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知らない人
旦那様は普通の夫婦でいることを望んでいることが分かったので、私はこの邸に留まることに決めた。
そんな私は公爵夫人の仕事を早く覚えたいと思い、さっそく家令のロイドから教えてもらうことになる。
「奥様。今日はここまでにしましょう。
帳簿はこの他にも沢山ありますので、あとは明日にしませんか?
公爵様より、あまり無理はさせないようにと言われております」
「無理はしていないけど、今日はここまで目を通したら終わりにするわね」
「では、私はお茶をお持ちします」
「ロイド、ありかとう」
自分自身のことなのに初めて気がついたのだが、私は帳簿を見たり計算したり、書類をチェックしたりする仕事が合っているらしい。
余計なことを考えずに済むし、たくさん積み上げられた書類を処理して、終わった後の達成感がとても気持ちがいいのだ。
こんな私にも出来ることがあると気付けたことも嬉しかった。
早く仕事を進めたくて、自分の執務室にこもる時間が多くなっていたが、仕事が楽しい私は全く苦ではなかった。一人で集中できるこの空間が気に入っていたのもある。
ある日、いつものように執務室で仕事をしていると旦那様がやってくる。
こんな時間に帰ってくるなんて珍しいわね……
「旦那様、お帰りなさいませ。
今日はいつもより早いお帰りですのね。お出迎えが出来ず、申し訳ありませんでした」
「気にしないでくれ。今日は早く仕事が終わったから、君と一緒にお茶でもしたいと思って急いで帰って来たんだ」
最近の旦那様は、妻を大切に思う愛妻家のような振る舞いをしている。
陛下の最側近で忙しいはずの公爵が、妻とのお茶のために早く帰ってくるなんて、王宮で働く人たちに向けて愛妻家のアピールでもしたいのかしら?
王命での結婚なのだから、不仲だなんて不名誉な噂を立てるわけにはいかないもの。
「そうでしたか。では、すぐにお茶の準備をさせましょう。
少々お待ち下さいませ」
「ありがとう。
ところでアリエル……。最近、執務室にこもっている時間が多いと聞いている。
ロイドが君はとても優秀だと話していた。急ぎでもない仕事まですぐに終わらせてしまうと。
あまり無理をしないでくれ。君は体は強い方ではないのだから、私は心配なんだ」
「無理をしているつもりはありませんわ。
ただ……、楽しいのです。今まで何もせずにいましたが、ここまで集中して出来ることを見つけられて嬉しいのですわ。
旦那様。領地について書面でのことは大体覚えたので、直接見に行きたいと思いました。
旦那様はお忙しくて王都を離れることは無理でしょうから、私一人で領地に視察に行くことを許していただけませんか?」
少しでも公爵家の役に立ちたいと思って言ったことだったのに、旦那様は寂しげな目で私を見つめている。
「アリエル。領地には私が連れて行く。
今は忙しくて王都を離れられないが、落ち着いたらまとめて休みを取るようにするから、私と一緒に行こう」
私が一人で行動することは許されないのね……
旦那様は私をまだ信用できないって思っているのかもしれない。
でも、それはお互い様だから仕方ない。
「……分かりました。では、その時が来るのを楽しみにしておりますわ」
「すまない……。必ず休みは取るから待っていてくれ」
「いえ。大丈夫ですわ。
そういえば、社交はしなくてはいいのでしょうか?」
「社交はまだいい。君に話していなかったことだが、君は義理の妹によって毒を盛られたと陛下から正式に発表されているんだ。社交界では皆が君を同情的に見ている。
まだゆっくりしていて大丈夫だ。」
「……そうでしたか」
「当初は、君が急な病になり殿下との婚約が解消になったと発表されたのだが、次の婚約者候補だったあの女が貴族籍を剥奪されるようなことをしたから、あの女の罪を公表しなくてはいけなくなった。
君が無理心中に巻き込まれたと発表は出来ないから、あの女に毒を盛られたということになっている。
君に知らせるのが遅くなってすまない……」
「旦那様は、私が傷付かぬようにと配慮して下さったのですよね? 分かっておりますわ」
旦那様は、はっきりと口には出さないが、私が一人で外に出ることに反対しているのだと思う。
しかし、時には気分転換で外に行きたい時もある。その時はあの教会に行かせてもらうことにした。
教会に行くことを旦那様は許してくれるので、三日に一度くらいの頻度でお祈りに行くようになる。
小さくてひっそりとした教会だけど、一人で静かにお祈りができて心が落ち着くので、私にとって大切な時間になっていた。
ある日、いつものように教会で祈りを捧げていると、外が少しだけ騒がしいことに気付く。
何かあったのかと気になったが、外にはアンナと護衛騎士が十人もいる。公爵家の護衛には誰も手出しは出来ないから大丈夫だろうと思い、私はそのままお祈りを続けることにした。
すると、礼拝堂の扉が開く音が聞こえて誰かが入ってきたのが分かった。コツコツとこっちに向かって歩いてくる音も聞こえる。
いつもは誰も来ない教会なのに珍しいわね……
祈りの場とはいえ、狭い礼拝堂に知らない人と二人だけでいるのは気まずい。今日はもう帰ろうと思った私は、立ち上がって礼拝堂から出ようと思ったのだが……
「アリー……」
礼拝堂に入って来た人物は私を呼んでいる……?
