【改稿中】молитва~マリートヴァ~

了本 羊

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プロローグ 壊れた贈り物は再び目を覚ます

第2話

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レン・マーフィーは二十一歳のプロセルピナの子爵令嬢だ。
しかし、普通の令嬢と大きく違うところがある。
レンはこの世界ではとても大切にされる、ベアートゥスという存在なのだ。



ベアートゥスとこの世界は切っても切れない間柄で歴史を紡いできたと云っても過言ではない。
 魔法草という不思議な植物が群生しているこの世界には、しかし魔法を扱える者は存在しない。
 紫の小さな花をたくさんつける魔法草は、生活基盤の色々な面で役立ち、この草なしには世界は回らないだろう、と誰もが確信しているほど。
 魔法草は様々な研究がなされ、この世界のすべてに潤いを齎している。


それと対をなすように存在するのがベアートゥスという存在。
ベアートゥスは王族、貴族、庶民関係なく、女性が選ばれ、生まれた時に身体のどこかに魔法草の花の刻印を持って生まれてくる。
 魔法草とは違い、このベアートゥスという存在は、世界に極少数しか存在せず、見つかれば国同士の奪い合いまで起きるほどだ。


それは何故か?


ベアートゥスは『自分自身のこと』、『生まれくる命のこと』、『死者を蘇らせる』以外の願い事を、たった一つだけ、何でも叶えてくれる。
 病気、怪我、疫病、災害、成功・・・。
 本当に多種多様な願い事にも関わらず、ベアートゥスが教会や神殿のいずれかで祈れば、必ず叶う。


しかし、「たった一つ」と云ったように、ベアートゥスが生涯で叶えられる願いは一つだけ。
だからこそ、ベアートゥスの存在がわかり、保護しても、慎重に願い事を決めなければならない。
 各国でのベアートゥスの扱いは、王族並みになる。
もしもの事態に備え、災害や疫病などが流行った時に力を借りることが一番多い。
ベアートゥスの存在は生命線の絶対的な希望なのだ。








レンは王宮に勤めるクインティや女王を介して翠も親交があった。
この国で起こった火山災害の際に、その力を使い、国を救ってくれた。
チョコレートブラウンの髪にベンガラ色の瞳の愛らしい容貌なのに、性格は竹を割ったようなサッパリとした気性の持ち主。
 令嬢らしからぬところはあれど、国のことを想う気持ちは誰よりも強く、凛としている。
そんなレンが、階級に垣根のないこの国で慕われないはずもなかった。







 十日過ぎても、レンの容体は回復の兆しをみせない。
 国民達は神殿や教会に赴いて日夜祈りを捧げ、女王や王太子夫妻、王子も王宮内になる神殿で祈りを捧げている。
 翠はテーブルの椅子に腰掛けて、クインティとシュレーの帰宅を待っていた。


 『別段、貴方のことを詮索しようとは思わないわ』
 『え?! 年上?! 全然見えないッ。寧ろ年下だと思ってたわ!』
 『敬語でなくていいの? それならわたしも気が楽よ』
 『スイは歌が凄く上手いわね! 羨ましい!』
 『スイが作るお菓子、わたし大好き!』








 「スイ?」


 思い出に沈む翠を引き上げたのはクインティの声。
 顔を上げると、とても心配そうな、不安そうな目でクインティは翠を見ている。
 翠はそれに苦笑して、首を振った。
この動作だけでクインティには伝わるはずだ。
 翠の返答にクインティは目に見えてホッ、としたような表情を浮かべた。
そんな時、玄関が開く音がして、翠とクインティは立ち上がる。


 「ただいま」
 「お帰りなさい、シュレー」
 「なんだ、スイも起きてたのか」


 仕事着の上着をクインティに渡し、シュレーは翠を見る。
 翠の訊きたいことを察知していたのだろう。
シュレーは椅子に座ると、深いため息を吐いてクインティが淹れたお茶を飲み干した。


 「・・・・・・もって、あと五日だそうだ」


シュレーの重い声に、翠とクインティは息を呑んだ。
 何の言葉も口にすること出来ず、唇を噛んで翠は下を向く。
クインティは目に涙を浮かべながらも、夫であるシュレーの固く握られた拳をソッ、と両手で包んだ。


この時は、絶望的な報せにクインティもシュレーも一杯一杯であった。
だからこそ気付けなかったのだろう。
 俯いている翠の瞳に、決意が宿ったことを。










それから四日後の夜、翠は真夜中に家を抜け出し、街の外れにある森へと足を進めていた。
シュレーは王宮にある執務室に泊まり込み、クインティも子ども達を連れて不安を募らせる王太子妃と王子のために泊まり込んでいた。
 翠だけは、


 「家に誰も居なかったら、街の人達が困るかもしれないから」


という理由で辞退した。
シュレーもクインティも、レンと仲の良かった翠の気持ちを汲んでくれた。
しかし、翠の思惑はまったく別のところにあった。



 草木の覆い茂った道を、魔法草のランプを手に持って歩を進め、目的地へと足早に向かっていた。
ようやく灯りの先に表れた目的地に、翠は安堵のため息を漏らす。
そこは、森の奥にある、忘れ去られた古びた教会だった。


 翠がこの教会を見付けたのは、本当に偶然で、滅多に行かない薬草取りをしている時に深い森の奥まで来てしまい、天候が悪くなったために、一時的な避難の場所として利用したのが始まりだった。
この世界にやって来た経緯から、翠はどうにも教会や神殿といった場所に近寄ることを無意識に忌避してしまっていたが、この寂びれた教会だけは、何故か翠は好ましく感じていた。
 誰もいない、一人だけの祈り場所。


クインティやシュレーに気付かれたくない考え事などをする時にこの教会を重宝するようになって、既に数年は経過していた。
 錆びついてはいるものの、しっかりとした扉を開けて教会の中に入り、扉を厳重に閉めて、翠は準備を始める。
 難しくも何ともない準備が終わり、翠は教会の祭壇の前に座り込み、両手を合わせて気持ちを落ち着ける。数年の間に、教会の中は翠の手によって隅々まで掃除され、埃を被った絨毯も取り払われていた。








 翠にとっては初めて試みることであったが、レンの存在を失うことのほうが何よりも翠は恐ろしかった。
ただ無心になって、レンのことを想う。
と、身体中に激痛が走った。
 翠は祈りの姿勢のまま、身体を縮こまらせる。


まだだ、と思う。
まだ祈らなければならない。


 願いが叶った瞬間は、翠にはわかる。
 外からの外傷などないのに、翠の身体の内は激痛で荒れ狂っていた。
 痛みには慣れたつもりであったが、流石にこれほどの痛みは経験がない。
それでも、祈りの手を外すことだけはしない。


 翠の額から幾筋もの汗が伝い落ちては床に染み込んでいく。
 突然、意識が宙に投げ出されるような感覚を、翠は身の内に覚えた。
 意識が徐々に遠くなり、気を失う瞬間、翠はまだこの世界に来たばかりの頃の幻影を見た。
 何の疑いもなく、切れ長のブルーの瞳の人物を慕い、見上げていた頃。








 部屋の隅に蹲って泣いている翠を、その人は無理強いすることなく、辛抱強く待っていてくれた。
 外に連れ出してくれる時は、翠の好きな花々がたくさん咲いている庭園に連れて行ってくれて、美しい湖の見える椅子に腰掛けて、たくさんの面白い話を聞かせてくれた。
 幼い翠の初恋だった。


でも・・・・・・。


それは絶望という名の奈落への道に繋がっていたのだと、翠が気付いた時には既に遅かった。






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