図書館は職場なので迫らないでください

ミネ

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さて、俺のコンプレックスは笹山くんの何気ない言葉で消えて無くなり、いい気分で居酒屋で乾杯してほろ酔いでマンションに帰ってきた。

玄関ドアを開ける音に気付いた唯継が俺を出迎えにやってくる。幸せいっぱいの気持ちで唯継にひっつくと唯継も抱き返してくれたが、すん、と俺の首すじあたりを嗅ぐと怪訝な顔つきになった。

「もも、今日笹山くんと出掛けるって言ってだけどどこ行ってたの」

「えー、バッティングセンター行って、銭湯行って、居酒屋行った」

「銭湯‥ねえ」

唯継は俺のシャンプーの匂いに反応したみたいだ。なんだよ、いい気分で帰ってきたのに疑うような態度は。俺はなんもやましいことなんてしてねえ。

俺がリビングに行こうとすると唯継はその強い腕で軽く俺を抱え込み、リビングではなく寝室へ連れ込んだ。

「なにすんだよ」

俺は丸メガネ越しに睨むが唯継は全く気にしない。

「ねえ、もも。あんまり心配させないで」

「心配って‥」

「他の人とお風呂とか僕、嫌なんだけど」

いいじゃん!風呂くらい!銭湯のあとのビール最高だったし!!

「てか、唯継キスマつけんのやめろよ。今日恥かいた」

すると唯継は俺に覆いかぶさってきて、俺の両手を拘束する。

「笹山くんと連絡取ってる時こそこそしたり、シャンプーの匂いさせて帰ってきたり、ももは僕のものって自覚が足りないんじゃない?」

なんだよ。その自覚。そりゃこの前、俺は唯継のものだってノリで宣言したけどさ。友達付き合いくらい良くない?

「笹山くんは友達だろ」

「そのまえにももは僕のものだ」

その言葉に俺はむっとなった。この前と同じセリフだけどこんな風に上から言って来られると受け取りが全然違って、つい反発したくなる。

「俺は誰のものでもないから」

「違う」

刺すような視線で唯継は俺を見る。美形の迫力たるや、想像を絶するくらい強い。というか、美形だからってだけじゃなく唯継の人間性がそもそも強い。

「どっかでお風呂入ってきたももの匂いなんて嗅ぎたくない」

「で、でも単なる銭湯だろ‥」

唯継の力強い眼差しで見つめられ、俺はつい動揺してしまった。唯継と俺とは圧倒的に本質が違うのだ。つまり今、俺は、いつもは羊の皮をかぶった狼に唸られるメガネを掛けた単なるネズミである。お分かりいただけるであろうか?

唯継は畳み掛けるようにきっぱりした返事で俺を責めた。

「前科がある」

前科‥。これはこの間の脱童貞ソープ事件のことを言ってるんだよな?

「あ、あれは悪いと思ってる‥」

「ももが誰かに触られたり見られたりするのすごく気分が悪い」

「ごめん」

ただ俺は笹山くんとひと風呂浴びてビールをごくごくやりたかっただけだったのだか、唯継に取ってはそうじゃなかったのか。俺はまたやらかしてしまった。

でもそしたら俺はこれから社員旅行で温泉とか(図書館アルバイトなのでそんな予定は無いが)、友達と旅行で温泉とか(そんなこと友達と今までしたことないが)できないではないか。本当にやるやらないって事じゃなく、もうできないって決められるのが窮屈だ。

