【原版】猛毒の子守唄

了本 羊

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第二話

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広間がシンと静まり返っていた。
 不意に、クスリ。と響いた誰かわからない笑い声を皮切りに、捕虜の王族達は忍び笑いをし、騎士達は大袈裟に肩を揺らして笑っている。
 当然だ。誰だってこの状況下で、伯父の頭がおかしくなったと思うだろう。
 伯母達や従兄妹も、血相を変えて伯父に詰め寄っている。
 「陛下! 頭がおかしくなってしまわれたのですか!?」
 「父上! 正気に戻って下さいっ!」
 「父様!」
けれど、家族の悲痛な叫びは伯父の耳にとどいてなどいない。
 伯父の心を支配しているのは、如何に自分達家族が助かるか、それだけだ。
ヒイシの顔を未だ両手で包みながら、宰相閣下は眉を寄せることもなく、ヒイシと伯父を見比べて少し首を傾げる。
 「……もしかして、先王が崩御されてからヒイシ姫が軟禁されていたのはそういった理由も込みでなのでしょうか?」
 宰相閣下の言葉に、笑い声で満ちていた広間が瞬時に動揺を含んだざわめきに変化する。
 伯母や従兄妹は顔面蒼白で、伯父ですら「何故そのことを知っているんだ!?」とばかりに顔色が青白く、汗が浮かんでいる。
 「クーデターを起こすばかりでなく、属国にしようとする国に関して情報を集めるのは当然です。どんな時においても、情報は命ですから」
ヒイシの両頬から手を離しながらも、ヒイシを見つめる瞳は変わらない。
 「真偽は本人に訊きましょう」
 艶然とした微笑みをヒイシに向ける宰相閣下だが、ヒイシにとってそれは処刑宣告と同等だ。
 断頭台に上がることは、ヒイシにとって唯一の救いになると思っていた。
 今目の前で微笑んでいる人間を見て、それがどんなに浅慮な考えだったかを思い知る。
 「私に嘘は通じませんよ?」
ヒイシの考えなどお見通しというように優しく告げる言葉に、ヒイシは背筋が竦み上がる。
 詰めていた息を吐きだし、宰相閣下に目線を合わせた。
 「………ジルベスタンの宰相閣下、ミスラ・ベネトナシュ・バールベリト様は、国王であらせられるアトリア・ベネトナシュ・バールベリト様とはご兄弟であるとお伺いしております」
 「そうです。私と陛下は兄弟です。公の場では臣下としての態度をお互いに崩しませんが」
 「ジルベスタンの国王兄弟は、その才覚と統治能力から、諸外国では『王家のバケモノ』と呼ばれ、畏怖されております」
 瞬間、ヒイシとミスラ以外を除く周囲の人間が全員真っ青になった。
 騎士でありながら、震えている者までいる。

