生まれ変わったその先は猫の国ガータ

あろえみかん

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主治医スカイと新しいアイデア

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ケイトがガータで暮らし始めて半年が経とうとしていた。夫となったアンドルーとの仲は睦まじく、生活も申し分ない。食べ物も基本的には今まで食べた事のあるものが大半を占めていて、そのほとんどがどのようなものなのか瞬時に理解できた。これはもしかすると今回の転生時にはざまの世界で桔梗に提示した条件がよく働いているのかもしれない。

このガータと言う国は文明が進んでいる所と進んでいない所に大きく差があった。上下水道は整っているが、電気やガスのようなものはなく、未だに火を起こしている。夜はランプに火を灯すし、煮炊きの燃料は主に薪だ。薪ストーブが暖房を担っているし、世界観は二度目の人生に似ているかもしれない。この国自体はとても温暖で、かと言って暑すぎる事もない。夜は少し冷え込むにしても、日中は一年を通して同じような服装で事足りるような恵まれた気候だった。山から海に向かって吹き下ろす風が常に空気を新鮮なものに入れ替えていたし、多少照りつける太陽の日差しもうまく調整してくれていたのだ。

先日から本格的に生産を始めた猫砂改め、トイレ砂は王様に初めて見せた日にとても興味を持ってもらえた。ケイトとロロとキースの3人で始めた生産だったが、それだけでは追いつかないとの事で、城の外れの空き地に改めて工房を作り、そこで生産を始めたのだった。砂は土木屋のピーターに仕入れてもらって、専用窯を陶器屋のポーに監修してもらった。ピーターとポーにそのまま工房に入ってもらいたかったが、それぞれ仕事があるからと、見習いの娘と息子をそれぞれ寄越してくれたのだった。そしてあと数人、城下町にビラを配って手伝ってくれる人を募集した。最終的に手先の器用な奥様を3人、力に自信のある男性を3人新たに雇い入れて、トイレ砂工房は総勢11人の大所帯になった。人数が増えて、分担作業が板について来ると、製品の質も上がっていった。新しい製品を猫族のボランティアに試してもらっては、手直しができるところは直し、より良いものを作れるようにと皆夢中になった。数ヶ月の試行錯誤の末、一定のクオリティを想定の範囲内の労働力と材料で作り上げる事ができるようになった。ここでケイトはロロとキースにこの事業を任せ、次の課題に取り組む事にしたのだった。

まず思い立ったのは以前王様からもちらっと話が出ていた食事の件。とても過ごしやすい気候、優しい夫、平和な国。それでもケイトは少しだけ不満があった。それが王様の話にも通じるところがあったのだ。実際王様とケイトは好きなものの種類が似ている。だからこそ、ケイトが不満に思う事を解消すれば王様の不満が同様に解消できる可能性もあったのだ。

この国では魚や肉を食べない。獣族が存在する以上、確かに倫理的にも難しいだろう。ただ、図書館で調べてみたり、ロロやキースに話を聞く限り、この世界のすべての人がベジタリアンと言う訳でもないようだった。自国のもので融通が利き、特に困っていなかったガータの国民は耕す畑から取れる野菜や穀物と森の果物や木の実を食べたり、それを加工する事で満足していたから、それ以上に特に興味が向かなかったのだ。何か信念があって食べないのではなく、特にこだわりがないだけのように感じられた。

一度目の人生では猫は肉食だとして知られていた。だから数多と売られていたキャットフードは肉や魚が入っている事を売りにしているものがほとんどだったし、飼っていた猫のトムも好んで食べていた。けれどこの国ではそれを食べる習慣がない。この数ヶ月ケイトがアンドルーから聞いたり、実際に王族と交流をする中でサイズ感と知能に違いはあるものの、生態はトムと非常に似通っている。食べ物に関しては王様の専属医に話を聞きながら進めた方がいいとは思うが、禁忌ではないのであれば試してみても良さそうだとケイトは考えていた。思い立ったら即行動のケイトは早速アンドルーに話をし、了解を得た。その上でケイト自身の健康管理もしてくれている医師のスカイに相談してみてはどうだと助言されたのだった。

*****

城の東にある診療所は医師のスカイが1人で切り盛りしていて、主に王族の健康を管理している。城内で働く者の駆け込み寺的な存在でもあり、皆に慕われている憩いの場所でもあった。ケイトはこの生を受けて以来、健康チェックとカウンセリングも兼ねて週に一度スカイを尋ねていたのだ。

