【原版】猛毒の子守唄

了本 羊

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第十八話

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「あ~! サッパリした」
ガウンを纏っただけのミスラが大きく身体を伸ばす。
ソファに座っているアトリアも、コーヒーを口にしながら同じようにガウンを纏っただけで、二人共がお風呂上がりであることは一目瞭然だ。
そんな二人が居る部屋にサイがノックをするでもなく入室してきた。
 幼馴染であるからこそ許された行為であろう。
 「ヒイシとロウヒの様子はどうだった?」
 開口一番にそれを訊いてくるアトリアに内心でため息を吐きながら、サイもアトリアと向かい合った椅子に腰かける。
 「勝算もなくあんなことをやったわけではないのだろうが」
 「じゃあ、成功したんだ!」
 本当に嬉しそうにアトリアの隣に座るミスラに、侮蔑の混じった視線をサイは向けた。
 「お前達兄弟の陰湿さは十分理解していたつもりだが、ここまでするとは俺は思わなかったぞ」
 「必要なことだ。今後において」

あのとき、手で目を塞いでいたバズとサイを隔てた衝立一枚の向こうには、アトリアとミスラが閨を共にしていた。
ヒイシとロウヒを少し離れた部屋に呼び、ヒイシがバズの混乱する思念に気付くことも理解しそんなことをしたのは、サイに思念でヒイシに警告を促すためのすべては準備に過ぎなかった。

 『貴方方が陛下と閣下との生活に不満を持たれるのならば、この情事を少女に見せることもやぶさかではない』

 完全な脅迫である。
ヒイシとロウヒがバズを心の癒しにしていることは、誰の目から見ても明らかだ。
そんなバズに国家機密に相当する現場を見せようとし、伴侶と定めた女性を縛る。
 汚いものを見ることは人生においては致し方がない。
けれど、狂ったものを無理矢理見せることは意味が大きく異なる。
バズを守りたいヒイシとロウヒは、アトリアとミスラの条件を呑むしかないだろう。
 「つくづく、お前達に見初められたことが哀れでならないな」
 「ボク達は別に無理難題を言っているわけじゃないよ。それ以外では意見を聞き届けてるし」
 「寝所が一緒、しかも隣り合わせだということに抵抗を感じない女はいないと思うが」
 「ボク達は何とも思わない」
 「それはお前達の考えで、相手側の意見ではない」
 「それよりも、テネレッツァを見て、お前はどう思ったんだ?」
アトリアの静かな問いかけに、サイは口を閉じる。
 「あ、やっぱり気に入った? 初めて見た時からサイ好みの子だと思ったんだよね」
 「あれほどお前の好みにピタリと嵌まる女はそうそういないからな」
 「お前達が結婚して落ち着いたら……俺の好きに行動させてもらっても構わないんだな?」
 「ああ。だが、ヒイシはお前の性癖に気付いているから注意は怠るなよ」
ミスラの笑い声が部屋に響き渡った。



 翌日の夕方、お風呂には入ったものの、食事を口に出来る気分ではなく、ヒイシはソファに座り込んでいた。
ヒイシの部屋の扉がノックされ、アトリアが入ってくる。
ヒイシはアトリアの顔を今は見たくなかった。
ただ俯いて、両手を膝の上にのせて震えを抑える。
 恐怖 。怒り。色々なものがない交ぜになった震えだった。
そんなヒイシの心情など知らないとばかりに、アトリアはヒイシの向かいのソファに腰を降ろす。
 「これから昨日の寝所へ行こうと思うのだが……よいだろうか?」
 「……っ。私やロウヒ様の意見など、聞く気などないではありませんか!」
どうしてここまでするのか、ヒイシにはわからない。
 昨夜、真実を告げられたロウヒも顔を青褪めさせ、涙目になっていた。
 自分達はそこまで我儘なこと言った覚えなどない。なのに、自分達の言葉はそれ以上の脅しで屈服させられてしまう。
 強く腕を引かれ、いつの間にかアトリアの腕の中にヒイシは収まっていた。
ヒイシの顎を持ち上げて、アトリアは視線を合わせる。
 「……何故だろうな。どうしてもまだ多くの枷を望む。私もミスラも」
 唇に触れるだけの口づけを落とし、アトリアは口元に弧を描く。
 「子どもが出来にくい身体なのが要因の一つかもしれないな」
その言葉に驚いて、ヒイシはアトリアを見上げる。アトリアは何でもないことのようにヒイシの髪を梳く。
 「元々避妊など最初からしていない。私とミスラの母上のことは話しただろう。身体に弊害はなかったが、一つだけ、私とミスラは自分の子どもが出来にくい体質らしい」
 淡々と口にしているが、その内容は酷く重い。特に一国の王族ともなれば、更にその事実は重くなる。「結婚をするつもりがない」と言っていたのは、このことも要因だったのだろう。
 現に避妊薬として手渡された薬が偽りのものだったとしても、ヒイシは月のものがキチンときている。
 「元々望んでいなかった結婚をしたいと思う相手が見つかり、子どもがもしかしたら生まれないかもしれないのならば、少しは自分達の願いを叶えたいと思ってしまっても仕方がないだろう」
 少しではないと思ったが、言葉にはならなかった。
 何と言葉にしても良いのかわからない。ただ一つだけ。
 「ヒイシ」
 名前を呼ばれて、深く口づけられる。

……自分は本当に逃げ場などないのだな……

確実な事実にヒイシは知らず知らずの内に、涙を一滴零した。




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