婚約解消したら後悔しました

せいめ

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死にゆく時

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 ゴホッ、ゴホッ…。

 いつからなのかは分からないが、咳き込むことが多くなった気がする。

「…旦那様。最近、食が細くなったような気がしますわ。その咳き込みも気になります。侍医に診てもらいませんか?」

「最近冷えてきたし、忙しくて疲れが溜まっているんだと思う。今日は早く休むようにするよ。」

「しかし、何か気になりますわ。」

「オリビアは心配性だな。分かった!今の仕事がひと段落したら、診察してもらうよ。」

 季節の変わり目で冷えたから風邪でもひいたのかもしれない。それくらいに思っていたのだが……

 ある日、咳き込みながら喀血してしまったのだ。



 私は今、ベッドで安静にさせられている。
 
「オリビア、侍医に病状を聞きたい。呼んできてくれるか?」

「………。」

 泣きそうな顔で俯くオリビア。こんな表情は初めて見たかもしれない。

「どんな病状なのか分からないと治療も頑張れない。それに、何でも受け止めるようにしたいと思っている。
 お願いだ…。私に隠し事をしないでくれ。」

「……分かりました。」

 侍医からは、私が肺を患っており、喀血の量が多いことから、かなり病状が進行しているであろうと説明を受ける。特別な治療はなく、咳き込みを抑える薬があるくらいだと言われる。
 呼吸も徐々に苦しくなるだろうとも言われた。


 ああ、私はもうすぐ死ぬのか……


 オリビアが隣で泣いている。そんな姿を見たら、私が泣くわけにはいかなかった…。

「オリビア、すまないな。死ぬと分かった以上は、やらなければいけないことが沢山ある。」

「…はい。」

「アルフレッドは今年で卒業だ。近衛騎士になりたいと言っていたが、その希望は叶えさせてあげられそうにないな…。」

「アルフは話せば分かるでしょう。」

「そうだといいのだが…。」

「大丈夫ですから、今は自分の体を心配してくださいませ。」

「すまないな。君には苦労をかける…。」



 アルフレッドは、オリビアから全てを聞いたようだった。
 剣の鍛練をやめ、爵位を引き継ぐために、侯爵家の執務関係や領地運営の勉強を中心にして、毎日を過ごすようになった。




「アルフ…。やりたい事があったのに、すまないな。」

「父上、私は目が覚めました。もういいのです。私にとって大切なのは、この侯爵家と両親なのだということがこの機会に分りましたから。」

「…諦められるのか?」

「私は馬鹿でした。あの時に諦めるべきだったのに、ズルズルと想いを捨てられず、側にいたいという理由で、護衛騎士になりたいと考えていたなんて。」

 アルフレッドはどことなく吹っ切れたような表情をしていた。

「私はお前には、愛する人と添い遂げてもらいたいと思っている。」

 アルフレッドはフッと力なく笑う。

「父上…、それは無理です。貴族の婚姻に愛だけを求めても上手くいかないのは、父上が1番分かっていることでしょう?」

「……何を?」

「実は私は、彼女が諦めきれず、せめて友人くらいにはなりたいと思って、何度か話しかけてみたのです。
 その時、彼女の兄のサンチェス公爵令息に話をされました。」

「………。」

 これ以上の話は聞きたくなかった。

「君と私達が仲良くしているのを、うちの両親は良くは思わないだろうって…。
 君の父である侯爵は、婚約者であった私の母に、酷い裏切りをして傷つけたのだと言われましたよ。」

「………。」

「でも、そのおかげで今の私と妹が産まれたから、感謝もしているとも言っていました。ただ、母上を悲しませなくないから、付き合いは程々にしたいとも言われましたね…。
 そこまで言われていたのに、彼女を諦められなかった私は本当に馬鹿でした。父上が病気で倒れて、やっと目が覚めましたよ。」

「…すまない。」

「父上が過去にそんな過ちを犯したとしても、私にとっては大好きで尊敬できる父でした。真面目に仕事をして、母上を大切にしていましたし、私の話をよく聞いてくれて、やりたいことを何でもやらせてくれましたよね。
 だからこそ、許せなくて…、悲しかった。」


 あの時のことを、死にゆく前にも後悔することになるとは……。

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