図書館は職場なので迫らないでください

ミネ

文字の大きさ
21 / 34

21

しおりを挟む
さめざめとした空気が漂うリビングでソファに座りなんの感情もないように淡々とした様子の唯継と、その前で真っ直ぐ立ちすくみまるで取引先で失態を犯して謝罪しているかのように洗いざらい白状している俺。

「男じゃないです‥。女の子のところです」
「お、お店です。40分1万7000円‥」
「おっぱいを少々‥」
「してないれす、やってません、絶対やってません‥」
「ご、ごめん‥、いつ、いつのことす、すきだからぁ‥」

あまりも論理的かつ的確にねちねちと詰められて最後のほうは半べその俺。唯継こえーよ。

「僕のこと好きなのにどうしてそんなお店に行ったの」

「お、俺はいつと一生一緒に居たいと思ってる‥」

「嬉しいけど、質問に答えがあってないし、そうであればどうしてお店なんかに行ったのかなおさら聞きたいんだけど」

ソファの肘掛けに肘を乗せ、こめかみあたりをやれやれと揉む唯継。ほんとなんのポーズをさせても様になる。

あまりの唯継の格好良さと長いに俺は勝手ながら怒りを覚え始めてきた。そろそろゆるしてくれたっていいだろうが。どうせ俺の気持ちなんて唯継にはわからないだろう。

「もも?」

それと同時に自分の情けなさも。俺は胸を押し上げる気持ちもこぼれ落ちそうな涙もこらえた。

「相手に不自由したことなくて、コンプもなくて、俺がどんな思いでソープ行ったかなんて分かりもしねえだろ」

涙をこらえていると鼻水が垂れる。ぐすぐすと啜る俺に慌ててティッシュを取ると唯継は俺の鼻を拭いてきた。

今まで萎らしかった俺が今度は逆ギレし出してきたから唯継は俺の気分を宥めようと態度を改め優しめの声で接してくる。

「もものことはなんでも知りたい。おしえて?」

「もっと優しく」

俺は調子に乗ってもっと優しく接するように求めると唯継がたしなめる。

「もも。ももが悪いことしたんだろ?これ浮気だからね」

悪くねえよ。全然悪くねえし、浮気なんかじゃない。これは唯継と一生一緒にいる上で、俺が童貞への劣等感と少しの憧れをおさらばする大事な通過儀礼だったんだ。

「浮気じゃない‥」

その言葉にさすがの唯継もむっとした表情になる。

「浮気じゃないならなんなの」

「お、俺は‥」

でも「童貞なんだ」そのひと言が言えない。言えば俺の行動を理解してもらえるかもしれない。だけど俺の24年間女の子に触れられなかったコンプレックスが喉につかえてそれ以上何も言わせない。

しかも俺は唯継とやり過ぎて、結局ソープで女の子とできなかったんだ。俺は一生童貞がさっき決まったばっかりなんだぞ。もっと優しくしてくれたっていいだろうが。

「うっ、ぐっ‥!」

今、一生童貞と自分で言ってダメージを受けた。俺はもう一度涙をこらえ、鼻を啜る。

ちゃんと唯継に説明しなきゃわかってもらえないってことくらいわかってる。

「あ、愛してる、唯継‥」

でも俺には唯継への愛を伝えることしかできない。言わなきゃわかんないけど、でもこんな劣等感、格好良すぎる唯継になんか言いたくない。童貞でしかもそれを隠して卒業しようとしてたなんて、俺があんまりにもちっぽけだとばれるじゃないか。

唯継が少し重いため息を吐く。唯継は唯継で自分の問いかけに「好き」とか「愛してる」としか返事をしない俺に焦れているのだろう。さっきからずっと口に出している「なら、なぜ」が唯継の気持ちだ。

唯継はそう問い詰めたいだろう気持ちをぐっと心に押し込むと俺をゆっくり抱きしめた。

「もも、ちゃんと言ってくれないとわからないよ」

ううう、そんな包容力で包み込まれると俺と唯継の格差が身に染みて悲しくなるだろうが。どれくらいの格差かというと、この唯継がルームウェアにしてるトップスはハイブランドの一着7万2000円とかするやつで、こっちはゼロが2個も少ないちまむら価格だというのに。だから悔しくて鼻水こすりつけているが、唯継はなんの躊躇もなく7万2000円のシャツで袖で俺の鼻を拭いてくれる。これくらいだ。俺は言わない。やっぱり絶対童貞だなんて言わない。

「お、男ならぁ‥恋人の言えないことの一つや二つ黙って受け止めろ」

俺は見逃せとばかり唯継を強く抱き返す。しかし唯継は許してくれなかった。真顔でこちらを見つめて来る。

「いままで付き合った子達にそれは出来ても、僕、ももだけには絶対できない。もものこと全部知りたいし、ももの全部がほしい。だから例えなんらかの事情があっての割り切ったお店での行為だったとしても、ももが他の人と触れあうのは許せない。裏切りだよ」

うぐ。裏切りとか言われると何も言い返せん。その通りだ。だから俺はこそこそ唯継に隠れてソープに行ったんだ。

「もも、なんか言って」

「すまん」

もう謝るしかできん。

「どうしてもお店に行った理由を言ってくれないなら僕は自分で勝手な解釈をするよ」

いつもは凪のような唯継の静かな目が今は燃え盛る炎を宿したように熱い。力強い腕で掴まれ寝室のベッドに引き摺られるといとも簡単に俺の安っぽい上着は脱がされてしまった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新するかもです。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、視点を追加して、倍くらいの字数増量(笑)でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

処理中です...