結婚したら、愛する夫が前世の憎い婚約者だったことに気付いてしまいました

せいめ

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記憶が戻った後の話

23 ハーブティー

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「奥様は記憶障害によるストレスで気分が落ち込んでいるようです。
 これは今すぐに治るものではありません。家族である公爵閣下が側に寄り添って奥様をお支えして下さい」

 急遽、診察に来てくれた侍医は、公爵に適当な説明をして帰っていった。

 あの侍医、ヤブ医者じゃないの? 側で寄り添えだなんて余計なことを……
 その方がストレスだわ!

「アリー……、やはり私に君の世話をさせてくれないか?
 弱っている君の側にいれないことが辛くて、私はおかしくなりそうだ。君が心配だからずっと側にいたい。
 実は、君がまた意識を失って目覚めなくなる夢を見てしまうんだ。夜も不安であまり眠れない」

 そんな縁起の悪い夢の話をしないでよー! 一度死んだ経験のある私には笑えない話だわ。

 それにしても、侍医にイラっとした私とは対照的に公爵は落ち込んだ表情をしている。
 確かに公爵の目の下にはクマがあって、疲労が蓄積しているようにも見えた。

「多忙な公爵様に私の世話をお願いするわけにはいきませんわ。
 私の代わりは世の中に沢山いますが、公爵様の代わりはいないのです。体を大切して下さいませ。
 そうだわ! 安眠効果のあるハーブティーのブレンドレシピを知っていますので、メイドに淹れてもらいましょうか? 昔、育ての親によく淹れてあげたのですが、よく効くと評判だったのです」

「アリー、何を言う? 君の代わりはいない。私には君しかいないんだ。そんなことは言わないでくれ!」

 げっ! さり気なく言った言葉に過剰に反応しなくても。お疲れでピリピリしているのかしら?

「……でも、君のレシピで作ったハーブティーは飲んでみたい」

「分かりました。夜間、公爵様の部屋までメイドに運ばせるようにしますね」

 私はその時、やんわりと公爵の部屋にハーブティーを運ばせると言ったのに……
 その数時間後、なぜか私と公爵は二人きりでハーブティーを飲んでいる。

 あの後、家令とメイド長から『閣下が弱っているので、少しでいいから一緒の時間を過ごして欲しい』と頼まれてしまったからだ。
 二人からは、私が意識を失っている間、公爵がずっと付きっきりで看病してくれた話を聞かされた。その合間に仕事をこなし、睡眠時間はほとんど取れなかったとか。
 私が目覚めて看病が必要なくなり、公爵には休むように促したが今度は不眠に悩まされているらしい。

 家令とメイド長には、行儀見習いの時からとても親切にしてもらったこともあり、必死になって頼む姿を見たら断れなかった。
 それだけではない。前世で私と公爵が10歳で婚約した時、この二人はすでにここで働いていて、まだ幼かった私は優しくしてもらった記憶がある。
 16歳くらいの頃、すでに公爵との関係はギクシャクしていたが、公爵家の勉強をするためにここに来た私を二人は温かく迎えてくれた。
 あの時、この二人の笑顔にどれだけ助けられたことか……
 こんなにお世話になった二人に頼まれてしまったら、嫌だなんて言えないわ。

「アリーのレシピで淹れたハーブティーは美味しいだけでなく、懐かしい味がしてとても落ち着く。
 君とこうやって一緒にお茶ができてとても嬉しい。
 明日も一緒に飲んでくれるかい?」

 公爵は穏やかに微笑んでくる。

「……ええっ、明日もですか? くっ!……はい」

「ありがとう。愛しているよ、私のお姫様」

 そのセリフと聞いたらゾワっと鳥肌が……

 その後、私の方がハーブティーがよく効いたようで、二人でつまらない話をしている途中、ウトウトして眠ってしまったらしい。
 目覚めた時には朝で、私は公爵の窮屈な腕の中に閉じ込められていたのだ。

「……えっ? ……ぎゃあぁぁー!」

「奥様! どうかされましたか?」

 大声で叫んだら、警備の騎士が駆けつけてくる。

「何でもない。下がって大丈夫だ」

「失礼しました!」

 私の叫び声で目覚めた公爵は、冷静に声を掛けて騎士を下がらせた。
 前世の私は、裏切り者の婚約者との縁切りを切に願っていた。その憎んだ相手が同じベッドにいて、自分を抱きしめて寝ていたら恐怖しかない。

「アリー、どうした? 怖い夢でもみたのかい?」

 今まさに悪夢の中にいるわ!

「どうして公爵様が私のベッドに?」

「驚かせて悪かった。アリーは寝てしまって覚えていないようだね。
 君はハーブティーを飲んですぐにウトウトしてしまったから、私がソファーからベッドまで運んだんだ。
 そしたら、君は私の首に腕を回して離してくれなくてね……」

「……」

 嘘でしょ? 私は何やってんのよ!

「私も寝不足だったから、そのままうっかり寝てしまった。やはり私はアリーを抱きしめて眠ると、安心して熟睡出来るようだ」

 貴方は幼子ですか?

「お疲れの公爵様に申し訳ありませんでした。
 ……痛っ! 背中の打撲が痛むので、二人で寝るのはまだ控えた方が良さそうですわ。
 公爵様の安眠には別の方法を考えましょうね」

 背中の痛みを理由にやんわりと一緒には寝れないことを断ると、公爵は腹をすかせた老犬のようにしょんぼりして部屋を出て行った。

 その後、私と一緒に過ごそうとする公爵とそれを応援する家令とメイド長vs私の攻防が続く。
 気がつくと私が目覚めてから一か月が経ち、捻挫も打撲も良くなって、室内を歩き回れる程度に回復していた。
 

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