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第3章:動き出す野望と過去との対峙
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●突然の招集と、ラウルとの再会
年の瀬が迫ったある日、マイラは王宮からの呼び出しを受ける。王家との交渉が大詰めを迎え、最終合意に向けた確認をする場を設けたいという連絡だった。
父デゼルは多忙を極めており、この日の用事は「まずはマイラ一人で王宮に向かってくれ」ということになる。もちろん、正式な文書の調印などはデゼルが行うが、その前段階で具体的な条件をすり合わせるための席に「マイラにも出てほしい」との要請があったのだ。
「分かりました。私が先に行って、交渉の詳細を確認します」
マイラはそう引き受け、午後になると馬車で王宮へと向かった。宮廷に足を踏み入れるのは、ラウルとの婚約破棄以来、ほとんどなかったことだ。少し緊張感を覚えるが、それ以上に“もう私には何の遠慮も要らない”という覚悟のほうが勝っていた。
受付を通して案内されたのは、小ぶりな会議室だった。待っていたのは宰相とその補佐官、そして何人かの高官。国王は出席せず、第一王子も姿を見せていない。どうやら大がかりな式典ではなく、あくまで事務的な打ち合わせの延長といった位置づけらしい。
マイラは毅然とした態度で挨拶し、交渉の進捗を確認する。宰相たちは概ね好意的で、先日父が要望した「王城施設の利用優先権」や「公式行事の優遇措置」などが検討されていることを説明してくれた。
(――ここまでくれば、ほぼ望み通りの内容で合意できそうね)
ホッと胸をなでおろすマイラ。ラウル王子の話題は一切出なかったが、それがかえって“彼はもはや議題にも上らない存在”だという王宮の意向を示しているように思われた。
しかし、打ち合わせが終わる頃、思いがけない出来事が起こる。
「マイラ様……お久しぶりです」
会議室を出て廊下を歩いていると、不意にそんな声がかかった。振り向くと、そこにいたのはラウル王子とリリアの二人。リリアはおずおずとラウルの腕にすがりついているが、以前よりもやつれた印象を受ける。
「……ラウル殿下」
マイラは一瞬立ち止まるが、すぐに足を進めようとする。今さら話すことなどない。だがラウルが慌てて追いすがり、マイラの行く手を遮った。
「待ってくれ。頼む、少しだけでいいんだ。話がしたい」
マイラは深い溜息をつきながらも、ラウルの必死の形相を見て、一応耳を貸すことにした。ここは王宮の廊下であり、周囲には人目もある。下手に揉め事を起こすわけにはいかない。
「……では、短くお願いします。急ぎの用がありますので」
そう言い放つマイラに、ラウルは縋りつくような視線を向ける。
「聞いてくれ。僕はどうしてもリリアと結婚したいんだ。でも、王家は僕らを完全に受け入れるつもりがない。第一王子派の貴族たちは僕を国外へ追い出そうとしている。……マイラ、君はグランシェル侯爵家として王家と交渉中だろう? その影響力で、僕らを助けてくれないか?」
あまりに虫のいい話に、マイラの眉がピクリと動く。自分を捨てた本人が、今になって「王家と繋がりのあるグランシェル家」に助力を求めるなど、筋が通らないにもほどがある。
「……殿下、何度も申し上げているはずです。私はあなたを助けるつもりなど微塵もございません。あなたが平民の方と結婚することに対して、私は否定も肯定もしない。どうぞご自由に。ただし、それを私や私の家に押し付けてくるのは違うのではないでしょうか」
冷ややかなマイラの声に、リリアは小さく震える。ラウルも表情を歪めるが、それでも諦めきれないようだ。
「……確かに僕は君を裏切った。でも、あの時はそうするしかなかった。君と一緒にいるときの、あの息苦しさが耐えられなかったんだ。だけど、今は分かった。君の落ち度なんかじゃない。僕が弱かったせいだ。それでも……だからこそ、助けてほしいんだ」
