【原版】猛毒の子守唄

了本 羊

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第一話

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夢を見ていた。

とても幸せだった頃の夢。
きっと人は「そんなものが幸せなものか」と言うだろうけれど、私にとっては何よりも価値のある、大切な時間だった。



 目覚めて、最初に響く金属音に首を傾げようとして、今の自分自身の状況を思い出す。身体を起こすと頭に痛みがはしり、思わず小さな呻き声がでてしまう。
おおよそ、七十人ほどが集められている場所は広大で、部屋の装飾も贅を凝らしたものだが、部屋の周囲に一定の間隔で佇む身なりの整った騎士達と、中央に集められている私を含めた七十名近くは粗末な囚人服と両手にとても重い枷が嵌められ、その枷を繋ぐ鎖は騎士達によって纏められている。
 一目見て、ヒイシ達が罪人だとわかるだろう。移動の度に安全の為とはいえ、薬を嗅がされるのは身体に負担を強いられるものだ。

 「ようやく起きたのですか。こんな状況でよくも眠りにつけますこと。品位を疑いますわ」

 言葉の飛礫をぶつけてくるのはヒイシの伯母だ。
そんな伯母に同調するように従兄妹達が蔑む目でヒイシを見る。
しかしそのことに対して、最早ヒイシの中に【痛み】も【苦しさ】も【悔しさ】も存在しない。心は凪のように静かなままだ。ヒイシの一族以外の者達もこちらを見てくるが、目を合わせると逸らされる。

――――ああ、バカバカしい、早くすべてが終わればいいのに――――

そんな風に一人ごちていると、重厚な扉が開く音が響く。
ヒイシ以外は身体を強張らせて少しずつ開いていく扉を見つめている。扉が完全に開き切ったのがわかり、ヒイシも視線を向け、息を呑んだ。
 現われた人物はフワフワの髪。くっきりとした二重の目を覆う長い睫毛に、しなやかで妖艶な美貌は見る者を惹き付け、一見女性か男性か判断に惑うほどの独特の雰囲気が、目を離すことを許さない。細見の体躯に仕草、視線のやり方一つ一つに滴るほどの艶気を混同させている。遠目からでも、服の下にはしっかりとした筋肉が無駄なくついていることがわかり、腕や足も長く、指は女性が羨むほど細い。
 腰以上まである髪を伸ばしており、その髪を薔薇の花のように編んでいる。白い毛皮を基調とした鮮やかな色彩の薄着を着用し、自分達一人一人を睥睨する様は、大国の宰相であることを十二分に物語っている。

 「………さて。今日は皆さんの処遇について検討したいと思っております」

 宰相閣下の言葉に、ヒイシ以外の全員の顔が青褪め、身体を震え上がらせる。
 「わ、私の隠し財産をすべて差し上げますので、どうかっ! どうかっ! 我が一族は命だけはお助け下さい!」
 「何だと!? そなた、貧困に喘ぐ民に見向きもせず、財を蓄えていたのかっ!」
 「王族の恥晒しが!」
 「うるさい!! そなたらに我等一族を侮辱する権利などあるものか!」
 「そうだ! お前達だって、圧政をしいておきながら!」
 目の前で繰り広げられる醜悪極まりない言い争いに、ヒイシは視線を逸らす。と、逸らした視線の先で宰相閣下と視線がかち合ってしまう。慌てて下を向いたが遅かった。
 「そこのアメジストの髪の者。顔をこちらに上げて、名前を言いなさい」
 「こ、これは私の姪でしてっ。ヒイシ!」
 伯父が先に答えてしまったことで、ヒイシは顔を上げざる負えなくなってしまう。
 「………ヒイシ・アルリア・シュターレン、と申します」
 顔を上げ、最上位に値する礼でもって跪く。敗戦国の王族の末路など、こんなものである。