「スカイ先生、こんにちは。ケイトです。今よろしいですか?」
「ケイトさん、いらっしゃい。どうぞ。今日は診察の日ではなかったと思うけど、どうかしましたか?」
「いえ、体も心も元気です!一つご相談がありまして。」
「はて、何でしょう。私ができる事ならお手伝いいたしますよ。」
「先日トイレ砂の事業が軌道に乗ったので、私は新しい事を始めようと考えていまして、その一つが食べ物関連なんです。先生は他国にも行かれた事があると前におっしゃっていたので、ちょっと食べ物事情を伺いたくて。」
「なるほど。確かにこの国は基本的に野菜と穀物、木の実や果物メインですもんね。肉や魚はほとんど食べないから。その事ですか?」
「先生鋭いですね!私が以前過ごした人生では猫と言う生き物は肉食とされていました。人も肉や魚を食べていましたし、同様に野菜なども食べていました。ガータではほとんど肉や魚を食べないので不思議に思っていて。王族の方々を含めた猫族は体の構造的に食べられないとかあったりするんでしょうか?」
「それはないわね。でもこの国はのんびりしてるから、今で事足りているだけに特にそれ以上冒険したりしないのよね。取れる作物が食べられない程不味かったりすればまた違ったんでしょうけど、普通に美味しいから。と言う事はケイトさん、肉や魚が食べたいと。」

そう言うとスカイはゴソゴソと戸棚の中を漁り始め、一つのパッケージを持ってケイトにそれを手渡した。

「先日隣国に旅行に行った研究仲間がくれた干し肉です。私も食べている物なので安全ですよ。お一つ試されてみては?私はお茶を入れてきましょう。今日はこの後、診察も入っていないので。」

ケイトはあまり躊躇う事もせずに封を開けて、その干し肉を手に取る。それはその名の通り、干された何らかの肉で硬い。かつてよくつまみで食べていたビーフジャーキーのようだ。匂いはあまりしない。

「スカイ先生。ちなみにこれは何肉でしょうか・・・?人とか猫じゃないですよね・・・?」
「それは違うわよ。隣国でね、元々食肉用に培養されている肉があるの。獣族がいる以上、生きたものを飼ったり、狩ったりって言うのは物騒な話になるじゃない?かつては確かにそのような事もあったんだけど、今はそうでなくて基本的に肉と言ったらそれが一番主流かもしれないわね。味は近いものに調整されているらしいわよ。」
「なるほど。歴史あり、と言う事ですね。いただいてみます。これはこのままかじっていいものですか?」
「大丈夫よ。でも少し硬いから気をつけてね。」

培養していると言う事はつまり代替肉的なものなのだろうか、そう考えるも久しぶりに手にした肉にワクワクが止まらない。大きい塊を少し手で割いてみる。柔らかくはないが、歯を痛めるほどではなさそうだ。基本的に物怖じをしないケイトも少し緊張しつつ、小さい破片を口に運んでみる。

「美味しい!」
「そうでしょう??美味しいのよ。その袋あげるわ。」

勿体無いからと少しずつちぎりながら食べるケイトは魚の可能性についても思案した。

「先生、魚はどうなんでしょう?魚を食べる国もあるんですよね。肉が培養ならそれは技術を教えてもらうか、輸入になります。そうなるとちょっと話が大きくなってしまうし、なかなか難しいかもしれない。ゆくゆくはいいにしても、もう少し自分たちの資源の中で話を始めたいんです。ここは川も海もあるし、魚の姿も遠くからしか見てませんが、生息はしていますよね。あれは毒があるから食べないだとか、何か理由をご存知ですか?」
「いやいや、それもそんな事はないわよ。一度川と海で獲って食べた事があるけれど、特にお腹を壊したりもしなかったわ。それでなくても普通に食べられるし、野菜とは違う栄養素が含まれているし、体にもいいわね。」
「先生はなかなかチャレンジャーなんですね。」
「まあ、気になるじゃない。食べる事が好きなのよ。多分ケイトさんもそうよね。」
「はい、今の食環境で特に不満はありません。どの作物もそれだけで味が安定していて美味しいですし。でももっと相乗効果を生めるような気もするんです。」
「なるほどね。じゃあアンドルー様に許可を取ってから、一度私と魚を獲りに行ってみましょうか。魚に関してもみんな特に食べられないとかないわよ。猫族は食べられない種類もあるけれど、それはまた現地で判断すればいいわ。」
「それは頼もしい!では私の方からアンディに話しておきます。先生の診療のない日に合わせますので。それとあの、もしかしてなんですけど、スカイ先生も何か今生ではない記憶とかお持ちですか・・・?」
「あら、何で?」
「いや、何かそんな気がして。すみません、忘れてください。」
「ふふ。ケイトさんはやっぱり面白いわね。じゃあアンドルー様の許可が降りたら、また詳細話し合いましょう。」
「はい。じゃあ楽しみにしています!」

いつものように弾けるような笑顔で診療所を後にしたケイトはそのままアンドルーの執務室へと向かう。もし彼が忙しそうならまた夜にでも聞こうと思っていた。あの時ケイトは何故スカイ先生が引っかかったのか知る由もなく、そしてアンドルーの顔を見る事でそれはすっかり頭から抜け落ちてしまった。

