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翌日、瀧が目覚めた頃にはヒューはもう出社していて居なかった。スマホを見ればヒューからのメッセージが入っている。

【体調は大丈夫?昨日は瀧も少し酔っててちゃんと話せなかったね。今夜帰ったら昨日の続きを話そう】

酔った勢いで恥ずかしい自分の内面を吐露してしまった瀧はヒューと向かい合うのを躊躇していた。

返事も返せないまま午後の講義に家を出て、ぼんやり家路に向かう駅までの道を歩いていると父の和彦から着信があった。時計を見れば五時過ぎでどうやら定時で上がったらしい。

「瀧!今日は家に帰ってこい!肉買ったんだ、肉!すき焼きするぞ!」

締まり屋な父がスーパーで100グラム948円の一番高い牛肉を買ってきたのだという。

ヒューとの話し合いに気が乗らなかった瀧は、彼に実家でご飯を食べてくるから今日は遅くなる旨をメッセージで伝えると目的地を変えて再び歩き出した。


実家に着くとすでにすき焼きの用意がされて和彦と茗子が一杯やりながら瀧を待っていた。姉の静湖はまだ仕事だ。

「あら、瀧おかえり。もー、お父さんったらこんなにお肉買ってえ」

見ればテーブルには肉のパックが積まれている。

「いいじゃん、肉食べたい」

「じゃんじゃん食え!母さん、鍋に火ぃ入れるぞ」

瀬乃生家の誰しもが知っている。和彦が景気良く振る舞う時は落ち込んでいる時だ。

そのうち食事と共に酒が進むと和彦はぽろりとこぼし、茗子は静かに頷きながら和彦の話を聞いていた。

聞けば、社内で和彦が苦手なIT関連の雑談になった時にそれに詳しい部下に言い負かされたらしい。

傍から見れば大した理由でもないのだが、皆の前で部下に鼻を明かされてダメージを受けたようだった。

「誰にだって得意不得意はあるし、世間話でそんなに落ち込むことないじゃない」

「わかっちゃいるんだが、ついぶっきらぼうな態度を取っちゃってなあ‥」

和彦はそんな自分にもへこんでいる。

「そおねえ、仕事だろうと毎日顔合わす人と関係を悪くするのはつまんないことよね」

茗子は朗らかに笑い、ねえ、瀧?と話を振る。瀧も笑って気にすることないと答えるがそんな落ち込む父の姿を自分に重ねていた。

人から見れば小さなプライドで恋人と己を比べて勝手に臍を曲げている自分はずいぶんと滑稽なのかもしれない。それよりも、ずっと大切にしてくれていたヒューを蔑ろにするほうがずっとずっと罪深い事のような気がした。

今朝のメッセージもそうだが、ヒューは変わらず優しい。

けれど本当は瀧に愛想を尽かしているのではないだろうか。

だから瀧に会社を辞めたことも帰国することも黙っていたのではないだろうか。

話し合いしたいのは本当は婚約を解消したいからではないのだろうか。

瀧の鬱屈したヒューに対する思いが晴れると同時に多くの不安がぶくぶくと湧き上がってくる。


ヒューと話したかった。そして愚かな自分をいつものように優しく許して欲しかった。

「俺、ちょっと用事思い出したから帰る」

瀧は立ち上がると足早に家を後にした。
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