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chapter2 キング&ルーク 初等部一年生編 ⑧
しおりを挟む夏休み中、習い事や勉強で忙しかった夏葵は奏多と龍之介に一度も会うことはなかった。
あまりパーティーなど好きではないし、大きなものだけ出るという条件の代わりに父が提案してきた要求はかなりのもので、習い事を幾つか増やすことにもなったけれど、勉強は嫌いではなかったし、知らないことを知るのは楽しく、なんとかこなせている。
惜しむのは時間で、一日が24時間ではなくて48時間あればいいのにと思ってしまう。
そうすれば週の習い事の二日分が一日で終わるのに。
一学期の奏多の告白がなかったものになっていればいいという儚い希望を持って登校した新学期。
現実は甘いものではないと再認識した。
「藤ノ百合さん、一緒にお昼を食べない?」
「私は用事がありますので無理です。申し訳ありません」
「藤ノ百合さん、勉強会をやらない?」
「成績のいい紫陽宮様には必要ないことだと思います」
「藤ノ百合さん、遠足では班、一緒にならない?」
「同級生の異性を敵に回す気はありませんのでご遠慮します」
「藤ノ百合さん、荷物重いでしょ? 持つよ」
「あちらの方のほうが大荷物です。あちらを手伝ってあげてください」
「藤ノ百合さん、僕の車で帰ろうよ」
「家の車を待たせていますし、メイドの千早さんもいますので。お気遣いありがとうございます」
「そうか、仕方ないね。じゃあ、また明日」
「……ええ、また明日」
何度断っても、何度冷たくしてもめげない。
その根性だけは本当に恐ろしい。
毎日毎日そっぽを向いている自分のどこがいいのか。
わからないし、わかりたくもない。
奏多には早々に諦めてもらいたいのに中々手ごわい。
諦めてほしいと遠回しに告げても
「何年も想い続ける人って素敵だと思うし、僕もそうなりたいんだよ」
と長期戦の構えをとこうとしない。
というか何年って…………怖い!
奏多に追い回される度に逃げているが、たまに花蓮とすれ違うことがあり、その都度鬼の形相で睨まれている。
奏多のことを諦めたわけでは到底ないようだ。
ただ今は大人しくしていたほうがいいと思っているのだろうが、手にしている扇がミシミシと音を立てるのが怖い!
最近ではお昼の休憩時間は逃げるために、個室を無理をいって借りている。
このまま続くようであれば嫌だけれど、父にお願いして奏多のようにサロンを一つ貸し切ってもらうしかないのかもしれない。
そう思いつつ弁当箱のフタを開けた時だった。
個室の扉をコンコンと誰かが叩く音。
奏多か! それとも花蓮だろうか!
花蓮だった場合の対応を必死に頭で考えていると、予想していた声とは違う硬い声音が扉の外から聞こえてきた。
「藤ノ百合さん、入ってもいいか?」
「神津君、ですか?」
意外な人物に少し戸惑いながらも扉を開けると、そこにはバツの悪い顔をした龍之介がいた。
そのままというのも誰か来ては嫌なので、誤解を招かないように扉を開けたまま入室を促す。
「すまない。まだ食べていなかったんだな」
長机の上に置かれた開きかけの弁当箱に目をやる龍之介に、弁当箱の中身を見られたくなくて若干焦りながら声をかける。
「なにか急用ですか?」
「いや、奏多が新学期から迷惑をかけているから謝りたいと思ってな。本当にすまない」
弁当箱から視線を外した龍之介にいきなり頭を下げられて、夏葵は自然と息が漏れていた。
龍之介が謝ることではないだろうに。
「神津君が私に謝ることではありません。神津君が気に止めることでも。ああ、でも、できないことを承知でお願いするなら、紫陽宮様を止めて欲しいということだけですね」
「それは無理だな。奏多が俺の意見を聞くようなら、最初からこうはなりはしない」
バッサリと切り捨てられた。
まあ、わかってはいたけれど。
「紫陽宮様も私より、自分を想ってくださる黒澤先輩の方がよろしいかと思いますが」
「それは俺が嫌だ」
今度は語尾も強く、全否定。
「なぜですか?」
「奏多の婚約者になるということは、俺も傍にいる回数が多くなる相手だ。あんなに疲れる人はごめんだ」
つまりそれだけ疲れさせられる行動を花蓮が奏多の周りでとってきていたということ。
「大変ですね、神津君も」
「奏多の傍にいることを選んだのは俺だから、そのぶんには不満など持ってはいない。奏多はああ見えて根は優しい奴なんだが、どうも一つのことに集中すると他が目に入らなくなるようで……。藤ノ百合さん、奏多は駄目か?」
「一生無理です」
「そこを断言されると本人ではないのに、心が痛くなってくるな」
「痛まれても、これだけはどうにもできないものです」
話し込んでいたせいで、夏葵は弁当箱のフタを中途半端に開けたままだということを失念していた。
ぐらぐらとしていたフタは、そのまま重力にしたがって床に軽い音を立てて落ちた。
「あ……!」
夏葵よりも先に龍之介が動いてフタを拾ってくれる。
が、ふと弁当箱の中身に目がいってしまったのだろう。
へ? というような龍之介らしくない顔で固まった。
「……藤ノ百合さん、これは……?」
「……お弁当です。なにか問題でも?」
お弁当は色々なものが入っていたが、そのほとんどが焦げていて、ちゃんとした形を保ったものがない。
見つめてくる龍之介に耐えきれずに、夏葵は弁当箱を包みで隠した。
「りょ、料理ははじめたばかりなんです! 仕方ないでしょう!」
習い事や勉強で負担の増えた夏葵になにか趣味をもっては? と千早が言ってくれた。
だったら夏葵の誕生日に二人だけでお祝いした際に食べた千早の手料理がとても美味しかったこともあって、夏葵は千早に料理を教えてほしいと頼んだのだ。
けれど、勉強はあまり難しいとは思わないし、詰まるということがないのに料理はからっきしだった。
火の調節を間違えたり、慣れない包丁で手を切ったり。
絆創膏をして学園に登校した時は奏多に
「藤ノ百合さん! どうしたの! その怪我!」
としつこく理由を聞かれた。
もちろん言ってはいないが。
「で、でも、今はこんな感じですが、いつかきっと誰もが美味しいと思ってくださるようになります! あ、このことは秘密ですよ!」
見られたことと言い訳めいた自分の言葉に真っ赤になりながらも言えば、龍之介は顔に手を押さえて、なぜだか頬がほんのりと赤い。
「……ギャップがありすぎだろう。奏多の気持ちをわかるわけにはいかないんだ……」
「神津君?」
「あ、いや……秘密にすればいいんだろう? 絶対に言わない」
「本当ですね! 約束ですよ! 学園では二人だけの秘密です!」
「ふ、ふたりだけ」
また頬が赤くなっていく龍之介を不審に思っていると「じゃあ!」と逃げるように個室から飛び出していった。
「変な神津君」
夏葵は首を傾げるばかりだった。
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