ジルベスタン国の国王と宰相兄弟の渾名は、諸外国が負け犬の遠吠えや羨望、嫉妬、侮蔑を込めて呼ぶようになったことから始まった。
 兄妹の父親である先王は身体の弱かった庶民の出身である兄弟の母親のみを愛し、以降は妃も側室も娶らなかった。
 跡継ぎが他にはいないとはいえ、庶民出身の母親を持つ兄弟に対する風当たりはとても強かったという。ジルベスタンは古くからの大国で、歴史もある。庶子の子が跡目を継ぐ、ということは前例がなかった。それ故、王族同士で激しい後継者争いが勃発した。
しかし、その後継者争いは僅か半年ほどで鎮静化し、無事に長兄が王位を継ぎ、宰相の地位に弟が就いた。
 普通に考えれば有り得ないことである。
だが、この兄弟はそれをやってのけた。
しかも、その争いの最中、兄弟は慈悲すら感じさせないほどの冷酷と冷徹さで、争いに参加した者達を悉く抹殺した。
 禍根すら絶とう、とでも言わんばかりに。
 短い期間で願いを成し得るにはそれだけの才が不可欠である。ジルベスタンの兄弟はその才能に恵まれていることを国内、諸外国に証明した出来事でもあった。
 王位に就いた兄、アトリアは改革を推し進め、兄弟の粛清に震えていた民達の暮らしを際限なく良くすることで民達の根底から恐怖を打ち負かす信頼と尊敬を勝ち得、更に無能な王族や皇族が治める国々を多種多様な戦略を用いて吸収していった。
 属国といえども人権は本国と変わりなく、属国となることで今までの暮らしの負担が嘘のように軽減すれば批判などあがらない。
いや、あがっても無視されるだけだろう。
 海の向こうの大国との国交も盛んで、国々の視察に王自ら赴くことも少なくない。
 宰相の地位に就いた弟、ミスラは兄の補佐をする傍ら、内部や各国の情報を集め、王が不在の間はその代わりを務めるなど、ほとんど兄弟背中合わせの関係が成り立っている。
どちらにも言えることは、ジルベスタンの王族兄弟は嘘や裏切り等の罪を許さない。
 国民には多少甘くとも、責務を負う貴族や役職に就いている者達に、そのことを徹底させている。
 「ヒイシ! お前は何と無礼な………!」
 伯父が喰ってかかろうとするのを、ヒイシは視線一つで黙らせる。「今、私が話をしている人間は貴方ではない」「姪を売ることで命を長らえようとしている醜悪な豚は黙っていろ」
 視線にそんな意味合いを含ませると、伯父は言葉を詰まらせて押し黙る。
ヒイシは気付いていないが、その容貌がキツクなると、圧倒的な存在感で他者の口を封じさせてしまうのだ。
 「ハハ! 私に真正面をきってそんなことを口にするのは、陛下と幼馴染以外で初めてですね」
 殊更楽しそうに笑うミスラの笑いがおさまるのを待ち、ヒイシはゆっくりと言葉を紡ぐ。
 「国内外からもそのように高く評価される国王陛下と宰相閣下が、何故そのような者を側においているのですか?」
ヒイシが手で示した先には、四十過ぎ辺りの一人の紳士が佇んでいる。
 「外相大臣事務次官のことですか? 彼がどうかしましたか?」
 「この度吸収した我が故国とその他二ヶ国の貴族との間で「己の罪を見逃す代わりに」と多額の金銭をやり取りしております」
 広間が一斉にざわつき、事務次官は顔を赤やら青に交互に変色させてヒイシにがなり立てる。
 「なっ、何の証拠があって! そのような妄言を口にする!」
 「私はただ事実を口にしているだけですが。それと、二年前の外相大臣暗殺にも関わっておいでですね」
 抑揚のない声で淡々と話す事柄は、軟禁されていたとは思われないほどの情報網である。
 気付いた者達はそれに絶句し、どんな反応を取れば良いのかわからない。
 「確証は?」
 「事務次官様の奥方が持たれている宝石の中に、一際見事な細工の、中心が百合の模様で描かれたネックレスがあります。そのネックレスは石の一つに細工が施されていて、亡くなる間際、前外相大臣様が証拠の場所を記した小さなメモが入っているはずです。元は前外相大臣様の母君の忘れ形見であり、持ち歩いていたのを暗殺の際に強盗に見せかける為に金目の物を押収した時、あまりに見事な代物なので奥方に贈る為に買われたのだと思い込み、そのまま自身の奥方に贈られたのだと思われます」
ミスラは宙を仰ぎ、暫し物思いに耽るように目を閉じ、目を開いて騎士達を振り返り、命令をとばす。
 「二人だけ、このことを騎士隊長と治安維持隊長に連絡し、即刻外相事務次官の屋敷を取り押さえ、家宅捜索するように」
 「はっ!」
 「お、お待ち下さいっ! このような没落した皇族の言葉を真に受けるなど………!」
 事務次官の必死の弁明に、ミスラは微笑んで聞いている。
しかし、その瞳はまったく笑ってはいない。
 「外相事務次官。随分と私と陛下を甘く見ていらっしゃるようですが、貴方のことには気付いていましたよ? 気付いていて、証拠が欲しいので泳がせていたんです」
 「な………っ」
ミスラの言葉と冷たい微笑みに青を通り越して顔色を白くさせていた事務次官は、次の瞬間には逃げ出そうと走り出していた。
それを呆気なく騎士によって取り押さえられる。
そんな事務次官を横目に、ヒイシは口を開く。
 「それと………。先程そちらにいらっしゃるスチーム国の王族の方が仰っていた隠し財産ですが、神殿に隠していらっしゃいます」
ヒイシの言葉に、口をパクパクと開閉しながら、青褪める王族には目もくれず、ヒイシは淡々と語る。
 「神殿の図書室に、一冊背表紙が目立つ本があり、その本を定められた位置にまで動かすと財産が隠されている隠し扉が………」
 「このバケモノが!!」
 取り押さえられている事務次官の言葉がヒイシの言葉を遮る。
けれど、事務次官の言葉はこの場に居合わせるミスラ以外の全員の心中を的確に表していた。
ヒイシを見る目は、今や怯えや恐怖が混じり、騎士達でさえ得体の知れないものを見るような目をして囁き合っている。
 伯母と従兄妹達はヒイシから自分の身体を何とか少しでも遠ざけようと必死だ。
そんな光景でも、ヒイシの心には波紋一つ浮かばない。浮かぶとすれば、目の前に存在する自分の予想を遥かに超えたミスラにのみだ。
 「………これで、異能の力は本物だと証明されましたね。それでは」
ミスラはヒイシを抱き上げると、騎士達や王族、皇族達を振り返り、にこやかに告げる。
 「これほどの宝を進呈して下さったのですから、命までは取りませんよ。その他の王族の方達もね。財産等は没収させていただきますが。その方達を丁重に牢に連れて行きなさい」
 騎士達が敬礼するのを横目に、扉を開けてヒイシを抱えたまま、ミスラは部屋を出、廊下を歩いていく。途中、侍女や騎士に遭遇するものの、ミスラの腕の中にいるヒイシに驚くが、それを咎める者はおらず、頭を下げてミスラに道を譲る。
 「ヒイシ姫は他の方々と同じに扱うわけにはいきませんので、暫くは王族の居住区に居てもらいます。そのほうが秘密を守れますので」
 「………私はもう、姫ではありません」
 「そうですか。それならば、名前で呼ぶことに致しましょう」
ミスラの腕の中で俯いたままのヒイシには、ミスラの表情など見えていない。
しかし、その時のミスラの瞳は、誰が見ても狂気を孕んでいることを一目瞭然で理解出来たであろう。




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