結婚したら、愛する夫が前世の憎い婚約者だったことに気付いてしまいました

せいめ

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記憶が戻った後の話

21 奥様は離縁がしたい

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「奥様は、頭を強く打たれたことで記憶障害を起こしていると考えられます」

「なんてことだ……
 アリーの記憶が戻る可能性はあるのか?」

「徐々に回復するかもしれませんし、戻らない可能性もあります。
 何かの拍子に戻ることもありますが……、断言は出来ません。幸いなことに過去の記憶はあるようですから、普通に生活するだけなら何とかなると思います。
 しかし、最近の記憶は曖昧ですから社交は難しいかと。しばらくは療養された方がいいでしょう」

 あの後、すぐに公爵家の侍医が呼ばれて私は診察を受けた。
 そして、ここ二、三年の記憶がないフリをして、私の目論見通りに記憶障害と診断された。今は侍医が夫の公爵に病状の説明をしている。

 ふふ……。しばらく落ち込んだ演技をして、時期が来たら『記憶喪失で頭がおかしくなっているから公爵夫人は務まりません、離縁して下さい』って言うんだから。
 死にそうな顔で侍医の説明を聞いている公爵の見て、ザマァと言ってやりたくなるが我慢。ニヤけそうになるけど今は我慢。
 前世の私を苦しめた天罰を受けるがいい!

「アリー、泣いているのか?
 すまない……。一番辛いのは君だから、夫の私はしっかりしないといけないな。
 記憶がなくても、君が私の最愛の妻であることに変わりはない。ずっと側にいて君を支える」

 ……何ですって?

 私に力なく笑いかけてくる公爵を見て鳥肌が立ちそうだ。前世の時とキャラが変わりすぎだから!

 それにしても、笑いを堪えたらつい肩が震えて涙目になってしまったけど、それが泣いているように見えたのね。
 でも、ちょっと待って! ずっと私の側で支えるって言った?
 もしかして朝も昼も晩も、夜の寝る時も側にいて私の世話を焼くつもり? そんなの嫌なんですけどー!
 私はいいから、真実の愛のオーロラの所に行ってよ。

 記憶が戻って前世の恨みを思い出した途端、私の心の中は修羅場を迎えていた。
 今世のアリシアの記憶はあるが、前世のアリスの記憶もはっきり思い出してしまった。
 弱っちいアリシアよりアリスの性格と個性の方が強烈だったため、どうしてもアリスとしての考えが強く出てしまう。そして、過去の楽しかった記憶よりも辛かった記憶の方が鮮明に覚えていたりする。
 前世のアリスを裏切った、若かりし頃の公爵の姿をしっかりと思い出してしまったので、今までと変わらずに一緒にいるのは無理だ。
 この男は信用出来ない。またあの時みたいに酷い裏切りをするかもしれないのだから。

 ところで今、私が寝かされているのは夫婦の寝室にあるベッドだ。

 うわー! このベッドで私達は……

 公爵は結婚した後に色々と積極的になり、とてもお盛んになっていた。
 30代とは思えない見た目と体力をお持ちで、愛を囁きながら毎晩のように妻を求める。
 アリシアはそんな夫に抱きしめられて眠るのが当たり前になっていて、女の子の日以外は服を着て眠ったことがない。家族の愛を知らずに育ったので、夫の重い愛にすら幸せを感じていたのだ。

 しかし、今の私からすれば……オエェー!
 何も知らなかったとはいえ、この男に私の初めてを捧げてしまうなんて……
 公爵が当たり前のように出入りする部屋で寝るなんて危険よ!
 今の私がすべきことは一つしかない。この男と物理的に距離を取れるようにしないと。

「あの……、貴方は私の夫ですか? 私は結婚したのですね?」

 侍医が帰り、部屋で公爵と二人きりになったタイミングで、私は弱々しく彼に話しかけていた。

「そうだ。私と君は愛し合う夫婦だった。君は私の名前も忘れてしまっているようだが……
 伯爵令嬢だった君が行儀見習いでこの公爵家にやってきて、私達は出会ったんだ」

 はあ? 誰と誰が愛し合う夫婦だって? 
 アナタ、前世の私に言いましたよね? 『私の愛は永遠にオーロラだけのものだ』って。早くオーロラをだせよ!
 はっ、いけない! キレるのは我慢よ。

「申し訳ありません。夫婦だった時のことを思い出せないのです……」

「アリーは実の姉に階段から突き落とされて頭を強く打ち、ずっと意識が戻らなかったんだ。永遠に目覚めないかもしれないと言われた時、私は絶望した……
 だから、君の命が助かって私は神に感謝している。
 記憶が消えてしまっても、命があればまた一からやり直せるじゃないか。
 私は目覚めた君とこうして一緒にいれるだけで幸せだ。君が私との夫婦生活を忘れてしまったとしても、私は夫として改めて君に認めてもらえるように頑張るよ」

 前世で私を睨みつけていた男は、別人のような優しい目で私を見つめている。第三者から見たら、愛する妻に尽くす理想的な夫にしか見えないだろう。
 しかし、私にとってその笑顔は恐怖しか感じなかった。
 

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