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7.11歳
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俺と仲良くしようとする女子やΩの子は、大抵八宵狙いだった。
俺も決して社交的とは言い難いが、八宵に比べればマシだった。
人を寄せ付けない雰囲気を持つ八宵と交流を持つには俺と知り合いになるのが1番効率が良いことは皆が分かっていた。
でもそういう子には八宵は特に冷たい。
俺がアテンドしてやると「なんでお前がそんなことするんだ」と不機嫌になり、相手には何も言わず言わせずその場を離れてしまうのだ。
俺を利用しようとする人間は小学校の時からいて、その時のことを八宵は根に持っているようだった。
小5の冬休み、クラスメイトのβとΩの女子2人組から遊園地に誘われたことがあった。
「なんで俺と?」とは思ったが、女の子と遊びに行くなんて初めてだったし照れくさかったけど、Ωの子がクラス1可愛いと人気の子だったので了承した。
「やよい君も誘って4人で行こうね」という彼女たちの下心も知らない幼い俺は、八宵を連れて遊園地を回った。
冬休みの遊園地は混んでいて乗り物に乗るまでだいぶ並ぶことになった。
友達同士で来ていれば並んでいる間のお喋りも楽しいのだろうが、女子が話題を振っても口数の少ない八宵は「ああ」とか「そうなんだ」と返答するばかりで全然盛り上がらない。
それでも女子たちは「やよい君ってやっぱりカッコ良いよね」と笑い合っていた。
八宵と手を繋ぐとか腕を組むなどの図々しさは流石になかったが、服の裾や袖口を引いてスキンシップを図ろうとしていたし関心を得ようと躍起になっている彼女たちに気づき、なぜ自分が遊園地に誘われたのかそこで漸く理解したのだった。
事件はジェットコースターに乗った後に起こった。
結構激し目の動きをするコースターで、昇り詰めた場所からほぼ直角に下降したと思ったら回転の連続、上下の動きも多く、終わったときには吐きそうになっていた。
ああいう乗り物って女子よりも男の方が弱いって本当だったんだな。
いや、八宵は平然としてるから、俺が苦手なだけか・・・
しゃがんでグッタリする俺の耳に女子2人の「情けない」という容赦ない声が届く。
加えてコースターが回転したときに眼鏡を落としてしまい視界が見えにくくなっていたのと、失くしたことを親に言ったら怒られるという不安で涙ぐんでしまっていた。
「やだ、なおと君 泣いてる!? そんなに怖かったの?」
「えー!? なんかダサい-」
馬鹿にするように笑いながら口々に言われた俺は消えたくなった。
しばらく休まないと動けなさそうだし眼鏡も探したい。
3人には遊んでいてもらって、俺は1人別行動をしようと提案しかけたその時。
「ダサいのはどっちだ」
小学生にしては低い八宵の声が聞こえた。
「具合の悪い人間の心配もしないで笑うお前らこそダサい」
そう言うと「ナオ、動ける?ジュースでも買いに行こう」と俺の腕を引く。
呆気にとられた彼女らを置いて自動販売機の近くのベンチに座らせられた。
「顔が青い。体温も下がっているみたい。貧血かも」
八宵は温かいミルクティーのペットボトルを買って手に握らせてくれると、羽織っていた上着を俺にかけて肩に凭れるように促す。
すでに俺より背も高く肩幅も広かった八宵に、女子でなくても頼もしく感じた。
「やよい、眼鏡どっかいっちゃった。どうしよう、お母さんに怒られる」
告白すると「分かった。後で係の人に訊いてみよう」と言ってくれて、安堵したのを覚えている。
女子2人はベンチで休んでいた俺たちを見つけ謝って来たが、八宵は彼女らを赦さず「俺たち、もう帰るから」と言い捨てたんだった。
結局眼鏡は見つからず母さんには怒られたけど、八宵がその場で手を繋いで一緒にいてくれた。
俺は情けなくてベッドに潜り込み、その日は泣きながら眠りについたんだった。
強く記憶に残った出来事だったが、今また同じようなことで八宵は怒っている。
俺が馬鹿にされたのが赦せないのだろう。
それは俺も同じで、自分のことよりも家族を悪く言われるほうが頭にクるものだ。
俺たちは他の空き教室を見つけ、3人で静かにピザを食べる。
「えっと、白河さん、予定と変わっちゃってなんかごめんね」
ムスッとしている八宵のせいで雰囲気が悪いためフォローをするが、むしろ楽しいと彼女は言う。
「だってそのおかげでゆっくり話せるし」
ね?と八宵に視線を向けて微笑む姿に、自分が邪魔者なことに気づいた。
「あ、俺このあとテスト結果を聞きに行かなきゃいけないんだった。悪いけど残りは2人で食べてもらっていい?」
慌ただしく片付ける俺を怪訝な目で見る八宵をそのままに、俺は職員室へ向かった。
試験はどうにか及第点。
これで心置きなく冬休みが過ごせるな・・・とホッとしながら家路に就いた。
あのあと八宵と白河さんはどうしただろう。
それより空き教室に残してきたメンバーはあの量のピザを食べ切れたかな、など自分の部屋に戻り見当違いな心配をしていた。
そしてそのままベッドでゴロゴロしていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
ベッドが軋む気配がする。
「ナオの匂い好き」
背後で囁かれた気がした。
・・・これは夢?
