外国人御曹司と結婚を前提にお付き合いすることになりました。が、

ミネ

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友人らでよく集まるチェーン店の居酒屋には六、七人の男女が既に酒を酌み交わしていた。

遅れてきた瀧の隣にはすぐちゃっかりと女の子が座る。

「瀧くん、最近よく来てくれてうれしー」

かんぱーい、と瀧のグラスに自分のグラスを当てて、少し顔を近づける。

「一時期噂になってた御曹司という名の恋人とはどうなったの?腕時計もしてないし」

「あー‥」

瀧は自分の歪んだ行為を受け入れるヒューを心のどこかで笑って悦んでいる。しかしそんな自分を愚かだとも自省していた。

しかしヒューへの嫉妬や劣等感、自分のセクシャルが変わってしまうかもしれない不安をうまく処理できず、捌け口となったその昏い悦びも手放すことができない。

腕時計を見るたびにそんな自分とヒューをつい思い出してしまい次第にそれを、またヒューと共に過ごす時間を遠ざけてしまっていた。


「この後、二人でどっか飲み行こうよ。この前友達におしゃれなバー教えてもらったんだ」

飲み会ではよく女の子に誘われるが、あの日以来ホテルに行くことはない。異性相手に勃たないかもしれない不安を明らかにするのが怖いからだ。


仲間うちでするくだらない冗談や取り留めもない雑談の時間は今の瀧に安らぎを与えてくれ、一人、二人メンバーが減る中、瀧は最後まで残って騒いでいた。


家に戻ったのは終電も無くなった夜更けで静かに玄関のドアを開けなかに入るとリビングから灯りが漏れているのが見えた。

部屋に足を踏み入れるとヒューが目を瞑ってソファに身体を預けている。

飲んで帰って喉の渇いている瀧は、ヒューを起こさないように静かに冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出そうとキッチンに近づくと、ダイニングのテーブルには二人分の食事がラップされたまま手をつけずに残されていた。

カレイの煮付けにナスの煮浸し、アスパラとベーコンときのこの炒め物に蛸のマリネ、わかめとネギのお味噌汁。それに瀧の母から学んだ味付けの玉子焼き。


瀧は水のボトルを持ってヒューの隣に座った。


「ごめん、ヒュー‥」

声は小さく、ヒューは規則正しい静かな寝息を立て続けている。

その時ソファの前のローテーブルに置いてあったヒューのスマホが震えた。

つい視線を向けると通知画面が目に入る。差出人は“テディ”とある。セオドアだった。

【いつこっちにくるんだよ。早く帰ってこいよ。会いたい】


ごく短いメッセージだがそこにはヒューがアメリカに帰国するつもりだということが窺えた。

瀧はそんな予定を一切知らずにいたことに、そして自分が知らないヒューの予定をセオドアは知っていることに胸が冷たく凍った。

通知音でヒューも目を覚まし、隣に座っている瀧を見て柔らかい笑みを浮かべる。

「おかえり、瀧」

上体を起こすとヒューは瀧に抱きついてキスをしようと身体を傾けたが、瀧は少し身を逸らしてそれを拒んだ。

「アメリカ帰んの?」

「瀧‥?どうして‥」

不思議そうにヒューが尋ねると瀧はちらりと視線をスマホに向けた。ヒューはそれを手に取り画面に触れる。

「‥ああ、これ」

少し疲れたようなため息を吐いてヒューは落ちてきた前髪をかき上げる。

「ロサニールの経営会議で私の帰国を求められてて‥」

「だからってなんで帰国のことこいつも知ってんの?」

「テディはホメオスの跡継ぎなんだよ」

ホメオス・ロイスはアメリカで五本の指に入るほどの高級デパートだ。ロサニールの商品も取り扱っていてセオドアは父の代から仕事面でも関わりがある。

「なんで俺には言ってくれないの」

瀧の強くなる口調にヒューは穏やかに返す。

「黙ってたわけじゃないよ。ちゃんと日取りが決まったら言うつもりだった」

ヒューは二週間ほど帰国する予定らしく、それを聞いた瀧は声を荒げた。酔いが回っていて自制が効かない。

「会社はどうすんの?そんなに長い間‥」

「そのことなんだけど、会社は退職するんだ」

「なにそれ、全然聞いてない」

瀧は真綿が喉元まで詰まったような息苦しさを堪える。

なぜ退職のことを教えてくれなかったのか。そうなれば親の会社のロサニールに役員として腰を据えるためヒューは本国に帰るだろう。

なのに瀧に一言も相談はなかった。半年前までは、その時には瀧も連れて行き結婚しようとまで言ってくれていたのに。


「話したかったんだけど最近ゆっくり時間も取れなかっただろ」

ヒューは仕事の引き継ぎで最近遅くなることが多々あったが、それもそろそろ終わりに近づき、溜まった有給で退職前に本国へ飛ぶつもりだった。

「どうして、そんな大事なこと言ってくれないんだよ‥」

酒で緩んだ理性が今まで隠していた感情と、わがままにヒューを振り回したことで呆れられ自分に愛想を尽かしてしまったかもしれない不安を露わにする。

「俺ってそんなに頼りない?確かに金もないし、寛容さもないし、頭も良くないし、車も持ってないし、免許もないし、料理も出来ないし、‥‥何もないよ」

「瀧‥、そんなこと無いし、それは気にしなくてもいいことだよ」

「飯食いに行っても金払ってもらって、エスコートされて、家賃も払ってないし、服も全部買ってもらって。今日みたくヒューに非道い態度取っても許されて。俺って情けないよな」

「ちがう、ちがうよ。私はそんな気持ちをさせたくて瀧と付き合ってるわけじゃない」


押し込めていた気持ちを吐き出せば渦巻く感情の歯止めが利かなくなった。ぎりぎりと奥歯を噛んで耐えていたが堪えきれず瀧の目に涙が溢れた。

「‥‥ヒューと居るとそういう自分ばかり見ちゃうんだよ」

喉をグッと締め溜まった感情を飲み込む。泣きそうな自分を見せたくなくて瀧はやにわに立ち上がり、普段は使っていないゲストルームへと逃げるように閉じ籠った。
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