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1話のみ
彩音と咲良の場合
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人の往来が激しくなった。電車が到着したのだろう。降車ランナーのトップ集団が目の前を通りすぎていく。そろそろだと思って改札に近づく。改札から彼女が出てくる。こちらに気が付いて、いつも通りの柔らかい笑顔を向けてくれる。
「おはよう、彩ちゃん」
「おはようございます。薬師寺さん!」
「同い年なんだし、咲良で良いって言ってるのに」
呼び捨てなど恐れ多くて出来るはずがない。それより、彼女が私だけを見て、私だけに話しかけてくれている。こんな嬉しいことはない。果たして、これは現実だろうか。
「毎朝そうして頬をつねってるね。大丈夫?」
「いえ、これは夢でないことの確認です」
「彩ちゃんは本当に面白いね」
また美しい笑顔を見せてくれる。このまま彼女が笑ってくれるのなら、私はずっと頬をつねっていられる。気が付くと学校に到着している。何故駅から学校までの距離がわずか十分程しかないのだろう。二年一組、いや、薬師寺さんのクラスメートがどれだけ羨ましいことか。机に荷物を置き、一限の準備をして二つ隣の教室に行く。
「彩ちゃん!ちょうど良かった」
「どうしました?」
「出来るだけ早く話しておきたくってさ。三日後の木曜日、良かったら放課後少し付き合ってもらえないかな? 他に用事ある?」
「大丈夫です!」
「ありがとう。じゃあ木曜はどっちかの教室の前で待ち合わせね」
「はい!」
私は自分のクラスに戻り、スケジュール帳を開く。薬師寺さんに関することが分かる範囲でびっしりと書かれている。三日後というと何かあっただろうかと確かめる。これといった用事は無かった。まあ、あっても全ての優先順位のトップに上書きするだけだ。
三日後、ホームルームが終わると、私は誰よりも早く教室を出た。しかし、薬師寺さんは三組の教室の前で待っていた。待たせてしまった。
「お待たせしてすみません!」
「数分しか待っていないから気にしないで。行こうか」
「それで、今日はどこに行くんですか?」
薬師寺さんは少し考えたような素振りをして言う。
「彩ちゃんはどこか行きたいところってある?」
「いえ……、特に無いです」
「じゃあ、とりあえず駅の方へ向かって歩きましょうか」
「……?」
今日の彼女は何を考えているのか分からない。このような全く無計画の行動を他人に提案するような人ではないはずだ。疲れているのだろうか。
薬師寺さんの話に聞き入っていると、駅前に着いてしまった。
「あそこに入りましょ」
小さな喫茶店を 指差しながら言った。オシャレなスイーツを多く揃えていることから若い女性から人気の高いお店だ。空いている席に座ると、若い女性店員がお冷とメニューを持ってきてくれる。
「彩ちゃん、好きなものを選んで。今日は私が奢るから」
「え!? そんな……申し訳ないです」
「良いの。いつものお礼だと思って、ね?」
薬師寺さんに限って裏があるなどということは無いだろうが、それでもいきなり奢ると言われたら戸惑う。確かに彼女のために色々としてきたが、これでは恩の押し売りをしていたみたいではないか。しかし、にこやかに笑いながら私の顔とメニューを交互に見る彼女の気持ちを無下には出来なかった。
「じゃあ、チョコパフェで」
「私はアップルパイにするから、良かったらはんぶんこしない?」
「はい!」
まさか、こう来るとは思ってなかった。''はんぶんこ''、なんて素敵な響きだろう。薬師寺さんと食べ物を共有できる日が来るとは思ってなどいなかった。
先ほどの店員がチョコパフェとアップルパイを運んでくる。
「彩ちゃん、ハッピーバースデー!」
「え……?」
「もう、自分の誕生日覚えてないの?」
「私の誕生日は十一月十一日ですよ……」
「……ご、ごめん」