いや、これは遊園地に行ったあの日の思い出だ。
泣きながら眠ってしまった俺の隣で八宵も寝ていたのだ。
翌朝起きて開口一番そんなことを言われて戸惑ったっけ。
「におい?俺くさい?」
脇や腕を嗅いでみるが自分には分からない。
「ううん。なんの匂いもしなくて好きだ」
「?全然意味分かんないんだけど」
眉根を寄せてベッドの上で向き合う。
「αとΩは臭い。すごく臭い。βも少しだけど変な臭いがする。でもナオは全然しない」
だから安心するのだと、真っ直ぐな目で言われた。
それって体臭が薄いだけなのでは?と思ったが、そんなものまで嗅ぎ取ってしまうαの嗅覚に「大変だな」と同情する気持ちの方が大きかった。
αの能力を羨ましいと考えることもあるが、人並み以上の力は時として厄介になるものだ。
双子の弟の苦労を傍で見てきたので、簡単に「αになりたい」と言う人間のことをバカな奴と思ってもいたんだ。
「周りは色んな臭いで溢れていて、良くも悪くも判断を鈍らせる。そんな中で無臭は凄く稀な存在だし臭いに惑わされないで本質が分かるから安心するんだ」
なんの匂いもしない「俺の匂い」を好きだと言い絶賛してくれるけど、いつかは俺も臭う時が来ると思う。
そしたら八宵は俺のことを好きじゃなくなるのかな・・・
幼い時の俺はそう不安になっていたと思う。
そして高1で初体験をしたとき、八宵は俺の臭いを嗅いで「臭い」と言ったんだった。
あの時から八宵の「好き」は俺じゃなくなったのか。
いま八宵の「好き」は白河さんなのだろうか。
つまらないな・・・と考えながら、また深い眠りに落ちる。
枕元で「おやすみ」と言われた気がしたが朝まで意識が浮上することはなかった。
俺も決して社交的とは言い難いが、八宵に比べればマシだった。
人を寄せ付けない雰囲気を持つ八宵と交流を持つには俺と知り合いになるのが1番効率が良いことは皆が分かっていた。
でもそういう子には八宵は特に冷たい。
俺がアテンドしてやると「なんでお前がそんなことするんだ」と不機嫌になり、相手には何も言わず言わせずその場を離れてしまうのだ。
俺を利用しようとする人間は小学校の時からいて、その時のことを八宵は根に持っているようだった。
小5の冬休み、クラスメイトのβとΩの女子2人組から遊園地に誘われたことがあった。
「なんで俺と?」とは思ったが、女の子と遊びに行くなんて初めてだったし照れくさかったけど、Ωの子がクラス1可愛いと人気の子だったので了承した。
「やよい君も誘って4人で行こうね」という彼女たちの下心も知らない幼い俺は、八宵を連れて遊園地を回った。
冬休みの遊園地は混んでいて乗り物に乗るまでだいぶ並ぶことになった。
友達同士で来ていれば並んでいる間のお喋りも楽しいのだろうが、女子が話題を振っても口数の少ない八宵は「ああ」とか「そうなんだ」と返答するばかりで全然盛り上がらない。
それでも女子たちは「やよい君ってやっぱりカッコ良いよね」と笑い合っていた。
八宵と手を繋ぐとか腕を組むなどの図々しさは流石になかったが、服の裾や袖口を引いてスキンシップを図ろうとしていたし関心を得ようと躍起になっている彼女たちに気づき、なぜ自分が遊園地に誘われたのかそこで漸く理解したのだった。
事件はジェットコースターに乗った後に起こった。
結構激し目の動きをするコースターで、昇り詰めた場所からほぼ直角に下降したと思ったら回転の連続、上下の動きも多く、終わったときには吐きそうになっていた。
ああいう乗り物って女子よりも男の方が弱いって本当だったんだな。
いや、八宵は平然としてるから、俺が苦手なだけか・・・
しゃがんでグッタリする俺の耳に女子2人の「情けない」という容赦ない声が届く。
加えてコースターが回転したときに眼鏡を落としてしまい視界が見えにくくなっていたのと、失くしたことを親に言ったら怒られるという不安で涙ぐんでしまっていた。
「やだ、なおと君 泣いてる!? そんなに怖かったの?」
「えー!? なんかダサい-」
馬鹿にするように笑いながら口々に言われた俺は消えたくなった。
しばらく休まないと動けなさそうだし眼鏡も探したい。
3人には遊んでいてもらって、俺は1人別行動をしようと提案しかけたその時。
