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13,夜明けのすばる

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 翌日――。
 上野のコンコースで再度、早朝ロケが行われることになった。衣装の上からコートを羽織った俺は、ピリリとした外気を頬に感じながら、前回と同じポイントに立っていた。

(この前は、ここでスバルを見つけられなかった)

 挑むような気持ちで空を見上げる。その空はまだ夜の色だ。
 そういえば〝スバル〟は星団の名前だった。おうし座の中に位置するらしいけれど、明け方の都心でその星々を見つけることは難しい。

(今日こそあいつを、つかまえなきゃいけないのに……)

 空を見上げたまま、俺はコートのポケットに入れていたものを手の中に握り込む。羽田さんに貰った真ユーマニオンの指輪だった。
 ゴツゴツとした指輪の凹凸が、手のひらを刺激する。その刺激が、首の後ろを伝って脳に突き刺さった。

(俺は……ユーマニオンレッドになれる。スバルは、ここにいる)

 明け始めた空に、きらめく星を見つけた気がした。

「一月ぃ、何してんだよ! ロケバスでメイクさんが待ってるぞ!?」

 マネージャーが向こうから声をかけてくる。

(一月……? いや、俺はスバル、ユーマニオンレッドになる男だ)

 指輪の手触りを確かめながら、自然とそんなふうに思うことができた。

「何ぼーっと立ってるんだ、行くぞ?」

 いつの間にか目の前まで来たマネージャーに、コートのそでを引かれる。

「……ん、なんだそれ?」
「え……?」
「手に持ってるやつ」

 俺が握っている指輪を、彼は怪訝そうに見ていた。

「これは……お守り」
「お守り? そんなもん誰に貰った」

 ここで羽田さんの名前を出すのもややこしい。自分のいないところで俺が羽田さんに会っていたなんて、マネージャーがいい顔をするはずないからだ。

「別に、誰でもない」
「なんだよそれ、こっちが聞いてんのに!」
「こんなのどうでもいいだろ」

 ロケバスの前まで行って言い合っていると、ちょうど降りてきた羽田さんがニヤリと笑っ
た。その顔からして、俺とマネージャーがどうしてめているのか察しがついているに違いない。

「よう一月!」

 すれ違いざまに声をかけられる。

「何笑ってるんですか」

 八つ当たり気味に突っかかると、羽田さんはいっそう笑みを濃くした。

「やり合う声が聞こえたからさ、朝から元気だなーと思って」
「俺が元気? 昨日めっちゃ走って追いかけてきた人に言われたくないです……」
「追いかけてきた!? 誰が、何を?」

 マネージャーが慌てて口を挟んだ。

「あ~もう、面倒くさい!」

 これ以上俺が何か言ったら、余計に話がややこしくなる。そうでなくても押しの強い2人からいっぺんに構われたらたまらない。

「俺もう演技に集中したいから、構わないで!」

 ピシャリと言ってロケバスに乗り込み、勢いよくドアを閉める。ドアの向こうで2人が同時に顔をしかめるのが見えた。



 スタートの声がかかり、俺は意識を集中する。
 眉間の辺りに漂っていた意識が、ふっと空へ舞い上がった。
 遠くのビルの向こうには、薄紫色の朝焼け。静けさの横たわる景色の中に、突如、隕石群が降ってくる。
 避難を促す女性の声。逃げ惑う人々。右から左から、エキストラの集団が駆け抜ける。
 隕石から逃げる人? それともエキストラ? どっちの世界が現実なのか――。
 そんなんじゃ逃げ切れない、もっと真剣になれ! じゃないと俺みたいになる。
 いつの間にか、心臓が早鐘を打っていた。
 怪我した頭の後ろが、ドクドクと脈打っている。
 俺もこの世界も、結構マズい状況になっている。
 それなのにここにはヒーローがいない。
 この悲惨な世界を切り取るために、カメラが近づいてくる。
 意識の向こうで、誰かが俺にゴーサインを出した。

(行け、スバル! お前の出番だ)

 俺は、スバルは立ち上がった――。

『俺の名は、ユーマニオンレッド!』

 名乗りを上げ、胸の前で拳を握る。

『この星を守るのが、俺の宿命』

 画面の中で、主人公のスバルが、いや……俺が叫んでいた。大地を震わすような雄叫び。目尻に必死の涙が浮かんでいた。

(これが俺……?)