俺がじとっと唯継を不満そうに見ると、唯継は本当は全く気にしてなんかなさそうなのに、不穏な空気を一変させて甘い調子で俺の頬を両手で包み込むとすりすりしてくる。

「温泉に行きたいなら僕がどこでも連れてってあげる。どこがいい?別府?草津?登別??」

「別府‥」

ってそうじゃないだろ。俺。

「あんま縛るなよ」

そりゃあの件に関しては俺が悪いけどさ、だからって窮屈なのやだよ。

けど唯継はそんなの聞いてくれなかった。

「だめ。ももは僕のものでしょ」

唯継は耳にキスをすると今度はうなじ、首、と唇を寄せてくる。

「本当はここにも痕つけたい」

無茶いうな。そんなとこにキスマつけられたら恥ずかしくて外出れん。

「‥なら俺もいつの首とか見えるところにキスマ付けるからな」

やり返してやれ。唯継だってそんなことされたら会社で困るだろ。

「そしたらもう出勤しないで毎日ももとこうしてようかな?」

だが唯継は動じず、丁寧に俺の上着を脱がしていき、最後のTシャツだけ残すと、服の上から乳首を軽くつまんだ。

「こことかも見せたんだよね」

とたん、しゅんと落ち込む唯継。え、予想外のかわ。銭湯だからな、そりゃ見せるよ。というか笹山くんと俺は非処女童貞だからなんの心配もないよ、唯継。まあ笹山くんのプライヴェートな部分なのでそんなことは言わないが。

「‥唯継が痕付けんのやめてくんないと、もう俺、外で服脱げないよ」

「うん」

不貞腐れたように伝えたのに、帰ってきた返事はまるでわかっててやってるみたいな「うん」だ。確信犯だな。にんまりして。絶対キスマやめる気ない。

俺は丸メガネのブリッジをくいっと上げて、軽いため息を吐く。

「わかったよ‥。もう外で風呂入ったりしないから」

もう、いいや。しつこいし。まあ愛されてるってことだもんな。いいか。それくらい。そういう事にしておこう。こうなったら唯継は絶対に引かない。

「あとこれから笹山くんと遊ぶ時は僕もついていく」

「えっ!?」

「僕にも笹山くん紹介して」

笹山くんと俺は、アドバイザーという立場から非処女童貞連盟(いま勝手に作った)という形を変え関係を築きつつあるのだ。そこに美形やりちん(憶測)を投入するわけにはいかんだろうが。均衡を失う。

俺はこれから笹山くんと、同じ運命を背負うもの同士、二人で分かち合える何かを共有しながら友達付き合いをしていきたかったのに。

けど唯継があまりにもしつこいので観念して笹山くんに連絡をした。

すぐにきた返事は『3人で遊ぶの楽しみです!』と、朗らかなもので、そのあとには陽気なクマのキャラクターが踊るスタンプ。

ああ、そう。笹山くんは唯継がいてもいいのかよ。唯継が居たら気の置けない童貞話とかできないじゃないか。ちなみに童貞話とは、理想のおっぱいの形を情熱を込めて話したり(笹山くんは興味ないかもしれないからそこは雄っぱいの話でもしてもらうことにしよう)、理想の脱童貞の相手キャラはどんな子がいいか妄想したり、俺の考えたかっこいいピロートークの数々を披露してみせたりをきゃっきゃっうふふ、しながら話す話である。

そばに唯継が居たら決して話せないやつ。実際、現実でするかと言われればそうではないのだが、たらればの妄想くらいは楽しみたいのだ。童貞話で盛り上がる予定を崩され、スマホを見ながら少し気落ちしていると、がっかりした俺の肩に唯継が顎を乗せてくっついてきた。太い腕はしっかりとお腹をホールドだ。

「せっかくベッドにきたからしよっか」

「‥‥やらない」

そんな気分じゃない。

膨れる俺をなだめるように唯継は丁寧に何度も何度もキスしてくる。優しいキスを顔や首にされ続けると、だんだん俺のくさくさした気持ちも萎んできて、やんわりした抵抗くらいしかできなくなってしまう。唯継の唇が身体の下の方に降りてくると艶っぽいため息が漏れてしまった。

あー‥、そこらへん舐められ出すとやばいんだよ。

太ももの内側の柔らかい場所を唇で強く吸われると新しいキスマが出来た。

「もー‥、つけんなって‥」

唯継は俺の脚の間から美しい顔を上げるとにやりとほほえんだ。

「ももちゃんも僕につけてね」

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