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たべるということ
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別に、きっかけは特別なことじゃ無かった。
「お前、ちょっと太ったんじゃね?」
給食の時間、余っていたデザートのプリン争奪戦ジャンケンにて見事勝利した私がルンルンで自分の席に戻ると、ジャンケンに負けた男子がからかうようにそう言った。頭の中が一瞬真っ白になってしまったのを隠すように、一生懸命言葉を探して口を動かす。
「はあ~?女の子にそんなこと言うの最低、失礼なんだけど!!」
「おいおいどこが女の子だよ!どっちかと言えば男子だろ!」
「なにそれ!うわ~傷ついた~~」
「はい完全に嘘泣き。」
「あ、バレた?」
そうやって泣き真似をしてみれば、彼もふざけたように笑って話題はすぐに先週発売されたゲームの話に移る。心の中で安堵のため息をついて、プリンの封を開ける。大好きなはずのプリンが、なんだかやけに甘ったるく感じた。165cmと中学2年生の女子にしては高い身長、小学校からバスケットに打ち込んできたため足は筋肉質でがっちりとしている。お世辞にも細いとは言えない体型である事は自分でも重々承知だ。バスケットを始めてから髪の毛もずっと短髪だから男扱いされる事も多く、けれどそんなのにはもう慣れっこだった。慣れっこだったのに、さっきの言葉だけはやけに耳に残った。
「はいラスト!!最後まで全力!抜くんじゃないよ!!」
先生の怒鳴り声が聞こえて、最後のダッシュが終わる。そのまま座り込んでしまう部員もいる中で、「はい休まない、次いくよ。」なんて鬼のような田中先生の声が聞こえる。私も苦しくて座り込んでしまいそうになるのを堪えながら、大きく深呼吸を繰り返して汗をぬぐった。顧問の田中先生はもうすぐ定年を迎えるという噂の女性の体育教師で、先月の大会で先輩たちが引退し新体制となってから2週間経ち更に気合が入っているようだった。朝練が終わる頃には体中汗びっちょりで、部室で着替えてから教室に向かう。汗と制汗剤のにおいが混じって、「くっせー」なんて部員皆で笑い合うのもいつもの事だった。
「菜々子、おはよう。」
「瀬名ちゃんおはよう。」
「もうマジ疲れた。田中先生朝から鬼すぎる。」
「ふふ、お疲れさま。」
そうやって微笑むのは重めのパッツン前髪と丸メガネがトレードマークの菜々子で、彼女はクラスで一番仲の良い友達だ。
「今日1時間目、小テストあるんだって。」
「え!?ほんとに!?」
「ほんとに。でも前回のプリントから出るみたいだからまだ間に合うと思うよ。ほら、これ。」
「ねえもう菜々子神すぎる、ありがとう。」
前回の授業のプリントなんて私が持ってきていない事を見越して、菜々子がプリントを見せてくれる。等間隔に並ぶ菜々子の字はとても綺麗で確か小学校の時に習字を習っていたと言っていた。
「今度さ、なんか奢るね。」
「ええ、そんなのいいよ。」
「よくないよ。感謝の気持ちを表現させて!」
「だったら感謝の言葉だけで十分。今度手紙にしたためてきてね、10枚くらい。」
「いや多いわ!1/2枚で勘弁して。」
「まあ、許してあげよう。」
そう言っておどけて腕を組む菜々子を小突けば、彼女も笑って私を小突き返す。中学2年生になってクラス替えがあり、仲の良いバスケ部の友達とは皆クラスが離れてしまって絶望しかけていた私を救ってくれたのが菜々子だった。それまで何の接点も無くて名前と顔しか知らなかった菜々子への印象は「大人しそうな子」で、最初は仲良くなれるなんて全く思っていなかった。けれど話してみれば菜々子は私の想像よりもずっとよく喋るし、案外毒舌だったりもして会話のテンポがとても心地よかった。今まで友達になった事がないタイプだからこそ、自分とは違う所がたくさんあるからこそ、話していてとても楽しかった。周りから見てもタイプの違う私たちはなんで仲がいいのか不思議がられることもあったが、菜々子の面白さは誰にも教えてあげないもんね、なんて少し、得意げな気持ちになったりもした。
「おいおい瀬名。また制服間違えてんぞ。」
「間違えてないから。ていうか他にレパートリーないわけ?」
あいさつ代わりに私のスカートを指さして笑うのは同じクラスの戸谷で、彼とは小学校も同じだ。小学校の時から割と仲が良くて、その分私を男子扱いしてからかってくることも多かった。
「そもそも朝はまずおはようでしょ。ほら、お・は・よ・う。」
「うっせえなあ。いいから早く着替えて来いよ。」
「はあ、しつこいっての。」
指をさして笑うニヤケ顔がむかついたから蹴る真似をすれば、「ひ~こえ~」と言って教室の隅に集まっている男子の群れに逃げていく。私達の言い合いを見ていた菜々子は困ったような、少し泣きそうな顔をしていて、でも私が菜々子の名前を呼ぶといつものように微笑んでくれる。菜々子はいつもそうだった。私が男子にからかわれているのを見ると、少し眉を下げた何とも言えない表情をして目を伏せ、口を一文字に結んでじっと言い合いが終わるのを待つ。それがどういう感情なのか私にはわからなくて、でも聞くのもなんとなく気が引けて、結局いつも私を見て微笑んでくれる菜々子を見て安心してしまうのだ。
