【原版】猛毒の子守唄

了本 羊

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第二十話

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数ヶ月後。
ジルベスタンの王宮、王の執務室で三人の男達が集い、それぞれの仕事の経過などを報告し合っていた。
 「大々的な結婚式は執り行わなかったが、国民達には祝儀を授けたことで、国内全体が結婚を喜び祝福している。まあ、没落した皇族の姫と一般庶民の娘を迎えたからこその納得でもあるだろうが」
 「少々祝儀は奮発しました。今後また、妃となった二人を害されては困りますからね」
 「お前達兄弟の本性を知らない連中からしたら、地獄に片足を突っ込んでいる状態を自ら作り上げている、といったところだろうがな。そのほうが不穏分子を一掃しやすいが」
 「それで、サイ。反旗を起こした者達の処罰はどうなった?」
 国王服を身に纏ったアトリアが、宰相服を身に纏ったミスラとサイに問いかける。
ミスラとサイは顔を一瞬見合わせ、子どものように邪気のない微笑を見せる。
 「ヒイシ様の親族のほうは抜かりなく心が叩き折れる場所に各々追いやっておいた。自死しようが心が破綻しようが後は知らんな」
 「騎士のほうはサイの処罰が現在も有効に効いている状態ですねぇ」
 「「現在」だけで済ますつもりは毛頭ないがな」
そう言いながらサイは報告書をアトリアに手渡す。
アトリアとミスラ、サイがこのように邪気のない微笑を見せる時こそが最も恐ろしいのだと、この王宮内で気付いてる人間はどれほど存在するのかわからない。時に過大な心酔や尊敬は物事を見る目を容易く曇らせる。
 「それでは、ボクは財相と税率の上げ下げについての検討のことで話し合わねばならないので行ってきます」
 「俺も騎士団の訓練があるから、訓練場に行かなければ。面倒だが」
 「アトリア、その書類の山に目をすべて通して捺印をお願いしますね」
 「わかった」

ミスラとサイが退出し、暫くの間は書類の山を片付けていたアトリアは適度なところで手を休め、侍女が常に用意してくれているお茶のティーポットから、茶器にお茶を注いで飲み、一心地つかせる。
 茶器を片手にサイの報告書を読み、口元に薄らと忍びきれない笑いが零れてしまう。

ヒイシ達の親族である元皇帝の伯父は過酷な囚人労働現場に赴かせ、皇妃だった伯母とクララは闇オークションで他国の金持ち連中に買われていったらしい。従兄弟の皇子は他国の男娼館に売り払った。
ヒイシとロウヒを害そうとした者達は年齢に分けて、赴く先が違う。
 騎士のほうはサイの起案した拷問具の実験体になってもらった。
サイは法相と共に罪人達の拷問や尋問も担当するため、こういったことにはうってつけである。
 本人もその残虐な嗜好故、そういったことを内心で狂喜している。最もその嗜好を知る人間はアトリアとミスラ、法相、法相事務次官、サイの部下数人だけであろう。今はそこにヒイシも加わった。
ヒイシとロウヒを害そうとした連中に対しては、愚かという認識しかない。折角ヒイシという存在を人身御供としたのに自分達自身の手で最低限の生活の保障すら潰した。
 罪人達を売り払った多額の金はそのまま国庫の一部となり、国内の身体的に労働が不自由な人間の補償金とする旨をミスラと共に話し合い、重鎮達の許可も既に得ている。
 命までは取らず、その身で今までの行いを他者に返せるのだから感謝してほしいぐらいだ。
アトリアは報告書を机の上に放り投げると、お茶を一口飲み、目を閉じて忙しい合間の休息にと息を吐く。



アトリアとミスラは物心がついた時から父親以外の味方は皆無といっても過言ではなかった。
が、それを悲観するかというとそうではなく、煩わしい人間達に纏わりつかれないことを寧ろ有難くさえ感じ、常に幼馴染のサイと三人で行動し勉学に励んだ。
 父親の国王もサイの両親も特殊な環境で育ったアトリアとミスラの双子を理解し、自分達の好きなように勉学が出来るように取り計らってくれた。
 離宮内でしか行動の自由は取れなかったが、そんな理解のある者達が周りに居てくれたお陰か、アトリアとミスラ、サイは己が才を幼いながらに発現出来たのだろう。
アトリアとミスラの兄弟が母親のことを父親から聞かされたのは八歳の時だった。
 父親は大国の国王という立場と、毒姫と呼ばれる妻を娶った経験から、己の息子達の異常さに早い時期から気付いていた。
 氷の中で眠る母親を初めて見た時、アトリアとミスラには驚きこそあれ、嫌悪や忌避という感情は生まれず、純粋な思慕と自分達兄弟のどこか奥底に眠る狂気の根源の理由に納得したのだ。
アトリアとミスラの優秀さと鬼才。王族としての資質は疑う余地などなかったが、庶子の子が王位に就いた前例が存在しなかったため、父親が病に伏した際は王位継承争いが勃発したが、アトリアとミスラにとってはそんなものに固執する者達が心底煩わしく不快で、初めて幼馴染のサイと共に人間という存在を屠ることに手を染めた。