 画面越しに見る姿に、自分でも驚いてしまった。自分の殻の内側にある、裸の部分を見せられているみたいでひどく気恥ずかしい。

「日を改めて正解だっただろ?」

 隣にいる監督は、同じ映像を見て得意そうに笑っていた。確かに俺も撮り直してよかったと思う。

「そうですね、ありがとうございます……」

(これは監督のおかげと、それから……)

 コートのポケットにある、指輪をそっと握りしめた。
 そんな時、今度は真後ろから声が聞こえてくる。

「やればできるじゃねえか」

 いつからそこにいたのか、羽田さんがニヤニヤしながら腕組みしていた。
 レッドのヒーロースーツをびしっと着込んでいるのに、そのニヤけ顔では台無しだ。

「その顔、やめてください」
「……は?」
「ヒーローは人の演技を見て笑いません」

 必死な顔をした自分を彼に見られていたのかと思うと、気恥ずかしさが倍増する。
 演じている時は周りが気にならないどころか下手したら意識も飛んでいるのに、それを周りは冷静に見ているのかと思うと、今さらだけれども、なんとも言えない気分になった。

「別に笑ってない、むしろ惚れ惚れしながら見てた」

 そう言いつつ、羽田さんの口元にはしつこく笑みがへばりついている。

「その顔、本当に子供には見せられませんから! 早くマスク被ってください」
「こらっ、人の顔をなんだと思ってるんだよ……」
「それより次は羽田さんの出番ですよ!」

 言い合う俺たちの横で、撮影の準備は着々と進められている。日の高さが変わらないうちに、変身後のシーンを撮り終えなければならない。

「じゃあ、羽田くん行こうか」

 監督からも声がかかった。

「仕方ねーな、一月の希望通りカッコいいヒーローになってくるか! 俺の渋いところが見たいみたいだしな」
「そういうことは言ってませんけど……」

 羽田さんは口元に笑みを浮かべたまま、ユーマニオンレッドのマスクを被った。
 その瞬間、辺りを取り巻く空気がキンと引き締まる。
 さっき俺が名乗りを上げたその場所に、ヒーロースーツの羽田さんが立った。身長も手足の長さもそう変わらないはずなのに、存在感がまるで違う。俺とも、俺の演じるスバルとも……そして羽田さん自身とも違う。
 あれは間違いなく、ユーマニオンレッドの姿だ。
 カメラが回りだすより先に、俺はすでに、彼の演技に魅了されていた。



 羽田さん演じるレッドは、あふれんばかりの力で怪人をなぎ倒し、襲われかけていた女の子を助けた。
 バトルアクションが素晴らしいだけじゃない。まだ自分の力に戸惑っている、そんな演技を彼は危なげなくこなしていた。
 仮面を被ったスーツアクターはセリフで表現することも、表情で演技することもできない。
 彼らは動作だけで、キャラクターの感情を的確に描いていく。それは本当に特殊な技能だ。

(毎年やってる羽田さんたちから見たら、俺の演技は必死すぎて青臭く見えるんだろうな……)

 彼の演技に見惚みほれながら、そんなことを思った。
 見入っているうちに、そのシーンの撮影は瞬く間に終わる。そして羽田さんは怪人役の熊谷さんと肩を叩き合った。俺はその様子をただ遠目に見つめる。
 彼の横顔には立ち位置に立った時と同じ、明るい笑みが浮かんでいた。
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