「お前、ちょっと太ったんじゃね?」
給食の時間、余っていたデザートのプリン争奪戦ジャンケンにて見事勝利した私がルンルンで自分の席に戻ると、ジャンケンに負けた男子がからかうようにそう言った。頭の中が一瞬真っ白になってしまったのを隠すように、一生懸命言葉を探して口を動かす。
「はあ~?女の子にそんなこと言うの最低、失礼なんだけど!!」
「おいおいどこが女の子だよ!どっちかと言えば男子だろ!」
「なにそれ!うわ~傷ついた~~」
「はい完全に嘘泣き。」
「あ、バレた?」
そうやって泣き真似をしてみれば、彼もふざけたように笑って話題はすぐに先週発売されたゲームの話に移る。心の中で安堵のため息をついて、プリンの封を開ける。大好きなはずのプリンが、なんだかやけに甘ったるく感じた。165cmと中学2年生の女子にしては高い身長、小学校からバスケットに打ち込んできたため足は筋肉質でがっちりとしている。お世辞にも細いとは言えない体型である事は自分でも重々承知だ。バスケットを始めてから髪の毛もずっと短髪だから男扱いされる事も多く、けれどそんなのにはもう慣れっこだった。慣れっこだったのに、さっきの言葉だけはやけに耳に残った。
「はいラスト!!最後まで全力!抜くんじゃないよ!!」
先生の怒鳴り声が聞こえて、最後のダッシュが終わる。そのまま座り込んでしまう部員もいる中で、「はい休まない、次いくよ。」なんて鬼のような田中先生の声が聞こえる。私も苦しくて座り込んでしまいそうになるのを堪えながら、大きく深呼吸を繰り返して汗をぬぐった。顧問の田中先生はもうすぐ定年を迎えるという噂の女性の体育教師で、先月の大会で先輩たちが引退し新体制となってから2週間経ち更に気合が入っているようだった。朝練が終わる頃には体中汗びっちょりで、部室で着替えてから教室に向かう。汗と制汗剤のにおいが混じって、「くっせー」なんて部員皆で笑い合うのもいつもの事だった。
「菜々子、おはよう。」
「瀬名ちゃんおはよう。」
「もうマジ疲れた。田中先生朝から鬼すぎる。」
「ふふ、お疲れさま。」
そうやって微笑むのは重めのパッツン前髪と丸メガネがトレードマークの菜々子で、彼女はクラスで一番仲の良い友達だ。
「今日1時間目、小テストあるんだって。」
「え!?ほんとに!?」
「ほんとに。でも前回のプリントから出るみたいだからまだ間に合うと思うよ。ほら、これ。」
「ねえもう菜々子神すぎる、ありがとう。」
前回の授業のプリントなんて私が持ってきていない事を見越して、菜々子がプリントを見せてくれる。等間隔に並ぶ菜々子の字はとても綺麗で確か小学校の時に習字を習っていたと言っていた。
「今度さ、なんか奢るね。」
「ええ、そんなのいいよ。」
「よくないよ。感謝の気持ちを表現させて!」
「だったら感謝の言葉だけで十分。今度手紙にしたためてきてね、10枚くらい。」
「いや多いわ!1/2枚で勘弁して。」
「まあ、許してあげよう。」
そう言っておどけて腕を組む菜々子を小突けば、彼女も笑って私を小突き返す。中学2年生になってクラス替えがあり、仲の良いバスケ部の友達とは皆クラスが離れてしまって絶望しかけていた私を救ってくれたのが菜々子だった。それまで何の接点も無くて名前と顔しか知らなかった菜々子への印象は「大人しそうな子」で、最初は仲良くなれるなんて全く思っていなかった。けれど話してみれば菜々子は私の想像よりもずっとよく喋るし、案外毒舌だったりもして会話のテンポがとても心地よかった。今まで友達になった事がないタイプだからこそ、自分とは違う所がたくさんあるからこそ、話していてとても楽しかった。周りから見てもタイプの違う私たちはなんで仲がいいのか不思議がられることもあったが、菜々子の面白さは誰にも教えてあげないもんね、なんて少し、得意げな気持ちになったりもした。
「おいおい瀬名。また制服間違えてんぞ。」
「間違えてないから。ていうか他にレパートリーないわけ?」
あいさつ代わりに私のスカートを指さして笑うのは同じクラスの戸谷で、彼とは小学校も同じだ。小学校の時から割と仲が良くて、その分私を男子扱いしてからかってくることも多かった。
「そもそも朝はまずおはようでしょ。ほら、お・は・よ・う。」
「うっせえなあ。いいから早く着替えて来いよ。」
「はあ、しつこいっての。」
指をさして笑うニヤケ顔がむかついたから蹴る真似をすれば、「ひ~こえ~」と言って教室の隅に集まっている男子の群れに逃げていく。私達の言い合いを見ていた菜々子は困ったような、少し泣きそうな顔をしていて、でも私が菜々子の名前を呼ぶといつものように微笑んでくれる。菜々子はいつもそうだった。私が男子にからかわれているのを見ると、少し眉を下げた何とも言えない表情をして目を伏せ、口を一文字に結んでじっと言い合いが終わるのを待つ。それがどういう感情なのか私にはわからなくて、でも聞くのもなんとなく気が引けて、結局いつも私を見て微笑んでくれる菜々子を見て安心してしまうのだ。
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