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記憶が戻った後の話

49 前世の弟

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 私が知る弟のディックは、当時まだ七歳で姉が大好きな可愛い男の子だった。しかし、今の私の目の前にいるのは長身の美丈夫。あの頃と変わらないのはブルーグレーのサラサラの髪と私と同じブルーアイだけ。
 あの時のディーは少年らしく可愛らしい声だったのに、今は男らしいテノールボイスで侯爵らしく堂々とした立ち姿だった。

 私が一度死んで生まれ変わっている間に、こんなに立派になったのね……

「……!」

 ディーは私の顔を見た瞬間、言葉を詰まらせる。

 ヤバイわ……。私がアンダーソン公爵夫人だと気付いたかもしれない。

 ディーが公爵と付き合いはなくても、社交の場で私と公爵が一緒にいる姿を見られている可能性がある。私が公爵の元婚約者のアリスにそっくりだという噂くらいは耳にしているだろう。

 私達は年の差夫婦で目立っていたから顔くらいは覚えられているかも。カツラやメガネで変装してくればよかった。

「侯爵様。ご令嬢はお忍びで散歩をされていたらしく、今回のことは大事にしたくないそうです。謝罪や怪我の手当てを遠慮されております」

 ブレンダが黙ったままのディーに説明をしている。

「……ご令嬢、大事にしたくないのは理解しますが、手当てくらいはさせて下さい」

「これくらい大したことはありません。放っておけば勝手に治りますから。
 お騒がせして申し訳ありませんでした。私はこれで失礼させていただきます」

「放っておけば勝手に治るって……、そんなことを口にするのは……」

「えっ?」

「失礼。大事にはしませんので手当てはさせて下さい。それが終わればお帰りいただいて構いませんので」

 このまま遠慮し続けても埒が明かないかも。仕方がないわね……

「分かりました。簡単に手当てをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「では、こちらにどうぞ」

 嘘っ! 侯爵のディーが案内してくれるの?
 しかも、エスコートをしてくれるらしく手を差し出される。

「お忙しい侯爵様の手を煩わせるのは大変心苦しいですわ。使用人の方に対応していただきますから、侯爵様はお仕事の方にお戻りくださいませ」

「いえ、使用人の粗相は私の責任ですから気になさらず」

「しかし……」

「どうぞこちらに」

 ディーからは感情の読めない笑顔を向けられてしまい、断りにくくなってしまった。

「……はい、よろしくお願い致します」

 さっきのリズっていうメイドに手当てしてもらって、急いでいるからとサッと帰るつもりでいたのに、侯爵が対応してくれたら急いでますってアピールが出来ないわよ。

 それにしても、あのディーがこんなに素敵な男性になっているなんて。私より小さかった手が男らしく大きくなっている。
 元気な声で『姉上』って呼んでくれていたディーはもういないのね……

 意外な形で前世の弟に再会できたことは嬉しかったが、公爵家から無断外出をしてきた私は時間が気になってしまい、無意識に時計の方をチラチラと見てしまう。
 手当てをしてくたのはブレンダで、ディーはその様子を近くで見ていた。

「こちらはアザになってしまうかもしれませんわ」

「アザくらいは気にしません。すぐに治りますから、気になさらないで下さい」

 ちょっと赤くなったくらいで包帯を巻かなくてもいいのに、ブレンダは昔から過保護だったことを思い出す。早く帰りたいからそんなに丁寧にやらなくていいのに。

 手当てが終わって帰ろうと思ったその時に、お茶やお菓子が運ばれてくる。

「お茶をご用意しましたのでどうぞ」

 笑顔でお茶を勧めてくるディーは、お茶をしながら私に探りでも入れるつもりらしい。

「大変申し訳ありませんが、私はこれで失礼させていただきます」

 キャンベル侯爵家のお茶は懐かしくて魅力的だが、今の私にはお茶をする時間なんてない。
 しかし、穏やかに断った私にディーはまた微笑んでくる。

 こんな風に恐ろしく微笑むような子じゃなかったのに……

「アンダーソン公爵夫人、公爵邸まで送らせていただきますから急がなくて大丈夫です。公爵閣下には私から謝罪をさせていただきますから、心配はいりません」

「……え?」

「先程から時間を気にしたり名前を名乗り出なかったりと、夫人の不思議な様子が気になったのですが、公爵閣下に内緒で家出でもしてきたのでしょうか?
 夫人は閣下の元婚約者の身代わりだと陰口を叩かれ、実の姉には公爵夫人という立場を僻まれたりと非常に苦労されたらしいですね。
 最近は閣下が夫人を外に出したがらず、束縛が激しいと聞きました。あの方が嫌になって逃げ出してきたかのように見えます」

「……」

 私の正体がバレていた……

 ディーは冷ややかな目を向け、私という人間を値踏みしているかのようだった。
 
 
 
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