今日は十月十一日だ。薬師寺さんは赤面して顔を伏せる。私はそんな彼女をフォローする。
「お気持ちだけで嬉しいですよ。ありがとうございます」
この言葉に嘘など一切ない。言った覚えのない誕生日を祝ってくれようとしただけで嬉しい。私の誕生日は十月十一日だが、一日も私の記念日となった。
「おはよう、彩ちゃん」
「おはようございます。薬師寺さん!」
「同い年なんだし、咲良で良いって言ってるのに」
呼び捨てなど恐れ多くて出来るはずがない。それより、彼女が私だけを見て、私だけに話しかけてくれている。こんな嬉しいことはない。果たして、これは現実だろうか。
「毎朝そうして頬をつねってるね。大丈夫?」
「いえ、これは夢でないことの確認です」
「彩ちゃんは本当に面白いね」
また美しい笑顔を見せてくれる。このまま彼女が笑ってくれるのなら、私はずっと頬をつねっていられる。気が付くと学校に到着している。何故駅から学校までの距離がわずか十分程しかないのだろう。二年一組、いや、薬師寺さんのクラスメートがどれだけ羨ましいことか。机に荷物を置き、一限の準備をして二つ隣の教室に行く。
「彩ちゃん!ちょうど良かった」
「どうしました?」
「出来るだけ早く話しておきたくってさ。三日後の木曜日、良かったら放課後少し付き合ってもらえないかな? 他に用事ある?」
「大丈夫です!」
「ありがとう。じゃあ木曜はどっちかの教室の前で待ち合わせね」
「はい!」
私は自分のクラスに戻り、スケジュール帳を開く。薬師寺さんに関することが分かる範囲でびっしりと書かれている。三日後というと何かあっただろうかと確かめる。これといった用事は無かった。まあ、あっても全ての優先順位のトップに上書きするだけだ。
三日後、ホームルームが終わると、私は誰よりも早く教室を出た。しかし、薬師寺さんは三組の教室の前で待っていた。待たせてしまった。
「お待たせしてすみません!」
「数分しか待っていないから気にしないで。行こうか」
「それで、今日はどこに行くんですか?」
薬師寺さんは少し考えたような素振りをして言う。
「彩ちゃんはどこか行きたいところってある?」
「いえ……、特に無いです」
「じゃあ、とりあえず駅の方へ向かって歩きましょうか」
「……?」
今日の彼女は何を考えているのか分からない。このような全く無計画の行動を他人に提案するような人ではないはずだ。疲れているのだろうか。
薬師寺さんの話に聞き入っていると、駅前に着いてしまった。
「あそこに入りましょ」
小さな喫茶店を 指差しながら言った。オシャレなスイーツを多く揃えていることから若い女性から人気の高いお店だ。空いている席に座ると、若い女性店員がお冷とメニューを持ってきてくれる。
「彩ちゃん、好きなものを選んで。今日は私が奢るから」
「え!? そんな……申し訳ないです」
「良いの。いつものお礼だと思って、ね?」
薬師寺さんに限って裏があるなどということは無いだろうが、それでもいきなり奢ると言われたら戸惑う。確かに彼女のために色々としてきたが、これでは恩の押し売りをしていたみたいではないか。しかし、にこやかに笑いながら私の顔とメニューを交互に見る彼女の気持ちを無下には出来なかった。
「じゃあ、チョコパフェで」
「私はアップルパイにするから、良かったらはんぶんこしない?」
「はい!」
まさか、こう来るとは思ってなかった。''はんぶんこ''、なんて素敵な響きだろう。薬師寺さんと食べ物を共有できる日が来るとは思ってなどいなかった。
先ほどの店員がチョコパフェとアップルパイを運んでくる。
「彩ちゃん、ハッピーバースデー!」
「え……?」
「もう、自分の誕生日覚えてないの?」
「私の誕生日は十一月十一日ですよ……」
「……ご、ごめん」
今日は十月十一日だ。薬師寺さんは赤面して顔を伏せる。私はそんな彼女をフォローする。
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