ、彼の唇に近づきました。そこに、自分の唇をそっと当てます。

『嬉しい、ミタマ。ずっとずっと、私が死ぬまで傍から離れないでちょうだい』

 白鬼はそっと頬を色づかせると、嬉しそうに笑いながら頷きました。
 そしてふたりは深海で、幸せに暮らしましたとさ。
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