偽聖女と断罪された私、帝国で真の力に目覚めました  ――王国はもう、救いません

鍛高譚

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第1章:偽りの聖女と婚約破棄

5話

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夜、アストリッドの部屋。
 豪華な寝台の横には、貴重な調度品や宝石箱が並ぶ。しかし、この部屋も明日には出て行かなければならない。
 クラリッサが手際よく大きなトランクを広げ、アストリッドの服や必要な物を詰め込んでいく。
「お嬢様、全部は持っていけませんね……。あまりに多いと目立ちますし、王都から出るときに怪しまれます。貴族の威光も、今はむしろ厄介なだけですから」
「そうね……。最低限の服と、身分証代わりの物、それから少しの宝石。お金になるものがあれば、どうにか生活はできるでしょう」

 追放された身としては、もう当分は華やかなドレスを着る機会もないかもしれない。むしろ、地方へ逃れてひっそり暮らすなら、目立つ服装など邪魔でしかない。
 自分が長年慣れ親しんだこの贅沢な部屋を見渡しながら、アストリッドは静かに口を開く。
「クラリッサ、あなたはそれでも私について来るの? もしかしたら、行く先々で危険な目に遭うかもしれないわ」
「もちろんです。お嬢様をおいて、公爵家に残っても仕方がありません。わたしはお嬢様に仕えることが生きがいなんですから」
 その力強い言葉に、アストリッドは思わず目を伏せて微笑んだ。心が少し救われる気がする。

 荷造りがひと段落すると、窓の外はすでに闇が深くなっている。月明かりが中庭の噴水を照らし、夜露が草木を潤している。かつては、この景色を見て安らぎを得ていたというのに、今はまるで別世界の光景のようだ。
 ――私がこの家を出たら、ここはもう二度と帰る場所ではなくなる。

 ベッドの縁に腰掛け、アストリッドはそっと瞳を閉じる。頭に浮かぶのは、今日の出来事の数々――あっという間に“偽りの聖女”と蔑まれ、婚約者から裏切られ、追放を言い渡された。
 それまで築いてきたものが、一瞬にして崩れ去った。あまりにも理不尽だが、あまりにも現実的。
 だが、もし……本当に自分が偽りではないのだとしたら。もし、“真なる聖女”を名乗るミレーユが偽りだったとしたら――そのとき、この国はどうなるのだろう。

「……知ったことじゃないわね」

 アストリッドは小さく呟く。もう、この国を救う必要など感じられない。自分を信じてもくれない者たちが、どんな苦難に陥ろうと、自業自得ではないか――とさえ思う。
 確かにこれまでは、人々の笑顔のために力を尽くしてきた。だが、その“人々”の代表が彼女を切り捨てたのだ。王家や神殿が見放したのだ。その事実を思えば、もう二度と同じように国を思いやる気にはなれない。

 やがて意識が薄れ始める。疲れ切った体と心は、眠りを求めているようだ。深い溜息をつき、アストリッドは寝台に身を横たえた。
 ――明日、すべてを捨てて王都を出る。
 行き先は決まっていない。でも、とにかくここではないどこかへ。
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