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深夜1時、俺はクソ暑い真夏の夜中に薄手のパーカーを羽織ってフードを被る。

寝静まった自宅を忍び足で出ると少し離れたコンビニに向かった。もちろんその途中にコンビニは何軒かあるのだが。

俺のことは小心者と笑ってくれていい。だが念には念を入れて行動に出る。だってもし誰かに見られたら恥ずかしいんだもん。

俺は指定したコンビニで外国人の店員さんから俺宛ての荷物を受け取るとそれを大事に抱え、家路を辿る。もう人通りも少ない時間だが、万が一にも車に撥ねられたり、急に腹痛になって倒れたり絶対してはなるまい。

この荷物、何人たりと触れさせてはいかん。

自宅に着くと汗だくの額を腕で拭い、ふう、と一息吐く。くそ暑いパーカーを脱ぐといよいよ段ボールを開ける。そこにはネットで買ったアナルセックス御用達グッズの数々がプチプチと言う名の緩衝材に包まれ至宝のごとくその存在感を放っていた。

とりあえずここでみんなに俺が童貞とおさらばするための心強い仲間を紹介したいと思う。

ローション。前も後ろも手堅くフォロー。こいつはいついかなる時も必要不可欠な相棒になると俺は信じている。

ゴム。男の絶対的マナー。俺はいつだってジェントルマンでいたい。うすうすがいいのか、あったかゼリー付きがいいのか、つぶつぶいぼいぼ付きがいいのか初心者には途方もないセレクトだったが、まずはスタンダードから始めようとそつのないチョイスにした。

浣腸。昼休みの教室でお箸を忘れた女子に「これ使って」と渡すコンビニの割り箸くらい自然にそっと差し出す優しさを見せたい。

アナル拡張プラグ。唯継の初めてのAF(アナルファック)。いくら俺のちんこが優しめサイズだとしてもきっとこれは必要。

アナルパール。漫画で見た。気持ちよさそうだったから買ってみた。漫画のやつは端が猫のしっぽみたいになってるやつで唯継のにゃんこパールも惹かれたが、逆に初めてでそんなもん持ち出してきて引かれるかな、と考えに考えて一旦冷静になってやめた。

以上!!!!!!!!


段ボールにひしめき合うお宝たちを強く腕に抱き、俺は明日の勝利へと胸を高鳴らせるのだった。

さよなら、俺の童貞よ。







午後5時を少し回り、いそいそと帰り支度をする俺。同僚の土田ちゃんがちょっとにやっとしてぼそりと「推しっすか」って聞いてくる。

土田ちゃんは俺より一年後に入ってきた後輩で専門学生だ。

推しとは唯継のことで、ちょくちょく図書館に来るすこぶる美形のきめきめスーツが目立たないはずがなく、ここで働く図書館女子たちに早々目をつけられ、皆の推しとなった。

なので唯継はこの図書館で推しと呼ばれている。もちろん俺と話したり、一緒に帰ってるところはばっちりみんなから周知されていて「推し=俺の恋人」である。しかしこの図書館で働くみんな地味目で物静かなタイプ(実際の中身は知らないが)なのでこれと言って詮索はされない。

「ああ、そう‥」

俺も生暖かく見守ってくれる周囲に強く否定はしない。俺は土田ちゃんとの会話を適当に切り上げるとリュックを抱え、唯継の方へ向かった。

今日も唯継が車で迎えに来てくれていて、これから俺は唯継のマンションに行く。そして明日はバイトが休みだから泊まる予定だ。

例のグッズをリュックの一番下に沈め、準備万端で俺は家を出てきた。やましい気持ちからなのか家から来る時も帰る時もリュックは背負わず両腕でがっちりと抱きかかえている。

緊張からか車の中でも会話は少ない。唯継も最初のほうはあれこれ話しかけてくれたがあんまり会話が弾まないと分かると次第に口数を減らした。

もう顔なじみになりつつある唯継のマンションのコンシェルジュさんに会釈をし、唯継の後をついて玄関を上がる。

「お、おじゃまします」

久しぶりに言った気がする。このセリフ。唯継もいつもなら「ただいま」って言って冷蔵庫に缶ビールを取りに行く俺を不思議そうに見ている。

「今日はもも、なんだか静かだね」

「え?そ、そお?」

ちょっと声がうわずったかもしれん。唯継は玄関の上がったとこで振り返ると「ん」って手を軽く広げた。

「あ、ただいま‥」

俺は抱えているリュックを手から離す不安から、いつものようにハグはせず少し背伸びをして唯継にただいまのキスをした。そんでこのリュックをどこに置くかで頭がいっぱいの俺はそそくさとリビングに向かう。

そんな俺の背中を唯継がちょっと冴えない顔で見てたことは背を向けてる俺に分かるはずもない。

とりあえずリュックはソファの端に置くことにしていつもなら最初に一気で半分飲み干してるビールを冷蔵庫から出したままほぼ口にせずソファで膝を抱える俺。

唯継はスーツから部屋着に着替えたあと、帰り途中で買ってきた飯の準備をしている。

しばらくして唯継が飯をテーブルに運んできてくれて食事になったが、リュックの中身とそれをこのあとどう使う流れに持ってくかが気になっていつも見たく会話もビールも飯も楽しめない。ソファの端に置いたリュックを何度もちらちら見てしまう。

