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第3章 獅子と牝山羊
第7話
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「僕には神さまと山羊がいる……」
つぶやくように言うと、ルカが眉尻を下げ、悲しげに笑う。
「それは何もないのと同じことだ」
窓から湿った夜風が吹き込んできて、ルカが無言で窓を閉めた。
いつの間にか外では雨が降っている。
「ユァン、温かくして寝ろよ」
バスケットを小脇に挟み、ルカは部屋を出ていってしまった。
遠ざかる足音を聞いてユァンは、たった1人取り残されたことをひしひしと実感する。
座っていた自分のベッドから腰を上げ、向かいにあるバルトロメオのベッドへ移動した。
シーツは洗っていない、昨日のままだ。
彼の荷物がなくなってしまった部屋で、ユァンは残り香を探す。
もう会えないってわけじゃないのに……。
いや、意図して引き離されたなら、今後会える保証はないのかもしれない。
漠とした不安に耐えきれず、ユァンはそのまま彼の匂いに包まれて眠った。
*
翌日。朝の礼拝でも食堂でも、ユァンがバルトロメオを見かけることはなかった。
いつものようにふらっと山羊小屋に来てくれるかとも思ったが、そんなこともなく……。
さすがにおかしい。
ただ部屋割りが変わっただけでなく、彼は何か困難な状況に置かれているのではないか。
そう考えるのが自然に思えてくる。
それでユァンはその日の夕食の時間を犠牲にし、バルトロメオを探しに向かった。
だが100ヘクタールもある敷地の中で、1人の人間を見つけ出すのは難しい。
そもそも、彼が今修道院内にいるのかどうかも定かでなかった。
(どうしよう……)
いろいろな部屋や倉庫も探し歩き、たどり着いたのはシプリアーノ司教の執務室の前だった。
このドアをノックするのは怖いけれど……。
やはり手がかりがあるならここなのだ。
司教ならバルトロメオの行き先を知っている。
ドアに耳をつけると、中から人の話し声が聞こえてきた。
司教はいま部屋にいる。
ユァンは胸のロザリオを握り、逆の手でノックをする拳を作った。
この部屋に入ると、いつも緊張しすぎて気分が悪くなる。
でも……バルトロメオに会うためなら。
ユァンは意を決して、部屋のドアをノックした。
中から聞こえていた話し声がピタリと止み、ドアに足音が近づいてきた。
このゆったりした足音はシプリアーノ司教だと、ユァンは直感する。
「……誰かな?」
「ユァンです」
「ユァンか」
目の前のドアから光が漏れ、目尻にしわを寄せて微笑む司教の顔が見えた。
「どうしたね、入りなさい」
「はい……」
(昨日は激怒してたっていうけど……)
ユァンはいぶかしみながらも、促されるまま中へと足を進める。
子供の頃から知っている相手なのに、シプリアーノ司教の感情はどうも読めない。
聖職者という立場上、あえて感情を表に出さないようにしているのか。
そんなことを思っていると……。
「あ……」
応接用のソファに座っていた人物が立ち上がった。
つぶやくように言うと、ルカが眉尻を下げ、悲しげに笑う。
「それは何もないのと同じことだ」
窓から湿った夜風が吹き込んできて、ルカが無言で窓を閉めた。
いつの間にか外では雨が降っている。
「ユァン、温かくして寝ろよ」
バスケットを小脇に挟み、ルカは部屋を出ていってしまった。
遠ざかる足音を聞いてユァンは、たった1人取り残されたことをひしひしと実感する。
座っていた自分のベッドから腰を上げ、向かいにあるバルトロメオのベッドへ移動した。
シーツは洗っていない、昨日のままだ。
彼の荷物がなくなってしまった部屋で、ユァンは残り香を探す。
もう会えないってわけじゃないのに……。
いや、意図して引き離されたなら、今後会える保証はないのかもしれない。
漠とした不安に耐えきれず、ユァンはそのまま彼の匂いに包まれて眠った。
*
翌日。朝の礼拝でも食堂でも、ユァンがバルトロメオを見かけることはなかった。
いつものようにふらっと山羊小屋に来てくれるかとも思ったが、そんなこともなく……。
さすがにおかしい。
ただ部屋割りが変わっただけでなく、彼は何か困難な状況に置かれているのではないか。
そう考えるのが自然に思えてくる。
それでユァンはその日の夕食の時間を犠牲にし、バルトロメオを探しに向かった。
だが100ヘクタールもある敷地の中で、1人の人間を見つけ出すのは難しい。
そもそも、彼が今修道院内にいるのかどうかも定かでなかった。
(どうしよう……)
いろいろな部屋や倉庫も探し歩き、たどり着いたのはシプリアーノ司教の執務室の前だった。
このドアをノックするのは怖いけれど……。
やはり手がかりがあるならここなのだ。
司教ならバルトロメオの行き先を知っている。
ドアに耳をつけると、中から人の話し声が聞こえてきた。
司教はいま部屋にいる。
ユァンは胸のロザリオを握り、逆の手でノックをする拳を作った。
この部屋に入ると、いつも緊張しすぎて気分が悪くなる。
でも……バルトロメオに会うためなら。
ユァンは意を決して、部屋のドアをノックした。
中から聞こえていた話し声がピタリと止み、ドアに足音が近づいてきた。
このゆったりした足音はシプリアーノ司教だと、ユァンは直感する。
「……誰かな?」
「ユァンです」
「ユァンか」
目の前のドアから光が漏れ、目尻にしわを寄せて微笑む司教の顔が見えた。
「どうしたね、入りなさい」
「はい……」
(昨日は激怒してたっていうけど……)
ユァンはいぶかしみながらも、促されるまま中へと足を進める。
子供の頃から知っている相手なのに、シプリアーノ司教の感情はどうも読めない。
聖職者という立場上、あえて感情を表に出さないようにしているのか。
そんなことを思っていると……。
「あ……」
応接用のソファに座っていた人物が立ち上がった。
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