ロゼと嘘

碧 貴子

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「お前は、どうしたい」

 聞かれて、汗で濡れた掌をスカートで拭う。
 気付かれないように呼吸を整えた後で、私は慎重に口を開いた。

「お父様の、ご随意に」

 部屋に、緊張を孕んだ沈黙が降りる。
 試すかのような視線を背中に感じて、私はまたもや掌が汗ばむのを感じていた。

「私は、お前が望むのであれば、それも致し方なしと思っている」

 長い沈黙の後で、重々しいお父様の声が部屋に響く。
 予想外の言葉に、一瞬何を言われたのかわからなかった私は、意味を理解した途端、驚いて後ろのお父様を振り返った。

「そ、それは、どういう……」

 憎み合っていたといっても過言ではない相手の息子と、結婚を許すだなんて、俄かには信じがたい。
 何よりも家の威容と権威を気にするお父様が、私のために長年に渡る確執を流すなど、あり得ないからだ。
 真意を窺うべく、お父様の顔を凝視する。
 けれども、激しく困惑する私をよそに、お父様が表情を変えることなく話を続けた。

「そのままの意味だ。お前が望むなら、モントの息子との結婚もやむなしと思っている」
「で、ですが……」
「こうなった以上、仕方がなかろう。幸いお前と奴の間にあったことは知られていないが、奴が求婚のために毎日我が家を訪れていることはすでに噂になっている。もはや王太子妃は望めない以上、奴と結婚するのが一番収まりがよかろう」

 淡々と説明されるも、唖然として話が頭に入ってこない。
 私が部屋で謹慎していた間に、一体何があったのか。

 確かにお父様の言うとおり、既成事実がある以上、ロルフ卿と結婚するのが一番穏やかな解決方法ではある。
 しかし、お父様はそれでいいのだろうか。
 いつものお父様だったら、家の名誉を汚したとして、私に絶縁を言い渡していただろう。
 あまりの変わりように、驚きを通り越して不安になってくる。

 どう反応したらよいかわからず、黙って見詰めていると、お父様が神経質そうに眉を寄せて見返してきた。

「お前は嫌なのか?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
「まあ、相手があのモントの子倅となれば、不服なのもわかるがな。それに、私も今のままで結婚を許すつもりはない」

 お父様らしい言いように、何となくほっとする。
 当たり前ではあるが、諸手を上げて賛成というわけではないらしい。

「奴がどうしてもと言うのなら、ゆくゆくは考えてやらんでもないが、今の子爵位風情のままではお前をくれてやるわけにはいかん。奴の叙爵が望めない内は、結婚はないものと思え。話は以上だ」
「……はい」

 再び小さく礼を取って、今度こそ書斎を後にする。
 自室に戻ってカウチに腰掛けた私は、長く息を吐き出してから、ころりと横になった。

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