「なんか心配事?」

隣に座った唯継が優しく聞いてくる。

「別にそんなんじゃない」

ついそっけない返事になってしまった。いかん、いかん。これから唯継を抱くって言うのにこんな態度でどうするよ。

「あ、えーと、ちがくて。そ、その‥」

なんて誤魔化そうかちらりちらりとまたリュックを見てしまうと唯継も視線をそちらに向けた。

「バッグの中身が気になるの?来る時も大事そうに抱えたけど」

唯継も気になるのか興味深げに聞いてくる。俺は今すぐこの場でこれからの夜のことを切り出すことが出来ない。もごもごしながら「あ~あ~、夜のお楽しみグッズ持参してきました~」とか言いたくない!だってもっとかっこよく、ロマンチックに決め台詞で誘いたいんだ!!童貞の戯言だと笑いたいなら笑え!俺は最初の夜を素敵な思い出にしたいタイプなんだ!

「つ、土田ちゃんからぷ、プレゼントもらった‥」

だが、とっさに俺の口からしょうもない嘘が飛び出る。なんかごめん、土田ちゃん。土田ちゃんは俺の嘘で同僚にエログッズを贈る変態女子になってしまった。

するととたんに唯継のトーンが下がる。

「ふうん。今日ずっとそわそわしてバッグ離さなかったけどそう言うこと?土田さんってどんな子?」

ソファに座る唯継がこっちに身体を向けてにじり寄ってくる。なんか目が鋭くないですか?

「つ、土田ちゃんは二十歳の専門学生‥」

「見せて」

「な、何を‥」

「プレゼント」

「や、やだ」

中身がなにか嫌ってくらい知っている俺は絶対にここは譲れない。頑として断る。

「なんで見せられないの?そんなに大切?」

唯継がかなり不機嫌な声で迫ってくる。いつもは優しい紳士なのに珍しい。

あとここでリュックの中身をバラしちゃったら、このAFグッズを土田ちゃんから貰ったってことが証明されてしまい色々まずいだろ。土田ちゃんの名誉とか、そういうやつが。

俺が必死に拒否をすると強い力で唯継は俺の顎を掴みキスしてきた。あっという間に舌が押し入ってきて俺の口を蹂躙する。

強く唯継を拒否するように肩を押すけど唯継はびくともしない。しょうがないから肩を強く叩くと唯継は唇を離してくれた。

「‥好きって言って」

なんで?このタイミングで?

唯継の強い眼差しが俺を見据える。俺は唯継の真剣さに驚いてしまう。

今日の唯継はちょっと変だ。たしかに俺がプレゼントと偽ったアダルトグッズをそわそわ大事そうに抱えてはいたけど、それをそんなに強引に見せろだなんていつも唯継らしくない。

たかだか同僚からのプレゼントの中身がどうしてそんなに気になるんだろうか。そんで断れば無理矢理キスしてきて好きって言えって言う。

「お、俺もう今日帰る」

「なんで?そんなにプレゼントを見せるのも好きって言うのも嫌なの」

唯継が強く俺の腕を掴む。だってリュックの中身は見せられないし、本当は唯継とどうこうなりたかったけどそんな雰囲気じゃない。だとしたらすることはこのリュックの中身を隠蔽するだけ。今日は帰って今度はきちんと作戦を練って出直したい。

「俺、唯継のこと好きだよ。でも今日はちょっと都合が悪くなったていうか」

「急に?」

責めるような自分の口調に唯継は気がつくとふっ、と自嘲気味に笑い、掴んでいた俺の腕をゆっくりと離した。

「帰っていいよ」

いつもの優しい口調に戻った。いつもの唯継。でも俺はなぜかふたりの間に見えない溝が生まれた気がした。

「唯継」

俺は慌てて名前を呼ぶ。違う、なんでこうなるんだ?俺が望んでたのとまるっきり逆の空気じゃんか。

だけど唯継は俺の問いかけにほんのりした笑顔を貼り付けたまま表情を変えず、何も答えてくれなかった。

唯継と過ごす甘い夜を期待してたのにどこでどう間違えたんだ?

俺はいつのまにかずり落ちた丸メガネのブリッジをあげると、これ以上どうしていいか分からず小さなため息をついてリュックの肩紐を掴んだ。

「ごめん、唯継‥。ごめんな。今日は帰るよ」

次は上手くやるから。甘い雰囲気ひとつ作れなかった俺を許してほしい。

いつもはマンションの外まで付いてきて見送ってくれる唯継だけど、今日はもうソファから立ち上がることもしなかった。

俺はもう一度ごめん、と謝ると唯継のマンションを出て行った。

まだ終電も残ってる時間だったからとぼとぼと最寄駅に向かい、人もまばらな電車に乗る。ドアの横の手すりに寄り掛かりながらなんとも無しに夜の車窓に映る自分自身を見る。リュックを必死に抱いてかっこわるいな、俺。

しかもリュックの中には使いそびれたエログッズ。


あー、ほんとかっこわるいな、俺‥。

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