ハッとしてその人物を見ると、そこには赤髪に暗い緑色の目をした、旦那様とは違った雰囲気の美丈夫がいた。
「……」
「アリー、私のことを忘れてしまったのか……」
その人は、私に縋るような目を向けている。
誰だろう? 何だか胸が苦しい……
そんな私は公爵夫人の仕事を早く覚えたいと思い、さっそく家令のロイドから教えてもらうことになる。
「奥様。今日はここまでにしましょう。
帳簿はこの他にも沢山ありますので、あとは明日にしませんか?
公爵様より、あまり無理はさせないようにと言われております」
「無理はしていないけど、今日はここまで目を通したら終わりにするわね」
「では、私はお茶をお持ちします」
「ロイド、ありかとう」
自分自身のことなのに初めて気がついたのだが、私は帳簿を見たり計算したり、書類をチェックしたりする仕事が合っているらしい。
余計なことを考えずに済むし、たくさん積み上げられた書類を処理して、終わった後の達成感がとても気持ちがいいのだ。
こんな私にも出来ることがあると気付けたことも嬉しかった。
早く仕事を進めたくて、自分の執務室にこもる時間が多くなっていたが、仕事が楽しい私は全く苦ではなかった。一人で集中できるこの空間が気に入っていたのもある。
ある日、いつものように執務室で仕事をしていると旦那様がやってくる。
こんな時間に帰ってくるなんて珍しいわね……
「旦那様、お帰りなさいませ。
今日はいつもより早いお帰りですのね。お出迎えが出来ず、申し訳ありませんでした」
「気にしないでくれ。今日は早く仕事が終わったから、君と一緒にお茶でもしたいと思って急いで帰って来たんだ」
最近の旦那様は、妻を大切に思う愛妻家のような振る舞いをしている。
陛下の最側近で忙しいはずの公爵が、妻とのお茶のために早く帰ってくるなんて、王宮で働く人たちに向けて愛妻家のアピールでもしたいのかしら?
王命での結婚なのだから、不仲だなんて不名誉な噂を立てるわけにはいかないもの。
「そうでしたか。では、すぐにお茶の準備をさせましょう。
少々お待ち下さいませ」
「ありがとう。
ところでアリエル……。最近、執務室にこもっている時間が多いと聞いている。
ロイドが君はとても優秀だと話していた。急ぎでもない仕事まですぐに終わらせてしまうと。
あまり無理をしないでくれ。君は体は強い方ではないのだから、私は心配なんだ」
「無理をしているつもりはありませんわ。
ただ……、楽しいのです。今まで何もせずにいましたが、ここまで集中して出来ることを見つけられて嬉しいのですわ。
旦那様。領地について書面でのことは大体覚えたので、直接見に行きたいと思いました。
旦那様はお忙しくて王都を離れることは無理でしょうから、私一人で領地に視察に行くことを許していただけませんか?」
少しでも公爵家の役に立ちたいと思って言ったことだったのに、旦那様は寂しげな目で私を見つめている。
「アリエル。領地には私が連れて行く。
今は忙しくて王都を離れられないが、落ち着いたらまとめて休みを取るようにするから、私と一緒に行こう」
私が一人で行動することは許されないのね……
旦那様は私をまだ信用できないって思っているのかもしれない。
でも、それはお互い様だから仕方ない。
「……分かりました。では、その時が来るのを楽しみにしておりますわ」
「すまない……。必ず休みは取るから待っていてくれ」
「いえ。大丈夫ですわ。
そういえば、社交はしなくてはいいのでしょうか?」
「社交はまだいい。君に話していなかったことだが、君は義理の妹によって毒を盛られたと陛下から正式に発表されているんだ。社交界では皆が君を同情的に見ている。
まだゆっくりしていて大丈夫だ。」
「……そうでしたか」
「当初は、君が急な病になり殿下との婚約が解消になったと発表されたのだが、次の婚約者候補だったあの女が貴族籍を剥奪されるようなことをしたから、あの女の罪を公表しなくてはいけなくなった。
君が無理心中に巻き込まれたと発表は出来ないから、あの女に毒を盛られたということになっている。
君に知らせるのが遅くなってすまない……」
「旦那様は、私が傷付かぬようにと配慮して下さったのですよね? 分かっておりますわ」
旦那様は、はっきりと口には出さないが、私が一人で外に出ることに反対しているのだと思う。
しかし、時には気分転換で外に行きたい時もある。その時はあの教会に行かせてもらうことにした。
教会に行くことを旦那様は許してくれるので、三日に一度くらいの頻度でお祈りに行くようになる。
小さくてひっそりとした教会だけど、一人で静かにお祈りができて心が落ち着くので、私にとって大切な時間になっていた。
ある日、いつものように教会で祈りを捧げていると、外が少しだけ騒がしいことに気付く。
何かあったのかと気になったが、外にはアンナと護衛騎士が十人もいる。公爵家の護衛には誰も手出しは出来ないから大丈夫だろうと思い、私はそのままお祈りを続けることにした。
すると、礼拝堂の扉が開く音が聞こえて誰かが入ってきたのが分かった。コツコツとこっちに向かって歩いてくる音も聞こえる。
いつもは誰も来ない教会なのに珍しいわね……
祈りの場とはいえ、狭い礼拝堂に知らない人と二人だけでいるのは気まずい。今日はもう帰ろうと思った私は、立ち上がって礼拝堂から出ようと思ったのだが……
「アリー……」
礼拝堂に入って来た人物は私を呼んでいる……?
ハッとしてその人物を見ると、そこには赤髪に暗い緑色の目をした、旦那様とは違った雰囲気の美丈夫がいた。
「……」
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その人は、私に縋るような目を向けている。
誰だろう? 何だか胸が苦しい……
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