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逃げます

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 窓から脱出しようと決めた私だったが、その窓が開かないことに気付いてしまった。

 どうやって開くのだろう?もしかして開かないタイプの窓だったりする?
 色々やってみたけど、全くビクともしないのだ。

 しょうがない!前世のTVの犯罪スペシャルでやっていた、焼き破りをしてみようか。
 ガラスが飛び散ると危ないから、少し離れた場所から火の魔法でガラスを炙り、その後に水の魔法で水をかけると……、ピキっとガラスにヒビが入る。
 おおっ!本当に割れた。でも中途半端に割れたガラスが危ないな…。

 しょうがない。あとはベッドにあった毛布を手にグルグル巻いて、残っているガラスは直接手で綺麗に割ることにした。大きな音がしないように慎重に。
 ガラスにヒビが入っていたので、簡単に割ることが出来たから良かった。

 割れた窓から甲板に脱出すると、人が誰もいないようで安心するが、すぐに船の汽笛が聞こえてきて、ハッとする。
 確かこの世界では、もうすぐ出航するという合図として、汽笛を鳴らすと聞いたことがある。

 時間がない!

 船の出入り口を探すため、ティーナの手を引きながら歩き、さっきの甲板の反対側まで来ると、船着場が見えた。
 この船着場は……、私がティーナと住んでいた港町の船着場だ!
 よかったー。これは船から降りて逃げれば何とかなりそうだ。


 しかし次の瞬間、今私のいる場所よりも下の階の、船の出入り口らしき場所で、タラップを片付けているところが目に入る。
 

 ええー!あれがなかったら、船から降りれないからー!


 どうしよう?ここから大声で降りますなんて言ったら、刺客に捕まってしまうし、今から走って行っても間に合わない。
 ハシゴとかはないよね?周りをキョロキョロするが、そうしているうちに、また汽笛が聞こえる。


 ああ、船が出航してしまう…


 非常用の滑り台でもあればいいのに!


 ……滑り台?


 その時、私は前世の北国の祭りを思い出した。
 魔法で海水を凍らせて、滑り台とか作れないかな?
 やったことないけど、やるしかない!
 私達の近くに人はいないようだし、今ならまだ間に合う。


 私は雪祭りにありそうな、氷の滑り台を想像して、海水に向かって魔力を送ることにした。
 すると海面がザーッと噴水のように高く盛り上がってくる。
 


 これはいけるかも!


 もっと魔力を込めて……、海水を硬く凍らせて……


 あ、魔力を使いすぎて体が辛い。でも、あと少し……


 出来た!形は綺麗じゃないし、滑り台と言うよりは橋みたいだけど。
 多分これくらいの距離なら、転落しないで船着場まで滑って降りれるはず……


「ハァ、ハァ……。
 王女殿下、これは滑り台と言って、座ったまま滑って前に進みます。
 これで、船から滑り降りて逃げましょう。」


 私の隣で、初めて見る滑り台をキョトンと見ているティーナに急いで説明をする。


「滑り台?」

「はい。滑り台で船着場に降りたら、後は振り返らずに、走って宿屋の女将さんの所に行って下さい。
 滑り台を降りたら〝よーいドン〟で走るのですよ。
 ハァ、ハァ……。
 船着場には、人が何人かいて私達を見ている人もいるはずですから、鬼に捕まらないようにすぐに走って逃げるのです。」

「え?女将さんに会えるの?」

「はい。この船着場は、船を見に散歩でよく来ていた場所ですから、船から降りれば、すぐにここがどこかが分かると思います。
 宿屋まで行かなくても、ここには知っている人が沢山いますから、もし知っている人に会ったら、〝攫われた、助けて〟と言うのです。
 ちょうど今は朝みたいなので、誰か知っている人に会えるはずです。」

「助けてって言うのね?分かった!」

「滑り台はちょっと高さがあるけど、絶対に楽しいですからね。座ったまま滑るのですよ。
 宿屋に向かう途中で転んでも、泣かないで立ち上がって下さいね。
 馬車に注意して走って下さい。知らない人には付いて行ってはダメですわよ。
 私も後で王女殿下を追いかけますからね。」

「うん!」


 甲板の手すりに繋がっている氷の滑り台に、ティーナを座らせる。


「王女殿下、それでは下に降りますよ。
 降りたら〝よーいドン〟で走って下さい!」

「うん!」


 ティーナの背中を軽く押すと、スルスルと滑り、ティーナは無事に船着場に降りることが出来たようだ。
 着地で少し転んでしまったように見えたけど、ティーナはすぐに立ち上がる。

 良かった……

 鬼ごっこも隠れんぼも、よーいドンで駆けっこして遊んだことも……、こんな時に役に立つのね。


 ゲホッ、ゲホッ……


 安心した直後、咳き込んだ私は、口の中で血の味がするのが分かった。
 これはきっと魔力切れだ。立っているのも辛い。

 もう体力の限界……

 今の私は、船の手すりによじ登って滑り台にあがる力も、走る気力もなくなっていた。

 その瞬間、私の魔力切れによって、氷の滑り台は海水に戻り、何もなかったかのように消えてしまう。
 


 ティーナの走る後ろ姿が見える。
 船着場でティーナを見ていた人達が、呆気に取られて立ち尽くしている間に逃げるのよ!



「ティーナ……、どうか無事で……
 大好きよ……
 お義父様、お義母様……、ごめんなさ……」



 船の出発を知らせる汽笛が鳴り響く中、私の意識は遠のいていく……



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