 良心の呵責など感じない。
 目の前の不快なものが消えてくれればそれでよかった。

 幼い頃から双子の兄弟でもあまりにも瓜二つな容姿を持つアトリアとミスラは「入れ替わり」という遊びを好んで頻繁に行っていた。
 口調も仕草も癖さえも真似てしまうと、父親とサイ以外は見分けることが絶対に出来ない。

 何時の頃からか、アトリアとミスラは肌を重ねるようになった。
そこに激しい気持ちなどは存在せず、ただただ、自分達兄弟は一つなのだと思えることが嬉しく、お互い以外以上の相手など望むことすら考えない。
サイからは後々必要になるからかもしれないからという理由で、女性囚人相手に経験させられたこともある。
けれど、ミスラと抱き合う充足感に勝ることは出来なかった。
 父親は二人の息子のそんな性事情に気付いてはいたが口出しをすることはなく、兄弟の好きに任せた。
 父親のナキメがアトリアとミスラの関係について口を挟んだのはたった一度きり、死地の旅に出掛けるとき。
 「お前達はお互いを最上位に定めているが、いつか儂とドーチェのような出会いをするだろうという確信が今、こんな時でもある。その時は……二人同時に、お互いの伴侶を見つけるのかもしれんなぁ……」
ナキメはアトリアとミスラの頭を撫でると、そのまま息をひきとった。
 王位には双子の兄であるアトリアが就き、宰相の地位に弟のミスラが就くことで、国内や属国を飛躍的に富ませ、栄えさせることに尽力した。
サイは将軍という地位に最年少ながらに就き、二人を支える者としての役割を担った。
 王位と宰相の地位に就いたアトリアとミスラは、汚い人間を数えきれないほど見ていたが、その中でも一番神経に障ったのが、命を軽んじ、誇りや大義、主君、と様々な理由で自身の命すら投げ出す人間。
 母親のドーチェは死んでもその身体を大衆のように安らかに横たえることなど出来はしないのに。
 実際にドーチェが亡くなった後、何度か王家の所有であるにも関わらず墓荒らしが出没した。
 父親は徹底的な報復でもって処断していたが、それと同等の不快さが生まれていくのに時間は然程かからなかったと思う。

いつからか「死」というものがアトリアとミスラの中で逆鱗に触れる事柄に位置するようになっていた。

お互いが伴侶を見出すことなどない。
アトリアとミスラはそのことに疑いも持っていなかった。
 次代の王位には、一族から二人で目を付けた子どもを引き取り、教育しようという話で落ち着いていたほどだ。
それがあの日、あの瞬間、ヒイシと初めて邂逅した時に覆った。
ヒイシが己を見つめる感情の篭らない透明な瞳に「この娘が欲しい」という希求が生まれ、呑み込まれそうなほどに強くなった。
ヒイシが異能持ちだと知って、王族の伴侶に相応しい資質に内心笑いが止まらなかった。
その時、ふと予感がして、すぐさま視察に赴いているミスラと連絡を取ると、ミスラも伴侶にと望む娘を見つけたという。
 運命を初めて信じた瞬間でもあった。
 「入れ替わり」は王位に就いた後も度々行っていたが、それは国を立ち行かせるためと、それぞれが休息を取れるようにという思惑の元である。そのことについては、サイが根回しをして王宮全体に浸透させている事実として扱った。
 確かにその程度のことで大国が立ち行くのならば安いものだ。
ヒイシには、ミスラが帰還した後に伝えるという選択を取った。
 要らない憶測などは邪魔でしかない。
ミスラも同じ選択をしたことでサイと共に今後が決定された。
すべてが上手くいくとは思ってなどはいなかった。
だが、自分達兄弟が伴侶にと望んだヒイシとロウヒは、自分達兄弟が蛇蝎の如く嫌う「死」と「自己の消極的」という面を持っていたのだ。

 押し倒したのは生まれて初めての激情から。
 身体を繋げる行為は、ミスラ以外とは身体しか熱くはならず、いつも頭と心は冷めたように動かなかった。
けれど、ヒイシとの情事は、身体のどこもかしこも熱くなって堪らない。
ミスラとの行為は、抱いて抱かれて、安心感に包まれる。根本から違っていた。
 故にミスラと共に多くの枷がお互いの見出した伴侶には必要不可欠であることを察し、行動に移したのだ。
 後悔も相手への罪悪感もない。
ただ、未来永劫縛り付けておきたい。

その時、ミスラと共に自分達の中に確かに母から受け継いだ『猛毒』が息づいていると確信した。




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