偽聖女と断罪された私、帝国で真の力に目覚めました  ――王国はもう、救いません

鍛高譚

文字の大きさ
6 / 31
第1章:偽りの聖女と婚約破棄

6話

しおりを挟む
翌朝、まだ夜が明けきらないうちから、公爵邸の裏口でアストリッドとクラリッサはこっそりと屋敷を出ようとしていた。正門を使えば余計な目を引くし、わざわざ見送ってくれる者などいないからだ。
 最低限の荷物を積んだ小型の馬車を、クラリッサが手配してくれている。御者も彼女の知り合いで、口の堅い人物らしい。
 ひんやりとした朝の空気が肌を刺す。屋敷の裏庭を抜け、こじんまりとした門から外へ出ると、そこには古い馬車が待っていた。御者の男性は無精髭を生やし、ちょっとぶっきらぼうに見えるが、クラリッサに軽く会釈している。

 アストリッドは最後に公爵邸の背の高い塀を見上げる。
 ――もう二度と戻ることはない。
 そう悟りながら、馬車の扉を開き、クラリッサと共に乗り込んだ。御者が軽く鞭を入れ、車輪が動き出す。

 王都の街並みも、まだ朝もやの中だ。行商人が荷車を押して歩き始める一方で、衛兵たちが街路を巡回する姿も見える。しかし、アストリッドを止めようとする者はいない。
 ――公爵令嬢が王都を離れるなど、本来なら大騒ぎだ。けれど、今回の場合は“偽りの聖女”の追放というのが半ば公然の秘密になっているのか、誰も声をかけてこない。
 馬車はやがて王都の門へと辿り着く。門番が書類を確かめるでもなく、ちらりと馬車の中を見やるが、それだけだ。かつてならば丁重な挨拶を受けたかもしれないが、今はそっけない態度だった。
 こうして、アストリッドはあっさりと王都を出る。もう見慣れた城の尖塔や石畳の道は、どんどん遠ざかっていく。

 馬車が揺れる中、アストリッドはじっと窓の外を見つめる。
 ――さようなら、私の家。私の国。
 けれど、不思議と涙は出なかった。ただ、胸の奥では冷たい炎のようなものが燃え続けている。裏切られた痛みと喪失感。そのすべてが、やがて憎悪や復讐心へと変わっていくような予感がある。

「お嬢様……」
 クラリッサが心配そうに声をかける。アストリッドはかすかに微笑んだ。
「大丈夫よ。私たちは私たちの道を進むだけ。……王都を出た以上、もう“公爵令嬢”でいる必要もない。これからはただの流れ者だわ」
「そんな……。お嬢様はお嬢様です。偽りだなんて、わたしは絶対に信じません!」
「ありがとう。でも、その言葉があるだけで十分。……さて、これからは自分で生き抜くしかないわね」

 王都から離れ、広大な平野を抜ける道はまだ長い。どこかの町で一度降り、宿を探し、それから先のことを考えなければならない。
 もし、どこかで再び“奇跡”が起こせるならば、この力を使って生計を立てることもできるかもしれない。あるいは、まったく別の身分を装って細々と暮らす道もある。
 その一方で、漠然とした疑念がある。――自分の力は、本当に失われたのだろうか。それとも、まだ健在なのか。
 神殿の言葉が真実であれば、自分の力はやがて消えてしまうのかもしれない。それは恐ろしいが、同時に確かめたい気持ちもあった。

 だが、いずれにせよ――王都が彼女を必要としないのなら、彼女もこの国を救う義理はない。
 いつか、もしこの国が真なる聖女とやらに裏切られ、破滅の危機に陥ったとしても、アストリッドはもう手を貸さない。
 ――“偽りの聖女”と呼ばれ、すべてを奪われた今となっては、王家も神殿も自分にとっては他人も同然なのだから。

 揺れる馬車の振動を感じながら、アストリッドは瞳を閉じる。夢や希望に満ちていたこれまでの人生は、もう終わった。
 これから始まるのは、理不尽に追い出された彼女が、自らの意思で歩む道――“復讐”というほど明確ではないが、いつか思い知らせてやりたいという黒い感情を抱いて。
 ――偽りの聖女などと呼ばわって切り捨てたことを、後悔させる日が来るかもしれない。

 まだ朝もやが残る王都の街道を進む馬車。その中で、アストリッドは奥歯を噛みしめ、何かを押し殺すように細く息を吐いた。
 まばゆい朝日が地平線から昇り始める頃、彼女の“聖女”としての人生は、完全に終焉を迎える。
 ――だが、同時に“偽りの聖女”としての新たな人生が、静かに幕を開けるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

婚約者を奪った妹と縁を切り、辺境領を継いだら勇者一行がついてきました

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

処理中です...