ラウルは必死に訴えるが、言葉を重ねるほどに空しさだけが増していく。もし本当にラウルが心から悔いているなら、最初にすべきは公開の場でマイラに謝罪し、これまでの非礼を詫びることだろう。だが、今の彼は自分の苦境を脱するために“都合よく頼る先”を探しているだけに見える。
「……そもそも、あなたは私と結婚するのが息苦しいから婚約破棄をしたのですよね。私が冷たい女だと世間から言われるようになったきっかけを作ったのは、どなたでしたか? なのにいまさら、私の家の力を貸せと? 本当に、何を言っているのかしら」
マイラは呆れとも怒りともつかない感情を押し殺し、静かに言い放つ。ラウルはそれでも食い下がろうとするが、すぐ隣でリリアが小声で「もうやめましょう、殿下……これ以上は」と懇願する。
「リリア……」
「マイラ様の仰る通りです。私たちが口を出すことではありません。……もう、無理を言って困らせるのはやめましょう」
リリアの顔には疲労と悲しみが滲んでいた。王家に馴染めず日々いじめられ、今はラウルとともに限界へと追い込まれているのだろう。そんな彼女の姿を見て、マイラの胸中にはほんの少しの同情が芽生える。しかし、だからといって手を差し伸べるつもりはない。
「リリアさん、あなたには何の罪もないでしょう。ただ、いま私にできることはありません。……平民のあなたが、もしこの世界で生きるというなら、それはあなたと殿下が一緒に努力して成し遂げるしかないことです。どうか私を巻き込まないで」
そう告げたマイラは踵を返す。ラウルが何か言おうとする気配がしたが、リリアが彼の袖を引いて制した。
「ありがとう、マイラ様……。本当に、ごめんなさい……」
リリアのか細い声がマイラの耳に届く。最後に振り返ったとき、リリアは申し訳なさそうに頭を下げ、ラウルは苛立ちと落胆で口をへの字に曲げたまま動かない。
その光景は、かつて王家の一員として華々しい未来を約束されていたラウル王子の“転落”を象徴しているようにも見えた。マイラは足早に廊下を進みながら、胸の奥で渦巻く複雑な思いをひたすら飲み込む。
年の瀬が迫ったある日、マイラは王宮からの呼び出しを受ける。王家との交渉が大詰めを迎え、最終合意に向けた確認をする場を設けたいという連絡だった。
父デゼルは多忙を極めており、この日の用事は「まずはマイラ一人で王宮に向かってくれ」ということになる。もちろん、正式な文書の調印などはデゼルが行うが、その前段階で具体的な条件をすり合わせるための席に「マイラにも出てほしい」との要請があったのだ。
「分かりました。私が先に行って、交渉の詳細を確認します」
マイラはそう引き受け、午後になると馬車で王宮へと向かった。宮廷に足を踏み入れるのは、ラウルとの婚約破棄以来、ほとんどなかったことだ。少し緊張感を覚えるが、それ以上に“もう私には何の遠慮も要らない”という覚悟のほうが勝っていた。
受付を通して案内されたのは、小ぶりな会議室だった。待っていたのは宰相とその補佐官、そして何人かの高官。国王は出席せず、第一王子も姿を見せていない。どうやら大がかりな式典ではなく、あくまで事務的な打ち合わせの延長といった位置づけらしい。
マイラは毅然とした態度で挨拶し、交渉の進捗を確認する。宰相たちは概ね好意的で、先日父が要望した「王城施設の利用優先権」や「公式行事の優遇措置」などが検討されていることを説明してくれた。
(――ここまでくれば、ほぼ望み通りの内容で合意できそうね)
ホッと胸をなでおろすマイラ。ラウル王子の話題は一切出なかったが、それがかえって“彼はもはや議題にも上らない存在”だという王宮の意向を示しているように思われた。
しかし、打ち合わせが終わる頃、思いがけない出来事が起こる。
「マイラ様……お久しぶりです」
会議室を出て廊下を歩いていると、不意にそんな声がかかった。振り向くと、そこにいたのはラウル王子とリリアの二人。リリアはおずおずとラウルの腕にすがりついているが、以前よりもやつれた印象を受ける。
