偽聖女と断罪された私、帝国で真の力に目覚めました  ――王国はもう、救いません

鍛高譚

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第1章:偽りの聖女と婚約破棄

3話

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追放。
 それは、貴族社会において最も重い処罰の一つだ。アストリッドほどの高貴な身分の者が、理由なく追放されるなど、普通ならばあり得ない。
 しかし、神殿が“神託”を盾に動いている以上、王家も逆らえない。まして、アストリッドの父公爵も家を守るためには黙して従う以外に選択肢がない。
 一気に広間がざわめき、隣同士でひそひそと囁き合う声が聞こえる。
「偽りの聖女、ですって……?」
「でも、これまであんなにも奇跡を起こしていたじゃないか」
「それも所詮は真の聖女の力のおこぼれ、ということかもしれんな……」

 アストリッドは膝が震えるのを感じた。立っているのがやっとだ。だが、ここで泣き崩れては、彼らの思う壺だろう。――自分は公爵令嬢であり、誇り高き女性なのだ。
 なけなしの気力を振り絞り、アストリッドは深く息を吸う。そして、ライナーと国王、さらには高司祭に向かって静かに告げた。
「……わかりました。私の力が“偽り”だというのならば、これからはどうぞ“真なる聖女”であるミレーユ様にお任せくださいませ。私は王都を去ります。……ですが、あなた方がもし間違っているときが来ても、私はもう二度とこの国に力を貸しません」
 ライナーがわずかに苦しげな表情を浮かべる。だが、彼はそれ以上何も言わなかった。国王もただ眉間に深いしわを寄せるだけで、反論も咎めもしない。
 最後に、高司祭が金の杖を床に突き立てるようにトンと鳴らす。
「それでいい。――汝は本日をもって聖女の資格を失う。王都を離れ、我らの前から姿を消すのだ。これは神の意志である」

 その宣言を聞き、アストリッドは一礼して踵を返す。目に浮かびそうになる悔し涙を必死に堪えながら、まっすぐに扉へと向かって歩いた。
 誰も、彼女を呼び止めない。大勢の視線だけが背中に突き刺さる。
 そして彼女が扉を開けて広間を出る瞬間、背後からあの平民少女――ミレーユの声が聞こえた。
「アストリッド様、本当に……ごめんなさい。ですが、これが神の――」
「……いいえ、あなたが何者であろうと、私には関係ありません。あなたに本当に“聖女”の資格があるのなら、好きにするがいいわ」
 短くそう言い残し、アストリッドはドレスの裾を翻して大広間を後にした。重い扉が閉まるとともに、かちり、と静寂が彼女を包む。

 ――王国を支えてきたはずの立場から一転、“偽りの聖女”として婚約破棄され、追放の身となった。
 この理不尽さに、怒りと悲しみが込み上げる。それでも、涙を見せたくなかった。ここで泣いてしまえば、自分がまるで弱い存在であるかのように思われてしまうから。
 アストリッドは回廊を早足で進む。すると、曲がり角の先に待っていたのは、ひとりのメイド――クラリッサだった。彼女はラルディア公爵家に仕えており、幼い頃からアストリッドの世話をしてくれている。

「お、お嬢様……今の大広間の噂を耳にしました。まさか、まさか本当のことでは……」
「ええ、本当よ。私が“偽りの聖女”だそうで。おかげで婚約は破棄、そして追放が決まったわ」
 クラリッサは顔を青ざめ、愕然とした表情になる。
「そんな……お嬢様がいったい何をしたというのですか!? これまで王国に多大なる貢献をされたのに……!」
「理由は神殿の“神託”。誰もそれに逆らえないの。――いいのよ、もう。私は王都を出るわ」
「そ、そんな……。お嬢様、ご実家の公爵様は……?」

 その問いに、アストリッドは寂しそうに微笑む。
「父は王家や神殿に歯向かうつもりなんてないわ。公爵家を守るためには、私ひとりを切り捨てる方が得策でしょうもの。……当然のことよ」
「そ、そんな……! 公爵家は、お嬢様のことを大切に――」
「大切にはしてくれたでしょう。でも、いつまでも“聖女”である私を誇りに思っていたのも事実だもの。私が偽りと言われたからには、もう守る理由はないわ」

 クラリッサは言葉を失い、涙ぐみそうな目でアストリッドを見上げる。その姿に、アストリッドは一縷の安堵を覚えた。少なくとも、ここにいるメイドは自分を心から慕い、信じてくれているのだと。
「……クラリッサ、あなたは公爵家に残りなさい。下手に私について来ても、父に罰せられるかもしれないし、私も行き先すら決まっていないの」
「いえ、わたしはお嬢様にお仕えするためにいるのです! どこへ追放されようと、ついて行きます!」
 迷いのない言葉。アストリッドは驚いたが、同時に心が熱くなるのを感じた。もう誰も信じられないと思いかけていたのに、ここにクラリッサだけはいる。
「そう……それじゃあ、一緒に来てくれるのね。ありがとう、クラリッサ。あなたの好意に甘えさせてもらうわ」

 互いに微笑み合う。その笑顔は悲しみに満ちていたが、それでも優しい温もりを含んでいた。
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