「ダサいのはどっちだ」
小学生にしては低い八宵の声が聞こえた。
「具合の悪い人間の心配もしないで笑うお前らこそダサい」
そう言うと「ナオ、動ける?ジュースでも買いに行こう」と俺の腕を引く。
呆気にとられた彼女らを置いて自動販売機の近くのベンチに座らせられた。
「顔が青い。体温も下がっているみたい。貧血かも」
八宵は温かいミルクティーのペットボトルを買って手に握らせてくれると、羽織っていた上着を俺にかけて肩に凭れるように促す。
すでに俺より背も高く肩幅も広かった八宵に、女子でなくても頼もしく感じた。
「やよい、眼鏡どっかいっちゃった。どうしよう、お母さんに怒られる」
告白すると「分かった。後で係の人に訊いてみよう」と言ってくれて、安堵したのを覚えている。
女子2人はベンチで休んでいた俺たちを見つけ謝って来たが、八宵は彼女らを赦さず「俺たち、もう帰るから」と言い捨てたんだった。
結局眼鏡は見つからず母さんには怒られたけど、八宵がその場で手を繋いで一緒にいてくれた。
俺は情けなくてベッドに潜り込み、その日は泣きながら眠りについたんだった。
強く記憶に残った出来事だったが、今また同じようなことで八宵は怒っている。
俺が馬鹿にされたのが赦せないのだろう。
それは俺も同じで、自分のことよりも家族を悪く言われるほうが頭にクるものだ。
俺たちは他の空き教室を見つけ、3人で静かにピザを食べる。
「えっと、白河さん、予定と変わっちゃってなんかごめんね」
ムスッとしている八宵のせいで雰囲気が悪いためフォローをするが、むしろ楽しいと彼女は言う。
「だってそのおかげでゆっくり話せるし」
ね?と八宵に視線を向けて微笑む姿に、自分が邪魔者なことに気づいた。
「あ、俺このあとテスト結果を聞きに行かなきゃいけないんだった。悪いけど残りは2人で食べてもらっていい?」
慌ただしく片付ける俺を怪訝な目で見る八宵をそのままに、俺は職員室へ向かった。
試験はどうにか及第点。
これで心置きなく冬休みが過ごせるな・・・とホッとしながら家路に就いた。
あのあと八宵と白河さんはどうしただろう。
それより空き教室に残してきたメンバーはあの量のピザを食べ切れたかな、など自分の部屋に戻り見当違いな心配をしていた。
そしてそのままベッドでゴロゴロしていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
ベッドが軋む気配がする。
「ナオの匂い好き」
背後で囁かれた気がした。
・・・これは夢?
いや、これは遊園地に行ったあの日の思い出だ。
泣きながら眠ってしまった俺の隣で八宵も寝ていたのだ。
翌朝起きて開口一番そんなことを言われて戸惑ったっけ。
「におい?俺くさい?」
脇や腕を嗅いでみるが自分には分からない。
「ううん。なんの匂いもしなくて好きだ」
「?全然意味分かんないんだけど」
眉根を寄せてベッドの上で向き合う。
「αとΩは臭い。すごく臭い。βも少しだけど変な臭いがする。でもナオは全然しない」
だから安心するのだと、真っ直ぐな目で言われた。
それって体臭が薄いだけなのでは?と思ったが、そんなものまで嗅ぎ取ってしまうαの嗅覚に「大変だな」と同情する気持ちの方が大きかった。
αの能力を羨ましいと考えることもあるが、人並み以上の力は時として厄介になるものだ。
双子の弟の苦労を傍で見てきたので、簡単に「αになりたい」と言う人間のことをバカな奴と思ってもいたんだ。
「周りは色んな臭いで溢れていて、良くも悪くも判断を鈍らせる。そんな中で無臭は凄く稀な存在だし臭いに惑わされないで本質が分かるから安心するんだ」
なんの匂いもしない「俺の匂い」を好きだと言い絶賛してくれるけど、いつかは俺も臭う時が来ると思う。
そしたら八宵は俺のことを好きじゃなくなるのかな・・・
幼い時の俺はそう不安になっていたと思う。
そして高1で初体験をしたとき、八宵は俺の臭いを嗅いで「臭い」と言ったんだった。
あの時から八宵の「好き」は俺じゃなくなったのか。
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