選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第十四話 白という名の距離

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第十四話 白という名の距離

 ジェラール殿下が別邸を去った後、庭には静寂が戻った。

 だがそれは、以前の何も考えずに享受していた静けさとは違っていた。今の静けさは、選択を目前にした者だけが感じる、張りつめた余白のようなものだった。

 私は一人、庭の小径をゆっくりと歩いた。踏み固められた土の感触が足裏に伝わり、風に揺れる草花が小さく音を立てる。その一つひとつを確かめるように、私は歩いた。

(白い結婚……)

 その言葉は、すでに私の人生に二度も現れている。

 最初は、ディーンとの婚姻だった。

 あれは、選択ではなかった。家の事情、相手の都合、私自身の諦観。それらが重なった結果の、消極的な承諾にすぎない。

 愛は求められず、干渉もない。ただ形式だけが存在し、その形式すら、相手の気分ひとつで破棄された。

 だから私は知っている。

 白い結婚が、必ずしも自由を意味しないことを。

 むしろ、曖昧な立場ほど脆いものはない。

 私はベンチに腰を下ろし、手元のハーブを摘み取った。指先に残る香りが、少しだけ気持ちを落ち着かせてくれる。

(それでも……今回は違う)

 ジェラール殿下は、最初から条件を明示していた。

 干渉しないこと。縛らないこと。生活を変えないこと。

 そして何より、「断る自由」を、はっきりと認めていた。

 その一点だけでも、過去とは決定的に違う。

 白い結婚とは、本来「何もない関係」ではない。

 距離を定める契約なのだ。

 どこまで近づかず、どこから踏み込まないのか。その境界線を、互いに理解し、尊重するための形。

(私は……距離を持つことが、怖かったのかもしれないわね)

 公爵家では、距離は一方的に決められていた。私は近づくことも、離れることも許されなかった。ただ、置かれるだけの存在だった。

 だからこそ、私は極端に振り切った。

 誰とも深く関わらない。

 誰の人生にも、踏み込まない。

 そうすれば、傷つかずに済むと信じて。

 けれど、今は違う。

 この別邸には、人がいる。管理人夫妻、村の人々。彼らとの距離は、自然で、心地よい。近すぎず、遠すぎず。

 それは、私が自分で選んだ距離だった。

(選べるなら……白は、悪くない)

 白は、何もない色ではない。

 すべての色を含む、余白の色だ。

 その余白に、何を置くかを決めるのは、私自身。

 夕方、管理人が声をかけてきた。

「奥様……お疲れのようでしたら、今日は早めにお休みになりますか?」

「ええ、そうします」

 彼は少し迷うようにしてから、言った。

「……殿下は、立派なお方に見えました」

 私は微笑んだ。

「そうですね。ですが、大切なのはそこではありません」

「と、申しますと?」

「私がどうしたいか、です」

 管理人は、納得したように深く頷いた。

 夜、寝室で灯りを落とし、私は天井を見つめた。

 選ぶということは、責任を引き受けることだ。

 誰かの名を背負うということは、その名がもたらす光も影も、無関係ではいられなくなる。

 それでも――。

(私は、もう一度だけ、自分の意志で関係を結んでみたい)

 依存ではなく、服従でもなく。

 対等な距離を保ったまま、同じ方向を向く関係。

 それが可能だと、ジェラール殿下は示してみせた。

 眠りに落ちる直前、私は静かに決意した。

 答えは、もう出ている。

 あとは、それを言葉にするだけだ。

 白という名の距離を、今度こそ自分の手で選ぶために――私は、翌日を迎える準備を整えた。
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