*****

スカイは一気に静かになった診療所の中でまた1人になった。この静寂はスカイをいつも包むものだが、ケイトが来た後だとそれに馴染むまでに少し時間がかかってしまう。

ピピピピピピp・・・

「はい。ええ、ケイトは私を信頼しています。大丈夫です。問題はありません。」

話終わったスカイは手元を見て、少し寂しそうな目で愛しそうに何かを見つめてそれを撫でた。ふと外の廊下からの話し声に気がつき、手に持った物をカタリと引き出しにしまう。それは、使い古されたスマホ。同じく古びた猫のストラップが付けられていて、その表面にはまだ微かに"Sora & Tom"の刻印が見て取れる。

そら、あなたは今度こそ私が幸せにする。どんな形であったとしても。

そう呟いたスカイは駆け込んできた使用人に呼ばれて、王族の往診に出かけて行った。

*****

アンドルーはたまたま執務室から出てくる所で、走ってきたケイトに衝突された。あいたた、と床に転がるケイトを慌ててアンドルーが抱き起こすといつものようにごめんねと言っていたずらな笑みを浮かべながらアンドルーの頬にキスをする。ハッとしたカイが慌てて咳払いをすると、2人は2人の世界から戻ってきた。アンドルーが不服そうにカイを睨むが、そうは言っても仕事だから仕方ないのだ。

「ケイト、どうしたんだい?城内を走っては危ないよ。」
「ごめんなさい。どうしても気がはやってしまって。気をつけます。」

しゅんとするケイトのおでこにアンドルーがこれでもかと優しくキスをする。

カイは思う。自分もこんなキスができるのだろうか。アンドルー様だからできる事なのだろうか。しかしこの人には今まで恋人の影はなかった。お家柄からしてそうそう簡単に誰かとお付き合いをできるような立場ではなかったろうが、彼にベタベタするのは、そう王様くらいなものだ。でも仲が良いとはいえ、キスはしない。ただいつも気まぐれでアンドルー様を困らせるのが好きだから王様ならばやりかねない。それでもアンドルー様からキスをする事はないだろう。そうなるとやはりケイト様だけ、か。そんな事はまず起こり得ないのだけれど、あんなキスをされたらカイ自身だってほろっとくるだろう。それでもケイト様は動じない。常日頃からされていれば慣れるものなのだろうか、と毎日毎日目の前で繰り広げられるラブラブな光景を見て、カイは今日も思うのだ。まだそんな人が現れていない自分の人生で、あんな風景がもし待っているのだとすれば、今この2人を現実に引き戻す嫌われ役を買って出るのも悪くないのかもしれない。

「アンドルー様。次の執務が控えております。そのくらいに・・・。」
「カイ、お前がやっておけばどうにかなるだろう。私はもう少しケイトと居たい。」
「堂々とサボりを宣言しないでください。ケイト様からも言ってくださいよ。ケイト様の言う事なら、アンドルー様も聞くでしょう。」
「アンディ、カイを困らせてはダメよ。大事な部下なんだから。」
「ケイトの言う事なら仕方ないな・・・。カイ、覚えてろよ。」
「何でそうなるんですか・・・!あ、ケイト様、アンドルー様に何か御用だったのでしょうか?」
「あ!そうそう!スカイ先生と一緒に川と海に行きたいのだけれどいいかしら?その了承をアンディに取っておきたくて。スカイ先生の往診や診察が入っていない日に行ってくるから、先生のお仕事に支障は出ないようにするわ。私の方も今は時間があるし。新しいお仕事について、先生に相談に乗ってもらっているの。」
「あぁ、その件か。先生の仕事に支障のない程度でとりあえず様子を見てくれるか?もしちゃんとお手伝いをしてもらうなら、正式に依頼をするから。何日の何時、かかった時間と費用に関してはいつも通りメモをしておいて、後で私かカイに渡してくれ。ケイトが起こす事業に関しては軌道に乗るまでは前回同様に執事室の予算から支出するから。」
「わかりました。それでは先生と日にちを合わせて、決まったらアンディに連絡します。要件はそれだけよ。カイ、週末の夜もし空いてるのなら夕飯を食べにいらっしゃい。」
「カイ、遠慮しろ。」
「何でですか!ケイト様、ぜひ伺います。いつもありがとうございます。」
「アンディ、あんまり意地悪しちゃダメよ。じゃあ私はこれで失礼します。」

ケイトは弾けるような笑顔で一礼をした後にまたパタパタと走って行った。走るなと言ったのに、と呟くアンドルーの顔はほころんでいて、本当に好きが溢れ出している。そのうち城の床が溢れ出したその好きやら愛やらでツルンツルンに滑りそうな勢いだ。そうしていると廊下の向こうから、王様の使用人が焦り顔でやってくるのが見えて、アンドルーもやっと仕事モードに戻る。

「カイ、私は一度陛下のところに行ってくるから、お前は一旦先に視察に出てくれ。後ですぐに追いかける。」
「わかりました。では先に城下に降りておりますので、後ほど。」

先ほどまでの雰囲気が嘘のようにピリッとしたものに変化したアンドルーは足早に王様の執務室へと向かい、カイは城下へ視察に向かうべく足早にその場を後にした。
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