この場に集められているのは、敗戦国三ヶ国の王族、皇族の一族である。その血筋を遺しておけば、後々争いの火種が生まれる。どんな小さな種も遺さず、且つ、どんな処罰を決定するのかも勝利国の采配一つでいともたやすく変わる。ヒイシはそのことを身を持って知っている。
 敗戦国ウィード。それがヒイシの故国の名前であり、ヒイシは皇族に名を連ねる姫であった。形ばかりの、ではあったが。
 「騎士達が話していた以上の容姿ですね。捕虜の王族とは言え、理性を持って接することの出来る人間を配置すべき、と進言があったと聞いて、興味がありました」
いつの間にかヒイシの目の前まで来ていた宰相閣下に、驚いて後ずさろうとしたヒイシは両頬を優しく包み込まれ、いやがおうでも至近距離で相手と見つめ合う形になる。
エルムグリーン色の髪にホライズンブルー色の瞳がとてもよく似合う美貌に見つめられているというのに、ヒイシの胸は高鳴りを一つも覚えはしない。むしろ、嫌な意味で鼓動がずっと脈をうっている。
 「大地の女神……と例えても遜色ない美しさですねぇ」
 「さ、宰相閣下! 私の姪のヒイシは美しさだけではないのです!」
 伯父の言葉を塞ぎたいのに、目の前の人物を振り解くことの出来ない拘束されている身体が何と歯痒いことか。
 伯父がそれを切り札に使おうとしていることは知っていた。
だが、ヒイシはそれを楽観視していた。いや、目の前の人物が登場するまでは、自分のような者を自国の人間であろうと生かしておくわけがない、と考えていたのだ。
 「と、言うと?」
 「はい! 我が姪のヒイシは、他者の心を見通す異能を持っているのです!」



ヒイシが自身の異端とも呼べる能力に気付いたのは、まだ生まれて間もない頃のことであった。
 赤ん坊の自分が姿見で自分の姿を覗き込んでいて、これが【自分】なのだと何故か理解し、自分の面倒を見てくれているのが乳母であることもわかった。
すぐに言葉を喋るようになり、一歳の終わりには危なげなど微塵も感じさせずに歩けるようになった。
 周囲が薄気味悪がる中で、そんなヒイシを変わらず愛してくれたのは、父と母、乳母と祖父だけであった。
けれど兄の伯父を差し置いて皇太子であった父は母と共に事故で亡くなり、乳母も病で倒れ、ヒイシを守ってくれるのは祖父だけとなった。賢王だったその祖父も、ヒイシが十歳の時に崩御し、ヒイシの異能の力を知る唯一の伯父は皇位に就いた後、ヒイシを離宮の奥部屋に軟禁したのだ。家庭教師も侍女も誰一人居らず来ない、薄明りだけが差す部屋で、ヒイシは九年の歳月を過ごした。
その間、一切外に出ることが叶わなくとも、外の世界の様子はヒイシには目で見るように頭の中に様々な思念が飛んでくることによって、不愉快ながらも手に取るようにわかった。
 皇帝となった伯父が治めてからというもの、皇族は贅沢三昧で政は家臣に任せっきり。
その家臣達も大半は己が欲を満たすためにしか動かず、残りの数少ない現状を憂う家臣達は好機を民達と息を潜めて窺っていた。正面から進言し、諫めようものならば投獄され、処刑される。それならば、国を守る為に、大国の属国になろうとも動かなければならない。
この場に居る三ヶ国の敗戦国の王族、皇族は、内部に潜んでいた大国、ジルベスタンの間者と怒りを潜めていた家臣と民達の手引きにより、呆気なくクーデターを起こされ、捕縛された。

 無血クーデター。

そんな偉業を成し遂げられる国や采配を持った人間がどれほどこの世に存在するのだろう。
 王族、皇族以外の罪を犯した者達は、厳重な監視の元、永久的な無償労働で生かされることが決定したらしい。
 元は権力や富を抱いていただけに、その罰は心を完膚なきまでに叩き折るほど重く、同時に、生かされる安堵に満ちていた。
 最低限の命を奪わない行動に、国内や他国からの評価は著しく良い。

 甘かった。
 素直にヒイシはそう思う。
 引き摺りだされた伯父が奥部屋に軟禁されているヒイシのことを告げ、最後の砦にしようと考えていることは手に取るようにわかった。
ヒイシが大人しく何も言わずそれに従ったのは、自身の人生を終わらせてくれる出来事を求めていたからに過ぎない。
 命があるだけ良かったと何も知らない人間は口にするだろう。
 事実、伯母達はそう思っている。だが、命を奪うことが出来ない理由があるからこそ、軟禁されていたとは考えないのだろうか。
それほどに長い年月であったように思う。
 死んでいるのか、生きているのかわからない時間は、ただただ虚無だった。苦痛も憎しみもなかった。
それらはすべて、両親が亡くなった時にどこかに落としてしまい、祖父が亡くなった時に悲哀すら失った。
………ならば、終わらせよう。
 捕虜となった時、そう決めた。
もう一度、あの優しい手と笑顔に会うために、それなのに。




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*注意事項*
このお話は、完結まで既にお話が決まっていますが、主人公側にはまったく救い(逃げ場ともいう)がありません。
 残酷な描写も所々入っていきます。
それでも宜しければ、お読み下さい。
 後の苦情は一切お受け致しておりません。



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