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記憶を取り戻す前の私 8
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機嫌の悪い先生の前で、殿下は言いにくそうに口を開く。
「私は困らせようと思って、エリーに近づいたわけではない。結果的に私の軽率な行動によって、あの女に狙われたり、嫌がらせを受けたりすることになってしまったが、私にとって君は大切な存在だった」
「……っ!」
殿下の話を聞いている途中で、エスコートするために私の手を取っていたはずの先生の手が、急に私の手を強く握り締めてきた。
無言で冷たい雰囲気を纏わせながら、殿下の話を聞いている先生は相当怒っていらっしゃるようで、私はそんな先生が恐ろしく、肝心な殿下の話が頭に入ってこなくなってしまう。
殿下、空気を読んでください! と言いたかったが、そんなことを私が言えるはずもなく、殿下はそのまま話を続けられる。
「私はあの女と婚約破棄するかわりに、隣国の第二王女と新たに婚約を結ぶことになりそうだ。
お互い別々の人生を歩むことになっても、君は私の大切な友人であることに変わりない。君の幸せを祈っている。
では、また学園で会おう」
「あ、はい。また学園で……」
今の私には、その一言を返すのが精一杯だった。
その後、馬車に乗り込み、公爵家へ向けて出発する。
「エリー、私達の婚約は王命だということは理解しているか?」
「理解しております」
不機嫌な状態のまま、なぜか私の隣にピッタリくっついて座り、急に婚約の話をし始める先生の意図が分からず、私はますます萎縮してしまう。
こんなに大きくて豪華な馬車なのに、こんなにくっついて座らなくても……
先生と体を密着するのは初めてだったので、色々な意味で緊張してしまった。
「実は、君の婚約者に希望する者は他にも沢山いたらしい。その男達がエリーに近づいてくる可能性がないとは言い切れない。殿下のように二人になりたいなどと言われてもきちんと断るように。何かあれば、私の名前を出して構わない。分かったか?」
「はい、先生。心得ております」
「今は学園ではないのだから、私のことはフィルと呼んでくれ」
なぜ先生はこのタイミングで名前呼びを強要するのかしら?
急に先生を名前で呼ぶのは恥ずかしいけど、嫌だなんて言えないし。
「……フィル様?」
「様はいらない。呼び捨てで呼んで欲しい」
「……フィル?」
その瞬間、先生の様子に変化が訪れる。
「やはり、婚約者になったのだから呼び捨てで呼び合う方がいいな。
エリーは両親以外で、唯一私を呼び捨てで呼ぶことを許された存在だ。私以外の男を呼び捨てで呼ぶような事はしないでくれ」
「はい、分かりました」
どうやら先生の機嫌が治ったらしく、私を見つめる目がいつもの優しい先生の目に戻っていた。
先生は身内に厳しい方なのか、ただの嫉妬深い男なのか、よく分からないまま、気がつくと馬車は公爵家に着いていた。
王宮とはまた違った立派な邸で沢山の使用人たちが私達を出迎える。
自分が育った環境とは違いすぎて、色々と苦労もあるかもしれないけれど、自分で決めてここに来たのだから頑張っていこう。
その時の私は、自分が努力すれば何とかなると信じていた。
しかし、その考えが甘いと気付くのに時間はかからなかった。
⭐︎⭐︎
「メイド長。最近、ミーナを見ないけど休暇かしら?
もし体調を崩して休んでいるなら、私の治癒魔法で治せるかもしれないから、その時は教えてくれると助かるわ」
ミーナは私の専属のメイドで、とても親切で私のために一生懸命尽くしてくれる素晴らしいメイドだった。慣れない公爵家での生活も、ミーナが色々助けてくれたり、話し相手になってくれたりしたので、私は不便を感じることは全くなかった。
そんなミーナをここ数日、全く見ていないので、体調を崩して休んでいるのかと思っていたのだが……
「エリー様、ミーナは急な人事異動で領地の邸の方に移動になりました」
「えっ? 知らなかったわ」
「急遽、決まりましたので」
「そう、寂しくなるわね……。お世話になったから、お礼くらいは伝えたかったわ」
その後、ミーナだけでなく、私と親しくなった使用人が別邸や遠くの別荘に移動になったり、クビになって邸を追い出されたりすることが続くようになる。
先生以外に公爵邸で話が出来る人がいなくなってしまい、邸にいる時に孤独を感じるようになっていた。
そんなことが続くと、一部の使用人たちが心無いことを言い始める。
〝公爵様は王命で決められた婚約者が気に入らないらしい〟と。
※婚約してから公爵の独占欲がどんどん強くなっていきます。
嫉妬深く、自分以外の人と仲良くされるのが嫌で、親しくなった使用人を遠ざけ、エリーに自分を追い縋って欲しいと考えています。
