偽聖女と断罪された私、帝国で真の力に目覚めました  ――王国はもう、救いません

鍛高譚

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第1章:偽りの聖女と婚約破棄

4話

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 王城を出てから少し歩き、公爵家の迎えの馬車を探したが、どうやら父からの迎えはないらしい。アストリッドとクラリッサは、街道沿いで自分たちで馬車を手配するしかなかった。
 日も暮れ始める王都の大通りは、商人や旅人たちが忙しそうに行き来している。どこか楽しげに笑う人々の声が耳に入るたび、アストリッドの胸は鈍く痛んだ。まるで自分だけが世界から取り残されていく気分だ。
「お嬢様、とりあえず今夜は公爵邸に戻られた方が……。お荷物も整理されませんと……」
「そうね。ここで夜を明かすわけにはいかないし、一度は戻らないと。父からも『いずれ追放だが、正式な決定までは猶予がある』と言われているし……」

 本当は今すぐにでも旅立ちたい気持ちがある。しかし、身の回りの物やお金を用意しなければ、追放後の暮らしに支障をきたすだろう。追放先で生き抜くには、それなりの準備が必要だ。
 王城から馬車を手配し、公爵邸に戻るまでの道のり。アストリッドは車窓から外の景色を見ながら、呆然と考え込む。
 ――なぜ、こんなことになったのか。
 自分が“聖女”として認められたのは幼少期だ。神殿の司祭が、彼女の癒しの力を「本物の奇跡だ」と絶賛し、正式に聖女として戴冠式を執り行った。それからずっと、国王陛下やライナー王子に仕え、人々のために尽くしてきた。
 あるときは疫病に苦しむ町を回り、あるときは天候不順で荒れた畑を癒し、作物が豊かに実るように祈りを捧げた。民衆の感謝や笑顔を見るたび、アストリッドは心から「この力が役に立っているのなら、私は幸せだ」と感じていたのに。
 ――それが、今日、一瞬で“偽り”だと否定される。
 神殿の“神託”とやらがどれほどの根拠を持つのか分からないが、少なくとも現実として、王家も貴族社会もそれに乗っかり、自分を切り捨てた。
 そして何より、ライナー王子。彼はかつてアストリッドを強く求め、「必ず幸せにする」と誓ったはずなのに。今では国を守るための決断だと言わんばかりに彼女を裏切った。

「……バカみたい。私、どれほどライナー殿下を信じていたんだろう」

 ぽつりと呟いてみる。すると、クラリッサがぎょっとして彼女を見つめた。
「お嬢様……」
「ごめんね、独り言よ。――まあ、いいの。婚約破棄されてしまったからには、もう殿下を慕う理由もないわ。いっそ潔いじゃない」
 とはいえ、内心の痛みは計り知れない。だが、アストリッドは涙を見せない。大粒の怒りや悲しみは今、静かに胸の奥で燃え盛っている。そう、簡単に浮き上がってくるような淡い感情ではないのだ。

 やがて馬車は公爵邸の門前に到着した。薄闇に包まれ始めた庭園を抜け、玄関に近づくと、メイドや執事が一応は出迎えてくれる。だが、そのどこかよそよそしい態度に、アストリッドは苦笑を禁じ得ない。
 ――“追放が噂されている公爵令嬢”をここで歓迎する者など、そう多くないのだろう。彼女を擁護して国王や神殿を敵に回すわけにはいかないから。

 屋敷の奥、父であるラルディア公爵の書斎に通される。室内には高価な木製家具や歴代当主の肖像画が飾られ、公爵が腰を下ろす大きな執務机が据えられている。
 公爵は机の向こうで頭を抱えるようにしながら、アストリッドを見やった。
「……お前、王城でのことは本当なのだな?」
「ええ、私が偽りの聖女だそうです。神殿の高司祭からも、正式に追放を命じられました」
「はぁ……。なんということだ。お前の力が本物であると私も疑ってはいない。だが、神殿が“神の意志”を持ち出してくる以上、我々はどうしようもない。王家と神殿を同時に敵に回すなど、公爵家としては自殺行為に等しい」

 アストリッドはちらりと父の顔色をうかがう。心底、情けないと思った。もちろん、現実問題としては仕方のないことなのだろう。それでも、娘を守る気概などまるで感じられない。
「……理解しています。だから私も、この家には長く留まりません。荷物だけまとめて、早々に王都を出ます。それが、一番穏便なのでしょう?」
 公爵は絞り出すように声を出す。
「すまない……アストリッド。お前は公爵家の誇りだったのに……」
「だった、ということは、もう誇りではないのですね」
「……っ」

 公爵は言葉につまる。アストリッドは一層寂しさを感じたが、同時に妙な解放感も覚えた。――もういい。自分はこの家からも、王家からも捨てられたのだ。
「では、失礼します。明日には出発いたします。お父様の邪魔をしないうちに、消えて差し上げますので」
「……アストリッド……」
 公爵の呼びかけにも、彼女は振り返らない。背を向けて部屋を出ていく。

 廊下で待機していたクラリッサは、アストリッドの強張った表情を見て黙ってついてくる。
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