そしてふたりは深海で

月並

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そして彼女は海へ

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 森の魔女の話を聞いた白鬼は、椅子を蹴って立ち上がりました。

「魚? ファイルヒェンが魚に? まさか」

 今すぐにも家を飛び出しそうな白鬼を、森の魔女は「まあ待って」と引き留めました。

「もうひとつだけ話を聞いていってくれ。聞いてからでも損はない」

 白鬼は焦った表情を浮かべながらも、再び椅子に腰を下ろしました。





 それからしばらく経って、そろそろ彼女が僕に助けを求める頃だろうと思った僕は、彼女の元に向かった。三日月が綺麗な夜だったよ。
 彼女はアナスン王国の海辺にある教会にいた。小さな部屋の窓辺に置かれた小さな水槽の中で、元気がなさそうに泳いでいたよ。

「どうしたんだい?」
『森の魔女? どうしてここにいるの?』
「君が僕の助けを求めていると思ってね」
『あなた、私の言ってることがわかるの?』

 僕が笑顔を返すと、彼女はため息をついたみたいな仕草をした。

「それで、君は何がお望みかな? 愛しい彼のそばにいられるという願いは叶ったっていうのに」

 ベッドで眠る男を横目で見ながら言うと、彼女はますます元気をなくした様子だった。

『ええ、私はミタマの傍にいられたら、それだけでいいって思っていたわ。でも、そんなわけがなかった。あの子が私と喋れないのがもどかしい。あの子が私以外の人を見ているのが苦しい。あの子が泣いている時に傍に寄り添ってあげられるのが私じゃないのが悲しい。私にできないことができるあの女が憎らしい』

 その時の彼女は、魚じゃなかったら涙を流していたと思う。だから僕は水槽の傍にナイフを置いて、提案した。

「君を人間の姿に戻してあげよう。代償は、君が憎らしいと思っているその女の命だ」

 彼女は月明りを反射して光るナイフを見て、ぶるりと体を震わせた。

「いい提案だろう? 君は憎い女を消せるだけじゃなく、再びあの美しい姿と声を取り戻して、彼とまた喋ることができるんだから」

 彼女はしばらく黙りこくっていた。けれどやがて、僕の提案を拒否するように頭を横に振った。

『できない。やれない。自分のせいで誰かが命を落とすことになったら、ミタマはとっても悲しむから』
「へえ。君は自分の幸せのためなら、どんなものでも犠牲にできるんだと思っていたんだけどな」
『そりゃあ、そうしたい気持ちはあるわ。だけどそれ以上に、ミタマが悲しむのが嫌なのよ。あの子が悲しんだら、私の心も胸が張り裂けてしまいそうなほどに悲しくなる。それが嫌なだけよ。だから森の魔女、私の願いを聞いてくれると言うのなら、私を海に返してちょうだい』

 僕はそれが彼女の心からの願いだと分かったから、言う通りにした。それきり、彼女の姿は見ていない。
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