本の通りに悪役をこなしてみようと思います

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王立ヴェルデ学院へ

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 夕食を済ませ、自室でお茶を飲みながら今日の事を振り返る。
「アネリ。あの暴走馬車なんだけど」
アネリはふっと小さく息を吐いた。
「あれは本当に危なかったです。流石の私も肝が冷えました」
「そうね。焦ってたわよね。久々見たわ、表情が動くアネリを」
あれは良かった。いいものを見せてもらった。そう思っている私を冷たい視線で見るアネリ。
「お嬢様、それ以上何かをおっしゃるなら、殴って記憶を消しますよ」
「アネリちゃん怖い」
この子なら本当にやるわ。
「そうじゃなくて、あの馬車の御者よ」
脱線した話を元に戻す。
「いつの間にか逃げてしまった?」
「そう。あの御者、最初から私を見ていたのよ」
「……と、言いますと」
アネリの声が低くなった。私の言いたいことを理解したのだろう。
「明らかに私を狙っていたのよ。あれは私を殺す、もしくは脅そうとしたものだと思う」
「……探し出して殺しますか?」
無表情のまま怒ったアネリはマジで怖い。ミルクティー色の髪と瞳を持った、一見すると小柄で華奢な女性なのだが、実は私の護衛も兼ねている。暗器を楽しそうに振り回す変人、いや、切れ者なのだ。
「もういいわ。あの御者を捕まえた所で、でしょうから」
「なるほど」
御者を捕らえたところで、所詮は雇われ者だろう。黒幕は別にいるはず。
「この本と関係があるのではないか、なんて思うのは考え過ぎかしら?本の通りに動けよという警告なのか……警告の割には命の危険度が高かった気がするけれど」
アネリも同意したようで真剣な目になる。
「そうですね。どうしましょうか?本格的に犯人を探しますか?」
「そうね……でもとりあえずちょっと本の通りにしてみようかなって思ってるからまだいいわ。本当に本の通りの事が起こるのか知りたいし、それで相手がどう出るのか……なんだか楽しそうじゃない?」
私がニヤリと笑うと、アネリもニヤリと笑った。
「これからの学院生活が楽しくなりそうですね、お嬢様」


 翌日。号泣しながら手を振るお父様と、そんなお父様を宥めながら手を振るお兄様と別れて、いよいよ王立ヴェルデ学院へ向かう。
「はあぁ、大変だったわね」
二人の姿が見えなくなると、馬車に深く腰掛け息を吐く。
「旦那様が泣き止まなくてウザ過ぎて、危うく暗器を握りしめてしまうところでした」
アネリが本当に暗器を握りしめながら言う。私どころか、お父様まで手にかけようとするなんて……なんて恐ろしい子。

「それにしても……」
私は出発前のシシリー嬢たちを思い返す。本当ならシシリー嬢も同じ学院に行くのだから、私と一緒の馬車で行くはずだった。【光の乙女は恋を知る】にもそう書かれてあったし。ところが彼女は、荷物を前以て寮に置く時間がなかったため、今頃になって荷物を馬車に詰め込む羽目になっていた。なので別々の馬車で行く事になったのだ。それにしてももっと早くから準備しておけばいいものを、スピナジーニ家から唯一連れて来た侍女はいまひとつ役に立たないようだ。私が馬車に乗り込む時間になってもまだ荷物を馬車に詰め込んでいたから、もしかしたらシシリー嬢は遅れて来る事になるかもしれない。スピナジーニ夫人が侍女に、それはそれは恐ろしい形相で怒鳴っていたけれど、そもそもはお父様から必要な物はいくらでも買っていいと言われて、調子に乗って買いまくるからいけないのだと思う。

当のお父様はと言うと、夫人の姿をチラリとも見ることなく私との別れを惜しんで泣いていた。そんなお父様が、本のようにスピナジーニ夫人と恋に落ちるなど驚天動地な事が起こるとは思えない。たとえスピナジーニ夫人がお父様を陥落させようと動いても、物理攻撃も精神攻撃も得意なお兄様が黙って見ているはずがない。

「家の事は大丈夫だとして。ねえ、アネリ。あのままだと彼女、本に書いてあった出会いのシーンをする事が出来ないんじゃない?」
本にはこう記されていた。


【花が咲き乱れる門を抜け、式典の為に学院内の奥にある大講堂へと向かうシシリー。途中で花々の美しさに見惚れ思わずキョロキョロしていると、人にぶつかってしまう。
「すまない、大丈夫か?」
転びかけたシシリーを抱きとめ声を掛けてきたのは、美しい金の髪をなびかせ、ルビーのような深紅の瞳を煌かせた美しい男性だった】


「そうですね。あのぶんでは式典が始まってからやっと来る感じでしょう」
「そうよね。ま、私もこのシーンは関係ないし興味ないし。別にいっか」
私は絵姿で見た男性を思い出す。
『無駄な交流は避けたいしね』

ヴェルデ学院はもう目と鼻の先。膝の上でまどろんでいるクーを撫でながら、とっとと大講堂へ行こうと決意するのだった。
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