「……ラウル殿下」
マイラは一瞬立ち止まるが、すぐに足を進めようとする。今さら話すことなどない。だがラウルが慌てて追いすがり、マイラの行く手を遮った。
「待ってくれ。頼む、少しだけでいいんだ。話がしたい」
マイラは深い溜息をつきながらも、ラウルの必死の形相を見て、一応耳を貸すことにした。ここは王宮の廊下であり、周囲には人目もある。下手に揉め事を起こすわけにはいかない。
「……では、短くお願いします。急ぎの用がありますので」
そう言い放つマイラに、ラウルは縋りつくような視線を向ける。
「聞いてくれ。僕はどうしてもリリアと結婚したいんだ。でも、王家は僕らを完全に受け入れるつもりがない。第一王子派の貴族たちは僕を国外へ追い出そうとしている。……マイラ、君はグランシェル侯爵家として王家と交渉中だろう? その影響力で、僕らを助けてくれないか?」
あまりに虫のいい話に、マイラの眉がピクリと動く。自分を捨てた本人が、今になって「王家と繋がりのあるグランシェル家」に助力を求めるなど、筋が通らないにもほどがある。
「……殿下、何度も申し上げているはずです。私はあなたを助けるつもりなど微塵もございません。あなたが平民の方と結婚することに対して、私は否定も肯定もしない。どうぞご自由に。ただし、それを私や私の家に押し付けてくるのは違うのではないでしょうか」
冷ややかなマイラの声に、リリアは小さく震える。ラウルも表情を歪めるが、それでも諦めきれないようだ。
「……確かに僕は君を裏切った。でも、あの時はそうするしかなかった。君と一緒にいるときの、あの息苦しさが耐えられなかったんだ。だけど、今は分かった。君の落ち度なんかじゃない。僕が弱かったせいだ。それでも……だからこそ、助けてほしいんだ」
ラウルは必死に訴えるが、言葉を重ねるほどに空しさだけが増していく。もし本当にラウルが心から悔いているなら、最初にすべきは公開の場でマイラに謝罪し、これまでの非礼を詫びることだろう。だが、今の彼は自分の苦境を脱するために“都合よく頼る先”を探しているだけに見える。
「……そもそも、あなたは私と結婚するのが息苦しいから婚約破棄をしたのですよね。私が冷たい女だと世間から言われるようになったきっかけを作ったのは、どなたでしたか? なのにいまさら、私の家の力を貸せと? 本当に、何を言っているのかしら」
マイラは呆れとも怒りともつかない感情を押し殺し、静かに言い放つ。ラウルはそれでも食い下がろうとするが、すぐ隣でリリアが小声で「もうやめましょう、殿下……これ以上は」と懇願する。
「リリア……」
「マイラ様の仰る通りです。私たちが口を出すことではありません。……もう、無理を言って困らせるのはやめましょう」
リリアの顔には疲労と悲しみが滲んでいた。王家に馴染めず日々いじめられ、今はラウルとともに限界へと追い込まれているのだろう。そんな彼女の姿を見て、マイラの胸中にはほんの少しの同情が芽生える。しかし、だからといって手を差し伸べるつもりはない。
「リリアさん、あなたには何の罪もないでしょう。ただ、いま私にできることはありません。……平民のあなたが、もしこの世界で生きるというなら、それはあなたと殿下が一緒に努力して成し遂げるしかないことです。どうか私を巻き込まないで」
そう告げたマイラは踵を返す。ラウルが何か言おうとする気配がしたが、リリアが彼の袖を引いて制した。
「ありがとう、マイラ様……。本当に、ごめんなさい……」
リリアのか細い声がマイラの耳に届く。最後に振り返ったとき、リリアは申し訳なさそうに頭を下げ、ラウルは苛立ちと落胆で口をへの字に曲げたまま動かない。
その光景は、かつて王家の一員として華々しい未来を約束されていたラウル王子の“転落”を象徴しているようにも見えた。マイラは足早に廊下を進みながら、胸の奥で渦巻く複雑な思いをひたすら飲み込む。
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