しかし、エリーが自分の思い通りにいかず、不機嫌になることもしばしば。愛していると気持ちを伝えることも出来ず、どんどん拗らせていきます。
「私は困らせようと思って、エリーに近づいたわけではない。結果的に私の軽率な行動によって、あの女に狙われたり、嫌がらせを受けたりすることになってしまったが、私にとって君は大切な存在だった」
「……っ!」
殿下の話を聞いている途中で、エスコートするために私の手を取っていたはずの先生の手が、急に私の手を強く握り締めてきた。
無言で冷たい雰囲気を纏わせながら、殿下の話を聞いている先生は相当怒っていらっしゃるようで、私はそんな先生が恐ろしく、肝心な殿下の話が頭に入ってこなくなってしまう。
殿下、空気を読んでください! と言いたかったが、そんなことを私が言えるはずもなく、殿下はそのまま話を続けられる。
「私はあの女と婚約破棄するかわりに、隣国の第二王女と新たに婚約を結ぶことになりそうだ。
お互い別々の人生を歩むことになっても、君は私の大切な友人であることに変わりない。君の幸せを祈っている。
では、また学園で会おう」
「あ、はい。また学園で……」
今の私には、その一言を返すのが精一杯だった。
その後、馬車に乗り込み、公爵家へ向けて出発する。
「エリー、私達の婚約は王命だということは理解しているか?」
「理解しております」
不機嫌な状態のまま、なぜか私の隣にピッタリくっついて座り、急に婚約の話をし始める先生の意図が分からず、私はますます萎縮してしまう。
こんなに大きくて豪華な馬車なのに、こんなにくっついて座らなくても……
先生と体を密着するのは初めてだったので、色々な意味で緊張してしまった。
「実は、君の婚約者に希望する者は他にも沢山いたらしい。その男達がエリーに近づいてくる可能性がないとは言い切れない。殿下のように二人になりたいなどと言われてもきちんと断るように。何かあれば、私の名前を出して構わない。分かったか?」
「はい、先生。心得ております」
「今は学園ではないのだから、私のことはフィルと呼んでくれ」
なぜ先生はこのタイミングで名前呼びを強要するのかしら?
急に先生を名前で呼ぶのは恥ずかしいけど、嫌だなんて言えないし。
「……フィル様?」
「様はいらない。呼び捨てで呼んで欲しい」
「……フィル?」
その瞬間、先生の様子に変化が訪れる。
「やはり、婚約者になったのだから呼び捨てで呼び合う方がいいな。
エリーは両親以外で、唯一私を呼び捨てで呼ぶことを許された存在だ。私以外の男を呼び捨てで呼ぶような事はしないでくれ」
「はい、分かりました」
どうやら先生の機嫌が治ったらしく、私を見つめる目がいつもの優しい先生の目に戻っていた。
先生は身内に厳しい方なのか、ただの嫉妬深い男なのか、よく分からないまま、気がつくと馬車は公爵家に着いていた。
王宮とはまた違った立派な邸で沢山の使用人たちが私達を出迎える。
自分が育った環境とは違いすぎて、色々と苦労もあるかもしれないけれど、自分で決めてここに来たのだから頑張っていこう。
その時の私は、自分が努力すれば何とかなると信じていた。
しかし、その考えが甘いと気付くのに時間はかからなかった。
⭐︎⭐︎
「メイド長。最近、ミーナを見ないけど休暇かしら?
もし体調を崩して休んでいるなら、私の治癒魔法で治せるかもしれないから、その時は教えてくれると助かるわ」
ミーナは私の専属のメイドで、とても親切で私のために一生懸命尽くしてくれる素晴らしいメイドだった。慣れない公爵家での生活も、ミーナが色々助けてくれたり、話し相手になってくれたりしたので、私は不便を感じることは全くなかった。
そんなミーナをここ数日、全く見ていないので、体調を崩して休んでいるのかと思っていたのだが……
「エリー様、ミーナは急な人事異動で領地の邸の方に移動になりました」
「えっ? 知らなかったわ」
「急遽、決まりましたので」
「そう、寂しくなるわね……。お世話になったから、お礼くらいは伝えたかったわ」
その後、ミーナだけでなく、私と親しくなった使用人が別邸や遠くの別荘に移動になったり、クビになって邸を追い出されたりすることが続くようになる。
先生以外に公爵邸で話が出来る人がいなくなってしまい、邸にいる時に孤独を感じるようになっていた。
そんなことが続くと、一部の使用人たちが心無いことを言い始める。
〝公爵様は王命で決められた婚約者が気に入らないらしい〟と。
※婚約してから公爵の独占欲がどんどん強くなっていきます。
嫉妬深く、自分以外の人と仲良くされるのが嫌で、親しくなった使用人を遠ざけ、エリーに自分を追い縋って欲しいと考えています。
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