選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第十三話 対面は、静かな庭で

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第十三話 対面は、静かな庭で

 約束の日は、思っていたよりも早く訪れた。

 朝から空は澄み渡り、雲ひとつない穏やかな天気だった。まるで、この別邸の庭が持つ空気そのものが、そのまま空に広がったかのようだった。

 私はいつも通りの時間に起き、いつも通りの身支度をした。特別な装いは選ばなかった。華美なドレスでも、王都向けの社交服でもない。淡い色合いの、動きやすく、それでいてきちんとした服装。それは「王族に会うための服」ではなく、「私が私でいるための服」だった。

 管理人夫妻は、私以上に緊張しているようだった。

「奥様……本当に、この庭でよろしいのでしょうか」

「ええ。屋内より、こちらの方が落ち着きます」

 私はそう答え、庭の一角に設えた小さなテーブルに目を向けた。ハーブティーの準備は、すでに整っている。香りは穏やかで、気持ちを落ち着かせてくれる。

 やがて、門の方から馬車の音が聞こえた。

 派手さのない、しかし無駄のない造りの馬車。護衛の数も最小限だった。威圧するための訪問ではないという意思が、そこからも読み取れた。

 最初に姿を見せたのは、セドリックだった。彼は私を見つけると、軽く一礼し、その後ろへ視線を向ける。

 そして――。

 銀色の髪が、陽光を受けて静かに輝いた。

 第二王子ジェラール・オルタシア殿下。

 思っていたよりも背は高く、しかし威圧感はない。纏う空気は柔らかく、歩みは静かだった。その目が私を捉えた瞬間、彼は足を止め、深く、丁寧に頭を下げた。

「はじめまして、エリシア殿。今日はお時間をいただき、感謝します」

 王族が、先に頭を下げた。

 その事実に、管理人夫妻が息を呑むのが分かった。けれど私は、慌てなかった。ただ、同じように一礼を返した。

「こちらこそ。お越しいただき、ありがとうございます」

 それだけのやり取りで、不思議と緊張は和らいだ。

 ジェラール殿下は、護衛を少し離れた場所に待たせ、私の向かいに腰を下ろした。セドリックは、少し距離を取り、必要以上に会話に入らない位置に立つ。

「……噂以上に、穏やかな場所ですね」

 殿下は、庭を見回しながら言った。

「はい。私にとっては、とても大切な場所です」

「だからこそ、ここで会っていただけて嬉しい」

 その言葉に、社交辞令の響きはなかった。

「まず、はっきりお伝えしたいことがあります」

 殿下は、私をまっすぐに見た。

「私は、あなたを王都に縛るつもりはありません。あなたの生活を壊すことは、本意ではない」

 私は、黙って頷いた。

「そしてもうひとつ。あなたを“聖女”だの、“奇跡”だのと持ち上げるつもりもありません」

 意外な言葉だった。

「人は、役割を与えられると、そこから逃げられなくなる。それが、どれほど残酷なことか……私は知っています」

 その声音には、王族としてではなく、一人の人間としての実感がこもっていた。

「では……なぜ、私に?」

 私がそう尋ねると、殿下は少しだけ視線を落とした。

「あなたは、“立場を持たずに人を救ってしまう”」

 静かな言葉だった。

「それは、美徳であり、同時に危うさでもある。だから私は、あなたに選択肢を提示したい」

「選択肢……」

「ええ」

 殿下は顔を上げ、穏やかに微笑んだ。

「私と、形式だけの婚姻関係を結ぶことです」

 その言葉を、私は驚くほど冷静に受け止めていた。

「いわゆる……白い結婚、というものですね」

「はい」

 殿下は、はっきりと頷いた。

「互いに干渉しない。生活は別。あなたの自由は、完全に尊重する。その代わり、あなたの背後に“王族の名”が立つ」

 盾。

 それは、セドリックの言った通りだった。

「……もし、私が断れば?」

「それも尊重します」

 即答だった。

「ただ、その場合、私は別の形であなたを守る方法を探す。それだけです」

 私は、彼の目を見つめた。

 そこには、所有欲も、期待も、押し付けもなかった。ただ、静かな誠実さがある。

「殿下は……ご自身の自由は?」

 ふと、そう問いかけた。

 殿下は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから、少し苦笑した。

「……正直に言えば、私にも制約はあります」

 それでも、と彼は続ける。

「私は、自分が選んだ形で責任を負いたい。他人を縛ることで成り立つ立場には、意味を見出せないのです」

 その言葉を聞いた瞬間、私の中で、何かが静かに整った。

 この人なら。

 誰かの人生を、道具のようには扱わない。

 私は、すぐには答えなかった。ただ、庭の花々に視線を向け、風の匂いを感じた。

「……少し、考える時間をください」

 殿下は、微笑んだ。

「もちろんです。急ぐ必要はありません」

 王族との対面は、思っていたよりも静かで、思っていた以上に誠実だった。

 私はまだ、答えを出していない。

 けれどひとつだけ、確信したことがある。

 私はもう、誰かに決められる人生には戻らない。

 選ぶのは、私自身だ。

 この庭で、この空気の中で――私は、次の一歩を、自分の意志で踏み出そうとしていた。
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