ただ今ヒツジ電話番

夏目はるの

文字の大きさ
8 / 22
たべるということ

1

しおりを挟む
別に、きっかけは特別なことじゃ無かった。

「お前、ちょっと太ったんじゃね?」

給食の時間、余っていたデザートのプリン争奪戦ジャンケンにて見事勝利した私がルンルンで自分の席に戻ると、ジャンケンに負けた男子がからかうようにそう言った。頭の中が一瞬真っ白になってしまったのを隠すように、一生懸命言葉を探して口を動かす。

「はあ~?女の子にそんなこと言うの最低、失礼なんだけど!!」
「おいおいどこが女の子だよ!どっちかと言えば男子だろ!」
「なにそれ!うわ~傷ついた~~」
「はい完全に嘘泣き。」
「あ、バレた?」

そうやって泣き真似をしてみれば、彼もふざけたように笑って話題はすぐに先週発売されたゲームの話に移る。心の中で安堵のため息をついて、プリンの封を開ける。大好きなはずのプリンが、なんだかやけに甘ったるく感じた。165cmと中学2年生の女子にしては高い身長、小学校からバスケットに打ち込んできたため足は筋肉質でがっちりとしている。お世辞にも細いとは言えない体型である事は自分でも重々承知だ。バスケットを始めてから髪の毛もずっと短髪だから男扱いされる事も多く、けれどそんなのにはもう慣れっこだった。慣れっこだったのに、さっきの言葉だけはやけに耳に残った。




「はいラスト!!最後まで全力!抜くんじゃないよ!!」

先生の怒鳴り声が聞こえて、最後のダッシュが終わる。そのまま座り込んでしまう部員もいる中で、「はい休まない、次いくよ。」なんて鬼のような田中たなか先生の声が聞こえる。私も苦しくて座り込んでしまいそうになるのを堪えながら、大きく深呼吸を繰り返して汗をぬぐった。顧問の田中先生はもうすぐ定年を迎えるという噂の女性の体育教師で、先月の大会で先輩たちが引退し新体制となってから2週間経ち更に気合が入っているようだった。朝練が終わる頃には体中汗びっちょりで、部室で着替えてから教室に向かう。汗と制汗剤のにおいが混じって、「くっせー」なんて部員皆で笑い合うのもいつもの事だった。


菜々子ななこ、おはよう。」
瀬名せなちゃんおはよう。」
「もうマジ疲れた。田中先生朝から鬼すぎる。」
「ふふ、お疲れさま。」

そうやって微笑むのは重めのパッツン前髪と丸メガネがトレードマークの菜々子で、彼女はクラスで一番仲の良い友達だ。

「今日1時間目、小テストあるんだって。」
「え!?ほんとに!?」
「ほんとに。でも前回のプリントから出るみたいだからまだ間に合うと思うよ。ほら、これ。」
「ねえもう菜々子神すぎる、ありがとう。」

前回の授業のプリントなんて私が持ってきていない事を見越して、菜々子がプリントを見せてくれる。等間隔に並ぶ菜々子の字はとても綺麗で確か小学校の時に習字を習っていたと言っていた。

「今度さ、なんか奢るね。」
「ええ、そんなのいいよ。」
「よくないよ。感謝の気持ちを表現させて!」
「だったら感謝の言葉だけで十分。今度手紙にしたためてきてね、10枚くらい。」
「いや多いわ!1/2枚で勘弁して。」
「まあ、許してあげよう。」

そう言っておどけて腕を組む菜々子を小突けば、彼女も笑って私を小突き返す。中学2年生になってクラス替えがあり、仲の良いバスケ部の友達とは皆クラスが離れてしまって絶望しかけていた私を救ってくれたのが菜々子だった。それまで何の接点も無くて名前と顔しか知らなかった菜々子への印象は「大人しそうな子」で、最初は仲良くなれるなんて全く思っていなかった。けれど話してみれば菜々子は私の想像よりもずっとよく喋るし、案外毒舌だったりもして会話のテンポがとても心地よかった。今まで友達になった事がないタイプだからこそ、自分とは違う所がたくさんあるからこそ、話していてとても楽しかった。周りから見てもタイプの違う私たちはなんで仲がいいのか不思議がられることもあったが、菜々子の面白さは誰にも教えてあげないもんね、なんて少し、得意げな気持ちになったりもした。

「おいおい瀬名。また制服間違えてんぞ。」
「間違えてないから。ていうか他にレパートリーないわけ?」

あいさつ代わりに私のスカートを指さして笑うのは同じクラスの戸谷とやで、彼とは小学校も同じだ。小学校の時から割と仲が良くて、その分私を男子扱いしてからかってくることも多かった。

「そもそも朝はまずおはようでしょ。ほら、お・は・よ・う。」
「うっせえなあ。いいから早く着替えて来いよ。」
「はあ、しつこいっての。」

指をさして笑うニヤケ顔がむかついたから蹴る真似をすれば、「ひ~こえ~」と言って教室の隅に集まっている男子の群れに逃げていく。私達の言い合いを見ていた菜々子は困ったような、少し泣きそうな顔をしていて、でも私が菜々子の名前を呼ぶといつものように微笑んでくれる。菜々子はいつもそうだった。私が男子にからかわれているのを見ると、少し眉を下げた何とも言えない表情をして目を伏せ、口を一文字に結んでじっと言い合いが終わるのを待つ。それがどういう感情なのか私にはわからなくて、でも聞くのもなんとなく気が引けて、結局いつも私を見て微笑んでくれる菜々子を見て安心してしまうのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

処理中です...